番外編5 魔物のウィート・ザ・サマーアイズJr
今回はまたもや番外編。大地人ではないので。
テーマは『モンスターとアキバ』
主人公は以前登場したあの人。
それでは、どうぞ。
吾輩は猫ではない。宇宙豹である。
名前はある。ウィート・ザ・サマーアイズJrと言う立派な名前がある。
冒険者に聞かれた時は、そう答えることにしている。
吾輩が妖精の環をくぐり、シブヤなる街に転移し、紆余曲折を経てこの地…
冒険者の聖地アキバで暮らし始めて3ヶ月が経ち、
吾輩の名もアキバにて暮らす魔物の1体としてアキバでは随分と有名となった。
この世の魔物の大半はニンゲン種を敵と見なし襲うが、
中にはニンゲン種を“利用”し、それぞれに繁栄を得ようとする魔物もいる。
かくゆう吾輩も、そのうちの1体である。
『番外編5 魔物のウィート・ザ・サマーアイズJr』
1
朝。
規則正しい生活を心がける吾輩は定刻どおりに目を覚ます。
大きく伸びをして、あくびを1つ。
厳しい野生の世界で暮らしてきた吾輩はそれだけで充分動くことが出来るのである。
「うぃ~とぉ~…」
吾輩が起き出すとほぼ同時に、吾輩の同居人であるニャンコが吾輩に擦り寄ってくる。
「ううう~…げんこ~…できた~…ねむい~…あさのしたく…
おねこさまのせわを~おねがいします~…zzz」
締め切りが近いとかで、ここ最近は昼も夜も寝ていなかったせいか、
折角の毛並みが乱れたまま、ニャンコは夢の世界へと旅立つ。
吾輩を見習いしっかりと手入れをすれば、
中々に艶やかで美しい毛皮だと言うのに勿体無い。
ニャンコは吾輩の同居人である。
正式な名は『河合にゃんこ』。
吾輩ほどではないが黒と白の入り混じった毛皮と青みがかった瞳が
中々に美しい猫人族である。
職業は、本人が言うには『マンガ家』とか言う特殊な画家で、
吾輩と猫を題材にした絵を得意としている。
また、冒険者の例に漏れず吾輩に匹敵するだけの技量を持つ格闘家であり、
素早さと体力においては他の追随を許さない。
が、流石に5日間一睡もしなければ無尽蔵の体力も限界を迎えるらしい。
「仕方ないか…」
吾輩はため息をつき、ニンゲン種の手と同じくらい器用に動かせる髭を遣い、
寝息を上げるニャンコを持ち上げる。
そのまま背中に背負い、ベッドに運んでそっと乗せ、毛布を掛けてやると、
吾輩は猫の世話に赴く。
この家ではニャンコの方針で『猫のみ出入り自由』になっている。
そのため、餌の時間になると何処からともなく野良猫や
一部冒険者や大地人の飼い猫が集まるのだ。
アキバの外れにある、2階建ての家の1階の一番陽辺りの良い一室、
猫部屋とニャンコが呼んでいる一室でくつろいでいた猫どもが、
吾輩を見て早速とばかりににゃあにゃあと餌をねだる。
「分かっている。そう騒ぐな」
来た当初はもっと大人しいのだが、慣れが出るとあっという間に厚かましくなる
猫どもをしかりつけながら、餌を用意する。
干した魚や、年老いた家畜の干し肉、ハーブなどを混ぜた
『キャットフード』を大きな皿に盛り付けて出す。
途端に猫どもがぎゃあぎゃあ騒ぎながらそれを貪る。
野良猫などの場合は日に2度のこれが唯一の安定した食糧源と言うこともあるのか、
必死である。
「やれやれ、騒がしいことだ」
生憎とキャットフードとやらは吾輩の口には合わぬので、
吾輩は吾輩の用意しておいた朝餉を食す。
若くて柔らかい猪の肉を干した、滋味に溢れる干し肉や、
氷の魔法の込められた冷蔵庫に入れておいた新鮮な生の魚。
ニンゲン種のやっている店で買ってきた、冷めても美味な様々な手料理。
そう言ったものが、吾輩の食事である。
ニャンコに言わせれば『味の濃いものは猫の身体に悪い』との事だが、
そもそも吾輩は猫ではないので、問題ない。
うむ。美味である。
吾輩自身が選んだ食事を堪能し終えた後、吾輩は猫どもの世話をする。
部屋の隅に設けられた、猫用のトイレ。
必ずそこにするようにしつけたお陰で激臭を放っているそれを処理する。
と言ってもすることは簡単だ。
トイレを丸ごと持ち上げ、部屋の片隅に置かれた鉄の箱に中身を放り込むだけである。
鉄の蓋を持ち上げ、トイレの中身をぶちまける。
すぐに鉄の箱の底に詰められた黒い粘体が蠢きだし、
箱の中に入れられたそれを『喰っていく』
その様子に満足し、吾輩はパタリと蓋を閉じる。
あとは新しい砂を入れてやれば処理は完了である。
鉄の箱…これの中に詰まっているのは〈塵喰らい(ガベッジイーター)〉と呼ばれる、
スライムの亜種である。
このアキバの地下に広がる下水道を住処とする魔物で、技量はおよそ20ほど。
下水道で飢餓状態に陥っているものはあらゆるものを餌として喰らうために
見境無く襲ってくるので脆弱なニンゲン種の大地人には危険だが、
こうして定期的に塵を食わせてやればロクに動きもしない。
つまりは獣以下の知恵しか持たぬ下等な存在なのだが、
その貪欲な食欲にアキバの冒険者が目をつけ、
アキバの下水道で生け捕りにした塵喰らいを詰めた鉄の箱を売り出した。
1度放り込んでしまえばあとは放って置くだけで勝手に『処理』してくれる
理想的なゴミ箱として。
売り出されたのは冒険者どもの祭りの頃。
祭りで出た大量のゴミの片付けに大いに貢献することで、その存在を示した。
無論、塵喰らいはエサとなる塵が『生きているか否か』など微塵も考えないので
1週間ほど塵を入れずにいれば飢餓状態に陥って襲って来るらしいが、
どの道吾輩や冒険者ほどの技量があればよしんば暴れても
片手間で仕留められる程度の強さしかない。
今では大量の塵を毎日生み出す商店や冒険者の住む屋敷などでは普通に見られる、
一般的なものなのである。
「さて、出かけるとするか」
朝の世話を終え、吾輩は『仕事』に向かうこととする。
以前、冒険者に依頼して特注した〈ダネザックの魔法の鞄〉を
改造して作ったポーチを首に下げ、出かける用意をする。
「吾輩は出かけてくる。余り騒ぐなよ」
猫どもに一応一言。
猫どもは分かっているのかいないのか、にゃあにゃあと鳴いて返した。
2
さて、朝餉を終えれば、吾輩の仕事の時間である。
アキバは何かと金のかかる街なのである。
野獣の生肉を喰らうのであれば力さえあれば金はいらぬが、
冒険者と大地人にしか作れぬ『手料理』を食すにはその辺の野良のように
施しをねだるか、相応のリスクを負って盗み出すか、正式に金を出して買うしかない。
無論誇り高き吾輩が乞食や盗人の真似事など出来ないので、
吾輩はこうして仕事をこなし、普段の暮らしに困らぬ程度の金を稼ぐこととしている。
吾輩の仕事は、狩りである。
『黒の破壊者』と恐れられる宇宙豹一族であり、
偉大なるサマーアイズの息子である吾輩には似合いの仕事である。
アキバから出て、ニンゲン種の村から北に歩くこと、しばし。
アキバで『狩り場』と呼ばれている場所に着く。
この地は以前は生まれたての冒険者の訓練場のようなものであったらしく、
住まう魔物も弱きものばかりだ。
…以前はもっと近くに『アメヤ街道』と言う更に弱き魔物が住まう地があったのだが、
そこは北から来たニンゲン種が村を切り開くために魔物を狩りつくしたため、
現在はこの辺りまでくる必要がある。
身を潜め、気配を殺し、忍び寄り、仕留める。
それを繰り返すだけの仕事である。
この森に住まうただの獣に毛が生えた程度の技量しか持たぬ魔物ならば、
吾輩の敵ではない。
たちまちのうちに仕留められた獲物が吾輩の前に並べられる。
「ふむ。こんなところか」
1時間の狩りで得たものは、大角鹿が3頭に、大牙猪が1頭。
放っておくとそろそろ最初に狩った大角鹿が角か毛皮を残して消滅しそうに感じたので、
解体を頼みに行くとする。
空を見上げ、風の匂いを嗅ぐ。
…やはりいつも通り、あの娘が来ているようだ。
匂いで大体のあたりをつけると、吾輩は仕留めた獲物を背負い、娘の元へ行く。
…いた。
吾輩が到着したとき、娘は繁みに潜み、一頭の大角鹿に狙いを定めて
弓を引き絞っているところだった。
大した力を持たぬ大地人らしい拙い気配消しだが、
この森の魔物風情ならばそれでも充分騙せる。
果たしてその哀れな大角鹿は、首に矢を受けて命を落とすその瞬間まで
娘の存在に気づかず、悲鳴を1つ残して果てた。
「ふぅ…」
「お早う。マキよ」
無事に獲物をしとめ、ため息をついたところで吾輩は声をかける。
「あ…どうも、おはようございます。ウィートさん」
対する娘は慣れたもので、怯えは無く、少し困ったように吾輩に頭を下げる、
ニンゲン種に言わせれば狼牙族とやららしいが、吾輩には見分けはつかない。
ニンゲン種の顔は、吾輩にはほぼ同じに見える。
吾輩のような高貴さを持つ猫人族や獣の耳と尾を持つ狐尾族は見分けがつくが、
他は吾輩にとってはすべてひとくくりに『ニンゲン種』である。
街に住む冒険者どもはアキバには8つの種族が主に住んでいるとは言うが、
鱗もなく、毛もロクに生えて居らぬ奇妙な肌を持ち尻尾も無いのは全て同じで、
耳が尖っているとか顔に模様があるとかそんな些細な差で種が違うと言われても、
吾輩には見分けがつかぬのである。
無論、親しくなるかよくよく注意しておれば匂いなどでそいつを見分けることも
可能ではあるが、普段はそこまで気に掛けたりしないので、
吾輩が判別できるニンゲン種はごく限られている。
「ウィートさん…また随分と捕まえてきたんですね…」
その意味では、このマキも、親しいが故に見分けられる特別な存在だ。
マキは、南に新しくできた村の住人であり、この辺りを縄張りとしている狩人である。
極めて脆弱な大地人のニンゲン種にしては珍しく戦う力を持つ娘で、
猪や鹿程度なら一撃で仕留める弓の使い手である。
利用できる力を持つのならばそれを利用するのが、賢さと言うものである。
吾輩はいつも通りに取引を持ちかける。
「これの『解体』を頼みたい。報酬はいつも通り、肉をくれてやる」
「分かりました。それじゃあ…」
マキが手馴れた様子で頷き、腰から大振りなナイフを抜く。
このナイフはアキバで解体用として売られている特殊なものである。
効果は…
「作成コマンド…解体っと」
作成コマンドによる『解体』により、たちまちのうちに吾輩が仕留めた鹿が角と毛皮、
そして肉の塊へと変ずる。
「いつ見ても便利なものだな。狩人の技は」
その様子にいつものことながら関心する。
流石にこればかりは牙と爪と髭で行うか、
素直に毛皮や肉になるのを待つしかない吾輩では敵わぬ。
そうして吾輩が見ている前でマキは黙々と解体を続ける。
やがてその場には大量の肉と毛皮、角と牙が残るのみとなった。
「終わりました」
「ご苦労。いつも通り、肉はくれてやろう」
そう伝え、吾輩は角と牙、毛皮を首もとの魔法の鞄に詰め込んでいく。
これを生産ギルドに売り払って得た金が吾輩の日々の生活を支えている。
肉は売値が安いので吾輩には不要。
だがマキの場合、狩りで得た肉を南の村の宿屋に売って生計を立てているので
肉には相応の価値を見出す。
吾輩とマキの取り引きは、そんな理由から始まった。
「…いいなあ」
明らかに入る量には見えぬ大量の獲物を軽々と納める魔法の鞄を見て、
獣臭が染み付いた巨大な背嚢に肉を詰めていたポツリとマキが言葉を漏らす。
「うん?そう言えばお前は魔法の鞄を使わぬのか?」
魔法の鞄は現在、魔法の鞄作成の秘儀を伝える大地人の工房と、
アキバの冒険者の間で取引が為され、研究が進められているらしい。
吾輩のような『特注品』も相応の金を積めば作れるようになったのも、
その成果だという。
「ええ。私じゃレベル足りませんので…」
「おお、なるほど」
吾輩はその言葉を聞き、理解した。
元よりLv90である吾輩の場合はまったく問題にならぬので気にしたことが無かったが、
様々な道具には使いこなすために必要な技量があるとは聞いたことがある。
確か、魔法の鞄の場合はLv45の技量が必要だと、注文するときに言われた気もする。
「村でも魔法の鞄を扱えるだけのレベルを持つ人はほんの一握りですから。
…私も、いつかは使えるようになりたいんですけどね」
そう言って、マキは笑う。
「そうか。精々精進することだ」
吾輩はそんなマキに優しい言葉を掛けてやるのであった。
3
生産ギルドの買取所に赴いて本日の獲物を売り払い、
(毎度毎度、裏口から売りに行かねばならぬのが面倒である)
相応の金を手にした吾輩は昼餉を買いに向かっていた。
吾輩の場合、朝と夕だけでは足りぬので、昼も外で昼餉を取ることにしている。
同居人であるニャンコは吸血鬼の如き夜行性で、昼餉時は寝ているので屋敷には戻らず、
吾輩は行きつけの店に行く。
吾輩の行きつけはアキバの片隅、街の入り口に当たる屋台でやっている
カラアゲの店である。
店の名前は特に無いが、吾輩などの常連は『狐の屋台』と呼んでいる。
店主の方針でザッシとやらには紹介されたことは無いが、
吾輩が常連となるほどの店なので、当然名店である。
狐の屋台は狐尾族の店主自ら仕入れた、アメヤの若い鶏を捌いて
カラアゲにしているという店で、非常に美味い。
何しろ美味な手料理で知られたあのマリーナをして
『カラアゲだけはアタシより美味しい』と言わしめたほどだ。
吾輩はこんな町外れで隠れた名店なんて言っておらずに
街の中心近くでやれば良いのではと思うのだが、以前そう言ったら店主答えて曰く
『1人で出来る量はこれが限界だからね。そんなに儲けるつもりも無いし』
と言うことで、今の場所でやっている。
さて、吾輩が買いに行ったところで、珍しく先客がいた。
「店主さん。これで買えるだけ、カラアゲをくださいな。
半分はモモ肉、残りはバクダンで」
若い“一見すると”ニンゲン種の女。
女から漂う匂いでその正体を察した吾輩は『エイギョウボウガイ』にならぬよう、
隠れて様子を伺うことにする。
女が丁寧な口調とは裏腹に、バラバラと無造作に金をばら撒く。
キラキラと輝く5枚金貨。それが10枚ほど無造作に投げ出されていた。
「はいよ」
店主はなれたもので、金貨50枚分にも及ぶ大量のカラアゲを揚げていく。
じゅうじゅうという音と、肉と油の香り。
この店に置ける基本であり、一番の売れ筋であるモモ肉と、
鶏のたまごを鶏の挽肉で包み、パンくずの衣をつけて揚げた、
この店オリジナルのバクダン。
吾輩が好んで食べている組み合わせに吾輩も思わずぴくぴくと髭を動かし、
匂いを楽しむ。
…女も同じく、目を吊り上げ、隠していた髭を出してぴくぴくと動かしながら、
胸いっぱいに匂いを吸っている。
いつのまにか生えていた尾にはぼんやりと蒼い炎が宿っていた。
近くからは、きゅうきゅうと鳴く声。
尾の先にぼんやりと燃える蒼い火を宿した子狐が5頭、
物陰からじっと店の方を伺っている。
あれで隠れたつもりなのだろうが、吾輩の目は誤魔化せぬ。
というより、涎をだらだらと流しながらあれだけ前に乗り出しては
吾輩でなくともバレバレだ。
「出来たよ。熱いから気をつけてな」
取っ手をつけた2つの紙袋いっぱいのカラアゲを女に渡す。
「ありがとう…また来ますね」
そう言うと、袋を抱えてたっと女は街の外へ駆け出す。
女が大地人離れした脚の速さで魔物が多数住み着いている、
吾輩が普段狩り場としている森とは別の森のほうへと消えて行く。
駆けて行く女を追って、子狐たちが走っていくのを見送りながら。
「…別にそのままの姿で来てくれてもいいんだけどねえ」
店主が呟いた。
ここの店主は、客には寛容だ。
「おっと、いらっしゃい。クアールの旦那」
例え魔物であろうとも、店主を襲ったりしなければ普通に客として扱う。
「うむ…いつものをくれ」
吾輩も慣れたもので注文をして、首元にくくった鞄から
20枚金貨を取り出して机の上におく。
「はいよ…と、これ、片付けないとな」
そう言って店主は机の上に置かれたものを金箱に突っ込む。
屋台の机の上に置かれていた金貨は、いつしか落ち葉に姿を変えていた。
〈化狐〉と言う魔物がいる。
先ほどの女の正体である。
ニンゲン種に“化ける”力を持つ狐の魔物で、
普段は森で暮らしているが時折人里に現れる。
魔術の中でも特に幻術を得意とし、悪知恵も働くので先ほどのように
落ち葉に魔力を込めて金貨に見せかけて商品を騙し取るくらいは日常茶飯事だ。
先ほどの女もまんまと金に見せかけた落ち葉で、カラアゲをせしめた。
…そう、あの化狐自身は思っているだろう。
だが、アキバと言う街は、色々な意味で常識が通用しない街である。
あの化狐は想像もしていないはずだ。
化狐の幻術が込められた落ち葉はアキバの生産ギルドに持ち込めば
1枚あたり金貨20枚ほどで売れることなど。
そう、この街では化狐の落ち葉は5枚金貨よりよっぽど価値があるのだ。
冒険者の言う『ドロップアイテム』と言う代物の値段は複雑怪奇。
一見ゴミにしか見えぬような代物が、法外な値段で売れることもある。
なにしろ飴玉1つで妖精たちからせしめたと言うクローバーの葉が
金貨50枚以上したりするのだ。
つまり10枚の葉っぱの対価に金貨50枚分のカラアゲを渡した店主は
損をしていないどころか大もうけしたことになるのである。
「さてと…ちょいと待っててくれ」
気を取り直し、店主が吾輩の注文を揚げ始める。
粛々と下味がつけられた鶏肉の塊が油に放り込まれ、カラカラと音を立てる。
肉汁をたっぷりと含んだモモ肉に、こりこりとした食感が美味なナンコツ。
骨からこそげとるのがまた乙なものであるテバモト。
そして化狐と吾輩に大人気のバクダン。
吾輩お気に入りの組み合わせが出来上がるのをじっと待つ。
「はいよ。いつもの」
そう言って渡されるカラアゲ。
「うむ、確かに。また来るぞ、店主」
それを髭でしっかりと持ち、吾輩は街を駆ける。
吾輩の鼻腔をくすぐる、油の香り。
恐らくあの化狐たちもこの香りにやられたのであろうなと思わせる芳しさであった。
4
アキバに点在する、高い石の塔の遺跡の1つ。
瓦礫が上手い具合に風除けになる平らな屋上。
晴れた日、この刻限頃は南からの温かい陽の光に満ちるその広場こそ、
吾輩の昼寝スポットである。
「うむ。美味なり」
陽の光で程よく熱せられた石の上に寝そべり、髭で巻き取ったカラアゲを口に運ぶ。
じゅわりと広がる熱い肉汁が心地よい。
冬の時期と言えども晴れた日のこの場所は暖かい。
吾輩はカラアゲをつまみながらまどろみ…うん?
カラアゲを入れた袋に伸ばしたはずの髭が空をきり、吾輩はそちらを確認する。
そこには吾輩のカラアゲを運び出そうとする、尻尾が2本生えた猫が6匹ほどいた。
「にゃっ!?」
「や、やばいにゃ!ばれたにゃ!」
「バカ!もともとここはわがはいらのなわばりにゃ!
かってに入ってきたコイツがわるいのにゃ!」
「にゃ~…おもいにゃ~…はこぶのてつだえにゃ~」
「にゃ~、あっついけどうまいにゃ!」
「食ってるんじゃねえにゃ!」
そいつ等は猫人訛りの酷いニンゲン語で言葉を交わしている。
吾輩は取りあえずその猫の魔物どもに声をかける。
「おい、お前等…吾輩の昼餉を奪うということは、
命の覚悟は出来ていると言うことで良いのか?」
「「「「「「にゃっ!?」」」」」」
吾輩の問いかけに猫どもが固まる。
そのまま硬直することしばし。
「で、でもここはわがはいらが見つけたなわばりで…」
猫の中の1匹がしどろもどろになりながら吾輩に言う。
「つまり縄張りはお前達を蹴散らして奪い取れと言いたいのか?」
「「「「「「にゃにゃにゃ!?」」」」」」
吾輩の答えに猫どもが再び固まる。
それから互いに顔を見合わせ、目だけで会話を終えると…
「「「「「「ごめんなさいにゃ。命ばかりはおたすけを、にゃ」」」」」」
全員で床に伏せて頭を下げ、吾輩に言う。
「ふむ。まずは事情を聞かせてみろ。それから判断する」
吾輩が知る限り、ほんの数日前までこんな連中は居なかったはずだ。
吾輩はその事実に好奇心を覚え、猫どもに尋ねる。
「その、実はですにゃ…」
猫どもは再び顔を見あわせ、代表が1匹前に出て事情を話し出した。
なんでもこいつらは〈猫又〉と言う猫の魔物らしい。
言われて見ればニャンコのところにこそ居なかったが
冒険者の飼う猫のなかには尻尾が2本ある猫もいたような気もする。
こいつらが言うには猫又とは長生きをした猫が体内の魔力を
変異させることで誕生する下級の魔物で、
こいつらの母親がそれに変じたお陰で子供のこいつらは
生まれたときから猫又だったと言う。
元々はマイハマの貧民街で暮らしていたのだが、
寄る年並みには勝てずこいつらの母親は寿命で死んだ。
もっとも、母親の庇護を失ったといってもこいつらは下級とはいえ魔物。
並の大地人よりは強かったので貧民街でそれなりの暮らしをしていたのだが、
最近マイハマの大地人の警備兵が怪しげな武器や防具を使うようになってから
いきなり強くなり、魔物であるこいつらは治安維持のためにつけ狙われて
暮らしが立ち行かなくなった。
それで心機一転、魔物が跳梁跋扈すると言う噂の都、
アキバに冒険者の馬鹿でかい船に潜り込んで渡ってきた。
吾輩は屋上にしか興味が無かったが、この遺跡の地下には
〈大鼠〉や〈黒蟲〉が
大量に住み着いており、餌にも困らぬと言う。
「それで、こんなよいなわばりはなかなかみつからにゃいので…」
吾輩が入ってきたことに警戒し、偵察に出たところで、
カラアゲの匂いに惹かれ、あのような事態となったらしい。
「おねがいしますにゃ!ここにすまわせてくださいにゃ!
そのためならわがはいらはあなたさまのけらいになりますにゃ!」
「「「「「けらいになりますにゃ!」」」」」
そこまで言い、再び猫どもは頭を下げる。
「ふむ…」
吾輩は考える。
実のところ、ここは吾輩の所有物ではない。
ただ、だれも所有者が決っていないだけの場所だ。
(恐らくだが冒険者はあれほどの強さにも関わらず黒蟲を極端に恐れるので、
地下に住み着いているという黒蟲のせいで誰も手を出さないのであろう)
「…よかろう。吾輩に敬意を表し、誠心誠意仕えると言うならば、
吾輩の家来としてやろう」
もっとも、そんなことをわざわざ話してやる義理も無い。
吾輩は猫又どもの提案を快諾する。
「「「「「「ありがとうございますにゃ!」」」」」」
「うむ。今日は機嫌が良い。そのカラアゲはお前達にやろう」
「「「「「「にゃにゃにゃ!!!」」」」」」
吾輩の言葉に猫又どもはたちまちのうちにカラアゲを貪りだす。
猫にはやってはダメとニャンコにいわれているが、
腐っても魔物である猫又どもなら問題なかろう。
「しっかり働け。働きがよければまたカラアゲを持って来てやってもよい」
「「「「「「分かりましたにゃ!ごしゅじんさま!!!」」」」」」
こうして吾輩はそのカリスマにより新たなる家来を得た。
…後日、こいつらがカラアゲ欲しさに五月蝿いほど
付きまとってくるようになったのは、余談である。
それから、吾輩は日が暮れるまでの時間をゆっくりと過ごし、屋敷に戻る。
「お帰り~…ウィート~」
「うむ。今戻った」
起きだして猫どもに夕刻の餌をやりながら吾輩を出迎えるニャンコに帰りを告げる。
夕餉を食していつものように眠りにつき…吾輩は、悪夢を見た。
6
「いいか。ウィート。偉大なるサマーアイズの血脈を引く愛しき息子よ。
1度しか言わぬぞ」
今なお一族をぎゃく殺し続ける外道どもを見下ろしながら、
父さまが言った。
「お前は逃げろ。ここでサマーアイズの血脈を絶たれるわけにはいかぬ」
「父さま!父さまも逃げましょう!いくら父さまでもあいつらには…」
口惜しいが、あの外道どもは強い。
わがはいたち宇宙豹の群れを、ほぼ一方的にじゅうりんする、化物だ。
いかに宇宙豹一の勇者である父さまといえども…
だが、父さまは首を横に振った。
「出来ぬ。吾輩は、サマーアイズの血脈を率いる王なのだ。
不埒な輩には死の制裁を与えねばならぬ…命を賭してもな」
その言葉を最後に、父さまはかけだす。
その姿は風をこえ、黒きいかづちのごとく。
またたくまに外道に迫り、後方にいた外道の1人に死のせいさいを加える。
いきなり仲間の1人をうしなった外道どもは、それをなした父さまを見て…
うれしそうに、言った。
「来たぜ来たぜ!〈宇宙豹王〉だ!」
「まったく面倒くせえな。宇宙豹を連続で100頭仕留めないと出てこねえってのも」
「おいおい、いつまで死んでんの。さっさと起きろっつの…〈魂再臨〉」
「クソが!妖術師相手に〈絶命の一閃〉だと!?
デスペナついたじゃねえか!ちきしょうめ!」
「ここからが本番ですね。あと一息です!頑張りましょう!」
「みんな。ありがとね。あとはこいつの髭をそろえれば私の新しい弓も完成するから」
外道どもは、己よりはるかに強い父さまを見てもまるでこわがらない。
むしろどこか楽しそうに武器をかまえ、父さまにせまる。
そして父さまもそれにおくすることなく大きくほえて…
目の前が暗くなる。
気がつけば吾輩は、それを見下ろしていた。
傷だらけになり、宇宙豹の証である髭を切り取られた父さまの死体と、
それに縋りつく、幼き日の吾輩。
目を背けたいが、それも出来ない。
思い出は、目を背けたくらいでは、消えない。
吾輩が、ただ1人であちこちを彷徨うことが決まった日。
もう何度見返したか分からぬ悪夢。
…なのに、何度見ても、慣れぬ。
そして吾輩は幼き日の吾輩に合わせるように咆哮し…
7
吾輩は飛び起きる。
刻限は…真夜中だろう。
万年灯に照らされた、ニャンコの仕事部屋でもある吾輩の寝室なので
詳しい刻限は分からぬが、辺りは静かなものだ。
「…ウィート大丈夫?うなされてたよ?」
「問題ない」
吾輩に背を向けたまま、絵を描き続けるニャンコに、吾輩は答えを返す。
「少し出てくる」
知らず知らずのうちに荒くなっていた息を落ち着け、吾輩はニャンコに一言告げる。
「あ、コンビニ行くならおにぎりとお茶お願い」
同居を始めた当初は色々と声を掛けてきたニャンコも今では手馴れたもので、
その一言だけ。
「分かった」
正直、今の吾輩にはありがたい。
吾輩にも、触れられたくないものはあるのである。
「ぬう…少し冷えるな」
如何にアキバといえども真夜中は静かなものだ。
寝静まった静かな夜の道を吾輩は歩く。
目指す先は、セブンスマート。
夜中でも開いている、コンビニと呼ばれる店である。
「少し邪魔をするぞ」
扉を開け、吾輩は漆黒の毛皮が美しい店の店員、アニタに一言告げる。
「…いらっしゃいだにゃ」
アニタも慣れたもので、その辺の店の売り子のように騒がず、
ただ一言言うだけである。
「ふむ…確か、オニギリと茶だったな…」
ニャンコが好む、シーチキン入りと梅干入りのオニギリと、瓶詰めの黒葉茶を取る。
ついでに吾輩の楽しみ用に牛肉の干し肉と、チーズを混ぜたカマボコも。
「すまない。勘定をしてくれ」
「はいですにゃ…全部で金貨14枚になりますにゃ」
手馴れた様子で品物を見ただけで、値段を告げる。
素早い計算。アニタは真夜中の店を1人で任されるだけあって、頭の回転が速い。
真夜中だが、眠そうな様子は無い。
当然である。アニタは夜行性の魔物である呪い憑き…
所謂〈吸血鬼〉なのだから。
吸血鬼はある意味においてこのアキバを象徴する魔物である。
呪いを受け、魔物と化した元大地人。
彼らは吾輩よりも早くアキバの円卓会議に接触し、共存に乗り出した。
アキバの遺跡に密かに巣を作り、アキバで暮らす住人となったのだ。
大地人の多くはアキバに吸血鬼の巣があることを知らない。
それはアキバの吸血鬼が円卓会議との約定に従い、
呪いの媒介を行っていないためである。
もしも、呪いの媒介を行う大地人の吸血鬼が現れた場合、
真っ先に他ならぬ吸血鬼が犯人の吸血鬼を殺す。
彼らの王と円卓会議の間ではそういう約定が結ばれているらしい。
そして、彼らはこうして様々な『夜の仕事』にかかわり生活している。
夜の間も完全には歩みを止めぬこの街では、相応に暮らせるだけの需要があるという。
吾輩は値段を聞き、5枚金貨を3枚机の上に置く。
「うむ。受け取ってくれ…残りはチップだ」
「はい、確かに…またお越しくださいませにゃ」
勘定をすませ、取っ手のついた紙袋に買ったものを入れて吾輩は店の外へ出る。
暖かな店内とは違う、寒空の下。
吾輩は空を見上げる。
空に瞬く星模様は、吾輩の故郷とは違う。
大きな十字に並んだ星が輝くことは無い空。
「思えば遠くに来たものだ」
そんな空の様子に、吾輩はふと、呟く。
この10年、あちこちを彷徨い、たどり着いたアキバの街。
この街がこれからどうなるのか、そして吾輩はこれからどうするのか。
それはまだ、分かっていない。
今日はここまで。
ちなみに黒蟲はアレです。体長が30cmほどある特大の。




