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海外編3 技師のウィレム

今回は、海外編をお送りします。


テーマは「冒険者の街(ユーレッド編)」


舞台はアムステル。現実で言う、オランダ付近でのお話になります。



後方で弓と支援を担当していた、ギルド唯一の神祇官であるアキコは

その光景にただただ震えていた。


「ぎゃああああああああ!」

「じんじゃう…じんじゃうからはやぐはづどうじてぇぇぇぇぇぇ!」

「いだい、いだいよぉ…」

「た、たす…いやあああああ!」

「い、イヤだ!来る…ぎゃあああああああああ!」

「クソッ!帰還呪文、まにあわ…あああああああああ!」

「逃げろ前田!…こいよ犬ころ!俺が相手だ!」


死んでいく。

友達が次々と断末魔の悲鳴を上げて、死んでいく。

だが、アキコは動けない。

手にした弓をぎゅっと握り締める。

恐ろしくて、戦うどころではなかった。


「あ…あ…あ…」


言葉が出てこない。

悲鳴すらあげられない。

あるのは、ただただ後悔。

内容は2つ。

1つは、プロジェクトに参加したこと。

そしてもう1つは…当たり前のことを忘れていたこと。


アキコたちのギルド『幸運の星』は、同じ高校の天文部の部員で

構成されたギルドである。

メンバー8人。馴れ合いと、現実の人間関係の延長で構成された、気安いギルド。

全員が1年半前の同じ時期に同時に始め、部活の続きでやっていたため、

Lvだけは全員が90。

一応はアキコがギルドマスターだが、それだって他のメンバーに頼み込まれて

断りきれなかったと言うだけの話だ。


5月の大災害時は巨大ギルドが幅を利かせているアキバの零細ギルドとして

息苦しい生活をしてもいたが、6月に円卓会議ができてからは、

この『異世界』を友人達と楽しむ余裕を取り戻した。

海洋機構の募集に応じ、ギルドのみんなで設計を手伝ったオキュペテーが

出港したときは感動したし、その後行われたザントリーフ戦役でも

戦闘部隊として緑小鬼達を蹴散らした。

その立場が、彼らに当たり前のことを忘れさせた。


―――冒険者は、強い。されど『無敵』ではなく『最強』ですらない。


『幸運の星』は円卓会議が考えていた範囲では、

最悪から数えて2番目に悪い事態に巻き込まれていた。


北欧サーバダンジョン『神狼の森』


攻略法が確立された今でも、準備をしっかりした冒険者が96人集まって

なお3割は森の主である〈破滅の神狼〉の撃破に失敗して全滅すると言われていた、

北欧サーバの難関ダンジョンの1つ。

アキコたちは妖精の環により、その入り口にわずか8人で転移していた。


最初は仲間の召喚術師が放った〈偵察魔眼〉が見た光景から

ただの静かな森だと思っていた。

転移した後、ここが極めて危険なダンジョンだと気づいた時には遅かった。

そのときには密かに忍び寄っていたLv90の魔獣〈神狼(フェンリル)〉の

群れに囲まれていたのだ。

今まで、圧倒的に能力に劣るモンスターとしか戦ったことの無かった彼らに、

自らと対等な力を持つモンスター30頭は、余りに荷が重すぎた。

その結果が、今、アキコの目の前で繰り広げられた一方的な虐殺と言っても良い光景。


…友人達は、いつしか1人を残して完全に沈黙していた。

聞こえるのは、荒い息と、咀嚼音。


―――喰っている。こいつらは、部のみんなを喰っている。


それに気づいたとき、アキコは…失禁した。

「あ…あ…あ…」

アキコは理解している。

今、自分が生きているのは、後方の弓担当として、後ろにいたから。

…すぐにこいつ等は、自分に襲い掛かってくると。


「いや、いやあ…」

知識では知っている。この世界において、冒険者は、死んでも大神殿で生き返ると。

だが、だからと言って死ぬのはやはり怖い。

…化物に腕と脚と内臓を食いちぎられながら死ぬと分かっていてはなおさら。

「ばか…はやく…逃げろ…あき…こ…」

そして、最後の1人を屠った神狼たちは一斉にアキコの方を見る。


その真っ赤な瞳を見て、アキコは絶叫した。

「いやあああああああああ!」

帰還呪文が役に立たないのは、さっき見ていた。

帰還呪文は、戦闘から逃げ出すのに使うには余りに発動が遅い。

使っても、発動する前に、死ぬ。


恐怖に駆られ、アキコは行動する。

自らがここに来るのに使った妖精の環。

そこに逃げ込んだのだ。

妖精の環が光り、再びアキコを転移させ、神狼の森には再び静寂が戻る。


―――アォォォォン!


冒険者を撃退した神狼たちが一斉に遠吠えを上げた。



…その日、円卓会議に1つの知らせがもたらされた。

重大な事故報告。

それは『妖精の環解明プロジェクト』による『犠牲者』の発生。


ギルド『幸運の星』の全滅。

内訳は…死亡による大神殿への強制転移が…7


行方不明…1


それこそは、円卓会議が想定していた、最悪の事態であった。


『海外編3 技師のウィレム』



ユーレッド大陸西部は現在、繁栄と混沌が入り混じる地である。

今を去ること半年前、彼らは古くからの守護者たる〈古来種〉を失った。

彼らは何処へともなく去り、その行方はようとして知れない。

(あの古来種最強の騎士エリアス=ハックブレードが冒険者の女と

 一緒に旅をしているところを見たと言う話もあるが、都市伝説の類だろう)

そして、それと同時に冒険者は本来住まうべき天に帰る術を失った。


かくて、ユーレッド大陸には新たなる掟が生まれた。

すなわち…『冒険者を友とせよ。それに成功したものが繁栄を得る』と。


冒険者自身が王となることで、完全に冒険者の国となった国がある。

1つの家門以外の冒険者を全て追い出すことを条件に、

冒険者の騎士団の庇護を得た国がある。

悪しき冒険者の悪逆非道に手を貸すことで生き延びる道を選んだ国がある。

真実の食物を求めて集った冒険者を守護者とした国がある。

莫大な財力により、冒険者の聖地を買い上げて冒険者を臣従させた国がある。

小国ながら、冒険者に何故か気に入られて守られている国がある。

そして、財貨や姫君など、様々なものを与えることで

冒険者と契約を果たした国がいくつもある。


現在の大陸西部においては古き秩序と国力は大した問題とはならない。

国の力と覇権は、如何に強大で優れた冒険者を守護者と出来るかによって

決まるようになった。


ヘントホラン・ネーデル自治区の交易都市アムステルもまた、

優れた冒険者の手で発展した街である。


この、海に面した北ユーレッド辺境の街は、大陸西部でも急速に力を伸ばしていた。

アムステルに住まう冒険者の力によって。


アムステルは大神殿とギルド会館を有する冒険者の拠点となりうる街…

冒険者が言うところの『プレイヤータウン』である。

現在アムステルに住んでいる冒険者の数はおよそ1,200人。

西ユーレッドに数ある冒険者の拠点としては、やや少ない。

冒険者に守られた、秩序と平和を持つ街としてそこそこの繁栄は

享受出来る数ではあるが、逆に言うとその程度で収まる数とも言える。

にも関わらず『革命』後のアムステルはユーレッドでも

有数の繁栄を成し遂げた街である。


冒険者の数が文字通り他の街と比べて桁1つ違う、冒険者の聖地セブンヒル。


ユーレッドでも最強と噂される冒険者騎士団に守られた

アルスター騎士剣同盟の王都ロンデニウム。


豊かな食糧事情と、それに引かれて集まった冒険者により大きく発展した

ガリア武国の都ヴィア=フルール。


溢れんばかりの帝国の財力と、冒険者の武力の両輪を持つ

東方の大帝国オスマニアの帝都イスタンブル。


これら、大陸屈指の大都市にも負けぬほどの繁栄がアムステルにはある。


それをもたらしたのは、このアムステルの守護者たる、とある冒険者の騎士団である。


その騎士団(ギルド)の名は…〈ユニバーステイト〉

所属する冒険者の数はおよそ800人。

冒険者としての力量も数もそこそこ程度である彼らの最大の武器は…『知識』


元は、ユーレッド各地の『大学生』なる者たちが集い生み出したと言う

〈ユニバーステイト〉に属する冒険者は一様に、優れた『知識』を有していた。

大地人には理解すら難しい、高度で、優れた数々の知識。

それを使い、彼らは凄まじい勢いで様々なものを『発明』していった。


彼ら以外の誰が考え付くだろう?


どんな場所であっても方位を知ることが出来る『羅針盤』


昼間や曇り空など、夜空の星も目印1つ無い海の上であっても

自らの位置を知る方法と、それを助ける発明品『経緯儀』


どうやって知ったのか、冒険者の知識に基づいて作られた

極めて正確な『世界地図』と『地球儀』


特殊な技術で封を行うことで、時が経つと腐ると言う

真実の食物の弱点を克服した『瓶詰め』


これらを発明することによりアムステルはユーレッド中の船乗りの聖地として

急速な発展を遂げた。

ユーレッドにて今や生きる伝説と呼ばれるセブンヒルの冒険者組織

〈エル・ドラド〉とて、このアムステルにて発明された数々の品がなければ、

西方への遠征を成し遂げ、数々の交易品を持ち帰ることは出来なかっただろう。


そして、彼らはまた1つ、新しい発明をすすめていた。

完成すれば海に関する様々な常識を覆す発明を。



アムステル中央の一等地にある〈ユニバーステイト〉の城。

〈ユニバーステイト〉の頂点に立つ『学長』エルネストに呼び出された

アムステルの大地人技師、法儀族のウィレムはその問いかけに聞き返した。

「…異邦人、ですか?」


アムステルには、他に無い特徴として〈妖精の環〉と呼ばれるものが街中に存在する。

これは、セルデシアの世界各地に点在する他の妖精の環と繋がっており、

中に入ったものを別の妖精の環へと強制的に運ぶ。

そういう代物だ。

そして、稀にだが別の妖精の環からこのアムステルにある妖精の環へと

運ばれてくる大地人や冒険者がいる。

不幸な事故や自棄を起こして妖精の環に飛び込んだものたち。

それを〈ユニバーステイト〉の者たちは〈異邦人(クラント)〉と呼んでいた。


「そう。この前転移してきてアムステルで暮らしているアキコという異邦人。

 …彼女と、話をしてきて欲しい」

エスネストはウィレムに頷きを返して、言葉を続ける。

あの、名前と顔立ちからするとアジア系であろうアキコの存在は、

ギルドの中でも最近話題になってきていた。

異邦人の中では…否、このアムステルの冒険者としても異端の存在として。

「異邦人の冒険者を、ですか?」

エルネストの言葉に、ウィレムが再度尋ね返す。

冒険者…特に『治安の悪い』地域に住んでいた異邦人の冒険者は、多くが無法者だ。

衛兵の定めた掟を犯さぬ範囲での悪逆非道を平気で行う。

…その結果、この街のギルド会館を所有している〈ユニバーステイト〉より

ギルド会館に立ち入ることを禁ぜられ、アムステルより出て行く羽目になるのだが。

「ああ。今までの強い異邦人冒険者は、大地人はNPC…

 ある種の人形とみなすものばかりだった。

 衛兵のいないアムステルの街を出れば平気で悪しき行為に走るのもそれが原因だ」

「そうですね…無論エルネスト様は違いますが」

エルネストの苦い言葉にウィレムが言葉を重ねる。

ウィレムはエルネストに感謝をしていた。

魔導を繰るのに長けるよう造られた人造人間である法儀族で、

市政の貧乏技師だった自分を、〈ユニバーステイト〉のお抱えとして

拾い上げてくれた恩人であるが故に。

「いや…私たちも最初はそうだったさ。

 キミ達が予想以上に“使える”ことを知って、考えを改めたけどね…」

一方のエルネストもまたウィレムをはじめとした、

知識ある大地人には一定の敬意を払っていた。

この世界で『再現』した数々のアイテムは800人ほどの冒険者しかいない

〈ユニバーステイト〉の冒険者だけでは作り上げるのは困難だった。

彼らウィレムをはじめとした大地人の協力が無ければ、

未だ完成していなかったアイテムも多数存在しただろう。

「さて、話を戻そう…どうやらそのアキコと言うカンナギは、違うみたいなんだ。

 キミ達を相応の意思と魂を持つ対等なこの世界の住人として…

 そう、敬意を払っている。

 これは他の地域と比べれば秩序が保たれているらしい

 このユーレッドでもかなり珍しいことだ。

 大地人とは冒険者に圧倒的に劣るもの、弱者として支配し、

 或いは庇護を施してやるべきもの。

 …そんな考えが蔓延しているからね」

自分達ですら大地人に敬意を払うに至ったのは、ほんの数ヶ月前だ。

それをごく普通に受け入れている、冒険者。

彼女がどうやってそうなったのかに、興味があった。

「それは、間違いではないのでは?」

「力ではなく、知恵や考え方、魂のありようから言えば、そう変わるもんじゃないさ。

 教育を受けて知識を持ってる私たちの方が少しだけ有利と言うだけだよ」

ウィレムの問いかけに、エルネストは笑って首を振る。

街で大地人と交じり合って暮らして、実感した。

彼らは、泣いて笑って…生きている。そういう存在だ。

間違っても血の通わぬ作り物ではない。

「…それにね、アキコと言う冒険者は、知識も豊富らしい。

 ともすると私たち以上。多分それまでいた街が良かったんだろう」

気を取り直し、もう1つ。

エルネストがアキコを気にするようになった理由を説明する。

「知識ですか?」

「ああ、私も驚いたよ。彼女『教科書』を所持してるらしい。

 それも自作じゃない、他の誰かが作った奴をだ」

教科書。それは、自分達が思っても見なかった方向からの『発明品』だった。

他の誰かが作った…他の誰かのために使う発明品。

そんなものを所持していた冒険者など、アキコだけだ。

「彼女は、彼女のいた街の知識を持っている。

 それもこの世界の常識に真っ向から喧嘩を売るような、高度なものすらも。

 …彼女ならば外輪船に関して、何か知っているかもしれない」

その事実が、エルネストに1つの期待を抱かせた。

すなわち、新たなる発明のヒントを持っているかも知れないと。

「外輪船!?」

最後にエルネストが口に出したその言葉に、ウィレムは驚愕した。

外輪船。それこそが今、アムステルですすめられている、新たなる発明品であり、

アムステルに置いての最重要機密であるが故に。


外輪船とはユーレッドとウェンの往復を達成した〈エル・ドラド〉と共に旅をし、

莫大な報酬を得て故郷アムステルに戻ってきた船乗りが見たと言う、異形の船である。

帆もオールも無く、代わりに巨大な車輪がついたそれは『海を走る船』だと言う。

曰く、どの様な風であっても、逆に凪であっても関係なく動き、

その速度はただのガレー船とは比べ物にならぬほど速い。


西方の楽園『バルバトス』においては彼の国の『海軍』を名乗る冒険者が所有する

戦艦であり、もし、100を越える冒険者を満載したあの船が

〈エル・ドラド〉との戦いを選んでいたら、今頃〈エル・ドラド〉は

海の藻屑となっていただろうとその船乗りは言っていた。


初めて聞いたとき、ウィレムはそれを船乗りによくあるホラ話の類だと思った。

だが、冒険者は…学長エルネストは違った。


―――その発想は無かった!なるほど!その手があったか!


話を聞いたとき、そう叫んだ。

その翌日である。

アムステルの新たなる発明品として『外輪船』の研究が始まったのは。


「そう、外輪船…恐らくは蒸気船だろう。事実、蒸気機関の試作には成功した。

 だが、船に至るまでに必要な課題が山盛りだ。

 西の果てに現物が存在する以上、作れはするはずなんだけどね」

無論、このまま研究を進めていても1年ほど掛ければ何とか形にはなるだろう。

…その1年を短縮できる可能性があるのならば、是非とも話を聞くべきだともいえる。

「アムステルのことならばキミの方が詳しいだろう?

 それに街の守護者である私たちが動くと目立って仕方が無い。

 キミが適任だと私は思う。頼むよ。くれぐれも丁重にね」

そう言って、エルネストはウィレムに頭を下げる。

「…分かりました。お引き受けしましょう」

それにウィレムはそっと頷きを返した。



西ユーレッド有数の都市となったアムステル。

その外れにある、新たな民の住まう一帯…貧民街。

調査の結果、アキコがそこに住んでいると聞き、

ウィレムは自らの古巣であるその街を歩いていた。

(…やはり空気が変わっているな…)

自らが慣れ親しんだ怠惰の雰囲気とも、ここ最近の発展に伴う

危険の雰囲気とも違う空気に戸惑う。

今の貧民街は…活気があった。


このアムステルにおいては弱きものたち…

多くが故郷から逃げてきた移民やアムステルを離れるだけの力も、

知識を重んじる〈ユニバーステイト〉に入れるだけの知識もない

『弱き冒険者』がへばりつくように暮らす街。

〈ユニバーステイト〉が如何に高い知識を持ちいて街を発展させた、

アムステルの街の守護者だと言っても、限界はある。

今までこの街で暮らしてきた古き民には栄達したものもいるが、

金も知恵も力も無い、今まで住んでいた街や村に住めなくなって逃げてきた

難民が豊かに暮らせるほどには、アムステルは発展していない。

そうやって人だけが増えていくうちに拡大した、アムステルの光が作り出す陰の部分。


それが貧民街だった。


だが、今や貧民街は大きく変わっていた。

辺りを行きかうのは、装備を整えた貧民街に住む冒険者たち。

狩りをしてきたのか、辺りに住む大地人に肉や毛皮を売り渡している。

恐らくはこの一帯に住んでいる魔獣…

下手をすれば大地人の兵士にも劣る弱き冒険者では倒せなかったはずの魔物を、

彼らは倒してきたらしい。

見れば顔には精気が満ち、装備も真新しくて力を感じさせるものへと変わっている。


そしてその冒険者たちが、この貧民街にささやかな繁栄をもたらしていた。

簡素ながら、匂いからして〈真実の料理〉であろう食べ物が屋台に並び、

大地人の貧しいがために充分な技量を身に着けられなかった

職人が作った粗悪なポーションや道具がしきりに売り買いされている。

時折見られる、質が良いものは貧民街の冒険者が作ったものだろうか。

大地人の一流の職人が作ったものと同等の品が並んでいた。

そして、それを運ぶ仕事をしているのは、

それまではロクな仕事も無く飢えていた難民たち。

彼らは〈ユニバーステイト〉の繁栄から見捨てられながらも、逞しく生きていた。

(…なるほど、アキコなる人物…『ポラリス』の影響か)

その繁栄に対し、エルネストに頼まれた後、伝手を辿り、

アキコが貧民街で旅人を導く星、〈北極星(ポラリス)〉と

呼ばれていることを調べたウィレムはそう結論づけた。


アキコは今から2ヶ月前、このアムステルに転移してきた異邦人冒険者である。


種族はエルフ。髪は真っ直ぐで黒く、鼻が低い、この辺りでは珍しい顔立ち。

エルネストの言うとおりオスマニアよりも更に東方の出の冒険者だと言う。

技量は最高位であるLv90。

結界術と癒しの術を繰るカンナギであり、同時に大地人の達人に匹敵する技量の

符術士(スクロールメイカー)〉でもある。


転移し、暫くは街の中心近い宿屋で泣き暮らしていたらしいのだが、

2週間ほどして立ち直った。

それまで住み着いていた宿屋から出て貧民街にくだり、

力も知識も無かったがために打ち捨てられていた弱き冒険者に、

力と知恵を分け与えた。

戦うための知識と知恵を授け、己が技術を用いて作った、様々なスクロールを

安価で譲り、弱き冒険者が自らの足で立てるようになるまで、修行の手伝いすらした。

それから1ヶ月半。

アムステルの貧民街は退廃と淀みから脱却した。

今や貧民街を根城にする冒険者たち…

ポラリスの下に集った『幸運の星』の300人に及ぶ騎士たちは、

このアムステルのもう1つの守護騎士団として、多くの大地人に希望を与えていた。


貧民街でウィレムはまず、馴染みの酒場を尋ねることにした。

貧民街の見覚えのある地域…

かつて自分が赤貧にあえぎながら暮らしていたあばら屋に近い、安酒場。

主に大地人相手の商売で、料理を作る技を知らない独身のウィレムにとって、

毎日のように訪れていた通いなれた店だ。

(…ここも変わったな)

扉を開けた瞬間、ここにも変革の波が訪れたのを感じる。

胃袋を刺激される、心地よい匂い。

酒場では、〈真実の食物〉が出されるようになっていた。

海に近いアムステルならではの魚料理と、

近隣の町や村から持ち込まれた肉類を使った肉料理の香ばしい匂い。

ガリアから作り方が伝わってきてからヘルトホラン・ネーデル自治区でも

作られるようになった真実のエールのアルコール臭。

それらを飲み、食べて騒ぐ客たち。

そこには大地人も冒険者もなく、ただただ活気だけがあった。

「ウィレム?お前、ウィレムじゃないか!?」

入ってすぐに声をかけられる。

「あ、ああ…久しぶり。ガドラン」

その声の主…この店の店主であるドワーフに挨拶を返す。

少しだけ罪悪感を感じながら。

「珍しいなおい!〈ユニバーステイト〉の雇われ技師になってからは

トンとご無沙汰だったってのに!」

4ヶ月前、その知識を認められてこの貧民街を去った友人に対して、

ガドランの目は優しい。

彼は純粋に喜んでいた。この異種族の友人の栄達を。

「ああ、ちょっと忙しくてな…そっちも景気が良さそうじゃないか?」

これだけの活気だ。当然儲かっているんだろう。

そう思いながら、尋ねる。

「おう!最近は貧民街の冒険者も金持ってるからな!まったくポラリス様様だぜ!」

「そうか…ポラリスか」

破顔して言うガドランに、ウィレムは内心安堵する。

やはり情報は間違っていなかったらしい。

「…うん?なんだい?もしかしてポラリスに何か用なのか?」

「ああ。実はな…」

この辺りの顔役でもあるガドランに事情を説明する。

「なるほどな…確かにポラリスは頭もいいし、色々知ってる。

 〈ユニバーステイト〉の騎士様方が目をつけてもおかしかないか」

大きく頷いた後、ガドランは言う。

「そんなら、広場に行ってみるといい。

 この時間なら『幸運の星』の連中の何人かはあそこにいるよ」

「…広場?一体何をやっているんだ?」

不思議そうに尋ねるウィレムに、ガドランは言う。

「それがよ…学問教えてる。他の冒険者と一緒にな」

〈ユニバーステイト〉でもやっていないような、不思議な試みを。



雲1つ無い快晴の空の下、それは行われていた。

(なんと…こんなことまでやっていたのか)

広場に集っているのは、貧民街の冒険者や大地人たち。

子供や若者に混じって、大人もちらほら見える。

彼らは熱心にそれを見て、聞いていた。

己が興味を持つ、様々な学問の講師たる冒険者達を。


「…つまり、この3つのりんごと4つのりんご。足すと7つのりんごになります。

 これが足し算。そしてそこから2つ持っていくと、残りは5つのりんごになります。

 これが引き算です。」

りんごを台の上に並べ、初等算術を教えるものあり。

「この26文字がアルファベット。これを組み合わせれば様々なものが書けます。

 まずは自分の名前にどんなアルファベットが使われているか、覚えましょう」

紙を渡し、文字の書き方、読み方を教えているものあり。

「いいか。戦士職にとって、武器とはさほど重要ではない!

 無論よりよい物を手に入れるにこしたことは無いが、

 武器に使う金があるなら防具に金を使え!

 パーティーを組むのであれば、攻撃はアタッカーに任せても問題ない!」

冒険者や大地人の傭兵に戦術の講義を行うものあり。

「んで、最後はしっかりと火が通るまで焼いて…できあがり。

 ハンバーグなら切れ端とかクズ肉でも美味しく食べられるって

 アキコも言ってたよ!」

料理人が真実の料理の作り方を教えているところまである。


「…一体なんなのだこれは?」

その様子を、ウィレムは呆然と見ていた。

学問だ。学問だろう…なんで学問をやっている?

そんな気持ちが渦巻いていた。


学問の知識とは、秘匿するものである。

それが技術者にとっての常識だ。


それは〈ユニバーステイト〉でも一緒だった。

他の騎士団の冒険者はおろか、同じ〈ユニバーステイト〉の騎士同士であっても

ごく一部のものにしか知識は開放されず、友人ではない、

ただ同じ所属と言うだけの騎士が何を研究しているか知らない。

そんなのは日常茶飯事だ。

だが、ここでは野放図に知識が公開されていた。

それも、明らかに知識の深遠には届かぬであろう、学の無さそうな貧民にまで。


ウィレムは貧乏こそしていたが、これで師匠から技術を学んだ身である。

ウィレムの技術は師匠について学んだ、長年の雑用と苦労の結晶だった。

この技術は雇い主であるエルネストにすら容易く公開することは無い。

そういう教えを受けてきたウィレムにとって、

この青空教室の様子は衝撃すら持っていた。


「と、とにかく会いに行くとしよう…」

気を取り直し、ウィレムは近くの冒険者に尋ねる。

「すまない。ここにアキコという冒険者がいると聞いたのだが?」

「なんだ?うちのギルドのギルドマスターに大地人が?何の用だ?」

冒険者が怪訝そうにウィレムを見ながら、尋ねる。

「私は、〈ユニバーステイト〉の使いだ」

その言葉に、冒険者は驚いた顔をする。

彼もまた知っている。

この街の最大勢力…支配者たるギルドが誰なのかを。

「分かった…悪いがタイガーリリーを呼んで来てくれ。

 〈ユニバーステイト〉の使いが来た。そう言えば分かるはずだ」

冒険者が幸運の星の幹部の1人を呼びに行くよう頼み、ウィレムに向き直る。

「少し待っててくれ。すぐにアキコの補佐役が来るはずだ」

「ああ、分かった」

ウィレムが頷く。

果たしてすぐに1人の冒険者が来る。

緑色を帯びた黒髪を三つ編みにした、浅黒い肌の女冒険者。

種族はウィレムと同じ、法儀族。

武器の扱いに長けたスワッシュバックラーなのか2本の手斧を腰にさしている。

「…私は、アキコの護衛を勤める、タイガーリリーと言う。

 アキコが会うそうだ。ギルドキャッスルまで来い」

「了解した」

ウィレムが頷きを返し、2人は歩き出した。



…これが、噂のポラリスか。

冒険者たちが買い上げた古びた屋敷…幸運の星のギルドキャッスルで

ウィレムはようやく目的の人物とであった。

「ようこそおいでくださいました。ウィレムさん」

静かに微笑む、エルフの女。

真っ直ぐな黒髪をゆったりと結び、鼻は低い。

このアムステルでは珍しい顔立ちの彼女こそ、幸運の星の主。

「私はアキコと申します。以後、お見知りおきを」

貧民街のヌシとでも言うべき存在が、優雅な仕草でお辞儀をする。

「…言っておくが、妙な真似はするなよ?

 如何にこの街の支配者の使者とはいえ、アキコを傷つけることは私が許さん」

横にはぴったりと護衛としてタイガーリリーが侍っている。

この街の支配者…

ある意味で生殺与奪権を握る相手との交渉に緊張しているのか、敵意を放っている。

「分かっております。今回の話し合いは、ごく平和的なものです」

その威圧感に震えながら、ウィレムは用件を口に出す。

「なるほど…エルネストさんがそんなことを…」

〈ユニバーステイト〉からの協力依頼。

それを予測していたとでも言うようにアキコは頷きを返した。

「ええ。〈ユニバーステイト〉でも貴女の持つ知識には注目しております。

 是非とも力をお貸し願いたいと」

丁重にと言われているウィレムも出来る限り丁寧に応対する。

「そうですね…まずは、お話をするところから始めたいと思っております。

 私が、貴方たちに技術を提供するのは、やぶさかではありません。

 ですが、ただでと言うわけにも行きません。でしょう?」

「それは勿論…」

ウィレムも同意する。

今や幸運の星は〈ユニバーステイト〉に次ぐアムステル第2のギルド。

力を持つものとしてそれなりの要求は当然だろう。

それに、既に幸運の星は幾つかの街から『街の守護者』となって欲しいという

打診を受けているという情報もある。


最悪、アムステルから出て行くと言う選択肢を持つ相手だ。

慎重な対応が必要となる。

(どうやら、一筋縄では行きそうに無いな…)

それを覚悟し、ウィレムは具体的な話を始める。

エルネストから託された仕事を、無事果たすために。



―――来た。


予想通りの展開になった。

この街を守るギルド〈ユニバーステイト〉の使者だというウィレムさんと対峙し、

ウィレムさんににこやかに応対しながら一歩すすんだことに私は安堵する。


ここまで来るのは大変だった。

Lv90と言うだけで、それ以外は『ただの冒険者』だった私が、

アムステルの大規模ギルドと交渉できるだけの立場にようやく立てた。

今やギルド『幸運の星』はギルドメンバー300人…

この世界では充分な戦力と言ってもいい規模に達した。


もう1人じゃない。

ウェンで地獄を見たというタイガーリリーさんをはじめとして、

いざと言うとき助けてくれると確信できるくらいにはギルドのメンバーは

私を慕ってくれてるし、アムステルの大地人からの人気では、

〈ユニバーステイト〉とそんなに変わらないくらいにはなってる。

〈ユニバーステイト〉の方もただの女だと思って侮れる相手じゃないことくらいは

分かっているはず。

今ならば、当初危惧していた一方的な搾取ではなく、まともな交渉が成り立つ。


この世界は『ただの人』には厳しい世界だ。

特にユーレッドは弱い冒険者は奴隷にでもなるか、放り捨てられるか。

…あの〈ハーメルン〉みたいなことをしたって誰も止めてくれない。そういう世界だ。

だからこそ、私は、この街の『弱かった冒険者』を纏め上げた。

アキバで知らず知らずのうちに培った色々なものを惜しみなく分け与えて、

代わりに大切な仲間を得た。

それもこれも、私の目的を果たすため。


アキバに帰還する。


そのために私は戦ってきた。このアムステルで。

1ヵ月半と言う期間は短いのかもしれないが、私にとっては長い時間だった。

あのときから…“元”幸運の星になってしまった達也と、念話で話したときから。


思えばアムステルに1人飛ばされ、孤独と不安で泣いていた私がそれに気づいたのは、

2週間ほど経ったとある夜のことだった。


「達也!?」

ずっと灰色に染まっていたリストが白く染まった。

それを見たとき、私は反射的に達也をコールしていた。

『…前田!?お前、北欧にいたのか!?』

入ってきたのは、聞きなれた、達也の声。

…2週間も会っていなかった、大切な仲間の声。

「うん!今、アムステルって街ににいるの!」

そう言ったとき、私は泣いていたと思う。

助けに来てくれた。その安堵で。

『そっか…無事だったんだな…』

だから、気づくのが遅れた。

達也が酷く…困っていたことに。

「うん、うん!達也がいるってことはまっちゃんとかのっことか

 シンさんとかも一緒なんだよね?…え?」

それに気づいたのは、他の友達と話そうと、念話リストを確認したときだった。

「来たの…達也だけ?」

大切な友達がずらりと上に並んだリスト…

だが、念話可能になっているのは、達也だけだった。

『…いや、それは…そうか…分かるんだよな』

私の困惑に、酷く答えにくそうにしながら…それでも達也は答えてくれた。

『ごめん…もう、無いんだ…幸運の星』

「どういう…こと?」

最初にそう聞かされたとき、達也が何を言っているか理解できなかった。

『幸運の星はあの日で終わったんだ…狼に襲われて、全滅した日に。

 全員が殺されて…前田が帰ってこなかった。

 それで、みんなで喧嘩して…そのままギルマスのお前以外は全員ギルドを抜けた。

 幸運の星は…お前しか残ってない』

でも、達也は辛そうにしながら、本当のことを教えてくれた。

「そ、そんな…じゃ、じゃあなんで達也は!?」

『……俺は〈D.D.D〉に入ったんだ…お前を探すために。

 …1人で行って、またあんな目にあったらって思ったら…

 妖精の環に飛び込む勇気が出なかった。ごめんな…明子。無事でよかった。

 明子はアムステルにいるって、アキバに戻ったらみんなに伝える』


ごめんな。


その言葉に、震える。私は…見捨てられたのだ。

「達也…」

『いつかまた…向こうに、日本に戻れたら、また会おうぜ。

 大丈夫だ。きっと誰か…そう円卓会議とかが何とかしてくれる。

 …はい、分かりました……悪い。呼ばれてる。切るな』

その言葉を最後に、達也からの念話は途切れた。

再び達也の文字が灰色に戻る…帰還呪文で、アキバへと戻ったのだ。

そしてまた私はただ1人取り残された。


私は泣いた。

自分も他のみんなと同じく喰い殺されていれば、こんなことにならなかった。

きっと怖かったねと笑いあい、弱小ギルドの幸運の星として、幸せに暮らせたはずだ。

もう妖精の環解明プロジェクトには関わらなかったかも知れないが、

それでも、ここよりはずっと楽しく暮らせていたはずだ。


けれど、私は逃げてしまった。その結果が、これだ。


私は1人ぼっちで、見知らぬ土地で暮らさなきゃいけなくならなくなった。

いつか日本に帰還できる日まで…たった1人で。

天文部のみんなとの思い出がつまった『幸運の星』ももうない。

残ったのはギルドマスターの私だけが残った、残骸だ。


多分、私がいなくても世界は何も変わらない。

世界を動かすのは、この世界に愛された、物語の主人公みたいな凄い人たち。

そういう人たちが、達也が言っていたようにきっと何とかする。

円卓会議が、アキバを平和にしたみたいに。

私は、それをただ待っていればいい…いつか、良いことがあるのを、じっと。


―――そんなのは、イヤだ!


そう考えたら思わず声が出た。心のそこからそう思って。

ただただじっと待つだけの、いつまで続くかも分からない生活。

誰かに生きるのをゆだねるなんて、イヤだ。


いつの間にか、涙は止まっていた。

そして夜の闇の中、私は決意した。


アキバに帰る。持ってるものを、全部使ってでも。


帰ってからのことは後回しだ。

今は、ただ帰ることを目指そう。


そう考えて、私は、私なりの戦いを始めた。

この街で燻っていた低レベルの冒険者…彼らの力を借りるために。

私以上に何も与えられずに困っていた冒険者を、持てる限りの全てを使って、

この世界の〈冒険者〉として生きていけるよう鍛え上げた。

今ではアムステルで暮らす分には困らない程度の実力がついた。

その気になれば、別の街に移動することすら可能だ。

そして、そんな私を新しい『幸運の星』のみんなも慕ってくれている。

それは打算なのかも知れないが、大切な絆だ。

もう大丈夫だろう。

いつか、私がいなくなっても幸運の星はちゃんとやっていける。


ギルドのみんなには、もう伝えてある。

私はいつか、この街を出て故郷に戻るために戦っていると。

みんなも最初は驚いていたが、納得してくれている。


これから、私は〈ユニバーステイト〉の人たちと一緒に蒸気船を作る。

7月に作るのを手伝ったから、基本的な構造は知っている。

難しいところは、〈ユニバーステイト〉の人たちに任せても大丈夫なはずだ。

そしていつか蒸気船が完成したら…


そのときこそ、私はそれに乗ってアキバへと帰るのだ。

今日はここまで。


基本的にユーレッドの場合、契約した大規模ギルドを優遇し、

場合により他の冒険者の排除すら行います。


その結果、アキバやミナミほど発展した街は無い。

と言う設定で考えています。

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