第25話 難民のキョウ
今回は、夏の終わりの物語。
以前登場したとある2人の物語。
テーマは『ザントリーフ戦役』
…と、言いつつ戦闘シーンは無かったり。
それでは、どうぞ。
―――自分の店を持てれば…そうしたら、お前達にも、こんな明日も知れない
旅暮らしじゃない、城壁に守られた安全な暮らしをさせられるのに。
父さんは、いつもそう言っていた…多分、無理だって父さんにも分かっていたと思う。
父さんは腕の良い武器職人だったし、傭兵相手の商売でお金も少しはあったけど…
獣人だった。
父さんと、私たちが幼い頃に病気で死んだ母さん。私と双子の姉さん。
私たち家族は、善なる獣人族の1つである〈狼牙族〉として、この世界に生まれた。
世間の風は狼牙族を含む善なる獣人族には冷たいものだ。
耳と尻尾を出さぬよう気をつけ、人間族のフリをして街に潜り込むくらいは出来ても、
ご領主様と職人の組合の許可を得て、店を建てるなど、夢のまた夢。
そんなことは、私も姉さんも、なにより父さんも分かっていた。
その父さんも、もういない…ついさっき、死んだ。
旅から旅の行商人には付き物の、亜人との戦い。相手は緑小鬼。
普段であれば、護衛に雇っていた傭兵の人たちにかかれば、
簡単に返り討ちに出来る相手。
…でも、あんな数で襲ってきたのは、初めてだった。
雇っていた傭兵と父さんは、勝てないと分かると、私と姉さんを逃がした。
いつか店を起こすための蓄えをわざわざ馬に積んだあと、
私たちを馬に乗せ、逃げるように言って逃がし、
それからすぐ、断末魔と緑小鬼が勝利の雄たけびを上げるのが、耳に入った。
もう男手1つで私たちを育ててくれた父さんは生きていない。
それだけは確かなのが、分かった。
「ああ!キョウ!私たち、もうおしまいですわ!
私達のような小娘2人では、すぐに追いつかれるのがオチですわ!
そうなればあの残虐な小人たちはまず足を潰して逃げられなくしたあとに
私達を嬲者に…ああ!」
馬を繰る私に、ぎゅっと抱きつきながら囁かれ続ける、いつもの姉さんのパニック。
…静かにして欲しい。本当になりそうで、怖くてたまらないのに。
「大丈夫ですよ。姉さん。もう少しです。ほら、あそこにかがり火が見えます。
誰かがあそこにいる証拠です」
姉さんと、私自身を落ち着かせるために、目の前を見据えて、言う。
目に入るのは、赤々と燃える火。
誰かが、火をたいている。
それも、1人や2人ではない、かなり大規模なかがり火だ。
「そ、そうですわよね!あんな、古びた遺跡しか無いような場所で
かがり火をたいているんですもの!きっと誰か、たくさんの……緑小鬼?」
……その可能性があることには、気づいて欲しくなかった。
案の定姉さんは、またパニックを起こしてまくし立てる。
「ああ、キョウ!?これはまずいですわ!?
そんなところに突っ込んだら、一環の終わり!
戦う術も持たぬ狼牙族の小娘など、簡単に死にますわ!?慰み者決定ですわ!?
私達は未だ男を知らぬ未通女い身体を好き勝手もてあそばれた挙句、
残虐なし、死を…」
「静かにしてください姉さん!大丈夫!大丈夫ですから!」
言い聞かせる。姉さんと…私に。
どの道、女2人乗せた馬など、早々持つものじゃない。
馬が走れなくなれば、後は緑小鬼からは逃げられない。
…わずかであっても生き残れる可能性は、あそこくらいしかないのだ。
そして、私たちはたどり着く。
ミドラウント馬術庭園。
古代においては馬術を競うための競技場だったと言われている遺跡に馬で駆け込む。
そして、私たちを待っていたのは…
『第25話 難民のキョウ』
1
馬術庭園には、既にたくさんの人が集まっていた。
すでに辺りは完全に夜だと言うのに、かがり火が焚かれているので辺りは明るい。
私たちは水桶に汲んだ水を馬に飲ませ、へたり込むように座っていた。
「で、実際どうなん?お前、確か〈D.D.D〉の前線部隊に知り合いいただろ?」
「ああうん、なんかさー…楽勝っぽい。
ボスでもLv60ちょいだから相手にならないって」
「ですよねー…俺ももうちょいLv高けりゃ前線行けたのになあ。
それか、ハリアクみたいに偵察とか黒剣の連中みたいに
パーティーで緑小鬼蹴散らす遊撃か」
「Lv低めの連中は軒並み後方部隊配属だもんなあ…あの腹黒眼鏡め」
「まあ、いいじゃん。超美少女のお姫様からのお願いでクエストだぜ?
なんつーか…冒険者っぽいじゃん?」
「……まぁな」
近くで話をしている人たちの声が聞こえる。
その声の主、そしてこの馬術庭園に集っているのは…なんと冒険者だった。
武器職人として、装備を見れば分かる。
材質不明の、だけど恐ろしく強力な装備。
戦士としての強さは私にはよく分からないが、あんな装備をつけているのだ。
噂どおり、大地人の限界を越えた実力を持っているのだろう。
行商でイースタルのあちこちを巡っていたので、見たことはあった。
けれど、今まで見たのは精々が6人程度まで。
噂に聞く冒険者の聖地、アキバでも無いのに何百人もの冒険者が
一箇所に集っているのを見たのは、初めてだ。
「きょ、キョウ…私達、大丈夫なのかしら?冒険者様が負けたりは…」
「大丈夫ですよ、姉さん。冒険者は、緑小鬼程度ならば6人で
100の軍勢を容易く蹴散らすと聞きます」
そう、そんな存在が何百も集まるという異常事態。
そのことが、今回の戦争がどれだけ凄い戦いなのかを私たちに悟らせる。
私たちが襲われた、100近い緑小鬼の群れ。
護衛の傭兵を数の暴力で殲滅したあれですら、ほんの一部に過ぎない。
その正体は…緑小鬼の王が侵略のために用意した軍勢。
その数は実に数万に及ぶ…と言うのが、冒険者が話している内容から分かったことだ。
「それで、どうにゃ?一座のみんなは、無事なのかにゃ?」
「はいですにゃ。みな、無事ですにゃ…さっきまで死にかけてたアリサも
冒険者様の癒しの魔法のお陰でピンピンしてますにゃ」
「旅神エルメアよ。貴方のもたらした幸運に感謝いたします。
我が命をお救いくださり、ありがとうございました」
「やれやれ…運がいいんだか悪いんだか…
まさか冒険者様がお助けくださるとは思わなかったぜ」
「かあちゃん、はらへったよ…」
「我慢おし。食い物はほとんど無いんだから、大事に食べないといけないんだよ」
「…で、お前んところはどうだった?」
「ああ、ダメだダメだ。生きてここにたどり着いたのは俺含めてほんの一握り。
お前んところと一緒だよ。つーかただの傭兵団如きが
あんなの対抗できるわけねえだろ。餓狼兵団じゃあるまいし」
「ええい止めるなじい!武者修行中の身でありながら
緑小鬼風情から逃げたままでなぞいられるか!
幸い冒険者の手で傷は癒えたのだ!戦わずしてなんとする!」
「なりませぬ!耐えてくださいませ坊ちゃま!
今、あれだけの数と戦っても犬死にですぞ!」
馬術庭園の片隅には、私たちと同じ、大地人もいた。
緑小鬼の群れに襲われながらも辛うじてここに逃げ込めた旅人たちと、
冒険者が連れてきた村や町の民たち。
種族も、身分も、立場もバラバラだけど、みな緑小鬼に襲われて
逃げてきたものと言う意味では同じだ。
その顔には、私たちと同じく、強い不安が浮かんでいる。
それは、私たちも一緒だ。
一応は、生きのこれはした。
しかし、今私たちが持っているのは、父さんが残したお金と、丈夫な馬が1頭。
あとは馬に積んであったほんの僅かな荷物。たったそれだけだ。
これからどうなるのか…そんなことを考えていたときだった。
―――すいませーん!これから後方部隊の指揮官が挨拶しますんで、
皆さん北入り口付近に集まってくださーい!
広い馬術庭園中で1人の男の声がした。
冒険者の召喚術師が召喚した、風の精霊によって運ばれたその声は、
馬術庭園にいる私たち全員に届いた。
その声にまず冒険者が顔を見合わせて歩き出し、
続いて他の大地人たちもそれに釣られるように歩き出す。
「きょ、キョウ?」
「…私たちも行きましょう」
姉さんを促し、私たちも馬から貴重品を外して身体に巻きつけ、
北の入り口に向かった。
2
馬術庭園の北入り口には、いつの間にやら演壇が作られていた。
「…大体集まったかな」
その上で、1人の素晴らしい鎧を纏った守護戦士らしき男が
キョロキョロと確認して、言う。
「よし!…これから後方部隊指揮官の填島…
じゃなかった、たまきちより皆さんにご挨拶させていただきます。
連絡事項もあるんで、つまらないと思ってもちゃんと聞いてください。
…二尉、よろしくお願いします」
どうやら、その男は、後方指揮官の補佐官らしい。
下で待っていたらしき後方指揮官に声をかける。
「了解した…それとグンソー。階級はいらん。ここは隊じゃないんだ」
男の声。それが聞こえた瞬間、ざわめきが広がる…大地人からだけ。
「…あれって、猫人族?」
「みたいですね」
壇上に上がったのは灰色と白の毛皮を持つ、猫人族だった。
私たちと同じ…あるいはそれ以上に野蛮だと言われている、善なる獣人族の1つ。
それが、今、この場で最も偉い指揮官として壇上に上がったということに、
私たちは困惑する。
だが、それは大地人だけらしい。
冒険者は、猫人族が上に立つことに特段の興味を抱いてはいない。
まるで、それが当たり前であるかのように、雑談をしながらも、素直に従っている。
そして、壇上に上がった後方指揮官が、猫人訛りの無い、流暢な言葉で話し出す。
「私は今回、シロエ参謀よりこのミドラウント防衛の責任者を任されました
たまきちと言います。堅苦しいと思われるかも知れませんが、
ミドラウント防衛の任についた冒険者の皆さんは、私に従っていただきます。
それと大地人の皆さん、思うところもおありでしょうが、
危険ですので今回の作戦が一段落するまでは、このミドラウントにて待機願います…
挨拶は以上です。続いて連絡事項をお伝えします。右手をご覧下さい」
後方指揮官…たまきち様が右手を上げる。
みんなが一斉にそちらを見た。
そこには、大量の物資が積まれた天幕が張られていた。
「あそこが、皆さんに物資を支給する配給所となります。
必要物資はあちらで申請ください。
食事は1日3回。明日からそれぞれ7時、12時、19時に鐘を鳴らしますので、
配給所まで取りに来てください。
時間外でも保存食であれば配給できますが、温かいものを用意しますので
できるだけその時間にお願いします。
それと、大地人の皆さんも冒険者と同様に利用してください。
金銭等は頂きませんので、お気軽にどうぞ。
最後に、大地人の皆さんにはこれから夜営用の支給品をお配りします。
取りに来てください」
ざわざわと、大地人の間にどよめきが広がる。無理も無い。
こんな状況なら、食糧や水を始めとして、生きるのに必要なものは
普通の倍の値段でもありがたいくらいだ。
それがタダとは、正直信じられない。
「きょ、キョウ…私達、騙されているんじゃないかしら?
まさか後で受け取った分だけのお金を要求されて、
払えなければ奴隷として売買された挙句こき使われ、
あまつさえ主人に純潔を散らされてしまうとか!?」
「…姉さん、聞こえてますよ」
隣の冒険者らしき人がギョッとして私たちを見ている。
ものすごく、恥ずかしかった。
3
たまきち様のお話を聞いたあと、私たちは配給所へと向かった。
どの道、あの緑小鬼の群れがなんとかならないと、危険で外には出られない。
配給所には、配給を求めて大地人が長蛇の列を作っていた。
受け取った人は配給所で配給された品なのであろう、
中身が詰まった麻の袋を大事そうに抱えてそれぞれの居場所に戻っていく。
普通、こういう場合だと私たちみたいな獣人系の種族は
後ろに回されたりもらえなかったりするのだが、それもない。
文化のまるで違う冒険者。
おまけに指揮官はどう見ても猫人族のたまきち様とあっては、
身分も種族も無いということだろう。
「おい!何故僕が並ばねばならない!?僕は貴族だぞ!」
「はいはい。貴族とかそういうのいいから。
順番はちゃんと守ってください。マナーなので」
…例外もいるにはいるが、冒険者に簡単にあしらわれている。
そして、順番どおりに私たちの番が来る。
「はい次の人、どうぞ…お姉さんたち、ふた子?ま、いいや。2つね」
私たちより2つ3つ年下に見える、成人前の少女くらいの冒険者から袋を受け取る。
中身がしっかり詰まっているのか、結構重い。
それを抱えて、馬を止めてある、競技場の端っこに戻る。
「…きょ、キョウ!?」
座り込み、中身を見た姉さんが驚いた声を上げる。
よくよく見てみると、辺りの大地人からも同じように驚きの声が上がっていた。
無理も無い。
「…随分豪華ですね。これ」
中には、そのまま旅にも使えそうなくらい、上等な品々が入っていたのだから。
寝心地がよさそうな、軽くて上等な毛布。
木で出来たマグカップとフォーク、スプーン。
食糧なのであろう塊が包まれた包み。
清潔で大き目のシャツが2枚。
手ぬぐいが3枚。
光の魔法がかかっていて、淡く光るカンテラ。
治療用のヒーリングポーション。
私たちが知るものより大分上等な真っ白い石鹸が1つ。
食糧は日に3度も配給するらしいし、水は井戸から取れる。
暫くは困らないであろうものが入っていた。
「す、凄いですわね冒険者様は…とにかく、食糧をありがたくいただきましょう」
「そうですね」
姉さんの提案に頷く。
考えてみれば、昼から何も食べていない。
これまでは緊張と不安で気にならなかったが、確かにお腹が空いていた。
ガサガサと、姉さんが紙に包まれた食料を開く。
中から出てくるのは、大きめのビスケット。保存食の定番だ。
「とりあえず、はんぶんこにしますわね」
それを割って、姉さんが私に渡してくる。
「あら?中に何か…甘い!?」
割った時に手についた、ビスケットの中に入っていた何かを舐めて、
姉さんが驚いた声を上げた。
そして確かめるようにビスケットを一口齧り、姉さんが再び驚いた声を上げた。
「キョウ!?こ、これ…手料理のお菓子ですわ!?」
その言葉を聞いて、姉さんが何に驚いたのか分かった。
手料理は冒険者の秘術により生み出された、新しい料理だ。
ヤマト中にあっという間に広まって、私も姉さんも町によるたびに楽しみにしていた。
上等なものなら値段は天井知らず、安いものでも
これまでの料理とは比べ物にならないほど美味しい。
幾ら手料理の発明者たるアキバの冒険者が用意したものとはいえ、
そんなものが普通に配給品に入っていれば誰だって驚く。
「…本当だ。しかもかなり美味しいですよ、これ」
歯ざわりがよくて香ばしい味と香りのビスケット事態もさることながら、
中に入っているものがとても美味しかった。
甘酸っぱくて、少しだけ、苦い。
材料はオレンジだろうか?しかし、それだけにしては甘すぎる気もする。
「うわ!?なにこれ!?」
「驚いた…こんな美味しいものが世にあったなんて…」
「おいおい冒険者ってのは、こんなもん普通に食ってんのかよ…」
「馬鹿な!砂糖を使ったジャムだと!?
僕ですら中々お目にかかれぬほどの品だぞ!?」
「かあちゃん!これすげーうめーよ!」
「…いやはや。革命が起こってからと言うもの、不思議なことばかりだにゃあ」
私たちと同じく、食糧を食べた他の人たちも驚いた声を上げる。
それだけの品だった。
それから、私たちは私の分のビスケットも食べ、毛布を2枚使って姉さんと一緒に包まる。
「…私たち、助かったんですわね…」
「はい…」
そうしてようやく安心して、私たちは眼をつぶる。
今日は色々あり過ぎて疲れた。
姉さんの寝息を聞きながら、私もゆっくりと眠りについた。
4
私たちが馬術庭園に逃げ込んで、2日後。
私は、困っていた。
することが無い。
2日前の出来事から考えれば、随分と贅沢な悩みだが、事実だ。
現在、私たちは完全に『お客様』状態だ。
周囲の警戒や、緑小鬼との戦い、配給品の運搬やお風呂の用意まで。
そう言ったものはたまきち様の指揮の下、全て冒険者が分担してやっている。
私たちは1日3回、冒険者の配給でもらえる、北方で取れる米を炊いて丸めたものや
色々な味付けのスープなどの美味しい手料理を食べて、寝る以外にすることが無い。
それでも昨日は姉さんとこれからのことを話したりして紛らわせたが、その話も尽きた。
まさか外に出るわけにも行かないので、本当にすることが無い。
それは他の大地人も同じらしく、なんともだらけた空気が漂っていた。
冒険者の方々は、ザントリーフから緑小鬼を追い出すべく戦っているのだが、
ただの大地人では、そんなことは出来ない。
そんなわけで、冒険者に『保護』されて増えてきた大地人を横目で見ながら、
私はただぼんやりしていた、そんなときだった。
「キョウ!ちょっと頼みたいことがありますの!」
トイレから戻った姉さんが、嬉しそうに声をかける。
「なんですか、姉さん…そちらの方は?」
見れば、姉さんは、年下の女の子を連れていた。
足が丸出しの短いズボンに、背中が開いた上着と、袖なしのジャケットと言う格好。
なにやら、篭手と脚甲を抱えている。
…顔に見覚えがあった。確か最初の日、配給所で配給を手伝っていた冒険者だ。
「あ、えっとわたし、ナギって言います!」
「キョウ、これからナギ様の武器の修理をお願いしたいのですが、大丈夫ですか?」
冒険者…ナギさんの自己紹介を聞き、姉さんが笑顔で言う。
「武器の修理?」
「あっ…はい。ちょっと、たいきゅー力が落ちてて。
で、お姉さんなら、なおせるって」
そう言いながら、ナギさんは手にしていた篭手と脚甲を私に渡す。
「ええまあ。武器の修理ならば可能ですが…」
それを受け取り、武器職人のスキルで鑑定する。
どうやらこれは獄炎の具足という、格闘家用の格闘武器の一種らしい。
私が知る限りでは最高級の格闘武器である、
魔法銀製の篭手よりも硬く、強い力を宿していて、炎の魔法まで帯びている。
…そして装備Lvは50。
大地人の格闘家ではまず使いこなせないであろう高Lvの格闘武器だ。
「これを修理すればいいんですね?」
「はい!おねがいします!」
いくら冒険者とはいえ、こんな少女が普通に高Lvの武器を使っていることに
驚きながらも、私は修理の準備をする。
馬の鞍に積んでいた、大切な商売道具…
私が成人したときに父さんから貰った、武器職人の七つ道具から
砥石とハンマーを取り出す。
「それじゃ行きます…」
砥石をあてて、作成コマンドから修理を選択して、修理を開始する。
獄炎の具足はかなり使い込まれてて、私ごときの技量では1度で耐久力を
回復させきることは出来ないが、何度も繰り返せば良いだけだ。
ほんの数分で、耐久力を回復させきり、私はナギさんに具足を返す。
「…完了しました。どうぞ」
「ありがとう!」
新品同様に戻った獄炎の具足を受け取って、笑顔でお礼を言うナギさん。
「…いえ、そんな…当然のことをしたまでです」
それに照れて、私は少し俯いてしまう。
そう、これぐらいは当然だ。
あれだけの厚遇を冒険者から貰っておいて、
たかが修理すらしないのでは、申し訳が立たない。
「そんなことないよ。助かりました!それじゃ!」
そう言って重ねてお礼を言い、去っていくナギさん。
「実はね…キョウ。
まだ他にも、武器の修理を頼みたいという、冒険者様がいますの…」
それを見送った後、姉さんは少し申し訳無さそうに、私に言う。
姉さんはパニックにさえならなければ頭も回るし、
私と違って知らない人と話すことも得意だ。
どうやらトイレに行っているだけじゃなく、
冒険者と話して修理の仕事を貰ってきたらしい。
「分かりました」
私は道具の入ったバッグを肩に掛けて、姉さんに頷きを返して歩き出す。
冒険者が集まっている、配給所付近の方が仕事がしやすいだろうと考えて。
姉さんも同じ考えらしい。
交易商人の商売道具である帳簿と羽ペン、算盤が入った
私とおそろいの鞄を取り出して肩にかける。
考えて見れば冒険者は、私たちを守るために戦ってくれているのだ。
それならば、出来ることで手伝うのは当たり前だろう。
他の、ぼんやりしていた大地人たちからの視線を感じる。
中には、私たちと同じように、配給所に向かう姿もある。
…どうやら、考えることはみんな一緒らしい。
4
それから、私たちは馬術庭園で働いた。
たまきち様に手伝うと申し出て、許可を貰った。
(たまきち様は、私たちがダメもとで頼んでみたらあっさりと会ってくださった。
私たち大地人が手伝うと言ったことに随分驚いていたが、快く承諾してくださった)
それから、姉さんが依頼をまとめて、私が武器を修理する仕事を5日間続けた。
他の大地人も私たちと同じく、ミドラウントで出来ることを見つけて、働いていた。
傭兵や騎士様方は、ミドラウントに魔物が近づいていないかの監視。
女達は、逃げ延びてきた大地人の子守りや料理の手伝い。
職人は、それぞれ自分が作れる範囲で、ミドラウント内で使う道具作り。
旅芸人の一座が、様々な芸を披露してみんなを楽しませたりもした。
それ以外も力仕事や受付、馬の世話など出来ることをやった。
無論、冒険者ほど優れた能力は望むべくも無かったが、
それでも冒険者の方々は随分と感謝してくれて、お礼を言われたりもした。
そして。
「…これからどうしましょう?キョウ…」
冒険者の護衛に囲まれながら、私たちはゆっくりと馬でマイハマへ向かっていた。
緑小鬼は無事、冒険者の手で討伐された。
緑小鬼は今回の侵攻に割いた軍勢の大半を失い、イースタルに平和が戻り、
私たちはミドラウントから離れることが許された。
戦いが終わって、ミドラウントに集っていた大地人たちは、それぞれに決断を迫られた。
自らの故郷に帰るか、冒険者について行ってマイハマやアキバに住みつくか。
私たちのような根無し草や、村が滅んでしまった開拓民、
親を亡くした子供はマイハマに向かうことになり、こうして馬や徒歩ですすんでいる。
「そうですね…」
私は、姉さんに相槌をうちながら、考える…フリをする。
本当は、もうやりたいことは決まっている。
…ただ、不安はある。
いくらアキバであっても若い大地人で狼牙族の女が受け入れられるのか…
ミドラウントでは冒険者は種族を気にしなかったが、アキバでもそうなのか。
それが分からなかったから。
「…ねえ。キョウ。実は、1つやりたいことがありますの」
悩んでいると、姉さんは笑って、そんなことを言った。
そして一拍おいて、一言。
「…ねえ、キョウ。私たち、アキバで武器屋をやりません?」
…思わず、姉さんの顔を真っ直ぐに見る。
「やってけると思いますの…
アキバの冒険者が、ミドラウントにいた方々と同じ人たちならば。
私たちは女で、狼牙族ですけれど…それでも、きっと」
…こういうとき、姉さんと私の考えは一緒になる。
双子だからなんだろうか?
「…問題はありますよ。普通の武器は多分アキバじゃ売れません」
そう、あれだけ優れた武器と比べれば、普通の大地人の武器屋が扱うような品は、
どうしたって見劣りする。値段だって、そんなに変わるものでもないし。
「そ、それは…そうですわね…」
シュンとする姉さん、それを見ながらコホンと咳を1つして、言う。
「だから、まずは学ぶ必要があると思います。〈製作級〉の武器について」
アキバでの主流は、製作級と呼ばれる武器…魔物の身体を材料にした武器だ。
冒険者の武器を修理をしたとき、そう教わった。
それより優れた武器も存在するが、そういう武器はお金では買えないらしい。
「そ、そうですわね!じゃあ、ちゃんと勉強しませんと!私も、キョウも!」
「はい」
ぱっと開いた、姉さんの笑顔に私も笑顔で答える。
今はまだ、ほんの思いつきに近い状態。
何をするにも、これからだ。
―――自分の店を持てれば…そうしたら、お前達にも、こんな明日も知れない
旅暮らしじゃない、城壁に守られた安全な暮らしをさせられるのに。
ふと父さんの言葉を思い出した。
そうだ、これは…父さんの夢を継ぐことにも繋がるんだ。
「…キョウ?どうしましたの?」
「いえ…なんでも…」
それに気づいて、そっと涙を拭う。
悲しそうな顔をしていたら、姉さんに不安を与えてしまうから。
…この人、パニックになると大変だから。
「とにかく、アキバに行きましょう。そうしないとはじまりませんから」
「ええ!そうですわね!」
気を取り直して、姉さんに言う。
父さんがいなくなって、私たちはたった2人、
ヤマトで生きていかなければならなくなった。
それは、きっと大変だろう。
…だけど、それでも生きていくと決めたら、前より少しだけ世界が広がった気がした。
本日はここまで…その後彼女たちがどうなったかは…別のお話。




