第24話 王子のティーダ
島の冒険、第2弾。
と言うわけで今回はとある冒険者と大地人のお話。
テーマは「辺境の小国」
舞台はヤマトの南の果て、リュウキュウ。
それでは、どうぞ。
5月2日21:28 GW特別企画!目指せ北海道!日本縦断貧乏旅行4日目!
今日はもういやんなるくらい走った!
めっちゃ疲れたし、雨めっさ降ってる。
てなわけで今日は野宿はやめ!宿に泊まる。
まあ、ホテルとかじゃなくてネカフェなんだけどね(笑)
バイクと免許と保険で貯金ほっとんど吹っ飛んで金ないし。
で、問題は…ヤバイ。寝れない。
めっちゃ疲れてんのに、久しぶりに野宿じゃないことに
テンション上がりすぎて寝れない。
しょうがないので眠くなるまで暇つぶし。
このネカフェのパソになんか大人気のゲームが入っててタダで遊べるらしいから、
それでもやるわ。
んじゃ、このブログ応援してくれてるみんな。明日もよろしく!
『第24話 王子のティーダ』
1
戦いは大詰めを迎えようとしていた。
「よし、もう一息です!火矢を撃ちなさい!退路を断つのです!
蜥蜴どもを逃がしてはなりません!」
エルフの狩人にして神官の長である女が自らも弓を繰り、
燃える火矢を放ちながら怒声を張り上げる。
「縮こまれ!亀のように!じっと耐えろ!おらたちの仕事は耐えるこった!
王子さんがこの蜥蜴をぶっ殺しに来るまでじっと我慢だ!」
巨大な亀の甲羅で作った盾で〈蜥蜴亜人〉の王の
曲剣を受け止めながら、筋肉ではちきれそうな小さな身体を
島では珍しい板金鎧で包んだドワーフが負けじと声を張り上げる。
「いいか!最低でも3人で掛かれ!1人で殺ろうなんて横着はすんなよ!
反撃の隙を与えるな!動かなくなるまでしっかりぶん殴れ!」
島に伝わる伝統の武器である旋棍を構えた人間族の格闘家が、
蜥蜴亜人の返り血と自らの血で血まみれになりながら声を上げる。
そして。
「おう!王子さんよ!雑魚蜥蜴どもはあらかた始末したぜ!」
王の周りに侍っていた最後の蜥蜴亜人を殴り殺した男が叫ぶ。
「分かった」
その報に、じっと力を温存していた、赤銅色の肌と髪の青年。
島では珍しい武者鎧に身を包み、大陸風の意匠を施された派手な鞘を2本下げた、
軍団の長にしてリュウキュウの王子たるティーダが鷹揚に頷き、
鞘から対の太刀を抜く。
そして、戦場の者達全員に聞こえる大声で宣言する。
「これより蜥蜴の王を討伐する!供はサイガ、ダイモン、ユリア、老師
…そしてショウイチ!他のものは王より離れよ!」
その言葉に、それまで王の攻撃を受け止め続けていたドワーフたちが離れる。
そしてティーダと〈蜥蜴の王〉との間に道が出来る!
「一気に仕留める!遅れるなよ!」
野生の勘で強さを感じ取ったのか、じっと待ち構える体勢を取った
王に向かってティーダは走り出す。
ひた走る王子の下に、名を呼んだものたちが集う。
「よっしゃあ!最後のひとふんばりだ!」
格闘家の一団から、怒声を上げていた人間族の格闘家、サイガが。
「さっさと終わらして、酒をかっくらうぞ!」
ドワーフの一団からはひときわ丈夫そうな無骨な板金鎧に身を包んだ
ドワーフのダイモンが。
「ティーダ様!無茶をしてはなりませんよ!」
後ろからは、弓を抱えた年かさのエルフ族の巫女、ユリアが。
「はてさて。ショウイチとティーダ。どっちが止めを持ってくかのう」
同じく後方より指揮を見ていた、着流しの上から鋼糸を縫いこんだ戦羽織を着込み、
打ち刀を2本抜いた狼牙族の老師がティーダと供に走る。
そして。
「っしゃ!行くぜティーダ!」
ティーダと同じく、太刀の二刀流に武者鎧を着込んだ武士の若者がティーダに並ぶ。
「馬鹿者!様をつけんか様を!」
後ろで叫ぶユリアの言葉も意にかえさず、すらりと太刀を抜く。
「よい!今は蜥蜴の王を討つのが先決だ!」
ティーダがユリアに怒鳴り返し、ついに蜥蜴王と対峙する。
キシャアアアアアアアアアアア!
咆哮する蜥蜴王に少しだけ気圧されながらも、5人の戦士が並び立つ。
「皆のもの、最後の総仕上げだ!この戦、勝つぞ!」
「「「「「「おうっ!」」」」」」
ティーダの号令の元、5人の戦士が一斉に斬りかかり、
後ろではユリアが援護の体勢を取る。
退路を断ち、供を仕留めた上での6人がかり。
それでもなお5分持ったのは、亜人を束ねる王の、人間の限界を越えた力ゆえだろう。
2
リュウキュウ王国唯一の都であるシュリは、戦勝に沸きかえっていた。
「勝った!勝ったぞ!我等のティーダ王子が勝った!」
「ざまあみろ蜥蜴ども!これで安心して野良仕事ができる!」
「流石は王子!これでリュウキュウは安泰だ!ティーダ王子万歳!」
「あのぶっとい蜥蜴王の腕がな、王子の一撃でずっぱり落ちた!
やっぱり王子は刀の天才よ!」
「あのニホン人も侮れんぞ。王子ほどではないにせよ、刀の腕が立つ。
故郷ではさぞ名のある師匠に師事していたのだろう」
悠々とシュリの城に戻る馬の上からでも、町人や先に帰還した農民兵たちの
噂話が聞こえる。
(うむ。確かに今回は我ながら大勝利だった)
その噂話に、ティーダはかすかに頷く。
今回の戦果に、ティーダは満足していた。
シュリからそう遠くない場所に出来た、
蜥蜴の王に率いられた50匹ほどの蜥蜴亜人の前線基地。
捨て置けば近隣の村々に被害が出ると判断し、ティーダは兵を挙げた。
20人ほどの正規の騎士と、100人ほどの農民兵。
総勢120名での強襲。
上手く不意を打てたのと、新しい丈夫な装備、老師より教わった数で押しつぶす
『帝国式』を貫いた各部隊の長の活躍もあり、死人を出すことなく
蜥蜴亜人を殲滅できた。
当面の心配事であった亜人どもの撃破と、王国の剣である騎士団の実力の再確認。
得られたものは、大きかった。
辺境の島国であるリュウキュウにおいて〈冒険者〉の影は薄い。
冒険者の都であるナカスやフォルモサとは海に隔てられ、
渡るには凶悪な海の魔物にも負けぬ大きな船がいる。
リュウキュウの島々に幾つか点在する妖精の環を使い、
遥か彼方より訪れる冒険者もいたが、
彼等の大半はティーダ達大地人では捨て置くことしか出来ない
凶悪な魔物が住まう迷宮にしか興味を示さず、
ティーダ達大地人と邪悪な亜人との小競り合いになど、関わってはこない。
そういう島であったからこそ、強力かつ残忍、そして凶暴な亜人たちと戦うために、
元は人間族、エルフ族、ドワーフ族の旧き3種族それぞれにあった国が1つとなり、
人間族の長を王としてリュウキュウ王国となった。
善なる勢力が1つになった国は常に亜人との戦いに備える騎士団と、
臣民の若者を臨時徴用した兵士を使って亜人相手に連綿と勝ち続け、
リュウキュウは辛うじて善なる種族の勢力圏を保っている。
ティーダは、そんなリュウキュウの王族として生まれた。
この地では王族には戦とあらば兵を率い戦う将として、戦士としての力を求められる。
騎士団長は成人した王子が勤めることになっており、
他の王族も何かしらの戦技を学ぶのだ。
ティーダが自らの戦技として選んだのは、武士の技だった。
10年ほど前、北の国、サツマから開拓民として渡ってきた狼牙族の武士の、
Lv64にも及ぶ規格外の強さに惚れこみ、口説き落として武士として
弟子入りしたのだ。
彼の師匠である『老師』は島の特産である砂糖キビ畑を耕して暮らし、
野良仕事の傍らにティーダに刀の技を教え、
ティーダもまた畑を手伝いながらよく学んだ。
そして10年、今やティーダの技量はLv50に達した。
今では老師を除けば島でも屈指の技量を持つ戦士である。
(さて、戦は終わった。後は政の時間だな)
これから宮廷では戦勝の宴の1つも開かれるだろうが、
いずれリュウキュウを背負って立つティーダの心は次に向かっている。
蜥蜴亜人どもが溜め込んでいた財貨はかなりの額に昇る。
これは農民兵たちに幾ばくかを褒美として与えた後は国庫に収められる。
騎士団装備の更新、港の整備、開拓地を切り開くための財源…
使い道は、幾らでも思いつくのだから。
3
「兄様!お帰り為さいませ!」
城の入り口の広間で、ティーダは声を掛けられた。
留守と、街の守りを任せていたリュウキュウ王国の姫である妹のユエ。
ティーダの大切な家族だ。
「ああ、心配を掛けたな。蜥蜴亜人は殲滅した。
怪我人は出たが死人は出ない大勝利だ」
「そうですか…良かった」
ティーダの言葉にほっと胸を撫で下ろし、
続いてユエはきっと、ティーダの隣を見る。
「ショウイチ!あんた、兄様に迷惑かけてないでしょうね!?」
隣に立つのは、一応はティーダの従者ということになっている、
ショウイチであった。
「は?んなわけねーじゃん。しっかり戦ったっつの!」
「どうだか?来たばっかの頃はただのへっぽこ武士だったくせに!」
「んなっ…!?れ、レベル低かったのはしゃーねーだろ!?
剣道なんて中学の頃しかやってなかったんだから!」
ポンポンと言葉が押収する。
言葉だけ見れば随分と強いし、顔も怒っているようだが、
彼女の兄を17年ほど続けて来たティーダには分かる。
あれは、機嫌が良いけど、それを知られるのが恥ずかしいと思っているときの顔だ。
ショウイチはまだ知らないのだろうが、あれでユエはショウイチに心を許している。
微笑ましい。巫女としての技量を鍛え、今ではLv47のユリアに匹敵する
結界術と弓の名手となった妹に対し、臆せず、軽口を叩き合える若者など
そう多くはない。
このリュウキュウ王国では家族であるティーダと弟のシン、
そして父と母を除けばショウイチくらいだろう。
(いっそユエの婿にでも迎えて、俺の弟にするのも悪くは無いかも知れん)
弟や妹とも仲良くやっているようだし、
下手にナインテイルの貴族から婿を取るよりは良いかも知れない。
そんな益体のないことを考えていたときだった。
「兄上。少しよろしいですか?」
まだ若い、少年の声。
「どうかしたか?シン。宴の準備にはまだかかると思ったが」
少年の名は、シン。リュウキュウ王国第2王子…すなわちティーダの弟である。
「ええ。ですからその前にと。実は先ほど、黒猫ルドルフが城を訪れました。
商談を行いたいとのことです。父上は、兄上に任せるようにとの仰せでした」
「またか…」
ティーダは思わずため息をついた。
父王タイヤンは、どうやら齢45にして本格的に隠居を考え始めたらしい。
最近は国の重要ごとをどんどんティーダたちに任せるようになっている。
いずれ、本格的に引退した後は政治に口を出さず、
若い頃から鍛えていた格闘術を極めるつもりだと言うのは、本気なのだろうか。
「いかがされます?これから戦勝の宴がありますので、
本日はお引取り願っても良いかと思いますが」
「いや、構わぬ。会おう。戦勝の宴にも参加して頂くこととする。
此度の勝利、ルドルフの功でもあるからな」
今回の戦で、地力に勝る亜人に勝てたのは、6月にルドルフが島では
貴重な鉄製品…鋼を使った鎖帷子を始めとした武具を、
交易品として持ち込んできたからと言う面もある。
新興ながら幾つもの大きな船を有する大商人の持ち込んだ武具。
それは騎士団と農民兵に行き渡らせるに充分な量があった。
無論、それだけの武具であれば、代金も相応の額となったが、
リュウキュウはその支払いには困らなかった。
「それに、興味もある」
「興味、ですか?」
兄の言葉に、シンは首をかしげて尋ねる。
「ああ、前回の取引。如何に大量とはいえ、
砂糖キビで代金をあがなう事を認めた理由がな」
武具の対価に島の特産物を船がいっぱいになるほど要求した理由を。
4
城の客間でティーダは2人の男と会った。
1人は、美しく、鮮やかな色合いの余所行きを着込んだ黒い毛皮の猫人族と、
着慣れぬのか執事服を窮屈そうに着込み、緊張した面持ちで直立不動を保つ、
白と茶、黒の毛が交じり合った毛皮の、少年と言っても良い年頃の若い猫人族。
「光栄です。この忙しい時にまさか王子自らお会いして頂けるとは」
ティーダが入ってきたのを見て、猫人訛りの無い流暢な言葉で、
黒い毛皮の猫人族商人、ルドルフが頭を下げる。
「よい。どの道宴の準備が整うまでは暇だった。
暇を持て余して城の者どもに質問攻めにされるよりは、
こちらの方が有意義だろう」
にこやかに笑いながらも、その瞳からは油断できぬ光を放つ商人を前に、
ティーダも居住まいを正す。
相手は海千山千、それも小国なれど城に出入りが許されるほどの大商人だ。
相応の覚悟をもって挑まねば、あっという間に足元を見られてしまう。
ここもまた、ある意味では戦場であった。
「なるほど。それは運が良かった…これもまた、商売の神のお導きでしょうな」
「よく言う。祈りなどしている時間があれば金勘定をするのが商人であろう」
笑いながらからかう。
ティーダは、ルドルフを嫌ってはいない。
今ひとつ何を考えているか分からないのは油断ならないが、
基本的には商売では相手に損をさせないことを重視する姿勢を、
好ましく思ってもいる。
10年前、交易商人になりたての頃から、ルドルフはリュウキュウと交易をしていた。
少し割高な大陸の交易品や島の特産品に鉄製品や金を払い、
それをイースタルまで運ぶ。
それは大陸商人との繋がりを古くからの交易商人に独占され、
ロングコーストの主流である大陸との交易が満足に行えぬが故の
苦肉の策だったのかも知れないが、リュウキュウではありがたい存在だった。
「ははは。手厳しい。となれば世間話はこのくらいにして、
商品の説明を致しましょう」
ルドルフとてティーダがこれから戦勝の宴を控えているのは知っている。
早速とばかりに、アキバで仕入れてきた品々のサンプルをティーダに見せる。
「ほう。今度は武器か」
「はい。これをおおよそ30ずつ仕入れて参りました」
並べられたのは、弓や手槍、旋棍といった武器の数々。
「しかし…見慣れぬ代物ばかりだな。
武器のようだが、奇怪な材料を使っている。これは何だ?」
それらは、慣れ親しんだ鉄や木の気配は無い。
獣の革は使われているものもあるが、それとて牛や豚、
羊とは違う革を使っているようだ。
「はい。これは魔物武器です」
対するルドルフは落ち着いたもの。
しれっと、今名づけた言葉を口に出す。
「魔物武器?」
「ええ。これらはですね、魔物の血肉や骨を用いて作られた武器です」
まあ、間違ってはいない。
それに。
「なんと…わが国では〈王様海亀〉の甲羅で
盾を作ったりはするが…」
リュウキュウでは重装歩兵の盾に、巨大な亀の魔物の甲羅を使っている。
それは鉄が貴重な島であることもあったが、それ以上に軽くて丈夫である
と言う理由もあった。
「ええ、この島では魔物で盾を作りますからね。受け入れられ易いかと思いまして。
特に今回持ってきたのは私の船の護衛に直々に選ばせた品ばかり。
どれも並の武器より優れたものなのは保証いたします」
先日、アキバに送り届けたムサシは、魔物武器を絶賛していた。
曰く、大地人が打った金属の刀など、比べ物にならぬと。
それに船の護衛として乗せてきた傭兵達の間でも、
アキバの武器の良さは噂になっていた。
中にはルドルフが渡した報酬を早速とばかりに
魔物武器の購入につぎ込んだ傭兵までいたし、
ルドルフから見ても慣れ親しんだ鉄の武器よりも
武器としての性能に勝ることは分かる。
材料の問題から冒険者の街でしか手に入らぬが、
きっと大地人の間でも広まるだろう。
そう思える程度には、魔物武器は優れた商品だった。
「…ふむ、少し試してもよいか?」
「どうぞ」
ティーダもそれを感じ取り、ルドルフが持ち込んだ和弓を手に取る。
軽い。
白い…恐らくは魔物の骨を使って作られたのであろうその弓は、意外なほど軽かった。
そして、思い切り弓を引く。
ビィィィィン
跳ね返る反動は、大分大きい。
きちんと矢を番えて打てば、結構な威力となりそうな感がある。
どうやらルドルフが勧めてくるだけあり、中々良い弓のようであった。
「…ほう、軽いのに存外良い音がする。
俺には軽すぎるが、エルフの弓使いには喜ばれよう」
「はい。こちらでは弓はエルフ族の巫女の方々が好むと聞きましたので、
それにあわせました。それで、いかがでしょう?」
ティーダの評を聞き、ルドルフも笑みを深める。
どうやら今回の交易品も、正解のようであると確信して。
「俺だけではなんともいえぬ。武士の武器にしか俺の目利きは当てにならんからな。
明日、サイガたちにも見せ、意見を聞く。返答はそれからでも良いか?」
対するティーダは、慎重だ。
如何に『臨時収入』があったと言っても、国の金だ。
よき物に使わねば、バチが当たる。
リュウキュウは無駄遣いが許されるほど、豊かな国ではないのだ。
「もちろんです。私は1週間ほどこちらに留まる予定ですので、
それまでに決めて頂ければ」
無論、ルドルフとて今すぐに買い取れと言うつもりは無い。
元々、リュウキュウのあちこちで商談をする予定にしている。
リュウキュウの特産は、砂糖を始めとしてアキバでの交易に向いたものが多いのだ。
「了解した。それにしても、何処から仕入れたのだ。このようなもの。
前の取引のとき渡した砂糖キビとの交易で手に入れたのであろうが」
「実は、アキバの冒険者からです」
ティーダに尋ねられ、ルドルフはこともなげに口にした。
「冒険者か…風の噂ではまるで『大地人のようになった』とは聞いていたが」
「はい。考え方は大分違いますけどね。彼らの文化は面白いですよ。
それに金も知恵も持ってる。
これからは冒険者との付き合いが重要になっていくでしょうね」
ルドルフは本心から口にした。
ルドルフは持ち前の勘で時流が大きく変わったのを感じ取っていた。
今はまだ、街1つに留まっているが、イースタル自由都市同盟が
交流に動き出したとも聞いた。
いずれイースタルなどとも交流が始まれば、商売の常識が覆りかねない。
アキバの冒険者はそれだけの金と力と商品を持っていた。
「なるほど。肝に銘じて置くとしよう」
その言葉に、ティーダも頷く。
リュウキュウは冒険者の街からは遠い辺境だが、
それでもこの世界にある以上、無関係とはいかない。
いずれ、何らかの形で冒険者とは付き合っていくことになるだろう。
直接にせよ、間接的にせよ。
そこまで考えたあと、ティーダは気を取り直してルドルフたちに言う。
「今宵、城で戦勝の宴が行われる。お前たちも出るが良い。
俺が許可しよう。我が島の料理人たちが作る『ニホン料理』はうまいぞ」
「それはありがたい。楽しませて戴きます」
ティーダの許可に、ルドルフは深々と感謝の意を表する。
戦勝の宴ともなれば、リュウキュウの有力者は大体招かれる。
今のうちに知り合う機会を得られるのは大きいとルドルフは知っていた。
「では、俺は行く。また会おう」
そう言うとティーダは部屋をさっさと出て行く。
流石にそろそろ戦勝の宴の準備をせねばなるまい、そう考えながら。
さて。
ティーダが去ったあと、客間に残された2人は、会話をかわしていた。
「しかし小父上、良かったのですかニャ?」
「なにがだい?」
緊張し、黙りこくっていた少年の問いかけに、
いつもの口調に戻ったルドルフは問い返す。
「いえ、小父上ならリュウキュウまで来ずともナインテイル、
いえロングコーストでももっと高く売れるんじゃないかニャと…」
こういうとき、ルドルフは相手が自分なりに考えた答えを聞きたがる。
それを知っている少年は正直にルドルフに問いかけた。
「まあね」
果たしてルドルフは少し嬉しそうに肩をすくめた。
「では、なぜ?」
「冒険者風に言えば先行投資さ」
アキバによったとき冒険者の薬屋が言っていた、覚えたての言葉を口にする。
たぶん、意味はこれであっている。
「センコウ…?」
「うん。きっとここは伸びるよ。冒険者が来れば」
聞きなれぬ言葉に首を傾げる少年に、自分の考えを伝える。
「冒険者が…来るんですかニャ?」
「僕の勘通りならね」
少年の問いかけに大きく頷き、ルドルフは諭すように説明する。
「元々ここはフォルモサって言う大陸の勢力圏にある冒険者の街が近いんだ。
彼らも冒険者ならお金は充分。後はアキバと交易が始まれば、
冒険者の欲しがる商品があるリュウキュウは一気に大金持ちって寸法さ」
「しかしアキバは遠いですニャ?」
常識ではあり得ない。
リュウキュウはアキバからは遠すぎる。だが。
「多分、そうでも無いよ。アキバの円卓会議の考え通りならね」
ルドルフは知っている。
アキバ円卓会議が何をしようとしているか。
「考え?」
「うん。彼らは妖精の環を移動に使うつもりらしい」
円卓会議とか言う組織が最初に示した今後の方策の1つにそれは含まれていた。
瞬時に街へと帰還する秘儀を知る冒険者ならではの発想。
それを聞いたとき、ルドルフはすぐさま次にすべきことを決めた。
「この島にいるショウイチって武士は『ニホン人』だって噂だ。
そして新しい料理…『ニホン料理』を考え出したのも彼だとね」
前回…砂糖を求めてナインテイルの南の果てにあるこの島を訪れたとき、
ルドルフはあちこち伝手を辿って情報を集めたことで、真実に気づいていた。
ナインテイルやフォルモサからの交易船がたまに訪れる程度であるがゆえに
島民が気づいていないこの島の特異性…1人の男の存在に。
「それは一体どういう…?」
「…うーん一応秘密で」
だがルドルフといえど確証はもてなかった。
ショウイチは弱すぎた。
無論、アキバにも『ショウイチ程度かそれ以下』は幾らでもいたが、
同時に彼らの多くは安全なアキバから出ようという発想を持っていなかった。
それがこんな辺境の島にいる理由は…ルドルフが思いつくのは1つしかない。
「まあ、外れでも損はしないさ。
リュウキュウに売った額は仕入れ値に輸送費とうすーい儲けくらいは乗せてる。
負けても損はしない賭けはどんどんしようってのが僕の方針なんだ」
ルドルフは、こういった賭けを好む。と言うか、賭けを行わずには生きていけない。
ロクに後ろ盾の無い成金商人は、勝負と商売を忘れたら没落するしかないのだから。
「あ、一応言っておくと、先行投資には君も含まれてるから」
それに、リュウキュウとてルドルフにとっては数多くの賭けの1つに過ぎない。
「え?」
「だって君、君の一族で一番『新しい料理』が上手くなりそうだもの」
「そんな…買いかぶりですニャ」
ルドルフの誉め言葉に、少年は照れて答える。
自分はただ少しだけ味にうるさくて、手先が器用なだけだと少年は考えていた。
今、まだこのときは。
「いやいや、君の一族をうちに呼んでご馳走したとき、
君が真っ先に新しい料理を作ろうって考え出した。
他の一族がその脅威に怯えてる間にね。
だからこそ僕は君をリュウキュウに連れてきて、ニホン料理を食べさせたんだ」
だが、人を長年見てきたルドルフには分かっていた。
この若い三毛猫の少年が、この先、ロングコーストの猫人街に、
なくてはならぬ存在になりうる星であることが。
「君ならきっと『新しい料理』を再現、いや発展させると僕は思ってる。
期待してるよ。マオ=スーシャン」
無論、これも賭けだったが。
…そして、ルドルフの賭けの結果が出るまでには、もう少しだけ、時間がかかる。
4
夕暮れと共に、かがり火があちこちに掲げられ、宴が始まった。
豪華な卓の上には新鮮な魚の『サシミ』や魚と野菜をたっぷりと入れた『スープ』、
野菜を切って塩と酢で味付けした『サラダ』、細かく砕いた肉を練り固めた
『ハンバーグ』とそれを野菜やチーズと共にパンに挟んだ『ハンバーガー』、
鶏の肉に衣を着けて揚げた『カラアゲ』、ジャガイモを揚げた『フライドポテト』に
ゴーヤの実と卵、豚肉を炒め合わせた『チャンプルー』、
砂糖を加えた小麦粉の生地を揚げた『ドーナッツ』
果てはごく最近ようやく宮廷の料理人が再現に成功した『チラシズシ』と言った
『ニホン料理』が並び,今回の戦で戦った戦士たちや招待された客を楽しませている。
「いや、今回ばかりはおらも死ぬかと思ったわ!鋼の鎧の堅さに感謝せんとな!」
強い火酒を浴びるように飲み、すっかり酔っ払った赤い顔で、
ドワーフの兵士長、ダイモンが部下のドワーフたちの今日の戦いをねぎらう。
如何に激戦だったかを示すためだろう。
蜥蜴王の剣の傷が生々しく残った甲羅盾を持ち込んでおり、
仲間のドワーフたちに見せびらかしている。
「神官長様!どうだったんですか!?やっぱりトカゲの化物は強かったですか!?」
「ええまあ…私の生涯でもあれほどの大物と戦ったのは、数えるほどしかありません」
エルフの一団の方では、ユリアがシュリに残った若い見習い巫女たちに囲まれ、
質問攻めにあっていた。
ユリアの方も見習い巫女の若々しい元気に押されながらも、楽しげに対応している。
「ぐっ…まだまだぁ!」
「ほっほう!甘い甘い!その程度の腕じゃあ儂どころか儂の息子にも勝てんぞ!」
「すげえ…あの爺さん、酒飲みながら戦ってる…」
向こうではサイガと老師のふざけ半分の決闘が行われていた。
サイガとてLv50を越える格闘家なのだが、老師に掛かれば赤子のようなもの。
一方的に老師がサイガをもてあそんでいるようだ。
自慢の二刀も1本しか抜かず、片手には酒を注いだカップを持ったままだ。
そして。
「んでよー、ダイモンのおっさんが吹っ飛ばされてやべえってところで、
ティーダがトカゲの左腕切り落として、俺が尻尾叩き斬った!
そしたら動き鈍ったからそっから一気にやった!
最後はじいさんと俺とティーダの〈燕返し〉12連発!
トカゲの奴ぐぎゃ~ってなってぶっ倒れた!俺らの勝ち!」
「すごいですね…僕だったら恐ろしくて戦うどころか動けなかったかもしれません」
「こら、シン!そこでびびってんじゃないわよ!
兄様が王位についたら、アンタが騎士団長なんだからね!
精々召喚術師の技をしっかり磨いときなさい!
それにショウイチ!アンタも調子のらない!アンタすぐ無茶するんだから!
どーせアンタのことだから討伐のとき、危うく死に掛けたでしょ!?」
「ゲッ…なんでわかんだよ」
弟、妹の2人と楽しげに喋るショウイチを見る。
リュウキュウに嵐のように現れた、不思議な男のことを。
(ショウイチ…ニホン人か…)
ショウイチは、このリュウキュウの生まれではない。
それどころか本人の弁によればヤマトの、否、セルデシアの生まれですらない。
ニホン。
このリュウキュウの遥か彼方…異界にあるという、ショウイチの故郷。
魔法が存在せず、代わりにカガクとやらが発達し、
作成メニューもレベルも存在しないと言う異界。
その異界からショウイチがニホンから迷い込んだのは、
5月になったばかりの頃である。
(最初は、ただの迷い人だと思っていたのだがな)
あの日、亜人が現れていないかの偵察も兼ねて遠乗りをしていたティーダは
妖精の環の近くでいびきをかいて寝ていたショウイチを見つけた。
新品の無銘刀を1本腰に下げ、真新しいが粗末な服を着ただけの青年。
何故ここにいるのか、何故こんな格好をしているのかさっぱり分からぬと
落ち込む彼を哀れに思ったのと、島では珍しい武士らしきショウイチに
興味を覚えたティーダは城へと連れ帰り、客人として迎えた。
(思えば拾い物をしたものだ…)
そのときの判断は間違っていなかったと、ティーダは胸を張っていえる。
最初の3日でリュウキュウの水に馴染んだショウイチは、
リュウキュウにとって福音だった。
―――この世界のメシまずすぎ。なんだよあのダンボールモドキ。
つーか作成メニューとかおかしいだろ。
と言いながら厨房頭の息子に作らせた、ショウイチが故郷で食べていたと言う
『ニホン料理』はリュウキュウでは庶民にまで広まり、
(代わりに伝統料理はあっという間に廃れたが)、
彼の持つ様々な知識は(うろ覚えであり、島の学者たちによる研究が
必要だったが)様々な形で島に生かされている。
更に来た当初は素人同然のLv4であった技量も、ティーダたちと共に
魔物と戦うようになってから瞬く間に上がり、今や一流の武士である
ティーダに追いつこうとしている。
「お~い。ティーダ、何考え込んでんだよ、こっち来て一緒にメシくおーぜ!」
「…っと、いかんな。つい考え込んでしまったか。俺の悪い癖だ」
ショウイチの声にティーダは我に返った。
そうだ、今は戦勝の宴。
難しい顔をして考え込んでいては民草に余計な不安を与える。
そう思い、ティーダは笑顔を作った。
「ほいこれ。すげーぞ、これ。
黒猫のおっさんの連れてきた三毛猫の兄ちゃんが作ったんだと」
笑顔に戻ったティーダに笑顔でショウイチが見慣れぬ料理を差し出す。
「ほう…ニホン料理か?」
「いや、どっちかってえと中華っぽい。
なんか〈冒険者〉の考えた『新しい料理』だってさ」
「なるほど。冒険者の考えた料理、か」
それを聞き、ティーダはルドルフが言っていたことを思い出す。
(そう言えば…ルドルフは『冒険者が大地人のようになった』と言っていたな)
そんな考えがふと頭をよぎったが、それがどういう意味なのか、
ティーダにはまだ実感が無かった。
このリュウキュウに、冒険者はいないのだから。
5
そして、戦いを終え、ルドルフが去って1週間が過ぎた頃、邂逅は起こった。
「あ、兄上!ショウイチさん!大変です!」
昼下がり、いつものようにショウイチとの真剣稽古をしていたティーダのところに、
シュリの街に出ていたはずのシンが愛騎である〈家守獅子〉に
乗ったまま、泡を食って飛び込んできた。
「シン。どうしたんだ?顔、真っ青だぞ?大丈夫か?」
「何があった?落ち着いて話せ」
その様子と、シンどころか乗っているシーサーまで何かに怯えている様子に
ただならぬものを感じながら、努めて冷静にティーダはシンに事情を尋ねる。
「そ、それが…その…」
だが、まだシンは混乱しているらしく、上手く口が回らない。そして。
「と、とにかくそこの窓から見ればすぐに分かります!」
それだけ言って、再びどこかへ走り去る。
恐らくは、父王やユエにも同じ報をもたらそうと言うのだろう。
「…一体なんなのだ?」
「わかんねー。とりあえず窓見りゃ分かるって…うお!?」
何気なしに窓に近づいて外を見たショウイチが思わずのけぞった。
「信じらんねー…なんだありゃ?宇宙怪獣かなんかか?」
その感想に何事かと思い、ティーダも外を見て…絶句した。
「…なんなのだあれは!?」
1km離れた街の入り口付近。
そこに、家ほどもある巨大な獅子の怪物がいた。
どこか人を思わせる顔立ちの、赤と青の面と、長い金色の毛に覆われた、
巨大な獅子の怪物。
「とにかく、あそこに向かうぞ!あんなものが街で暴れれば、ただでは済まぬ!」
「おう!」
ティーダの決断は早く、それにショウイチも答える。
そして2人は連れ立ってシュリの街へと繰り出す。
「兄様!あれはなんなのですか!?」
馬を用意しているところでシンから話を聞いたのか、
巫女装束に着替えて弓を抱えたユエが現れ、ティーダに尋ねる。
「分からぬ!お前は…」
「一緒に参ります!癒し手がいなければ危険です!」
城で待て、と言う言葉を言う前に言葉を重ねられ、
ユエはさっさと愛馬にまたがって行ってしまう。
「…仕方ない!」
「さっさと行こうぜ!ユエが突っ込んだらヤバい!」
飛び出した馬を追うようにティーダとショウイチも馬を走らせ出した。
6
シュリの街の入り口。
特に何をするでなく立ち止まった獅子の怪物に怯え、
住人は固唾を呑んで見守っていた。
「ダメじゃん!?めっちゃびびられてんじゃん!?」
その様子を、獅子の上に乗ったリーダーの守護戦士、
セシルが内心頭を抱えながら見ていた。
「誰だよ?シュリならシーサーは聖獣だから乗ったままでも大丈夫とか言ったの」
「まあ、常識で考えたら体長20mのライオンの化物が怖がられないわけないよね~」
「お前が言うなよ!?最初に歩くのやだっつったのお前だろうが!?
つーかこれ〈森王獅子〉だろ!?シーサーとは別物だろ!?」
「6人乗りできる召喚生物ってこれぐらいしか持ってなかったんだよ。
契約すんのもわざわざ東南アジア鯖まで行って大変だったんだぜ?」
「まあ、俺らも賛成しちゃったから同罪だな、リーダー」
仲間の微妙に無責任な発言に、思わずセシルは本当に頭を抱えた。
「どーすんだよ…先生からは『出来るだけ穏便に接触すること』って言われてんのに」
これだから最近の中高生は、などと思わず考えてしまう。
…セシル自身も4月に大学生になったばかりで、充分に若者なのだが。
来月から始まる予定の『妖精の環解明プロジェクト』に先駆け、
リアル〈ゴブリン王の帰還〉解決に乗り出した〈D.D.D〉や〈黒剣騎士団〉の代わりに
〈ホネスティ〉に依頼された、『シブヤの妖精の環の行き先確認』
セシルたちは、その解明チームの1部隊である。
彼らの任務は妖精の環を通って先に何があるのかを確認し、報告すること。
この時間帯が日本サーバの外れの島、リュウキュウに繋がっているのは分かった。
ついでにシュリがどうなっているのか見に来て…これである。
「まずいな…うん?」
これからどうするか考えていたところで、セシルの常人離れした視力がそれを捉える。
街の中央にある城から出てきた、3騎の馬がまっすぐにこちらへ向かってくる。
(あれはいわゆる…大地人のえらい人って奴か?)
そんなことを思いながら、Lvと名前を確認する。
―――ティーダ(武士Lv50),ユエ(神祇官Lv47),ショウイチ(武士Lv48)
(なんか大地人にしては大分強い…ん?)
ふと気づいた。
(ショウイチ?…まさかな)
日本人っぽい名前、ついでに言えば知り合いにいた名前。
…何かの偶然だろう。
そう思いながら見てみた。
(…あれ?顔も翔ちゃんそっくり?え?え?)
春に、九州の大学に進学したはずの友人そっくりな顔が、近づいてくる。
思わず確認するべく、セシルはバロンから飛び降りる。
そして。
「あれ…もしかして政やん!?なんでこっちにいんの!?」
その、友人そっくりな男が、セシルを見て、本名のあだ名で呼んでくる。
すごくあっさりと、ごく普通に。
「…リーダー。知り合いか?」
「ああうん。俺の本名知ってるってことは多分間違い無い。
って言うかマジでなんで翔ちゃんいるんだよ…」
パソコンは一応持ってはいたが、やってるのはブログくらいで
ゲームなんてやらないバイクマニアだったはず。
そんな戸惑いと共に、セシルは脱力してがっくりと膝をついた。
とにもかくにも、アキバの〈冒険者〉とリュウキュウの〈大地人〉の付き合いは、
こんな感じで始まった。
7
「…まことか?」
城の一室で、獅子の怪物に乗ってやってきた6人の男女の長、
セシルの言葉に、思わずティーダは問い返した。
「はい。間違いありません。翔ちゃ…翔一くんは〈冒険者〉です」
ティーダの言葉に、セシルは再度頷く。
「う、嘘です!だって…ショウイチはそれほどまでに強くありませんでしたし、
それに…自分はニホン人だと言っていました!」
「それも間違いではありません」
同席し、焦ったように口にしたユエの言葉に、セシルは簡単に事情を説明する。
…主に隣で無言で座っている、ショウイチに聞かせるために。
「冒険者と言っても、最初は皆Lv4からのスタートです。
Lv90になるまでには多少の時間が掛かりますから、
翔一が今のLvでもおかしいことはありません。
それに今、このヤマトにいる冒険者の大半は日本から来た、日本人です。
数はおよそ3万人と言われてて、その半分がアキバに住んでいます」
「Lv4…?」
その言葉にティーダはふと思い当たった。
そう、あの日、ショウイチと初めてあったとき、ショウイチのLvは4だった。
本人は『中学の頃の剣道歴2年半でLv4くらいなんだろ』と言っていたので
気にしていなかったが、どうやら話を聞く限り、この世界に生を受けたばかりの
冒険者の技量がLv4らしい。
「…そういうわけだ。翔ちゃん、君はこの世界では〈冒険者〉なんだ」
「…いきなり言われても正直信じらんねーけど、他ならぬ政やんが言うことだからな」
セシルの言葉にじっと耳を傾けていたショウイチが頷く。
「信じてくれるのか、翔ちゃん」
「おう。どうやらマジで政やんみたいだし…
政やんが半端なく強いのも間違いないみたいだからな」
それだけではない。そのとき、ショウイチは友人の技量を見ていた。
こっちの世界では『セシル』と言う名前らしい友人の技量はLv90の守護戦士。
…3ヶ月の間に築いたこの世界の常識を容易く蹴り破れるだけの力を
持っていることを、ショウイチは見抜いていた。
「…それで、セシル卿。卿は我が国をどうするつもりだ?我が国に何を望む?」
今でも完全に納得したわけではないが、今考えるべきことを考えてティーダは
セシルに問う。
あの獅子の怪物を召喚できるほどの技量を持つ召喚術師と
それに匹敵する力を持つ冒険者が6人。
恐らくその6人だけでもティーダたち騎士団を壊滅させることは容易い。
彼らが従属を望めば、恐らく飲まざるを得ない。
(ルドルフが言っていた、アキバの冒険者ならば、それは望まぬと信じたいが…)
楽観をしても仕方が無い。
今出来ることをしなくてはならない。
ティーダはじっと冒険者の長の判断を待つ。
「何を望むとかは…今のところ無いです。俺たちはこれから帰って、
妖精の環がリュウキュウに繋がってるかを報告するだけです。
奴隷とか、略奪とかそういうのは絶対やりません。
…もしかしたら来月には生産ギルドが砂糖とかを買いに来るかも知れませんが、
それだってちゃんとお金なりなんなりを払います」
果たして、セシルの言葉は、平和的なものだった。
「そうか…それくらいならば構わぬ」
どうやらショウイチが前に言っていた『ニホン人は殺し合いとかしないから』
と言うのは本当らしい。
セシルの言葉に、ティーダは内心安堵した。
「では、セシル卿は…」
「とりあえずは仲間と一緒に帰ります。帰還呪文で…それで」
最初の失敗あったにせよ、取り合えず平和裏に接触を果たしたことに安堵しながら、
セシルはショウイチの方を向いて言う。
「翔一。お前も一緒に来ないか?
冒険者なら帰還呪文はみんな使えるんだ。シブヤになら一瞬で戻れる」
「そうだな…行くか」
セシルの提案に、ショウイチはあっさりと頷いた。
「な!?ショウイチ、アンタ!?」
その言葉に、ユエが思わず声を上げた。
「待て!ユエ、行かせてやれ」
そのまま何かを言おうとするユエを、ティーダは制する。
「兄様!?」
「ショウイチは冒険者で、ニホン人なのだ」
ショウイチは、いずれは『ニホン』に帰りたいと言っていた。
アキバはヤマト随一の冒険者の街、先ほどの話からすればニホン人の街でもある。
「冒険者のいるアキバは、ショウイチにとってのいわば故郷のようなもの。
…我らにとってのリュウキュウと同じなのだ」
「それは…」
その言葉を聞き、ユエは言葉を紡げず黙り込む。
故郷に帰りたがらぬものなどいない。
そういわれてしまえば、二の句は継げなかった。
「心配すんなって、ちょっと見てくるだけだよ。すぐ戻るって」
「…ほんと!?嘘だったら、承知しないわよ!?」
だからこそ、ショウイチがそう言ったとき、ユエは食って掛かるように確認した。
「おう。大丈夫大丈夫。ぱっと行ってお土産でも買ってきて、
さっと帰ってくっから」
そう約束して、セシルに向き直り、言う。
「そういうわけだから、やり方教えてくれ」
「分かった。まずは額に意識を集中させて…」
セシル詳しいやり方を教わり、納得するとティーダとユエを見て、言う。
「んじゃ、ちょっと行ってくるわ」
そんな言葉を最後に、ショウイチはその場から消える。
「それでは、俺たちもこれで戻ります」
それを確認し、セシルたちも戻る準備を始める。
そして6人の冒険者達も全員姿を消し、リュウキュウに平和が戻った。
「さっさと帰ってこないと、承知しないんだからね…」
それを見送って、ユエがポツリと呟いた。
「心配ないさ。ショウイチのことだ。ほんの数日で戻るだろう」
そう、ティーダが締めくくった。
…それから2週間が経ち、3週間待ってもショウイチが戻って来ないことなど、
まだ知る由もなかったがゆえに。
8
ショウイチがリュウキュウから去り1ヶ月が過ぎた。
「はぁ…」
ユエは、相変わらず覇気が無い。
「仕方あるまい…ショウイチは冒険者だったのだ。
ならば、冒険者の街で暮らすのが道理と言うものだ」
あの冒険者達が着てから、何度も妖精の環を見に行ったが、使われた気配は無い。
最近は、ティーダもショウイチは戻ってこないと諦めるようになった。
「分かっていますわ。兄様。ショウイチは冒険者だったんですもの。
…仲間のいる、故郷の方が良いに決まっています」
ユエにも分かっていた。
ユエとてこのリュウキュウで暮らし、
国を束ねる王の娘としてリュウキュウを愛してきた。
恐らく、どんな異郷の地にあっても、それがいかなる場所であっても、
ここより恋しいとは思うまい。
故郷とはそういうものだと理解している。
「けれど、薄情です。あれほど、このリュウキュウが好きだと、
第2の故郷だと言っておりましたのに…すぐに戻ると、約束しましたのに…」
けれど、愚痴は止まらなかった。
いつからだろう。いた頃はどうも思わなかったが、いなくなると寂しい。
ユエにとってショウイチが、そういう存在になっていたのは。
「…帰ってきたら、たっぷり文句を言ってやりますわ」
「…ああ、そうだな。仮にも王族たる俺たちを、待たせすぎだ」
それを誤魔化すように、ユエが言った言葉に、ティーダも頷く。
そして、午後の政務に戻ろうとした、そのときだった。
「うぃーっす!ただいま!ティーダとユエはここでいいんだよな?」
バタンとドアが開けられ、明るい声がする。
そこにいたのは…
「「ショウイチ!?」」
リュウキュウを去ったときより、ほとんど変わらぬショウイチであった。
「バカ!アンタ遅すぎ!一体どこに寄り道してたのよ!」
「そうだ!もう帰ってこないのかと思っていたぞ!」
思わず抗議の声を上げる2人に、ショウイチはバツが悪そうに頭を掻いて、言った。
「いやさ、俺も1日で色々やってさっさと帰ろうと思ったんだけどさ…
なんか、あの妖精の環がリュウキュウに繋がんの、1ヶ月に1回だけらしいんだわ」
帰った後、妖精の環の仕様を聞かされた時に思わず『先に言えよ!?』と
セシルに殴りかかり、逆に拳を痛めたりもしたのは、苦い思い出だ。
「ごめん!マジ悪かった!代わりと言っちゃなんだが、お土産超豪華にしたから!
なんか銀行の俺の口座に勝手に変な薬が振り込まれてて
それがすっげえ値段で売れたからさ」
何でもその変な薬は平均Lvが上がった今のアキバじゃかなりの貴重品だとかで、
銀行口座に入っていた50本ほどが全部で金貨数万で売れた。
ショウイチはそれを使い切り、ついでに〈鋼尾飛竜〉を倒したりして、
色々買い込んでいた。
「兄上!大変です!アキバから来た冒険者の商人の一団に…ショウイチさん!?」
「おう!シンもただいま!本とか買ってきたぞ!お前本とか好きだろ本」
真新しいバックを漁りながら、3人に渡す予定にしていたお土産を取り出す。
「んじゃまた後で!騎士団のみんなとかじいさんにもお土産買ってきたから、
ちょっと渡してくる!」
そして、呆然とする3人に、新しい刀や綺麗な髪飾り、
そしてアキバで書かれた本などを渡すと、脱兎の如く部屋を出て行く。
…何となく、怒られる気配を感じ取ったらしい。
「あ、こら!待ちなさいよ!」
それに気づき、髪飾りを髪にそっとさして、ユエが追って行く。
「…兄上」
「言うな。ちゃんと帰ってきた。それで良しとするしかあるまい」
置いてけぼりにされた男2人が顔を見合わせ、ため息をつく。
(ただいま、か…)
どうやらショウイチにとって、ここは確かに第二の故郷であるらしい。
それを確認し、少しだけ笑いながら。
「さて、シン。ショウイチの件はさておき、アキバから商人が来たと言っていたな?」
「は、はい!実は…」
相も変わらず山積みの問題の1つに手を伸ばし始めた。
本日はここまで。
今回のもう1つのテーマは『自覚なき冒険者』でした。
流れとしては
ネカフェでエルダーテイルを開始
↓
チュートリアルを終えてシブヤの妖精の環の辺りで寝落ち
↓
大災害でシブヤへ
↓
妖精の環に寝たまま突っ込む
↓
そしてリュウキュウへ
と言うかなりレアな体験をして現在に至っています。




