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第4話 孤児のテツ

お知らせがあります。


本日より、残酷な描写タグを追加しました。

本日のお話は、少しそのような描写が加わりました。

あらかじめご了承ください。


この孤児院にいる奴は、大体2つに分けられる。


1つは、古株。

ずっと前からマイハマの街に住んでいて、親を失ったり、

親に捨てられたりした子供の成れの果て。

それはこのイースタル一でかい街であるマイハマには、

掃いて捨てるほどいる。

この孤児院は、神のお恵みって奴で子供を集めては、

15の大人になるまでは生きていける程度の

保護をくれちゃあいるが、それでもまだまだ足りやしない。

まあ、都会育ちのひ弱な連中だが、街には詳しい。


2つめは、戦災孤児。

この前の〈緑小鬼〉との戦やその他のモンスターやらで

帰る場所と親を失った奴らだ。

これまたあっちやこっちからごまんと集められ、

まとめてこの孤児院に入れられている。

殆どが小せえ開拓村の育ちだけあって、身体は丈夫な連中だ。


ちなみに俺は、どっちでもない。

この孤児院でも毛色の違う連中の1人。

それが俺だ。


『第4話 孤児のテツ』



朝飯を食ってから、授業が始まるまでのほんの少しの休み時間。

俺たちは、孤児院の中庭で、向かい合っていた。

「行くぜ!今日こそ俺が勝つからな!」

俺より2つ年上で、大人顔負けのでかい図体を持つジャックが

剣の形をした棒切れで俺に飛び掛ってきた。

技も何もない、がむしゃらな突撃。

「はっ…甘えぜ!」

それに俺はにやりと大人の笑みを浮かべ、

慌てず騒がずゆっくりと木刀を振り上げる。そして。

「せい、やぁー!」

手にした木刀を素早く振り下ろした。狙うは、手首。

「ぐあっ、いてえ!?」

手首をしたたかに打ち据えられたジャックが棒切れを取り落とす。

チャンス!

「はぁ!」

気合を込め、ジャックの首元に木刀を持っていく。

当たる前に、木刀を止めて。

「これでまた、俺の勝ちだな」

にやりと笑って、言った。

「くっそう…年下の癖に…」

ジャックが悔しそうに負けを認める。はは。あめえぜ。

体力は俺よかあるんだろうが、年季が違う。

「はん。こちとらガキの頃から親父から〈武士〉の訓練受けてんだよ。

 ロクに剣も握ったことも無い奴に、負けるかっての」

そう言いながら、俺は腰元を指差す。

そこには、俺が8つの誕生日に親父から貰った、自慢の無銘刀。

黒い鞘に入れられたそれは、俺が〈武士〉であることの何よりの証だ。

「ああクソ。ずりいよなあ。俺なんて親父はただの農夫だったのによぉ」

どっかと地面に腰を下ろし、ジャックの奴はため息を吐いた。

戦災孤児上がりのこいつは、ちょっと前、俺が来るまではガキ大将だった。

その地位を俺に取られて、喧嘩を売ってきたのが、俺達の腐れ縁の始まりだ。

ま、なんだかんだ言ってもいい奴だし、友達だけどな。

「やれやれ。ジャックも懲りませんね。テツ君に勝つのは至難ですよ。

 今ですら騎士の見習い、普通の兵士くらいの腕前はあるんですから」

したり顔で言ってるエルフの名前は、ジョシュア。

この孤児院に3年も住んでる古株で、確かジャックと同い年だ。

弟が3人、妹が1人、同じ孤児院で暮らしてるせいか、

時々俺達の誘いを断って小さいガキと遊んでいる。

「…うん。テツ兄は…強い。ジャックじゃ…まだ無理」

姉貴に似た感じで淡々と喋るのは、ルリ。まだ9つの俺の妹。

そして。

「だ、だいじょうぶ?その…二人とも」

いつものように泣きそうな顔なのは、まな。

黒い髪に赤い髪留めをつけた人間族で、

古株でも戦災孤児でもない、例外の1人。

俺より1つ年下の10歳で、育ちが良いのか、

頭が良くて行儀も良い。

だが、すっげえ臆病で泣き虫の弱虫。

知らない奴に話しかけられれば俺の後ろに隠れ、

転べば痛いといって涙を滲ませ、

串に刺されて焼かれた魚を見ては、かわいそうだと言って泣く。

そんな奴だ。


しっかし、2人ともはねえだろ。

「おいおい。ちゃんと見てたろ?

 俺がジャック相手に怪我なんざするわけねえっつの」

結局ジャックの棒は俺にはかすりもしなかったのを見てなかったのか?

「おい!なんざは余計だろ!クッソ、いつか泣かす!」

ジャックがなんか言ってるが、気にしない。

「そうだけど…でも…」

まなは俺の言葉にたじろぐ。

一体なんなんだよ。はっきり言えはっきりと。

「…鈍感」

ルリがぽつりと言う。一体なんなんだ?

「はぁ。先が思いやられそうですよね。まなさん」

ジョシュアはジョシュアでなんか分かったようにため息ついてやがるし。

まったく、本当になんなんだ?

そんな、仲間達のわけわからん言葉に首を傾げていたときだった。


「おや?真奈と…4人とも。まだこちらにいたんですか?

 もう少ししたら、授業を始めますよ?」

おっさんが通りがかりに、俺達に声をかけてくる。

武器なんざ触ったこともねえだろうなって感じのひょろっと細っこい身体に、

短く切りそろえた髪。耳は長くて、どこか影が薄い感じがする。

「ああ、タークさん。大丈夫です。

 もう少ししたら戻りますから。

 ジャックがテツ君とまた戦いたがっただけですし、決着はつきましたから」

ジョシュアがおっさんに今までのことをかいつまんで言う。

「ああ、またですか。2人とも、喧嘩なんかしちゃあ、ダメですよ」

おっさんはそう聞くと頷きながら分かったようなことを言う。

「喧嘩じゃねーよ。訓練だっつの」

「そうだそうだ!」

俺達が口々に文句を言う。

まったく、このおっさんは、男らしさってもんが足りてねえ。


おっさんは、本当の名前はタークという。

何ヶ月か前にふらっとまなを連れてこの孤児院を訪れ、

そのまま住み着いたって言う変わり種のエルフだ。


ジョシュアが言うには、とてつもない腕の〈筆写師〉だっつう話だが、

普段はこうして、俺達が食うための作物を育ててる、

孤児院の外れに作った畑を世話したり、

俺達に勉強を教えたりして、とてもそんなすげえ人には見えない。

なんていうか、どこにでもいる、人のいいおっさんだ。


「はいはい。じゃあ、私は先に戻ってますよ。

 真奈も、4人とも授業には遅れないように」

ため息を一つついて、おっさんは再び孤児院に向かって歩き出す。

「は~い。いってらっしゃい、パパ」

まなが、いつものようにおっさんに手を振る。

「うん。行ってきます」

おっさんはそれに、本当に嬉しそうに、手を振って返した。


まなは、一応は、おっさんの娘だ。

まあとりあえずそういうことになってる。

正直度胸ってもんが欠落してるまながこの歳まで生きられたのは、

一見頼りなく見えてもおっさんがしっかり保護者やってるってことだろう。


…まあ、時々言いたくなるんだけどな。

おっさんとまなは、血のつながった、本当の親子じゃあない。

それは、うちの孤児院じゃあ皆知ってる。すっとろいまな以外。

だって考えりゃあすぐ分かるだろ?


エルフの親から人間族の子供が生まれるわけが無いことくらい。


ま、それはさておき。

「じゃあ、戻るか」

「おう」「ええ」「うん」「…ん」

俺達は頷きあい、孤児院に戻る。

もう少ししたら授業が始まる。

気がすすまねえが、サボると昼飯抜きの刑に処されるからな。



朝、飯を食ってから少ししたあとから昼飯までの間は、

授業の時間ってことになってる。

といってももう文字がちゃんと読める俺達がやること

(読めない奴はみんなまとめてシスターマリアに教わっている)は

教室で、俺達に1人1冊渡された数の秘術って本を読むだけだ。

時々地面や、貴重な紙に色々書いたりもするが、基本的には、読むだけだ。

筆写師のおっさんがいるから、紙事態は割りと簡単に手に入るが、

やっぱりもったいないからな。


「分からないところがあったら、遠慮なくどんどん聞いてください。

 それと紙とペンが欲しい人は言ってください。

 最初のうちはとにかく書いて覚えるのも効果的ですから」

そんなことを言って、おっさんが教室をゆっくりと回っている。

みんなそれなりに真剣に、数の秘術を読んでいる。

それは俺達も一緒で、いつもの5人、同じテーブルに座って、

思い思いに数の秘術を読んだり、中身を書いたりしている。


「なぁ…俺、いつも思うんだよ」

脂汗を流しながら、数の秘術(初伝)の頭の方を読んでいたジャックが、

顔を上げて言った。

「なんだよ?」

同じように、数の秘術(初伝)の真ん中らへんを読んでいた手を止め、

ジャックに目を向ける。

「この“さんすう”ってなあ…これからの俺の人生に、必要なのかな?」

「はぁ?なんだよいきなり」

また、いつものが始まったと思いながら、俺は手を止めて合いの手をいれる。

「だってよお。開拓村のみんなは、こんなの出来なくて当たり前だったぞ?

 村長だって、足し算と引き算なら多分できたけど、

 掛け算とか割り算なんてのはまあ、無理だったはずだ」

かなり必死になって、ジャックが開拓村では

必要なかったことを抗弁する。

「ああ、そりゃあ俺んとこも似たようなもんだったな。

 姉貴とか、多分引き算も怪しい」

村にいた頃の生活を思い出し、俺も頷く。

「…テツも同じくらい。テツ、九九全部言えないし」

9歳にしてもうすぐ数の秘術(初伝)を読み終わるともっぱらの噂のルリが、

顔を上げて横から口を挟んだ。

「うるせえよ!」

いいんだよ!〈武士〉が8の段が言える必要なんざねえんだから。

「2人とも、そんなことはありませんよ!」

俺達の会話に、ジョシュアが割り込んでくる。

ジョシュアは俺達の中じゃあ特に頭が良いせいか、

授業の時間には、やたら張り切る。


ちなみにジョシュアが読んでいるのは、数の秘術(中伝)。

初伝が全部分からないと何かいてあるのかも分からないと言う、恐ろしい本だ。

うちの孤児院でも、まだジョシュアとまなくらいしか使ってない。

俺も前にちらっと見せてもらったが、数字の下に線を引いて

更にその下に数字が書いてあったり、

数字の間にへんなぽっちが書かれてたりした。

なんでも地面の広さの出し方とか書いてある…らしい。


まあ、それはともかく。

「なんだよ。だって、こんなの出来なくたって困らねえじゃねえかよお」

ジャックが口を尖らせて、言う。

それが間違いの元だった。

「いいえ。少なくとも中伝までは、あらゆる場面に応用が利く内容ですよ!

 例えば、面積。それがわかれば、村にある畑の広さが分かります。

 そして、例えばこの教室と同じ大きさの畑から、

 作物がどれくらい取れるかが分かれば、

 それに広さをかけることで畑全体の、ひいては村全体の畑から

 取れる作物の量が分かります。

 そしてそれを働いている人数で割れば…」

「だああああ!待て待て!頭がこんがらがる!」

俺は、慌てて止めた。

ちなみにジャックは既に完全に理解を放棄したらしく、遠くを見ている。

「…なるほど。それは便利」

ルリはあの説明で分かったのか、おおいに頷いている。

やっぱり俺や姉貴よか頭良いんだなあ、ルリ。

そんな、妹の凄さにうんうん頷いていると。

「えっと…パパが言ってたよ。

 奥伝までは、ぜんぶできるようにしておいたほうが良いって。

 秘伝いじょうは…むずかしい学校いく気がないなら

 半分しゅみって言ってたけど」

おずおずと、まなが言葉を挟んできた。

ちなみにまなは最初から数の秘術(中伝)を使っていた。

今はジョシュアと同じくらいのところを読んでいる。

「なるほど…奥伝はそんな内容なのですか…早く読みたいですね」

うわあ。

これ以上巻き込まれたら、たまらん。

ジョシュアのとんでも発言にドン引きしながら、

俺は慌てて数の秘術(初伝)に戻った。


数の秘術は書いたのは他でもねえおっさんである。

書き上げた原稿を、〈筆写師〉のスキルで作った紙に転写して増やし、

俺達に配っている。


なんでも最初はまなに勉強を教えるために作ったとかで、

俺やまなみたいな子供でも分かるように経験を生かして工夫した…らしい。


まあ、あのジャックですら初伝なら何とか読めるってくらいなんだから、

簡単なんだろう。


ジョシュアも「人に分かりやすくモノを教えることを目的とした本」

って発想がいかに凄いか熱く語ってたことがあるし。聞き流してたけど。


ちなみにこの数の秘術、中伝の更に上に奥伝と秘伝がある。

秘伝は余りに難しすぎて書いた張本人であるおっさん以外が見ると

頭が狂うと言われているとんでもねえ本だ。

まあ、それは流石に冗談だが、前に読んだことがあるって言う

シスターマリアに秘伝には何が書いてあるのかと聞いてみたら、

遠い目をして無言になってたから、

多分とてつもなく難しい内容なのは間違いないんだろう。


そんな風にして、一通り会話を終えたあとは、俺達は真面目に勉強に取り組んだ。

そして。


カラーン…カラーン…


マイハマの大聖堂から、昼の鐘が聞こえてくる。

「ひゃっほう!終わった終わったあ~!」

真っ先に反応するのは、ジャック。数の秘術を放り出し、食堂へ向かう。

「おっしゃあ!メシだメシ!」

俺も負けてはいられない。立ち上がり、ジャックを追った。

授業なんぞより、メシ。それはいつだってかわらねえ。



昼メシを喰い終えたら、日暮れまで、俺達は自由に過ごせる。

ジョシュアが言うには昔は孤児院の子供みんなで畑の世話やら

孤児院の家事やら手伝っていたらしいが、

ここ最近急激にここで世話になってる孤児の数が増えたお陰で、

全員がやらなくても、良くなったらしい。

そんなわけでそれなりの年である俺達は当番を決めて、当番の無い日は、

こうして自由に過ごすことが許されている。


さて、そんな自由時間。

その過ごし方は、様々だ。

ジョシュアはあの後、早く先を読みたくなったとかで、

数の秘術(中伝)を抱えて部屋に戻っていった。

目標は年が変わるまでに奥伝に進むこと…らしい。

あいつは一体どこに行こうとしてるんだ?


ジャックは、今日は当番だ。

開拓村で覚えた農業の技を持ってるから、基本的には畑仕事。

なんでもここの畑は痩せた町場の畑とは思えないほど、

作物の育ちがいいとかどうとか言ってた。


ルリは、同じ年くらいの女の子と一緒に遊ぶらしい。

まあ、ジャックの妹とかとも仲いいしな。アイツ。


そして、かくいう俺がどうしているかと言うと。

「478…479!」

ブンッ!ブンッ!

刀を抜き、素振りをする。

いつもは朝飯の前だけの日課だが、折角の暇を利用しねえ手はねえ。

孤児院の外れのこの森は、時々弱い鼠野郎ラットマンが出るが、

俺の腕前ならどうとでもなる。

実際にこれまでに何度か襲われたが、全部撃退した。


俺は強くならなきゃならなかった。

親父の仇を取るために。


親父は、お袋と手を取り合い、たった2人でばけものと戦って、死んだ。

ただ死んだんじゃない。姉貴と俺とルリをばけものから逃がすためだ。

悔しいが、あいつらは、強い。

俺どころか、〈灰色熊〉(グリズリー)でもたった1人で仕留められる、

村一番の〈武士〉だった親父すらも歯が立たないほど、強かった。


俺は、いつか、仇を取らなきゃならない。

そのためには、とにかく強くなる必要があった。


「499…ご、ひゃく!」

500回の素振りを終えて、俺は肩で息をして、整える。

まだまだだ。次は…


カシャッ


「誰だ!?」

小枝を踏んだ音に、俺は思わず振り返る。

そこには。

「ふぇ!?…ご、ごめんなさい…」

涙目で俺に謝る、まながいた。

「まな!?なんでついて来てんだよ!?」

思わず俺は声を荒げた。

この森は、これでもモンスターもいる、

危険な場所だってのを知らなかったのか?

「だ、だって…マイハマの森は〈鼠人間〉がいるから、危ないのに…

 テツが、1人で行っちゃうの、見ちゃったから…」

だが、予想に反してまなはここがどんな場所か知っていたらしい。

それが分かったら、俺は怒る気が失せた。

「…ったく。しょうがねえなあ」

こいつは、俺のことを心配して、ついて来ちまったらしい。

怖くて仕方ねえのに…しゃあねえなあ。

「はう!?」

ぽん、と。

ルリにやるみてえに頭に手を置いて、軽く叩く。

そして、まなに言ってやる。

「良いんだよ。俺は、武士だ。

 ちょっとくれえの危ないことなら、どうとでもなる。

 …ま、心配してくれたのは、ありがとうよ」

親父も言っていた。うれしいことをしてもらったら、ちゃんと礼を言えって。

やっぱり、他の人に心配されるってのは、結構うれしいもんだ。

「う、うん…」

照れくさかったのか、まなが顔を伏せる。

「よっしゃ。今日はキリも良いし、少し休んで行くか」

なんかまなを見てたら、今日はもういいやって気分になり、

俺はどっかりと近くのでかい切り株に腰を下ろした。

「ほら、まな。お前も座れよ」

ぽんぽんと隣を叩いて、まなを促す。

「へうっ!?…う、うん。分かった」

なんか変な声を上げてから、まなは俺の隣にちょこんと腰を下ろす。

森独特の、緑の匂いが染み込んだ風が俺達をなぜる。

熱くもなく、寒くも無いこの季節の風は、特に気持ちがいい。

モンスターが出ないのなら、このまま昼寝でもしたいくらいだ。


長い長い冬が来る前の、一番いい季節。

それが秋だ。


まなも俺も、無言でその風を楽しむ。

「…ねえ、テツ」

少しして、まながふと、話を切り出した。

「なんだよ?」

隣のまなを見る。

まなは、真面目な顔をして。

「私…どうしたら強くなれるかな?」

あまりにも似合わないことを言い出した。

「はあ?」

余りに予想外の言葉に、俺は思わず大きな声が出した。

何の冗談かと思ったが、どうやら本気らしい。

まなはそのまま言葉を続けた。

「私…ダメな子なの。戦うの、こわくて…うごけなくなっちゃう。

 私も、テツみたいに、なれたらいいのに」

そういうと言いたい事を言い終わったのか、まなが黙り込む。

俺はというと…なんていうか、呆れていた。

「…アホか」

思わず正直な本音ってのが口から漏れ出す。

そして、世の中の道理ってのを教えてやることにした。

「まな、お前はな、俺たあ違う。ただのガキで、女の子なんだ。

 お前が、モンスターと戦うのなんざ、無理で当たり前だよ。

 だからな、無理すんな。危なくなったら、俺が守ってやる。

 だからさ…無理してあぶねえこと、するんじゃねえぞ」


当たり前のことを、当たり前に言う。

まなはただの女の子だ。

こいつが剣を持って戦うとか、ありえん。

そして、それでいいんだ。

戦うのは、男の、戦士の、俺の仕事だ。


「…うん」

そういう風に言ってると、まなも分かったらしい。

素直に頷いて、少しだけ、俺に近づく。

なんだかそれが気恥ずかしくて、俺は勢いよく立ち上がった。

「さってと…そろそろもどっか。

 俺1人ならともかく、まなも一緒じゃあ…!?」

危ないな。そう続けようとしたときだった。

俺が、殺気に気づいたのは。



「ちっ…まずいな。鼠野郎だ」


一ヶ月に1~2回、それくらいの遭遇率なんだが、運が悪い。

数は…多分3匹。弱い気配だ。

俺は腰の刀をすらりと抜き、まなに言った。


「いいか、まな。ここを動くんじゃねえぞ。大丈夫だから。

 3匹くらいなら、俺でも倒せる」


早くも涙目になるまなに、あえて笑顔で、言う。

そして刀を構え、精神を統一する。

集中したことで、牙が伸び、尻尾が生える。

精神が研ぎ澄まされていくのを感じる。そして。

1…2…3!


ゆっくり数を数え終えるのと、鼠野郎どもが一斉に襲ってくるのは、

同時だった!


「…っと!いてえなこの野郎!」


2発までは交わしたが、3発目を交わしきれなかった。

鼠野郎の汚ねえ爪が、俺の服ごと、肌を切り裂く。

だが、その程度でまいる俺じゃあない。

そのまま、俺を攻撃してきた鼠野郎に斬りかかる!


1撃、2撃…3撃!


俺の太刀を3度受け、鼠野郎が倒れる。


キィィイ…


鼠野郎の方も、まさか俺みてえなガキに仲間が

あっさり斬り伏せられるとは思ってなかったんだろう。

明らかに戸惑い、動きが鈍る。


「パパぁ!助けて!テツが死んじゃう!」

一方のまなは、びびりすぎたのか、しきりにおっさんを呼んでる。

聞こえるわけねえだろ、こっから孤児院までどんだけあると思ってんだ、バカ。

「バカ!勝手に殺すな!」

2匹目に斬りかかりながら、俺はまなに怒鳴る。

いつもの俺なら正直3匹はきつい相手だが、不思議と負ける気がしねえ。

俺は見事に2匹目の鼠野郎を斬り倒す!


「はぁぁぁぁぁ…〈一の太刀〉!」


そのまま、勢いに乗って、最後の3匹目に必殺の一撃を放つ。

通常の数倍の威力が乗った、武士の基本にして、奥義。

それをまともに受けた鼠野郎は。


キイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!


凄まじい絶叫を上げて、倒れた。


「どうだ…ざまーみろ!」

気分が高揚し、俺は勝利に酔いしれる。

まなを守れたことにほっとして…


「…嘘だろ?」

凍りついた。


キィ…キィ…キィ…キィ…


してやられた。

鼠野郎が最後に放った絶叫。

あれは仲間を呼ぶためのものだったらしい。

俺達は、囲まれていた。


数は、全部で16。俺が1匹片付けるのに、大体3発いるから…

…ちくしょう。やっぱ武士にさんすうは不要だった。

「…まな、逃げろ。逃げて、シスターマリア呼んで来てくれ」

顔だけは必死に冷静を装いながら、俺はまなに逃げるように言う。

「で、でも、テツ…」

まなは涙目になりながら、ぐずっている。

早くしろ。やつらが襲ってくるまで、時間が無い。

「いいから。ここは、俺が食い止める。だから、逃げろ」

頭の中によぎった予感を振り払いながら、まなに再度促す。

そうだ、怖がるな、俺。

「だ、だって…テツ、ここで1人なんて…死んじゃう」

まなが、涙を流しながら、俺の予想と同じことを言う。

ああ、だろうな。俺にも勝てる気がしねえ。

けどな。


「…いいんだよ。女子供を守るのは、武士の務めだ」


たとえ、その結果が、どうであっても。

腹はくくった。後は…戦うだけだ。

「来いよ、俺が相手だ」

そして、俺が自分でも驚くほど静かに奴らを呼んだ瞬間。


奴らは一斉に襲い掛かってきた。



「ちぃ…やっぱりきついな」

多勢に無勢。

まさに言葉どおりの状況だった。


俺は全身を爪でえぐられ、すでにぼろぼろだ。

10回は斬ったってのに、まだ一匹も倒せていない。

一匹斬ると、すぐに別の奴に入れ替わられてるせいだ。

しかも、悪いことは重なるもんだ。

「て、テツぅ…やだ!やだよぉ!」

まなが、一向に逃げようとしない。

滅茶苦茶震えて、すっげえ泣いてるのに、動かない。

腰が抜けてるわけじゃあなさそうなのに。

「バカ!なんで逃げねえんだ!さっさと行けよ!」

俺は、またまなに逃げろと促した。

このままじゃあ、俺だけじゃなく、まなまで危ない。


男にゃあ、命かけても女子供を守る義務がある。


それが、それを最後まで守り通して死んだ親父の教えだった。

だから、俺は、まなを死なせるわけにゃあ行かない。

だってのに。

「いや…やだから!テツが死んじゃうなんて、いや!いやだもん!」

まなは泣きじゃくりながらも、逃げようとしねえ。

それどころか、足を踏ん張って、しっかりと立ってやがる。

まるで…何かを決めたみてえに。

「だから…!?」

俺は言葉につまった。背中にさぁっと、鳥肌が立ったことを感じて。

これは、狼牙族の勘だ。今から、大変なことが起ころうとしている。

その予感だった。

「だから…」

まなが、空を指差した。

その途端。

「ライトニング…」


バチ…バチバチバチ…バチバチバチバチバチバチバチバチバチ!


まなの指に雷が走る。最初は弱く…だがどんどん強くなっていく!

集まった雷はまなのかざした指の上に大きな雲みてえに集まって、

物すげえ光を発している。


キィィィ!?


俺が、数が多すぎて歯が立たなかった鼠野郎どもも怯えている。

中には既に逃げ出そうとしている奴すらいる。

だが、そいつらが逃げ出す前に。


「ばすたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


目の前が、真っ白に、なった。

耳が、キーンとする。

なんだ…なにが、起こった?

俺が、何が起こったのかを理解する前に、目と耳が元に戻る。


そこは、地獄だった。


辺りに転がっているのは、全部で16もいた、鼠野郎だったもの。

今は、ただの、炭だ。

炭が、赤々と、燃えていて。


「よ、よがったよぉ~」

俺を除けばただ1人、まったく怪我をしてないまなが、

涙を流しながらへたり込んでいた。

「ごわがっだ、ごわがったよおぉぉぉ」

泣きじゃくりながら、俺によろよろと近づいてくる、まな。


…そうか、そういう、ことか。

俺は理解した。今の、これがどういうことか。

まなだ。これをまながやった。

それがどういう意味なのか、俺には分かっていた。


まなは、まだ、泣いている。

そうだ、言わなくちゃいけない。


足が竦みそうになる、背筋が震える。

喉が張り付いたみたいにからからになって、目が痛い。

でも、言わなきゃいけない。俺は、まなに言うべきことがある。


―――いいか。テツ。男にはな、戦うか引くか、決めなきゃならんときがある。

   逃げるときは全力で逃げろ。後ろもみずに、一目散にな。

   けどな。もし戦うと一度決めたなら…絶対に引くな。

   たとえそれがどんな相手であっても、だ。


親父の言葉が頭をよぎる。それが俺に勇気をくれた。

腹をくくったら、震えは止まった。俺の目はまっすぐまなを捉える。

さあ、あとは言うだけだ。そして俺は口を開く。まなに、その言葉を言うために。

そして、俺はその言葉を…


「近寄るんじゃねえよ。この…〈冒険者〉(ばけもの)が」


…言った。



言った。

言ってやった。

俺は、言ってやったんだ。


「………え?」


まなが…いや、〈冒険者〉(ばけもの)が驚いて、涙を流すのをやめた。

「ど、どうして…?なんで…?」

なおも近寄ろうとする〈冒険者〉、だが、させねえ。


チャキッ


刀を抜いて、そいつにまっすぐ向ける。

「近寄るなっつってんだろ。それ以上近づいたら…斬る」

「ひぃ!?」

〈冒険者〉が、怯えた声を上げた。

「よくも今まで、騙しやがったな」

戦うための力が俺の中からわいてくる。

いつの間にかまた、俺の毛は逆立ち、牙と尻尾が生えていた。

「ち、ちが…だましてなんか…」

なにがだ。白々しい。今の今まで力を隠していたくせに。

そう思ったらもうゆるせなくなって、俺はさけんだ。

「うるせえ!だったらさっきのはなんだ!?俺よりちいせえガキのなりのくせに、

 あの鼠野郎の群れを一撃で焼き払えるほどの、雷を生む魔法が使える!

 それこそなによりの証拠だろ、なあ〈化物〉(ぼうけんしゃ)よぉ!」

「…っ!?それは…でも…」

〈化物〉(ぼうけんしゃ)が目を大きく見開いた。

ああ、やっぱりな。

〈化物〉って言葉に反応しやがった。黒だ。

目の前のコイツは、〈化物〉の…妖術師だ。しかも相当な腕前の。

親父でも勝てるかどうかってくらいの。

「モンスターの次は俺を消し炭にするか?いいぜ?やってみろよ!

 だがな、俺はただじゃやられねえぞ!」

今の俺じゃあかなわねえかも知れねえが、命乞いなんざする気は無い。

せめて戦って、死んでやる。

「やだ…!なんで…おねがい…やめて…テツ…

 ねえ、いつものテツにもどってよぉ…」

俺の命がけの気迫に、〈化物〉は圧倒されていた。

「いつもの…だぁ?ふざけるな!

 手前の前で、油断なんぞするかよ。

 〈冒険者〉(ばけもの)が!」

俺はたたみかける。怖がるな、引くな。

そう、心に言い聞かせて。

「…うぇぇぇぇぇぇ…」

とうとうこいつ、泣き出しやがった。

どうしようもなくなったときのいつもの泣き方だ。

だが、もう騙されねえ。俺は油断なく、刀を構える。助けが、来るまで。

そして。


「2人とも無事ですか!」

まるで図ったようにおっさんが慌てて駆け寄ってきて…

「…ああ、そりゃあ、そうだよなあ」

俺は絶望とともに声を吐き出した。


おっさんもまた、正体を現していた。

あの、ひょろひょろの身体を覆うのは、金属製の全身鎧。

右手にはでかくてすげえ重そうな戦槌。

左手には、水晶を削りだして作ったような、透き通ったでけえ盾。

それを完全に着こなして、疲れも知らずに軽々と走り回れるなんてのは

…〈大地人〉(ひと)じゃない。


当たり前の話だ。

〈冒険者〉(ばけもの)の親は…

〈冒険者〉(ばけもの)に決まってるじゃねえか。


おっさんは、俺達のほうを見て、かたまった。

「なぜ!?何をしているんです!テツ!」

「おい、おっさん…あんたも…〈冒険者〉(ばけもの)だったんだな…」

殺気を抱えて、俺はにらみ返す。

たとえ力で敵わなくとも、舐められたら、ダメだ。

「ばけ…!?本当にどうしたんですか!?テツ…」

どうやら、おっさんはまだ事の次第を理解してねえらしい。

だから、俺は教えてやることにした。

今まで、孤児院のやつらにも、シスターマリアにも、

誰にも言ってなかったこと、ルリと俺の秘密を。

「どうしたもこうしたもねえよ。

 おっさん…あんたなら、多分知ってるだろ?

 俺はなぁ……エッゾの生まれなんだよ!」

「…エッゾ?…まさか、ススキノの…!?」

少しだけ考えたあと、おっさんの表情がこわばった。

やっぱり知ってたんだな。畜生め。

そう思ったら、言葉が勝手に口から漏れ出していた。


「知ってるぞ。てめえらは、〈冒険者〉(ばけもの)だ。

 親父を笑いながら切り刻んだ、〈冒険者〉(ばけもの)だ。

 お袋を笑いながら焼いた、〈冒険者〉(ばけもの)だ。

 モンスターよりもたちが悪い…

 人の皮を被った〈冒険者〉(ばけもん)だ!」


あの日、俺は家族を失った。

ススキノから大地人狩りに来た〈冒険者〉どもの手によって。

逃げられたのは親父とお袋が命がけで逃がしてくれた、ルリと俺と、姉貴だけだ。

それから何とかして、姉貴とルリと3人でエッゾから逃げ出すまでは、地獄だった。

「…覚えてやがれ。俺は、てめえらを…

 〈化物〉(ぼうけんしゃ)をぜってえゆるさねえ!」

そして俺は駆け出した。

悔しいが、今の俺じゃあ、〈冒険者〉2匹相手するには、腕が足りなさ過ぎる。

親父だって言っていた。逃げるときは、全力で、と。

「テツぅ…うぇぇぇぇぇぇ…」

「あ!?待ちなさい!テツ!」


2匹とも、とっさの出来事に対応できなかったらしい。俺は無事に逃げ出した。



「なんでだよっ!?」

急がなくちゃならねえ。

〈冒険者〉どもが戻ってくるまで、時間がねえ。

夕暮れの孤児院で、俺は特に親しい連中だけを呼んで、

この孤児院の秘密を明かした。だが。

「落ち着けよ、テツ。正直、いきなりすぎて信じられねえが、

 おっさんとまなが〈冒険者〉なのは別に悪いことじゃねえだろ」

ジャックは、少しだけ驚いたあと、腕を組んだまま、とんでもねえことを言い出した。

「ええ、僕は知っていましたが、タークさんもまなさんもいい人ですよ」

ジョシュアは、知ってやがった。

その上でひとしきり目をしばたたかせた後、寝ぼけたことを言ってやがる。

ダメだ。分かってねえ。俺は、再び分かってもらうために口を開いた。

「だからそれが間違いなんだよ!ここは牧場なんだ!

 あいつらが俺達を奴隷に仕立て上げるための!

 いつかはあいつらは手のひらを返すぞ!

 本性をむき出しにして、ひでえことも平気でやる!

 そういう奴らなんだよ!あいつらは!」

そうだ。俺は知ってる。あいつらは、人の皮を被った、化物なんだ。

俺も含め、この孤児院の奴らは、あいつらに騙されてたんだ。なのに。

「いい加減にしろ!〈冒険者〉はな、悪い奴らなんかじゃねえ!

 あの人らがいなかったらな、俺は〈緑小鬼〉にぶち殺されて死んでたんだぞ!

 死にそうだった俺達を助けてくれた人たちが、悪い奴らなわけがねえ!」

ジャックが、とうとう怒り出した。

顔を真っ赤にして、〈冒険者〉が悪い奴じゃねえなんて、寝言を言い始めた。

「テツ君の言うことも、完全には間違いでは無いのかも知れません。

〈冒険者〉全てが善人とは限らない。むしろ悪い人がいるのは当然かも知れない。

 けれど、すくなくともタークさんとまなさんは悪い人なんかじゃありませんよ。

 …それに、僕にはこの孤児院に3人の弟と妹が1人います。

 今の状態で兄弟全員で孤児院を出たら、間違いなく野垂れ死にですよ」

ジョシュアは、びびりやがった。

死ぬのが怖くて、〈冒険者〉どもの奴隷になる道を選んだ。

ダメだ。こいつらは、今は、どうしようもない。

俺は諦めて、ルリの手を取った。なのに。

「…クソ!ルリ、行くぞ!」

「…ううん。行かない」

ルリは、俺の手を、振り払った。

なんでだ…なんでなんだよ!?

「ルリ!?」

思わず声を荒げる。だが、それにもルリは動じない。

いつものように、淡々と、言葉をはく。

「…村…おそったのは…〈冒険者〉。それは、ゆるせない。

 …でも…ススキノでわたしたち…助けてくれたのも…

 イースタルまで連れてきてくれたのも…〈冒険者〉」

俺は、言葉に詰まった。

ルリまで、そんな寝ぼけたことを言い出すなんて。

あいつらは、奴隷が欲しかっただけだ。

だから、ここまで連れてきたってのに。

「だから…それは…あいつらは…」

うまく口がまわらねえ。

クソッ!もう少し俺の頭がよければ良かったのに。

どうすりゃいいんだ?どうすれば、ルリに分からせられる?

そんなことを考えながら、次の言葉を探していると、

ルリがまた、言葉をはいた。

「大地人のどれい…ほしいだけなら…わざわざエッゾまで…こない。

 近くにたくさんいる。だから…たぶん…いまはテツがまちがってる」

淡々と、いつものように。静かに。

まるで…俺にいいきかせようとしているみてえに。

「…クソ!ああそうかい!わかったよ!俺は1人でも行くぞ!

 アキバに行って、姉貴を助け出す!

 逃げて、力を蓄える!いつか、あいつらに勝てるようになるまでな!」

こうなったら仕方が無い。俺は、1人で逃げ出すことにした。

もう大人の姉貴なら分かってくれるはずだ。

アキバで、〈冒険者〉の奴隷にされてる姉貴なら。



夜闇に染まった、アキバへと続く街道を俺はひた走る。

男は、戦うと決めたら、一歩だって引いちゃいけねえ。

そうだ。俺は戦うんだ。〈冒険者〉(ばけもの)と。


「ぐあ!?クッソまたかよ!」


すっかり日が落ちて暗くなった街道は、思ったよりずっと走りづらかった。

もう3回も転んだ。転びすぎたのか膝がさっきからじんじん痛む。

考えて見りゃあ今日はずっと戦いどおしだ。

疲れが出てるのか。

「…クソ!負けてられっか!」

こんなときは、気合だ!俺は両頬を叩いて走り出そうとした、そのときだった。


krkrkrkrkrkr…


甲高い鳴き声が聞こえてくる。そして。


「…こんなときに!」


俺の3倍くらいある、馬鹿でかいコウモリが襲い掛かってきた。

「ああ、うるせえ!やってやるぜ!」

俺は刀を抜き放ち、コウモリに切りかかる。


ギャア!


まさか俺見てえなガキに斬りかかられるとは思っていなかったのか、

コウモリはまともに俺の攻撃を受けて、怯んだ。

よし、コレならいける!

そう思ったときだった。


バサッ!


コウモリが地面から、俺の手が届かねえところまで飛び上がる。そして。


キャアアアアアアアアアアアア!


強烈な衝撃波を持った叫び声を俺にぶつけてくる。

「ぐおっ!?」

腹をえぐられるような痛みが、俺を襲う。

「ちきしょう!汚ねえぞ!」

口では罵りながらも、俺は刀を振るって衝撃波を生み出す〈飯綱斬り〉を

コウモリに向かって放った。だが。


キャキャキャキャキャ…


コウモリは俺をあざ笑うかのようにそれをかわす。

…マジかよ。


キャアアアアアアアアアアアア!


再びの衝撃。俺の体力が限界近くまで減る。

間違いない。次に〈飯綱斬り〉を撃つ前に、俺の体力は尽きる。

「ちっきしょう…!ここまで、かよ…」

最後まで諦めねえってのは、やっぱり難しいな。

空に浮かぶあいつを倒す手が無いのもそうだが、

それ以上に痛みで心が萎えちまって、これ以上戦う気力がわかない。

俺は、死を覚悟した。その瞬間だった。

「ライトニング…ばすたあああああああああああああああああああああ!」

それは、まるであのときの再現だった。

コウモリの巨体が、空から降ってきた雷の雨に焼かれる。


ぎいいいいいいいいいいいいいい!?


黒焦げになり、息も絶え絶えとなって地に落ちるコウモリ。そこへ。


「はぁぁぁぁぁ!〈インパクト・スマッシュ〉!」

駆け込んで来たおっさんが高々と振り上げた戦槌を振り下ろす。


ドゴォ!


戦槌の一撃は、モンスターの頭に当たり、叩き伏せる。

そしてモンスターは、完全に動きを止めた。


「テツぅぅぅぅぅ!」

コウモリを始末した、〈冒険者〉が俺に迫ってきた。

そうか、次は俺の番ってわけか…させるかよ!

俺の心に、再び火がつく。刀を握り締め、思い切り振る。

「俺に、近寄るなあ!」


ザシュッ!


〈冒険者〉の肩口に、傷が走った。真っ赤な血が、肩を染める。

俺の刀が、はじめて人を斬った。

モンスターとは全然違う手ごたえに、俺は震えた。だが。

「…テツぅ…よかった、よかったよぉ…テツが…しなないで、よかった…」

普段は転んだだけで痛くて泣きやがるくせに…

刀で斬られたらもっといてえはずなのに…

…まなは、涙をこらえて、静かに、俺を抱いた。


…震えてる。

俺より、ずっと小さい、まなの身体が、震えていた。

それに気がついたら俺は、動けなくなってた。


カラン


乾いた音を立てて、刀が、俺の手から滑り落ちる。


「テツ君。聞いてください」

まなに抱かれ、動けなくなった俺におっさんが静かに言う。


「確かに、〈冒険者〉には、悪い人もいます。

 こちらで、余りに強い力と自由な世界に完全に倫理観をなくしてしまった、

 それこそ化物のようになってしまった人だっています。

 しかし、良く見てあげてください…真奈が、そういう人間に見えますか?

 小さい頃から怖がりで、人見知りで…

 それでもテツ君と仲直りしたくて必死な真奈が、まだ化物に見えますか?」


おっさんの言葉は、ただ静かで。

「おっさん…」

それに、俺は、何も言えなくて。


「テツ君のお父様とお母様が素晴らしい人だったのは、テツ君を見ていれば分かります。

 それを〈冒険者〉に殺されたのなら、〈冒険者〉を恨むのは、当然です。

 けれど…全ての〈冒険者〉があなたの仇じゃないってことは、

 どうか、理解してください。

 …真奈が、そんな子じゃないってことだけは、分かってください。お願いします」


そういうと、おっさんは深々と頭を下げた。

…クソ。

ああ、そうさ。そうだよなあ…

俺の腕の中で、ぶるぶる震えているのに、涙こらえて。

必死に泣くの我慢してるのは、ばけものなんかじゃねえ。

〈冒険者〉(ぼうけんしゃ)で、すげえ妖術師のくせに。


弱虫で泣き虫の、まなだ。


それ以外の何者でもない。

俺は、観念した。

泣きそうなまなを静かに抱きしめ返し、頭を、なでた。

「……てつうぇぇぇぇぇ…」

なんだよ。結局泣くのかよ。しょうがねえなあ…

俺はただ、まなを抱きしめ続けた。泣き虫が泣き止むまで。

…顔を真っ赤にして泣くまなからは、なんだかすこし、いい匂いがした。



あの日、孤児院に帰った後、俺はシスターマリアとおっさんからこってり絞られた。

罪状は、孤児院から勝手に抜け出したことと、皆に心配かけたこと。

おまけに死にかけたことまで追加だ。

罰として、便所の始末をやらされた。

100人ぶんの中身がたっぷりつまった重い便壷を、

わざわざ畑の側に掘られた穴まで運び、穴に中身を入れるよう言われた。

何でこんな遠いところで始末してるのかはわからない。

多分罰だからだろう。


それが1週間。

その間ずっと、孤児院の連中にう○こ野郎だのなんだの言われまくって、

俺のせんさいな心は大いに傷ついた。そして。


昼下がり。俺はおっさんに修行をつけてもらっていた。

「まだまだ!踏み込みが甘いですよ!

 そんなに腰が引けてては守護戦士の防御を抜けません!

 戦士職は最初はとにかく前に出る!

 ただし真奈を守ることだけは絶対に忘れてはいけません!」

ただの棒切れと、なべのふた。

そしていつものよれよれの服のまま、

歴戦の戦士の顔で倒れふした俺に厳しい言葉をぶつける。

今のおっさんは〈冒険者〉(ぼうけんしゃ)の秘術で力を弱め、

俺とどっこいどっこいの力しかないはずなのに、

何故か全然勝てない。俺は刀まで使ってるのに。

「クソ、おっさんずるしてねえだろうな!?本当に俺と同じ腕前なのかよ!」

「バカにしないでください!

 これでも私はブランクはあっても冒険者歴10年を越えるベテランです!

 そうそう戦術も知らない素人に負けるわけがないでしょう!

 悔しかったら、私から一本でも取ってみなさい!」

俺のプライドはズタボロだが、ここで負けっぱなしなんてなわけにはいかねえ。

俺はさっきしたたかに鍋のふたで顔面殴られた時に吹き出した鼻血を拭き、

立ち上がった、そのときだった。

「パパー!」

まなが手を振りながら俺たちの元に駆け寄ってくる。

「…おや、どうかしましたか?真奈?」

それでいきなり歴戦の戦士から頼りないおっさんに戻ったおっさんが、

笑顔でまなにきく。

「うん。パパ。シスターマリアが、ちょっと来てください、だって」

「そうですか。分かりました。しかしそれくらいなら

 念話で言ってくれればよかったのに。

 まあ、いいでしょう。さあ、いきましょうか」

まなから要件を聞き、いつものようにおっさんはまなと一緒に行こうとする。


だが。


「ううん。私は、いかないよ」

笑顔でまなは首をふった。

「………え?」

たっぷり30秒は硬直して、おっさんはようやく言葉を吐き出す。

それに答えるようにまなは、笑顔のまま言葉を続ける。

「私はテツといるね。だからパパは、1人で行って」

「………………分かりました」

今度は1分くらい黙りこくったあと、おっさんは1人で歩き出す。

ものすごいどんよりとした気配を感じる。

なんていうか、晴れてんのにそこだけ雨みてえな。

「おいおい。いいのか?おっさん、すっげえ落ち込んでたぞ」

思わず俺はまなに聞いた。

こいつ、前はいっつもおっさんにつきまとってたってのに、どうしたんだ?

「いいの。ママも言ってたもん。パパもまだ若いんだから、

 いつまでも私にこだわってるようだったら、真奈も助けてあげてねって。

 シスターマリアも、私にえんりょなんかしなくてもいいのに」

「はぁ?なんだそりゃ?」

返って来た答えに首をかしげる。

ダメだ。まなの考えるこたぁ時々分からん。

「ううん。なんでもない。それに…」

少年の苦悩をする俺に、まなは笑顔のまま、首を振る。

そして懐から綺麗なハンカチをとりだして、俺の鼻血を拭く。

「おい。なんか、顔赤いぞ?」

なんだ?熱でもあんのか?

俺はとっさに刀を持ち替え、右手でまなの額に触れる。

「う~ん。熱は…なさそうだなあ」

「…ひゃう!?な、なんでもないよ!」

熱は無いのに、何故かまなは更に真っ赤になった。

どういうこった?

「わ、私いくね!おそうじのおてつだいしなきゃ!」

俺が考え込んでいると、まなは慌てたように走り出した。

「きゃう!?」

あ、こけた。

「ううううう~…」

涙をこらえながらまた走り出す、まな。

一体なんだったんだ?

俺がそんなことを考えていると。


ガシャガシャ…


「やあお待たせしました。テツ」

おっさんが戻ってきた。

いつか見た鎧を着て、盾と戦槌を持った、完全武装で。

「…おい、おっさん」

俺は、思わず呆れて聞き返す。だが。

「テツ。貴方も強くなりました。

 だったら、私も少しは本気を出さないと、失礼ですよね?」

あ、ダメだ。普段のおっさんのままなのに、

殺気が漏れ出してる上に目が笑ってねえ。

「なあに。いざとなったらシスターマリアだっています。

 最悪でも骨の2、3本くらいで済ませますよ」

おい、さらっととんでもないこと言ってんぞこのおっさん。

しょうがねえ。俺は刀を構え。

「…わぁったよ!かかってこいや!クソ親父!」

半ば絶望的な戦いに、挑みかかった。

本日はここまで。

ちなみにLv的にはテツがLv15程度、まながLv50前後、そしておっさんは貫禄のLv90です。

それはさておき、簡単な説明。

実はおっさんはギルド所属だったり。


マイハマ第3孤児院

マイハマの郊外にある孤児院。

元々は15歳未満の20人ほどの孤児をエルフである元孤児のシスターマリアが面倒を見ている

小さな孤児院だったが、〈海洋機構〉のメンバーでもあるタークの伝手で

〈海洋機構〉から出資を受け、ザントリーフ戦役を初めとした戦災などで生まれた孤児を

〈冒険者〉が連れてくるようになってから養う孤児の数が激増し、

現在は100人を越えている。

(マイハマの街で浮浪していた孤児やこれ以上子供を育てられなくなった親も

この孤児院の噂を聞いてやってくるようになった)


シスターマリアが人格者であり、さらに〈海洋機構〉の意向で学問を教え、労働を最低限しか

課さない『現代日本の孤児院』レベルの待遇がしかれているため、ヤマトの基準では

考えられないほど高待遇の孤児院となっている。


エッゾ移民

円卓会議成立後に行われた、ススキノ〈冒険者〉のアキバへの移住プログラムの際に、

救援部隊の〈冒険者〉についてイースタルまでやってきた大地人たちのこと。

基本的にススキノの惨状に晒されてきたため〈冒険者〉に対しては不信感を持っているが、

結局は数週間に及ぶ移動の間、アキバの〈冒険者〉と共に過ごすことを選んだものたちのため

『〈冒険者〉にも悪い奴といい人がいる』程度には割り切っている人間が多い。


…どんな地獄でもススキノよりはマシ、と言うやけくそだった人間も少なくない。

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