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総集編 天秤祭の夜

10月です。


10月といえば、原作で言うところの天秤祭の季節。

というわけで今回は総集編。

今まで出てきた大地人の方々の物語。

…流石に時期的な問題やらなんやらで全員は出ませんが。


それはさておき、どうぞ。



天秤祭最終日の夕刻。

「今日で、お祭りも終わりですね…」

アキバの一角に設けられたオープンテラスでサリアが名残惜しそうに言った。

「だにゃん。明日からはまた仕事にゃ」

「…うん。ちょっと、残念」

「お祭りはいつかは終わるものですけど…終わるとなると寂しいですね」

サリアと行動を共にしていた3人も頷く。


レースなどの“ぜいたく品”はついていないが、それでも給金をやりくりして

精一杯お洒落な仕立てのドレスを用意したサリア。

寒いのが苦手なのか、秋も半ばのこの季節でもコートをしっかり着込んだ

真っ白な毛皮の猫人族のタニア。

薄い桃色の、成人の折に母親にもらったエッゾ風の晴れ着で着飾った狼牙族のクロ。

そしてシャツの上から羽織ったデニムのジャケットに短いデニムのスカートを履いた、

アキバ風の格好をしたアルフェ。


一見共通点の無い彼女達は、アキバ最大の戦闘ギルド〈D.D.D〉で働くメイドである。

この天秤祭りの間、彼女達は臨時休暇を貰い、大いにアキバの祭りを楽しんでいた。


「それでこれからどうしましょう?」

気を取り直し、サリアは3人に問いかける。だが。

「あ~…あっちはちょっと用事があるにゃ。

 ルドルフ小父さんが仕事終わったから会いたいって」

サリアの問いかけに、タニアは少しだけ申し訳無さそうに、これからの予定を告げる。

「…マイハマから…弟と妹…来てる。

 お世話になってる…孤児院の人と一緒だから…挨拶する」

クロもいつも通り表情こそ変わらないが、心なし申し訳無さそうである。

「そうなんですか…それじゃあ、仕方ないですね」

そんな2人に、サリアは残念そうにため息をつく。

「そういうわけだから…行く」

「サリアはサリアで楽しむといいにゃ。後夜祭までには戻るにゃ」

そう告げて2人はそれぞれの待ち人がいる場所に向かっていく。

「いいなあ…」

そんな2人を羨ましく思う。

サリアは彼女に会いに来るような親兄弟はいない。

…イースタル戦役の折、全員が緑小鬼に襲われ、命を落とした。

その夜の出来事、ガタガタと家の水がめの中に隠れて震えていたときのことは

今でも時々夢に見る。

「…あれ?アルフェ先輩?」

そんな、トラウマを慌てて頭を振って振り払ったサリアは周囲を見回して気づく。

頼りになる先輩は姿を消していた。

「…何か用事でもあったのかな?」

そういうときでも普段ならば必ず一言告げて行くのだが。

そう思いながらも、サリアも立ち上がる。

「1人でここにいてもしょうがないし…行こう」

ついでに、今日の警備担当の〈D.D.D〉の騎士様に会ったら、

先輩を見かけなかったか聞いてみよう。

そう思いながら、サリアはその場を立ち去る。


「祭りは終わり…潮時か……」

そんなサリアを見送りながら、気配を周囲に同化させたアルフェは、ひっそりと呟く。

周りの人々は、アルフェに気づかず、ただ避けて歩いていく…

彼女の熟練のほどが伺えた。

「もう会うことはねえだろうな……あばよ」

思えば、久々に楽しい日々だった。この数ヶ月は。

そんなことを考えながら、アルフェは人ごみをかわしながら軽やかに走り出す。


『仕事』の、最後の仕上げを行うために。


天秤祭。

冒険者が企画し、多くの冒険者たちが楽しむ、冒険者のための祭り。

だが、この日、同時に多くの大地人たちもそれぞれに過ごしていた。

これは、そんな彼らの物語である。


『総集編 天秤祭の夜』



サリアは迷っていた。

「どこに行こうかな…」

1人で行きたい場所がとっさに思いつかない。

先ほど、たまたま出会った〈D.D.D〉の騎士の1人に、アルフェ先輩を見かけたら

サリアがあとで後夜祭の会場で待ってると言付けしてくれるよう頼み、

サリアはすることがなくなった。

このままただぶらぶらして、あちこち見て回るだけでもそれなりには楽しめる。

が、折角の天秤祭の最終日である。それではちょっと寂しい。

さて、どうしたものか。そう考えていたときだった。

「これ。そこの暇そうな娘」

「は、はい!?わ、私ですか?」

いきなり声を掛けられ、後ろを振り向き、サリアは絶句する。

(うっわあ…本物のお姫様みたい…)

そこに立っていたのは、1人の少女だった。

手入れの大変そうな黄金色の巻き毛に、アメジスト色の澄んだ瞳。

肌は雪のように白く、唇はバラのように紅い。

サリアより2つ3つは年下なのか、体つきはまだまだ幼さを残しているが、

全身に纏う、威厳に満ち溢れた王者のような気配が、

まるで大人の女性のように見せている。

服装は手入れが行き届いた膝丈までしかないスカートに

レースがついた長袖のブラウス。

宝石や貴金属の類をつけていない、

一見すると平民と間違いそうな冒険者風の装束だが、間違いなく大地人だろう。

…これほどの高貴な気配を纏った冒険者など、

サリアが仕えるギルドのマスターくらいだ。

「うむ。おぬしじゃ。おぬし、先ほどから見ていたが、特に用事は無いと見た。

 礼はする故、わらわの頼みを聞いては貰えぬか?」

少女は命令するのに慣れているのか、単刀直入に尋ねる。

堅苦しい…少女らしからぬ言葉つき。

だが、彼女の纏う王者の気配がそれを相応しいものに見せている。

「は、はい!…あの…どちら様ですか?」

それに半ば反射的に応じたあと、サリアは少女に尋ねる。

不思議な少女だった。

この天秤祭では貴族の子女も多く見かけたが、

それとは一線を画しているように見える。

と言うか、下手な領主より威厳のある少女なんて存在自体、

サリアにとっては想像の埒外だ。

「ふむ。知らぬか。まあ、イースタルの平民であれば当然か」

サリアの返答に面白そうに目を細めながら、少女は名乗った。

「わらわはエリザベートという。家名はみだりに使うものではないゆえ名乗らぬが、

 許せ。おぬしは名をなんと言う?」

「わ、私は…その、サリアです。平民なので家名はありません」

言外に貴族…それもサリアなど及びもつかない大貴族であることをにおわせながら、

少女…エリザベートはサリアに名を尋ねる。

「そうか。サリアか。では、サリアよ。おぬしには人探しを手伝ってもらいたい」

「人探し…ですか?」

「うむ、実は供に連れてきたリディアという従者とはぐれてしまってな。

 財布などもリディアに任せておったゆえ、難儀しておる。

 年の頃は22、赤毛で背が高く胸が大きい、

 格好は冒険者風のズボンとジャケット…スーツとか言う服。

 それと…赤い手袋をつけた女だ。見覚えは無いか?」

サリアに1つ頷き返し、エリザベートはてきぱきと探す人物の特徴を挙げていく。

「すみません…分かりません」

「そうか…では、分かるものを探すとしよう。おぬしには聞き込みを頼みたい。

 わらわが話かけると、いらぬ緊張を招いてしまうのでな」

正直に知らぬというサリアに鷹揚に頷き、エリザベートはサリアを促す。

「はい。分かりました」

もはやエリザベートと行動を共にすることを決めていたサリアも頷き、

2人は祭りに沸く街中を歩き出した。



天秤祭りのメインストリートから少し離れた食べ物の屋台が立ち並ぶ一角。

そこで行列が出来るほど人気が出た、とある屋台の料理にタニアは舌鼓を打っていた。


白い、海の幸と豚の骨を使ったスープに、

野菜と海鮮の炒め物が乗せられた、麺料理。

手馴れた様子で大柄な茶色の毛皮の猫人族の青年がつくるそれが、

お碗1杯で金貨2枚と屋台の食べ物としては普通だが、

材料と手間を考えれば破格の安値で供されている。

明らかにその辺の屋台とは一線を画した出来栄えの料理に多くの人間がそれを頼み、

中には再び屋台に並ぶ『おかわり』をしている客までいる。

「これはうまいにゃ!これで金貨2枚ってのがおかしいくらいにゃ!

 ルドルフ小父さん、これはなんなのにゃ?」

日々新しい料理が誕生しているアキバでも見たことないこの料理がなんなのか、

彼女は小父と呼び尊敬する商人に尋ねる。

「今度開く店で出す予定の麺料理さ。ロングコーストで少し前に完成したんだ」

遠い親戚の、正直な反応を快く思いながら、ルドルフはタニアに優しく話かける。

「店?小父さん、今度は料理屋をやるつもりにゃ?」

「いや、僕は金だけ出して口は出さない。店主は彼に任せるつもりさ」

タニアの言葉に笑顔で首を振り、ルドルフはそちらを指差す。

屋台で凄まじい勢いで麺料理の上にのせる炒め物を作っている、猫人族の青年を。

「彼はラオ=スーシャン。そう言えば君には分かるよね?」

「ラオ=スーシャンって…スーシャン飯店の一族にゃ!?」

その名前に、タニアはすぐに思い当たる。

ここ最近、急速にナインテイルで名を上げている、猫人の一族。

色んな意味で別格であるルドルフを除けば、

スーシャンの一族は猫人街では屈指の有名人だ。

「うん。あの一族で一番年上の兄にあたる人だ。技量も高いよ」

「一番年上って…それは跡取りじゃないのかにゃ?」

ルドルフの説明に、タニアは首をかしげた。

如何に飛ぶ鳥落とす勢いで発展している街とはいえ、

跡取りを拠点であるロングコーストから遠く離れたアキバに送る意味が分からない。

「残念ながら、違う」

それにルドルフは再び首を横に振る。

「彼は、自分の弟に手料理の勝負で負けたんだ。そして、その弟が当主になった。

 そうなると本店には居づらいだろう?だから、アキバでの仕事を紹介したんだ」

スーシャン一族の現当主、マオ=スーシャンはその手のことに無頓着だが、

他はそうも行かない。

当主の座を追われた元御曹司となればなおさらだった。

「それが、アキバで開く料理店にゃ?」

「そうさ。それに、都合も良い。新しい当主は手料理の腕では天才だけど、

 経営技術は大したことが無いんだ。

 僕の目が届く猫人街でならともかく、美味しい料理屋がひしめくアキバで

 生き残るのは難しいんじゃないかな?

 その点、ラオ君なら安心だ。手料理も出来て、経営の腕もいい。

 こうして屋台を開いて、儲けがまるで出ない値段で店の目玉料理を

 振舞うってのも彼の発案だよ。

 ヤマモトヒロシがたまにやってる『シキョウヒン』って奴だね」

だからこそ、正式にマオが当主となった後、ルドルフはラオにこの話を持ちかけた。

料理人がひしめくアキバで修行すれば、マオに匹敵…

或いは凌駕する手料理の技を身に着けられるかも知れない。

そう、囁いたら簡単に乗ってきた。

「なるほど。確かにスーシャン飯店の支店なら、

 アキバでもやっていけると思うにゃ」

タニアは以前、ルドルフを頼って猫人街を訪れた時に食べた、

スーシャン飯店の料理を思い出しながら言う。

あの、猫人街1の名店はロングコーストで

最初に手料理を売り出した店でもあり、どれも美味しかった。

猫人街にある店なのに、異種族の客が半分以上…

それも金を持っていそうな別の国の豪商や貴族も多くいたのも、

納得と言うものだった。

「だろう?僕もそう思ったから、四海秋葉に出資してるわけだしね」

それで話をしめくくり、ひとしきりいつもの世間話…

ルドルフにとっては貴重なアキバの情報交換をする。

「なるほど…こたつ、ね」

「にゃ!幾らナインテイルと言っても冬は寒いにゃ!

 きっと猫人街のみんななら欲しがると思うにゃ!」

その中で、タニアがしきりに勧める『こたつ』に興味を示しながら、

ルドルフは次を考える。


さて、今度は何を仕入れていこうか…


この祭りで見かけた、無数の面白そうなものを思い出しながら。



川べりにある、蒸気船の船着場。

「いつも…弟と妹…テツとルリ…お世話になってます。ありがとう…」

クロはぺこりと、孤児院の責任者であるエルフの夫婦に頭を下げる。

「いえいえ。こちらこそ。テツ君とルリちゃんには

 いつも真奈がお世話になっていますから」

「そうですよ。お顔を上げて下さい」

そのかしこまった態度に2人は揃って照れたように、クロに顔を上げるよう促す。

(良かった…良い人そう)

そんな誠実な態度に、クロは喜ぶ。

クロの弟と妹は今、マイハマの孤児院でお世話になっている。


マイハマ第3孤児院。


冒険者が出資して、大地人が運営する孤児院。

その彼らが約100人の孤児を連れて、天秤祭にわくアキバに

蒸気船で来たのが、昨日のこと。

どうやら孤児院に出資している〈海洋機構〉の計らいらしい。

彼らは大いに天秤祭を楽しみ、アキバで一泊し、今日の夕刻に帰る予定と聞いて、

クロは久しぶりに弟と妹に会いに行くことにした。

クロが2人と別れ、アキバでメイドの仕事を始めて2ヶ月。

その間、2人がどうしてたかが、気になった。

「それで…テツとルリは…」

「ええ、こっちです。すみませんが、後1時間したら船が出ますので…」

「分かった。それまでに、返す」

申し訳無さそうに言うエルフの男に頷きを返し、クロは2人の元へ向かった。


そしてクロは、久しぶりの邂逅を果たす。

「姉貴!なんかすっげえ久しぶりだな!元気にしてたか?」

「…久しぶり、クロ姉」

弟と妹との2ヶ月ぶりの再会に、クロの顔も自然にほころぶ。

「…久しぶり。テツ、ルリ…この子は?」

ひとしきり抱きしめた後、クロはテツたちの傍らに立つ人間族の少女に気づく。

手入れの行き届いた黒髪と、赤いリボン。それに可愛らしい服。

少し孤児院にいる娘とは思えない服装だが、誰だろう?

「相変わらずだな、姉貴は。コイツは…」

そんな率直な物言いを懐かしく思いながら、テツは傍らに立つ少女を指差す。

それを見て少女の方も察したのだろう。自己紹介をする。

「あの、はじめまして。クロさん。わ、私…真奈って言います!」

ぺこりと頭を下げる、人間族の少女。

人見知りする性質なのか、少し怯えている。

「…冒険者?」

力量が分からないが、纏っている雰囲気から何となくクロは

その娘が冒険者であることを悟る。


アキバでは珍しい話ではない。

歳若いというよりも幼い冒険者は〈D.D.D〉にもいる。

その実力は決して大人の冒険者に劣るものではなく、

むしろ子供ならではの適応能力から、

実際の(ころしあい)では大人以上に強い冒険者もいるくらいだ。

事実ザントリーフ戦役でも最前線部隊に加わって

緑小鬼と戦った子供の冒険者は、何人もいた。


「おう!こう見えてもまなはな、すっげえ妖術師の冒険者なんだ!」

何故か自分のことのように嬉しそうにまなのことを誇るテツを見て、

クロは一番の心配ごとが解決しているのを見て、内心胸を撫で下ろす。

(良かった。テツの冒険者嫌い…治ってる)

別れる前、弟が酷く冒険者を嫌っていたことを知っているクロは、

そのことが心配だった。

弟は父親に似て直情的だったから、一旦思い込むと中々考えを曲げない。

思い込みが凝り固まってしまい、全ての冒険者を亜人の類だと思い込んで憎むことは、

これからのことを考えれば決して良いこととは思えなかった。


こう見えて、クロは一応は成人を迎えた大人である。

村の外…略奪を嫌っていた『ギンの集落』以外の北方狼牙のことも知っている。

だからこそ、分かっていた。

あの、弟が冒険者に向けていた恐怖と怒りが交じり合った目は、

自分達北方狼牙が帝国人から向けられていたのと同じものだと。


エッゾには悪しき冒険者がいたが、全部の冒険者が悪しきものではない。

それは自分達が、全ての帝国人にとって悪しきものではないのと一緒なのだ。

だから。

「…ありがとう、まな…弟のこと…よろしく頼む」

その場にいる小さな冒険者に礼を言い、後を頼む。

きっと、弟から冒険者への憎悪を取り除いた彼女なら、

自分よりうまくやれると思って。

「えうぁ!?あの…はい!よろしくたのまれました!」

その言葉に何を思ったのか、まなは顔を真っ赤にしてブンブンと頷く。

「…どうかした?テツ、分かる?」

「いや、わかんねー…」

その様子を、色恋沙汰には疎い姉弟は顔を見合わせて困惑する。


「…鈍感」

そんな2人を、母親譲りの優秀な頭脳を持つ末っ子だけが、呆れた様子で見ていた。



「さあいよいよ大食い大会も大詰め!

 3位のツバメ選手とそのおまけが記録30ピースで脱落したのが

 遠い昔のように思える昨今!両選手は軽快に食べ続けています!」


「どう見られますか?解説兼店主の加奈子女史!」

「いやーまさか残るのが2人とも大地人…と言って良いのか

 さておきこの組み合わせは予想外でした。

 冒険者と言っても胃袋の限界は人間並みだと言うことでしょうね」


「そうですね…しかしノイン選手には驚かされましたね」

「はい。山本さんから噂には聞いていましたがまさかはるばるナスノハイランドから

 駆けつけてくださるとは思いませんでしたし、食べっぷりも予想以上でしたね」

「聞いたところによるとノイン選手は予選で『腹黒眼鏡セット』を完食されたとか?」

「はい。ホールケーキ12個、合計96ピースを普通に食べきりましたね。

 ハニー選手も1人でノルマの8ピースと中々の健闘だったのですが、

 やはりノイン選手相手には霞みます」


「なるほど!甘いものは別腹とはよく言ったものです!

 ノイン選手、現在は98ピース目を顔色1つ変えずに食べてます!

 手が止まりません!

 ケーキバイキングにきたら間違いなく出禁を食らうであろう勢いです!」

「消化器官とかどうなってるんでしょう?…構造が根本的に違うとしか思えない」


「先行するマコト選手も一歩も引きません!

 つい先ほど前人未到の100ピース目に突入したとのことです!

 どう見られますか!?加奈子女史!」

「やっぱり規格外ですね。今は従者であの姿と言えど、本来の姿はアレですからね。

 …来年はモンスターと召喚生物は決勝には出場禁止にしようかしら…」


「おおっと爆弾発言!しかし、確かにこれでは他の挑戦者が出る幕ナッシング!

 伺ったところによると『従者は全部俺の嫁!』と言い切って出場したアホ…

 失礼。従者愛に溢れていたのはヨウケン選手だけだったので、

 今回は特例参加を認められたとか?」

「ええ。失態でした。まさかここまで圧倒的とは思ってませんでした。

 予選時は2人で18ピースと、割とギリギリの突破だったので

 大丈夫だと思ったのですが…力を見せすぎることで決勝に出れなくなる

 可能性も考慮しておさえたのだとしたら、かなりの策士だと思います」


「ですねー…さて、男どもは共に10ピースで吐きそうになっている以上、

 まさに女と女の一騎打ち!なわけですが…ぶっちゃけどっちが勝つと思います?」

「分かりませんね~…本性の大きさから考えるとマコト選手なんですが、

 ノイン選手は甘いもの大好きな妖精族ですからねぇ…私としてはなんとも」

「と、このように加奈子女史にも予想がつかぬ最終決戦!

 果たして勝つのはどちらか!?勝負はまだまだ続行中です!」


「…マジで魔物だったのか、あの2人」

風の精霊を使って運ばれてくる、ダンステリア主催の大食い大会決勝の実況に、

ホークは苦笑した。

黒髪にナイトドレス、そして人間離れした美貌の人間族の少女。

そして金髪と金毛の尾が9本も生えたやはり人外の美を誇る狐尾族の女。

どちらもホークを軽く凌駕する、人ならざる実力を感じさせてはいたが、

どうやら本気で魔物だったらしい。


つい先ほどまでホークたち兄妹は本気で勝てない相手に

戦いを挑んでいたことに気づき、苦笑する。


「ううう…あんちゃぁん…苦しいよう…」

妹…ツバメの方はお腹を押さえて苦しんでいる。完全に食べすぎである。

「もっと食べたかったのにぃ…」

が、それでもあの『けーき』に対する食欲を失っていないあたりに、執念を感じる。

普段はどちらかと言えば食が細い方の妹だが、けーきだけは別格らしい。


「やれやれ。妹ながらコイツは…すまなかったな。

 折角の休みなのに、転がり込んで」

気を取り直し、この部屋の主に礼を言う。

食べすぎで気分を悪くした妹を休ませる場所。

それも出来るだけあの会場から近い場所。

そう思い、ホークはこの部屋を訪れていた。

ホークの数少ないアキバでの知己の部屋。

「ああ、確かに迷惑だ。後で相応の報いは覚悟してもらうよ?」

アキバ傭兵ギルドの受付をやっている1人、

黒髪の狐尾族であるクレッセは冗談めかしてホークに笑い掛けた。


「分かってる。限度はあるけど、何でも言ってくれ」

「考えておくよ。ほれ、茶だ」

軽く流しながら、コトリと入れたての黒葉茶をホークとツバメの前に置く。

「おう。ありがとうよ」

一歩外に出れば広がっている、祭りの喧騒。

だが、部屋に戻ってしまえば静かなものだ。

夕暮れに染まったオレンジの部屋で、ホークとクレッセはしばしくつろぐ。


「吸血鬼!?傭兵にか!?」

「ああ、私も流石に驚いたよ…円卓会議から居住許可を貰っていたのも含めてな」

暇つぶしにクレッセが話す、最近驚いた出来事に、ホークは思わず声を上げた。

「一応、吸血による呪いの媒介と殺人を行った者は即刻アキバを追放。

 悪質な場合は討伐するという条件付らしいがね」

「それは…随分と甘いな。行った者ってことはアレだろ?

 やった奴だけ追い出して、吸血鬼そのものが暮らすのは認めるってことだろ?」

「そうなるね…この街に住む他の大地人とまったく変わらん扱いだ」

「…つくづく自由な街だな。アキバは」

クレッセの語った条件に、ホークは正直な感想を上げる。

吸血鬼は恐るべき呪いにより、怪物と化した大地人である。

通常であれば、変じた時点で神殿騎士や領主の騎士団に追われ殺されるのが常識だ。

それを、居住許可…それどころか他の大地人と同じように暮らすことが許される。

アキバの円卓会議の考えは、大地人とは大いに違っていた。

「奴等、今は夜にしか現れぬ魔物の討伐を主にこなしている。

 持っていた金は呪い憑きが暮らすための家を買うので使い切ったらしくてね」

「呪い憑き?」

「奴等の自称。肉体が呪われても、魂までは呪われていないという意味らしい。

 奴等と会っても吸血鬼とは呼ぶなよ?侮辱したことになるらしいからね」

「そうなのか…」

アキバの奥深さに思わずため息をつく。

どこの世界に、吸血鬼が住むのを許す街があるのか。

「そんな街だからこそか…アキバに“俺たち”が増えているのは」

「だろうね。今、アキバに暮らす忍びは100を越えてるからね」

ホークの言葉にクレッセも同意する。

クレッセ自身、仕える家も、暮らすべき里も持たぬ野良の忍びであった。

そして、傭兵ギルドの仕事を通じてホークのような忍びが

傭兵や移民として次々と潜り込んでいるのは知っている。

その中には冒険者の秘密を探るべく放たれたウェストランデや

イースタルの密偵もいるが、それ以上にこのアキバを

終の住処にしようとしている密偵崩れや野良の忍びが多い。

このアキバに安息を見出して根を降ろしている彼らは…

邪魔をするものあらば全力でそれを排除するだろう。

…自分や、ホークがそうであるように。

「この前など、傑作だったよ。ナインテイルから流れてきた忍びが

 酷い猫人訛りでさ。言葉だけでは猫人と見分けがつかないほどだった」

「ああ、それなら知っている。割合腕が良い、茶色の髪の女だろ?」

「うん。技量はそこそこだし、手料理もできるから、

 行商の護衛でもやりたい『にゃ』と言ってたよ」

「にゃ、か」

「にゃ、だ」

揃って噴出す。

狐尾の女…それも忍びが猫人訛りで喋るのは、

想像すると中々にアンバランスな光景だった。

「なるほどな…だから、あんな噂もあるのかも知れんな」

「噂?」

勿体つけて喋るホークに、興味を引かれ、クレッセは尋ねる。

「ああ、本当に眉唾ものだがな…」

そんなクレッセに声を潜め、ホークはその名前を口にする。

「この街に居るらしいんだ『アイギアの雌狐』がな」

25年もの間、忍びの間で連綿と語り継がれる、伝説的な存在を。



アキバの街から少しだけ離れた郊外。

「…アイギアの雌狐だな?」

漆黒の装束に身を包んだ5人の忍びが1人の女を囲み、緊張しながら尋ねた。

「ああ、そうだ」

その問いかけに、白い太ももを晒した、冒険者風の動きやすい格好をした

金髪の狐尾の女…アイギアの雌狐が頷きを返す。

(これが…アイギアの雌狐か…)

斎宮家に飼われている稲荷(いなり)

すなわち現在のウェストランデで最高峰の暗殺者の技量を持つ

5人の忍びで囲んでなお、緊張が拭えない。

無理もなかった。

今、目の前に対峙しているのは…

「おいおい。そんなにびびんじゃねえよ。

 取って喰いやしねえよ…下手な真似しなけりゃな」

伝説に謡われた『影の村アイギア』の最後の生き残りなのだから。


「大体、いっくら俺が腕利きっつっても、

 斎宮のお稲荷様5人相手に真っ向から闘りあって勝てるとは思ってねえよ」

(…よく言う。そもそも貴様が真っ向から戦うなどありえんだろうに)

その、ニヤニヤ哂いながらの軽口に、長は反感を覚える。

アイギアの雌狐。彼女は、知略に長けた怪物だ。

その恐るべき知略で20人のマイハマ近衛騎士を殺害したこともあるといわれている。

恐らく今、このときも遁術の用意は万全。

うかつな真似をすれば容易く逃げ出し…1人ずつ殺す。

それが出来るのが、アイギアの雌狐だと理解していた。

「此度の仕事…円卓会議の秘密をまとめた密書、渡してもらおう。

 褒美は、後で幾らでもくれてやる」

だからこそ、長はただ、取引を終えようと努力する。

だが、そんな様子を、アイギアの雌狐は鼻で哂った。

「あ?ねえよんなもん」

「なんだとっ!?貴様…」

その言葉に若い稲荷が激昂する。

思わず腰元の忍刀に手を掛け…

「アホかてめえは」

アイギアの雌狐の眼光に、死の予感を感じて

付与術師の金縛りの術を受けたように動きを止める。

それを見て、満足そうにアイギアの雌狐は言った。

「情報の先渡しなんざ不利な条件、俺が認めるわけねえだろ。

 心配すんなよ。俺の頭ん中にゃ全部入ってる。

 向こうに着いたら幾らでも書いてやるって」

「…分かった。ではついてきて…」

もらおう。そう口にしようとした瞬間だった。

部下の稲荷が、一斉に吹き飛ぶ。

強力な魔術…それが地面に炸裂した。

その余波で死にこそしないものの、吹き飛ばされたのだ。

「無事にござるか!?助けにきたでござるよ!」

何事かと混乱する長の前に、怪しげな暗殺者が現れる。

技量だけは超一流を越えた怪物の領域。

されど、纏う気配は素人同然。

そんな存在を、長は良く知っていた。

(こやつらは冒険者…〈D.D.D〉なる騎士団の上級騎士…!)

それを確認すると同時に、長は悟る。

「おのれ!裏切ったな!」

アイギアの雌狐は、完全にアキバについたことを。


「笑止!彼女は拙者たちのもはや仲間!

 手を出すのなら拙者たちがいつでも相手になるでござる!」

「仲間MAJIDE!」

「…相手は西の大国か…面白い。我らが獲物には、相応しい」

「それは流石にどうかと思うけど、全俺会議的にも助けるで全会一致だこの野郎!」


戦闘態勢をとる、4人の冒険者…

それも〈D.D.D〉のハイジン部隊『らいとすたっふ』の面々。

勝てぬことを悟った長は呟いた。

「アイギアの雌狐。貴様の裏切り、斎宮は…ウェストランデは決して許さぬ。

 アキバについたこと…後悔するなよ」

そして…全力で逃げる準備をする。

今は生き残り凶報を届けることこそ、最重要と考えて。


ゆえに、生き残ることに全力を傾けることにした長は気づかなかった。

「…あ?なんだこの展開…」

アイギアの雌狐が、呆然と呟いたことに。



「エリザベート様!分かりました!この人、リディアさんを見たって!」

売り物がはけて片付けの真っ最中だった、灰色の髪をした20代半ばの行商人。

ナインテイルから香辛料を持って来て商っていたという青年から

話を聞きだしたサリアは、エリザベートに報告した。

「ご苦労。良くやった。詳しく教えてくれ」

それを聞き、エリザベートはサリアに続きを促す。

それにサリアは頷いて言葉を続ける。

「はい!向こうもエリザベート様を探してるみたいです!

 黒髪の冒険者らしき男の人と一緒だって!」

「なぬっ!?」

エリザベートに取って、聞き捨てなら無い言葉と共に。

「え?どうかされましたか、エリザベート様?」

エリザベートの顔が険しいものとなったことに驚きながら、

サリアはエリザベートにおずおずと聞き返す。

だが、それにエリザベートは答えず独り言を呟いた。

「おのれ…リディアの奴め…このアキバでリディアに手を貸す冒険者、

 まして黒髪の男など…」

条件が揃いすぎている。まず間違いない。

リディアと行動を共にしている冒険者は…

「エリザベート様!」

エリザベートの『背』以外にありえないと。

「あ、あの人ですか…あれ?」

赤毛に高い背と大きい胸。そして〈D.D.D〉の騎士様が来ている鎧に似た、

スーツとか言う服と真っ赤な手袋。

エリザベートが語ったままの条件に合致する女性がこっちに近づいてくるのを

見つけたサリアは、傍らに立つ男性に気づいて驚いた。

「せ、セガールさん!?」

サリアの密かな思い人。かつて、サリアを救った命の恩人がリディアと共に居た。

「ああ、良かった。エリザ、見つかりましたね…って、あれ?サリア?」

セガールの方も気づいたのだろう。

サリアに向かって、笑い掛ける。

「そっか。サリアも天秤祭に…ってあれ?なんでエリザと一緒なの?」

普段はシブヤに住んでいるエリザと、サリアの接点が本気で分からず、

セガールは尋ねる。

「えっとそれはちょっと色々ありまして…

 って、セガールさんもエリザベート様と知り合いなんですか?」

それに答えながら、サリアはセガールに尋ねる。

「うん。前にちょっとね。あれから、妙に気に入られちゃって…」

そうのほほんと言う。

あのとき、恐ろしく強い暗殺者になっていたカオルを倒したときに、


『わらわが成人するまで2年待て。

 さすればわらわの全てをおぬしにくれてやろう。我が背よ』


などと言われたこともあるが、如何せん相手はまだ13歳の子供。

向こうから見れば25歳のおっさん相手に、本気では無いだろう。

そう、セガールは考えていた。

(気に入られてるって言う段階じゃないと思うんだけど…

 エリザベート様が愛称で呼ぶのを許している時点で)

一方のサリアはその意味を正確に察していた。

恋する乙女の直感ゆえに。

「リディア…貴様、わらわの背に色目を使うなぞ、わらわへの反逆ぞ!

 少しばかり乳がでかいからと言って、調子にのるでないわ!」

「い、いえ…私はそんな…ただ、エリザベート様を見失い、

 困ったところで通りかかったセガール様にお手伝いを頼んだだけで…」

事実、今現在もエリザベートは絶賛従者を説教中だ。

…リディアとか言う従者も、セガールに好意を持ってそうに見えるのは、

気のせいだろうか?

(ま、負けませんよ!)

そんなエリザベートを見ながら、サリアは決意する。

「大体セガール、おぬしも…待て。なぜかようにサリアと親しく話しておる?

 まさか、サリア、おぬしも我が背に…?」

「はい!セガールさんは…私の命の恩人ですから!」

たとえ相手がどんな大貴族の娘であろうとも、一歩も引かないと。



天秤祭りの終わりを締めくくる、後夜祭。


それぞれの用事を終えた4人は再び集い、最後の夜を楽しんでいた。


「…うん。私も、頑張らないと」

サリアは『ライバル』との出会いに奮起していた。

たとえ誰であろうと、セガールは譲れない。

そんな決意に満ちて、明日からの努力に備える。


「いやーほんと、楽しかったにゃ!」

タニアは大いに酒を飲み、浮かれていた。

明日からは仕事だが、二日酔いなど知ったことか。

祭りの夜くらい、楽しまなくちゃ損だ。

そう割り切っていた。


「…うん。2人とも、元気そうで良かった…」

先ほどまでの再会に、クロはかすかに笑っていた。

2人の家族のそれぞれの成長。

弟は更に逞しくなり、妹は更に賢くなっていた。

それをクロは少し寂しく思っていたが、同じくらい嬉しかった。


そして。

「…あの?アルフェ先輩、どうかされましたか?」

「…いいえ。何でもありません」

流石に連日天秤祭りで遊びまわった疲れが出たのか、アルフェは若干落ち込んでいた。

どうやら、アルフェを探しに行った騎士団の面々と何かあったらしいのだが、

アルフェも、騎士団の面々も口をつぐんでしまったので、

サリアには何があったのかは分からない。


「……明日からもよろしくお願いしますね。サリアさん」

唐突に、アルフェはサリアにそんなことを言い出した。

「え?はい、それはもちろんですけど…」

(本当にどうしたんだろう?)

そう思いながらサリアは困惑する。

いつもの尊敬する先輩らしからぬ言葉に。

アルフェの、ついさっき起こった人生の変節点のことなどまるで分からぬまま。


ひとつの節目を迎えてなお、世界は回る。

大災害を越え、無数の冒険者と…それ以上の大地人たちを乗せたまま。


回った先には何があるのかは、まだ誰にも分からない。

本日はここまで。

というわけで今回は1話で出てきた面子をメインにした総集編で

お送りしました。

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