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第26話 女衒のヨシフ

残酷描写注意!


今回のお話は、かなりの外道が主役のお話。

舞台は無法都市ススキノ。


それでは、どうぞ。



5月に起きたあれは、まさに革命だった。

なにしろ皇帝陛下ですら御しきれぬ化物〈冒険者〉が帝国に牙を剥いたのだ。

冒険者はあの狼どもすら鼻で笑えるくらいに強く、

止められるのは魔導鎧を着込んだ衛兵くらい。

そいつ等もあくまで盟約に従って動いてるのであって、

皇帝陛下の命令を聞くわけでもなし。

こんな状態で帝国が維持できるわけも無かった。


かくして、この帝国を支配していた皇帝陛下はススキノを捨てて身を隠し、

ススキノの支配者は、完全に冒険者に移った。


…まあ、俺にとっちゃあ悪い話じゃあなかった。

これは、革命だ。

それに合わせられない奴は滅ぶしかないが…

上手く立ち回れば、栄光をつかめる。


そういう時代に、俺は生きている。


朝。


俺は全裸で起き上がり、ベッドを出た。

クソ寒い冬の空気に眠気がすっ飛び、俺はぶるりと震えながら

さっさと着替えをはじめる。

「ふぁ…なんだい朝っぱらから張り切って…寒いじゃないのさ」

ベッドから、ナターシャ…かれこれ10年以上の付き合いになる、

古馴染みの情婦(イロ)が声を掛けてくる。

「おう。今日は『納品』だからな…しっかり準備しとかねえといけねえんだよ」

俺が今日の予定を告げると、ナターシャは不機嫌に顔をしかめる。

「準備ねぇ…まったく、冒険者どもと来たら女の価値ってのが分かってないよ。

 この道一筋12年。素人なら5分で天国に連れてってやれるっつう

 一流〈娼婦〉のナターシャさんより、素人のガキ好むなんてさ」

「よく言うぜ。この大年増が」

いつもの愚痴に、いつもの返し。

「なんだと?大体てめえが素人娘だったアタシを

 この道に仕込んだんだろうが、クソが」

のはずなんだが、今日はやけに絡んでくる。

「はん。よく言うぜ。そういうお前がそもそも誘ってきたんだろ?

 こんなクソ田舎の開拓村で泥にまみれて一生終えたくないの。

 何でもするからススキノまで連れてってって。

 金も学も腕もねえ若いだけの女がススキノで出来る仕事なんざ限られてんだよ」

いつもなら『うっさい』の一言でまた不貞寝をはじめるところなので、

今日のナターシャの態度が珍しく、俺は会話を続けることにする。

「…ちぃ。アタシもなんだってこんなタチの悪い男選んじまったんだか」

俺の言葉にはぁぁぁ…と息を吐くナターシャ。

「そりゃあ見る目が無かったんだろ…この俺と違ってな」

それを見ながら、俺が続けて軽口を叩くと、ナターシャが怒鳴り散らした。

「ああもうけったクソ悪い!行け!さっさと行っちまえ!

 節穴冒険者にクソガキ売りつけて金もってこい!」

やれやれ、今日は随分気がたってるらしい。

ナターシャに怒鳴り返されて、俺は少しだけ竦んだ。

「なんだよ、ずいぶん気が立ってるじゃねえか…あの日か?」

いつもなら未通娘じゃあるまいし、このくらいの冗談平気で流すはずなんだが。

何故だか今日は妙にナターシャの気が荒かった。

「うっさい!死ね!冒険者に襲われて死んじまえ!」

まったく、女のヒステリーってのは怖くていけねえや。

そもそも俺がこうして囲ってやらなきゃお前だって危なかったってのによ。

俺はため息をついて、着替えの続きをはじめる。

最近買った、仕立ての良い絹の上下を着て、剣帯を下げる。

右腰には長年の相棒である魔法銀製のサーベル、

左腰には2年前に戦場で拾った氷の魔法が宿ったレイピア。

この二刀流が最近の俺のスタイル。

最後にクソ高い金を払って冷気と刃に対する防御の魔法をたっぷりと染み込ませた、

下手な板金鎧より硬い愛用のレザーコートを着込んで一丁上がり。

…まあ、この程度じゃあ〈冒険者〉や〈強化人間〉みてえな

化物相手には気休めだが、無いよりゃいい。


「さてと、お仕事しますかね」

今日は3人ほど『納品』があるから、ゆっくりもしてられない。

俺は客室に向かい…仕入れてきた『商品』を連れ出す。

「あ、あの…私、どうなるんですか?」

連れ出した商品…3日前奴隷市場で買ってきて今日まで世話してた、

出会った頃のナターシャを思い出させる開拓民の娘が俺に震えながら尋ねる。

「そりゃあ…冒険者に売るに決まってるだろ。

 俺はとりあえずナターシャ1人で充分だからな」

なんでもないように、いつも通りのことを伝えると、

哀れな娘はぶるぶると震えだした。

「そ、そんな…冒険者に…」

そういやコイツは村丸ごと冒険者に焼き払われて連れてこられたんだったか。

それを思い出し、苦笑しながら言う。

「まあ、安心しろや。俺の客筋は…冒険者のクズの中じゃ多少はマシなクズだからよ」

慰めにもならないかもしれない言葉だが、事実だ。

とりあえず、大地人の女でもそれなりの扱いはする奴としか取引していない。


…3日に1度は古いのを『処分』するような本物のゲスは、得てして金回りが悪いしな。


女奴隷を市場で仕入れて、金回りの良い…この街基準で良心的な冒険者に売る。

それが今の俺の仕事だ。


「第26話 女衒のヨシフ」


1


火酒でも飲んで、身体をあっためときゃあよかったなあ。

そう思いながら、俺は冬のススキノを歩く。

ススキノは相変わらず、クソ寒かった。

「ほれ、早く歩けや」

さっさと納品を終えたくて、俺は犬みたいに女の腰に結んだ革紐を引っ張る。

街中じゃあ剣を抜くと衛兵…

魔導鎧着込んだ化物がすっ飛んでくるので、こうした準備が必要になる。

仮にもLv47の俺ならばこんな素人娘、素手でも容易く押さえつけられるが、

下手に傷をつけたり怪我させたら後がめんどくさいし、最悪買い叩かれるからな。

「…どうせ私も終わりだもの」

女が自棄になって反抗的な態度を取る。

なるほどな。コイツも色々聞いてたんだろう。

冒険者の奴隷になった大地人がどうなったかを。

多分女の世話してるナターシャ辺りに。

「だから言ってんだろ。俺の客筋は多少は『マシ』な連中だって」

俺も気休めにしかならないことは知ってるが、一応娘に教えてやる。

この街で、奴隷になった奴の心得って奴を。


誰に…どんな冒険者に飼われるか。

それが、今の帝国の奴隷にとっては非常に重要だ。普通に命にかかわる。

今、帝国に残っている冒険者は、軒並みヤバいくらい強い。

夏ぐらいまではよわっちい冒険者も居て、

より強い冒険者に大地人みたいに飼われていたが、

そういう奴等はみんな、南から来た別の冒険者についていった。


大地人でも、クソ強い冒険者が後ろについてりゃ、威張り散らせる。

あの冒険者相手に、偉そうにすることすら出来る。

今のススキノは、そういう街だ。


例えば、この街には秋口まで『銀の剣士』と俺たちの間で呼ばれていた冒険者がいた。

その名の通り銀の髪と赤い目を持つ若い男で、とてつもない剣の使い手。

俺と同じ盗剣士だとは思えないほど強かった。

ススキノのいる冒険者の中じゃ、あの化物女と並んで最強の座を争っていたほどだ。


そんな銀の剣士に飼われていたのが、エリーっつう料理人見習いのガキだ。

親に口減らしとしてパン屋に売られた貧民のガキで、冒険者に捕まり奴隷にされた。


そして、エリーにとっては幸運なことに、銀の剣士に買われた。


驚いたことに、銀の剣士は金貨6,000も出して買い取った奴隷(エリー)

『人間』として扱った。

銀の剣士自身の身の回りの世話と言う楽な仕事しかさせないのに、

ベッドとメシを与えた。


それも普通の下働きが食うような粗末な黒パンとか麦粥なんかじゃない。

自分と同じ、エリーが材料をたっぷり使って作った『ご馳走』をだ。

おまけに作りすぎて余った分を、他の大地人に与えるのすら許していた。

…明らかに2人分より多い量を毎回作ってやがるのも普通に見逃してたほどだ。


あの頃はエリーの作る飯を求めて、エリーが寸胴鍋を抱えて家から出てくるたびに

負け犬どもが群がっていた。

負け犬どもは後ろについてる銀の剣士の影に怯えて丁重に扱いながら、

少しでも多く餌を得ようと尻尾を振っていた。

その後、銀の剣士と銀の剣士を見事にたらしこんだ傭兵女、

そしてエリーがススキノを去ると決まった時は、

相当数の負け犬どもが一緒に南の冒険者の巣であるアキバへ行くことを

決め込んだほどだった。


エリーは、ススキノの大地人の間じゃあ随分と羨まれてた。

まあ、銀の剣士ほどの甘ちゃんは流石に珍しいが、

それでも多少はマシって奴もいるにはいる。

お前を買うのはそういう奴だから、精々捨てられないように励め。


そんな説教をしてたあたりで、目的地につく。

ススキノの街の中心近い高級な宿。


別の冒険者に占拠されてたそれを買い上げた冒険者がやってる酒場『ナイトドリーム』

それが今日の俺の最初の客だった。


「すいません。お約束差し上げてたヨシフですが」

「あらぁ。いらっしゃいヨシフさん。新しい娘の紹介よね?ちょっと待っててね」

見事な内装の店へと入り、昼の店番を任されている受付に来訪を告げる。

すっかり板についてやがる。ほんの数ヶ月前まで山出しの村娘だったくせに。

「ちわっす。いらっしゃいヨシフさん」

それから程なくして、少し眠そうな店の店主…狂夜(きょうや)が現れる。

「わ…」

連れてきた娘が思わず生唾を飲む音が聞こえた。いつも通り。

「へぇ…可愛いじゃん。キミが、今日から俺たちの仲間になる子だよね?」

目ざとく連れてきた娘を見て、ひゅうと口笛を鳴らす狂夜。

この、顔立ちが整った平民ばかり好んで買う冒険者は…恐ろしく美形だった。


透き通るような金髪に、紅玉の瞳。透き通るような白い肌。

すらりと細身ながら鍛えこまれた、彫刻のような身体を包むのは、

所々に金の装飾品を散らした黒の夜会服。

『ナイトドリーム』の店主であり、同じ名前の家門の当主でもある狂夜は

恐ろしくすべてが整っている。


Lv90と言う超一流の格闘家であり、その実力はトラブルを起こした客を

あっさりと倒してみせるほど強い。

そして、店で働く冒険者は、狂夜と同じくらいの強さであると同時に美形揃い。

冒険者や冒険者の威をかる大地人が男も女も大量の金を落として通う『癒し』の店。


それがこの『ナイトドリーム』だ。


なんでも昔『ホスト』とか言う仕事をしていた冒険者が集まって作った家門で、

最初はアキバで店をやろうと思っていたのだが、円卓会議の方針と

円卓会議を司る騎士団の1つの当主である武士が気に食わなくて

ススキノに移ってきたという。


「それで…お買い上げ頂けるでしょうか?

 お値段は金貨7000枚ほどとなっておりますが」

俺の、初対面の子供に見せるとまず泣き出す笑顔を向けて、俺は狂夜に尋ねる。

「う~ん、それは…キミ、どうする?俺の店で働いてくれるかな?」

聞くのかよ。毎回そう思う。

そう、この狂夜が奴隷を買い上げるかどうかは、最後は奴隷の意思次第なのだ。

「服とかごはんとかは、俺たちがちゃんと世話するよ。

 お給金も少しだけどちゃんとあげる…それで、どうかな?やってくれる?」

「は、はい!よろしくお願いします!」

断られるとこ見たこと無いけどな。

断ったら後が怖いし、それにこんだけの美形から聞かれたら

そりゃ頷くってもんだろう。

「オッケー。貰うよ。お金はエレーナさんから受け取って」

そう言うとさらりと買ったばかりの奴隷に肩を回し、店の奥に連れて行く。

女の方が無意識に狂夜に身を寄せてる辺り、世の中不公平だ…

なんてのは今さらだな。


俺は嘆息して、店の金庫番を任されている会計士の女の下に向かう。

ちょっと気がすすまない。

残り2人は…どっちも面倒くさい女だからなあ。



俺は一旦根城にしている宿屋に戻り、次の商品を連れ出す。

行き先は、ススキノから馬で30分程離れた、森の中にある小屋。

途中冒険者の盗賊団に襲われると厄介な場所だが、

その手の連中は今は大分数も減ったし、バックについてる冒険者が

割とヤバい連中が多い俺を襲うほどの馬鹿もそういない。


それに、その辺の大地人の盗賊団程度なら、俺とコイツなら負けることは無いだろう。

「それで、本当にヒナがいるんでしょうね?…嘘だったら、殺すわよ」

「分かってるよ…俺はこれでも嘘をつかない主義でな」

俺が連れてるのは、長い黒髪に青い目の女。

纏っているのは、帝国人が忌み嫌う奴等の伝統装束。

俺より20以上も若い癖に、技量は俺とほぼ互角だと言う。

つくづく、こいつ等…狼どもって奴は狂ってやがる。


そう、俺が連れているのは泣く子も黙る狼どものメスだった。

それも、ただのメスじゃない。

20年で狼どもの群れを率いて潰した村の数は30以上、

殺した帝国人の数は1000以上、返り討ちにした討伐隊も10を越えるという、

賞金首にまでなった最悪のメス狼『片目のアイラ』の娘、リズだとコイツは名乗った。

多分マジだろう。実力が半端じゃない上に、相当数の場数も踏んでる動きをしていた。


…昨日、どうやって調べたのか、俺が売り払った『商品』の情報を掴み、

詳しいことを聞きだすために街のすぐ外で襲ってきた時は、

正直生きた心地がしなかった。

おそらく、本気で戦りあったら経験の差ってのを加味して俺が勝てる確率は6割程度。

4割がた、俺が負けて死ぬ。

それぐらいの実力が、この『新しい商品』にはあった。


それから程なくして無事に何事もなくそこへたどり着く。

「ついたぞ。ここだ…」

「ここ?随分とみすぼらしいけど…騙してないでしょうね?」

その場所に、リズは首を傾げる。

そこは、小さな小屋だった。

元々は、樵の炭焼き小屋だったものに手を入れたもの。

部屋数は3つしかない平屋の…まあみすぼらしい小屋だ。

「ちげえよ。ここの主の趣味だ」

なんでもここの主である赤狼(セキロウ)は、広過ぎる屋敷は落ち着かないらしい。

屋敷買えるくらいの金はあるが、住むところなどこの程度で充分。

と言うのが、赤狼の弁だ。


「ほれ、入るぞ」

俺は一応この小屋の出入りを認められている。

何でも赤狼に奴隷を売ったからだと言う。

まあ、別に取られるものも無いしと、赤狼が言っていた。

貴重な品物は全部銀行に預けてあるので問題ないらしい。

「…あ、ヨシフさん!お久しぶりです!」

そんなわけで留守なら戻ってくるまで待たせてもらおうと思いながら

さっさとリズを連れて小屋に入ると、部屋のドアが開いて、俺たちに声が掛けられた。

出てきたのは、肩口で切りそろえられた手入れの行き届いた

リズと同じ黒い髪と、青い瞳。

胸元を白いスカーフで飾った紺色のシャツと、同じく紺色の脚が見える

布切れって言っても良いくらい短いスカート。

太ももまでを覆うのは白の長い靴下、そして最後に華奢な黒のエナメル靴を履いた…

狼どものメス。

「…ヒナ?ヒナなの!?」

その姿にリズが驚いた声を上げる。

「お姉ちゃん!?」

一方の狼どものメス…2ヶ月前に俺が赤狼に売ったヒナの奴も驚いた声を上げる。

「よかった!無事だったんだね!」

思わず駆け寄り、ヒナを抱きしめるリズ。尻尾が現れてブンブンふられている。

感動的な再会って奴なのかね?こういう場合でも。

「あー、ヒナちゃんよお。赤狼さんはいないのか?」

ヒナが出てきたのに赤狼は出てくる気配が無い。

そのことに、微妙に嫌な予感を覚えながら俺はヒナに尋ねる。

「はい。おにいちゃんはちょっとススキノに買出しに行ってます。

 私は危ないからお留守番です」

どうやら赤狼はいないらしい…やばい。

「ほう…それは好都合だね」

…あー、やっぱり。

リズが戦闘態勢に入った。

「ヒナ…さっさとずらかるよ…コイツを始末してね」

すらりと立ち上がる、リズ。

「お、お姉ちゃん?」

目を白黒させるヒナを無視しながら、リズは俺の方に向き直る。

「…ヒナをどうやって逃がそうか色々考えてたけど、必要なかったみたいね…」

まあ、そう来るよな。

狼ども…それも寄りにもよって片目のアイラの血族が

帝国人始末するのを今さら躊躇するわけが無いし。

「あー、一応言っとくがな…やめといた方がいいぞ?」

俺も合わせるように剣を抜きながら一応言う。

コイツは状況が見えていない。長生きは出来ないタイプだなと思いながら。

「ふん…未熟とはいえヒナもいるんだ。アンタ如きに負けるかっての」

それはこっちの台詞だ。

喉元まででかかった言葉を飲み込む。

「ちぃ!?いきなりかよ!」

リズが懐から取り出した、何かが詰まった袋を放ってきたのだ。


やべえ。

俺は直感的にそれを悟って咄嗟に両手で喉と顔を守る。

その直後、予想通りにリズの魔法が炸裂する!


「…〈リーフブレイド〉!」


袋が弾け飛び、中のもの…袋一杯に詰められた落ち葉が俺に殺到してきた。

リズの…〈森呪遣い〉の魔術によって鋼の鋭さを与えられた落ち葉が、

俺の身体を切り裂いていく。

防御魔法がかけられたレザーコートの上からでも相当な痛みが俺に伝わる。

レザーコートを着込んでなかったら、今頃もっと酷い怪我を負っていただろう。

「ちっ!流石に一発とはいかないか!」

そのまま、リズは再び魔法の詠唱に入ろうとする。

それを俺は…止めようともせず、見る。

というか、俺が出るまでも無い。


「…〈リーフブレイド〉」


再び森呪遣いの魔術が発動する。

「きゃああああ!?」

その魔法に甲高い悲鳴を上げたのは…リズの方だ。

俺の足元に落ちた、魔力を失った落ち葉…それが再び魔力を帯びてリズを襲った。

急所を外すためか、全部下半身に集中したせいで、リズの脚はずたずたになった。

…何発かは骨にまで達したのか、立ってられなくなったリズが転ぶ。

「な、なんで…」

上半身だけで後ろを向き、やった奴…ヒナを見る。

色々信じられないのだろう。

ヒナに魔法で攻撃されたこと、しかもそれが自分の魔法を上回るほど

強力なものだったこと。

それに混乱しているのだ。

「ダメだよお姉ちゃん。ヨシフさん殺したら…おにいちゃんに怒られちゃうでしょ?」

対するヒナは涼しい顔だ。

「喧嘩はやめてね?…〈ハートビートヒーリング〉」

そのまま今度は強力な癒しの術を発動させる。

見る見るうちにリズが負った傷が塞がって行く。

だが、傷が完全に塞がっても立ち上がろうとしない…混乱で動けないのだ。

「だから言っただろ?やめといた方がいいって…そいつはな、赤狼に惚れてるんだよ」

そんなリズに、俺はずきずき痛む身体をさすりながら本当のことを教える。


赤狼は…狼牙族。それも鬼神の如き力を持った武士。

狼どもが夫とするには理想と言っても良い存在。


…今のヒナは、赤狼に完全に懐いた〈強化人間〉なのだ。


強化人間ってのは、冒険者が言い出した言葉だ。

冒険者の秘術により、大地人とは思えない戦闘能力を持つに至った大地人。

ちなみに最初に始めたのはあの銀の剣士で、

二流の傭兵だったとある女を1ヶ月でLv60を越える化物に仕立て上げた。

赤狼も銀の剣士と同じことをして、ヒナに力を与えた。

ちなみに俺がリズとサシで戦って勝つ確率は6割程度だが…

ヒナを敵にまわしたら余裕で1割を切る。

それくらいの実力差があった。


「助けに来てくれて嬉しかったよ。ありがとう、お姉ちゃん」

そう言って笑っているヒナ…それだけなのに背筋がぞくりとする。

「ひ、ひな…?」

リズの奴も声が震えてる。多分、ようやく分かったんだろう。

今、この場で一番強い奴が誰なのか。

「お姉ちゃんも一緒に住もう?ここは、良いところだよ?

 おにいちゃんだって、きっといいって言ってくれる…だけどね」

この場で最強の存在…ヒナがしゃがみ込む。

リズと視線をしっかりあわせるために。

リズに古株として、女としての上下関係って奴を叩き込むために。

「…おにいちゃんに色目使ったら、お姉ちゃんでもぶっ殺すからね?」

そういわれた瞬間のリズがどんな顔をしていたのかは、俺のほうからは見えなかった。

だがまあ、何となくどんな顔をしてたのかは分かる。


…うつぶせになったリズの尻尾が、形の良い尻の方に

 くるりと丸まっていく様子が、丸見えだったからな。



新しい商品…リズの料金は後払い。

おにいちゃんにちゃんと買ってくれるように頼んでおくから。

そんな言葉を貰って、俺はヒナに傷を治してもらってあの場を退散した。

単なる口約束だが、まあ大丈夫だろう。

ヒナは赤狼が癒し手兼世話係を欲しがっていると言う話を聞いて

売った奴隷だったが、おにいちゃん…もとい赤狼はヒナにはダダ甘だし、

何より義理堅い。踏み倒される心配はまずしなくていい。


そんなわけで、捨てられた子犬のような目をしたリズを華麗に無視して

俺はまた根城にしている宿屋に戻り、本日最後の商品を運んでいた。

「ああ!なんでわたくしがこんな下賎の輩なぞに!」

そりゃあおめえ…わがまま言い過ぎて世話役の執事に裏切られたからだろ。

俺はげんなりしながら内心で突っ込みを入れる。

そう、コイツは親が死んだことの意味とか、

今の帝国では帝国貴族の血を引いてるなんてクソの役にも立たないとか、

そんなことが根本的に分かっていない。


うちで世話していたときもやれベッドが硬いだの、食事が貧相だの、

ドレスが足りないだのと散々だった。

…まあ、そういうわけだからこそ、俺の知ってる中じゃあ

一番ヤバい客に売ることにしたんだが。

どの道コイツが『貴族』であることに価値を見出す冒険者ってのは、少ないからな。


といったところで到着。

ススキノの、元々はどこぞの貴族の邸宅だった屋敷。

そこに仕える執事に来訪を告げる。

「承りました。商品の件については、カオル様はエカテリーナ様に

 ご一任するとのことですので、エカテリーナ様をお呼びしてまいります」

…しょっぱなからついてないなコイツ。

そう思いながら、頷く。

程なくして、ここの主、必殺のカオル1番の『愛犬』が姿を現す。

「まあ。また探してきてくださいましたのね。ヨシフ」

ゆるく波打つ金色の髪と、磨きぬいたエメラルドのような翠の瞳。

豪奢な赤のドレスに、帝国では皇家にしか纏うことが許されぬ、

雪虎の毛皮を使ったマント。

そして、腰から下げた、恐ろしく禍々しい気配を纏った、長い鞭。

そう、彼女こそは…

「エカテリーナ姫様…」

それまで不機嫌そうにしていた貴族娘が驚いた声を上げる。

…今、見事にやばいことを言ったという自覚も無いまま。

案の定、エカテリーナの眉が不機嫌そうに潜められる。そして。

「きゃあ!?」

エカテリーナの右手が一瞬霞んだかと思うと、貴族娘の肩が砕けた。

一瞬での、鞭による制裁。

本気でやったら砕けるどころかもぎ取れるほどの威力がある。

その痛みにのた打ち回る貴族娘を踏みつけながら、エカテリーナは言った。

「皇女を姫と呼ぶのは帝国においては最大の非礼。

 その程度のこと、常識ではなくて?」

笑顔になり、貴族娘に確認するエカテリーナ。

貴族娘は涙目で必死に頷く。

本能的に悟ったんだろう。逆らったら、死ぬと。

無論俺も帝国において現在皇女と認められているのは、

先帝陛下の御子であるエリザベート皇女殿下だけだなんて野暮は言わない。

そんなことを言って、首から上がさっぱりするのは、俺だって御免なのだ。


エカテリーナ・T・アウグスタ。


先帝陛下の弟であり、狼どもすら上回る無類の剣の腕と戦術眼から皇将軍の

異名を持っていた、帝国軍の最高司令官エドゥアルド・F・ラーディル閣下の娘。

…皇家の血を引いちゃあ居るが、皇家を名乗ることは許されない皇に連なる姫だ。

2年前の戦で皇家であったエドゥアルド閣下が討ち死にしてからは

母方の家である帝国貴族の重鎮、アウグスタ侯爵家の姫として、

いずれ帝国かイースタルの貴族に嫁ぎ、適当に暮らすはずだった女。

だが、それは夏までの間だった。


アウグスタ家は、滅んだ。

仮にも皇家の1人と正室として婚姻が許されるほどの

帝国貴族の名家とは思えないほど、あっさりと。

滅ぼしたのは、たった11人の冒険者。


相手が悪かった。

同じ冒険者からすら恐れられる、最強の一角たる冒険者『必殺のカオル』とその一味。

あの化物女に眼をつけられては、如何に自慢の私兵団と言えど、敵ではなかった。

むしろ怒らせただけで終わり、アウグスタ家の屋敷は見事に焼き払われ、

エカテリーナはカオルの『愛犬』となった。


…で、今に至る。


エカテリーナは、あのカオルに忠義を尽くし、邪魔となる他の、

エカテリーナが愛犬となる前からいた冒険者と愛犬どもを追い払い、

最後にカオルに魂まで売り渡すことで、寵愛と凄まじい力を得た。


貴族の権謀術数については詳しくても戦の作法などまるで知らなかった

エカテリーナが、冒険者によって閣下よりも遥かに強い、

Lv70を越える強化人間の暗殺者と化すなど、

天国の閣下も予想していなかっただろう。


今では帝国の『正当なる皇女殿下』として、ススキノ近辺の

大地人の一部を支配すらしている。


エカテリーナは、性格が歪んでいる。

元々だったのか、色々ありすぎてぶっ壊れたのかは知らんが、

エカテリーナは殺しを楽しむ。

エカテリーナの鞭で肉の塊に変えられた大地人は、結構な数に昇る。

まあ、カオルは大地人の扱いもそこそこ丁寧なので、

エカテリーナを怒らせさえしなければ、貴族に相応しい待遇は得られる。


…エカテリーナを怒らせた場合は最悪命が無いが。

「あ、あの…それで、ですね。エカテリーナ皇女殿下…」

「分かっていますわ。アラン、ヨシフに褒美を準備して頂戴な。

 それと、これの骨を治す癒し手を」

「かしこまりました。エカテリーナ様」

もみ手をしながら下手に出る俺にエカテリーナは頷き、執事に命令を出す。

程なくして、金貨数万はするであろう見事な宝石細工と、強化人間の施療神官…

確か帝国教会の高司祭の娘が連れてこられて治療をはじめる。

「はい。確かに。ありがとうございます。今後ともご贔屓に。ええ」

それを受け取り、俺は慌ててエカテリーナの屋敷を辞去する。


…自分で売っぱらっといてなんだが、少し悪いことをしたかもな、などと思いながら。



今日は色々あって疲れた。

俺は根城の宿屋に戻り、テーブルに突っ伏していた。

時刻は既に夕刻、今にも沈みそうな太陽が食堂を照らす。

今日はさっさと休もう。そう思ってたときだった。


「…あのさ、ちょっといいかい?ヨシフ…」

ナターシャが、思いつめた表情で、俺の元にやってくる。

「なんだよ?機嫌は直ったのか?」

「ああ…えっと、その、ごめん。アタシも悪かったよ」

ナターシャが素直に謝るなんて、滅多にあることじゃない。

「なんでえ…随分と殊勝じゃねえか?一体何があったんだよ?」

なにか、大変なことがあったのか?

そう思いながら、俺はナターシャに尋ねる。

そして、それにナターシャは思いつめた顔をして…

「…実はさ…アタシ、ガキを孕んだみたいなんだ」

とんでもないことを言い出した。

「…なんだって?」

思わず聞き返す。

聞き間違いかと思った。

「ここ3ヶ月ばかし、月のものが来なくてさ…堕ろし屋に見てもらったんだ…」

だが、間違いじゃないらしい。

ナターシャは…ガキを孕んだ。

そしてそれが意味するのは…

「…アタシは、ここ半年ばかりは、アンタにしか抱かれてない。

 だからさ…アンタの子だよ。絶対にね」

俺の…ガキ?

おいおい待ってくれ。

そんな俺の気持ちをよそにナターシャは言葉を続ける。

「そいでさ…堕ろし屋が言うには、歳が歳だから今堕ろしたら

 多分2度と孕めないって言うんだ。

 そりゃあアタシみたいな娼婦にとっちゃあその方がありがたいんだろうけどさ。

 けどさ、やっぱその…アタシは…」

最後の言葉は飲み込む。

だが、ナターシャの奴が言いたいことは分かる。

娼婦は、乳飲み子のガキ抱えて出来るほど甘い仕事じゃない。

ガキを産む。それは娼婦にとって、仕事をやめると言うのに等しい。

コイツはきっと俺に…


「…いいぜ。産めよ」

ナターシャがパッと俺を見た。

「俺のガキで間違いないんだろ?だったら産んじまえよ…」

その瞬間、俺は激しく抱きつかれる。

唇には甘い感触と白粉の匂い、そして…しょっぱい味。

…ナターシャは、泣いていた。嬉し涙だろう。

俺はナターシャの背中を撫でてやりながら、

腹の子にさわりが無いようにそっと抱きしめる。

俺のほうも…自然と涙が出てきた。


今は、革命のとき。

時代遅れになった奴等は滅び、時流に乗った奴等は栄光を得る。

だけど、それでも、人間って奴は逞しく生き続ける。

なんとかして幸せになろうともがきながら、必死に。


そういう時代に、俺は生きている。

今日はここまで。


わずか200人ほどの冒険者で大地人を支配しているなら、

間違いなく冒険者にこびて支配する側になる大地人も

いるんだろうなということで、今回のお話となりました。

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