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第23話 学者のシャーロット

本日は、とある学者のお話。


テーマは『学問』


舞台はアキバ。

それでは、どうぞ。



「ほれ!さっさと起きな!朝だよ!」

私の朝は大家のマリーナおばさんに布団を引っぺがされることから始まる。

「ん~…うぅ…」

寝ぼけ眼をこすり、温かい布団を失った寒さに震えながら、

手探りでアキバで手に入れた愛用のメガネを探す。

「ほれ!メガネ!」

「あ、どうも…」

マリーナおばさんにメガネを取ってもらい、かける。


一気に視界が明瞭になって、くっきりと見える。

ああ、この瞬間。

ここ10年ほどぼやけた視界で暮らしてきて学問にも随分難儀したので、

この瞬間が嬉しい。

それから、学問の邪魔にならないよう短く切った母さん譲りの黒髪をぼりぼり掻いて、

ボーっとする。


「じゃ、ちゃんと顔洗って着替えてくんだよ!」

しゃっとカーテンを開けててきぱきと出て行くマリーナおばさんの後姿を

ぼんやり見送る。

しゃんと伸びた背筋がいつもてきぱきしてた母さんを思い出させて、少し嬉しい。

「へくちっ!」

そしてくしゃみを1つして、さっと一張羅である〈賢者のローブ〉に着替える。


今日は昼から『バイト』があるから、図書館は早めに切り上げないと。

そんなことを考えながら手ぬぐいを手にして部屋を後にする。

今までは気にしてなかったけど、ちゃんとしてないとマリーナおばさんと

クローディアさんがうるさいしね。


『第23話 学者のシャーロット』



内履き用のサンダルをつっかけ、汲み置きの水が置かれた手洗い所に行く。

寒い。

今すぐ回れ右してあったかい布団に潜りこみたくなる。

けど我慢して手洗い所に行って、手桶に水を汲む。

「っくう~!つめた~!」

マリーナおばさんが汲んできたのであろう、井戸から汲み上げたての、冷たい水。

それで顔を洗うと一気に目が覚める。

特に今は油断すると桶に張った水が普通に凍りつく真冬なので効果もひとしおだ。

「あ!おはよーございます!シャーロットさん!」

一気に目が覚めたところで声を掛けられる。

見ると、短めの、濃い茶色の髪をした女の子が1人。

運動用のピッタリとした短いズボンと、半そでの上着。

いっつも思う。寒くないのかと。

「おはよう。それとおかえり。ナギちゃん」

「はい!ただいま!」

元気に答えるナギちゃんの顔はうっすらと上気して赤め。

多分この子はアキバくらいじゃ寒いと思わないんだろうなあ…

こういうちょっとしたところでこの子と私たちの身体のつくりの違いを

思い出させられる。


ナギちゃんはこの下宿で暮らしている〈冒険者〉だ。

歳は14歳で、この下宿の中じゃ一番若い。けどLvはぶっちぎりの73。

冒険者、しかも身体能力に特化した格闘家兼体育家だけあって、

やや細めで筋肉もあんまりついてないように見えるナギちゃんの

身体能力はもはや冗談の域に達している。

この前、訓練に付き合ってもらったときに高さ20mはある切り立った崖を、

獣のように岩のでっぱりを蹴って2本の脚だけで上りきったのを見た時は

思わずメガネを拭きなおしたものだ。


で、ナギちゃんが帰ってきたってことは…

「ナギちゃんたちはいつも通りランニング?」

「はい!多分もー少ししたらみんなもどってくると思います!」

はきはきと答えるナギちゃん。

「ふぅん…そっか。相変わらずよくやるなあ」

私には真似できないなと改めて思いながら、私は手ぬぐいで顔を拭った。


今、この『下宿屋マリーナ』には、私を入れて全部で6人の店子が暮らしている。

暮らしているのはナギちゃん以外は全員大地人。

…で、全員がかなり強い。Lv33の付与術師でもある私も含めて。


この下宿屋、朝晩の賄い(ちなみに大家のマリーナおばさんの手料理は

その辺のお店より美味しい)付きな分、家賃は一ヶ月で金貨500枚ほどする。

如何にアキバが仕事に溢れた街だと言っても、普通の庶民が払うにはちと高いのだ。

いきおいここで暮らす住人は命張る分見入りも多いお仕事な傭兵ばかりになる。

まあ、私の場合は学問を修めなきゃなんないのと、

1人ではへっぽこなので毎日切ったはったしてるわけじゃないけど。


などと考えていると、他の住人たちが朝のランニングから帰ってくる。

「また2番か。相変わらず、ナギには追いつける気がしねえな」

いつも通り、ナギちゃんの次に帰ってくるのは、ダグラスさん。

動きやすそうな上着とズボンの上からでも鍛えられているのが分かる。

ナギちゃんと違って如何にも戦士って感じの身体つきだ。

まあ、実際戦士と言うか騎士なんだけど。


ダグラスさんはバリバリの守護戦士、おまけにLvが50を越えてる

マイハマの近衛騎士様だけあって、身体能力がかなり高い。

(ナギちゃんとは比べるだけ無駄だけど)

おまけに頭も良いので、たまにここの住人みんなで冒険に行く時は、

リーダー役をやっている。


「…よし!勝った!」

「うわ!くそー負けた~」

続いて帰ってくるのは、いつも通りの2人組。

モンスター退治専門の傭兵である魔物狩りをやっている、

狼牙族の格闘家のサイトと同じく狼牙族の盗剣士のアヤメのコンビだ。

どうやら本気で走ってきたらしく、2人とも尻尾と耳が出ている。

2人ともアキバで最近人気な『ジャージ』とか言う冒険者の服を着てる。

サイトが黒で、アヤメが赤。両方白いラインが入ってる。

あれ、部屋でくつろぐのにも良いけど、運動にも向いてるらしい。

この2人もバリバリの前衛なのでかなり鍛えこまれてる。

ダグラスさんに負けないくらい筋肉がついてるサイトはもちろん、

アヤメも一見出るとこでて引っ込んでるとこ引っ込んでるだけかと思いきや、

腕とか筋肉でかっちかちだったりする。

それでもナギちゃんやダグラスさんに追いつけないのは、

やっぱりLvの差という奴だろう。この2人、私とLvは同じくらいだし。


「…また私が最後ですの」

最後にちょっと遅れて戻ってきたのが、クローディアさん。

手入れが行き届いてさらさらな亜麻色の髪を2つに分けてくくっている。

こっちもジャージ。けどどピンクは正直どうかと思う。

結構少女趣味だ。もうすぐ20歳だと言う割に。


クローディアさんはダグラスさんと同じくLvが50を越えている、

マイハマの近衛騎士兼従軍司祭だ。

どっちかと言うと魔法重視な施療神官だからか、

純粋な体力勝負だとサイトやアヤメにちょっとだけ負けるらしい。

と言ってもその辺の傭兵や騎士くらいなら魔法なしで制圧できるくらいの

メイス使いでもあるんだけど。


「お帰り。朝メシ出来てるよ。全員顔洗って食堂に来な」

クローディアさんが帰ってくると、マリーナおばさんが食堂から

ひょいと顔を出してそれだけ行ってまた引っ込む。

食堂からは、バターをしいたフライパンで焼かれはじめた、トーストの甘い匂い。

それをかいで、お腹を減らした私も含め全員が慌てて身支度を始める。

マリーナおばさんの作るごはんは、とても美味しい。

昔はどうせ味同じなのもあって余り食べなかったのだが、

この下宿では毎朝楽しみにしている。


…お陰でちょっとだけ太ったのは、ないしょだ。



朝食を終え、いつものようにそれぞれに傭兵ギルドや狩り場に行こうとする

他の面々を見ながら、マリーナおばさんに特別に頼んで作ってもらったお弁当

(別料金で金貨3枚)を受け取っていつものように下宿を出る。

向かうのは『図書館』…アキバで学問を修めようとする大地人であれば、

誰でも知っている場所だ。


「やあシャーロット君。今日も朝からか。大地人の研究者は皆、熱心だな。

 うちの学生にも見習わせたいものだ」

「ええ。今日はバイトがあるので、少しでも早くと思いまして」

今日の図書館の番人…アキバの4大騎士団の1つ〈ホネスティ〉の上級騎士である

シゲル様に挨拶をしながら、奥へとすすむ。

奥にあるのは、無数の本。

全部、アキバの冒険者が遺跡などから持ち帰った貴重な古代の文献か、

冒険者が己の知識を記した様々な文献だ。


あちこちに置かれた椅子とテーブルにはもう、沢山の大地人…

私と同じ魔術師や学者が陣取って、本を読んだり、ノートと呼ばれる

白紙の本に写したりしている。

それが、この図書館のいつもの光景だったりする。


あらゆる本を集め、それを庶民などにも広く開放する施設…

私の故郷、ツクバでその話を聞いた時は冗談だと思った。

無論『集める』までは、はるか古代の頃から行われてきたことだけど、

それを他の人間に容易く分け与えるなど、狂気の沙汰。

研究を奪おうとするものは殺してでも阻止する。

自らの研究を持つ学者としての魔術師にとってはごく普通の感覚だ。


魔術師にしても学者にしても学問を修めるためには、

普通は師匠に弟子入りして長い長い下積みと修行によって学ばねばならないし、

弟子入りもよっぽど師匠に見込まれるか、相応の金を積まなければならない。

つまり知識を得るためには大抵はよほどの苦労を重ねているものなのだ。


だからこそ、魔術師は魔術でもって己が身と研究を守る術を身に着けるし、

容易く読み解けないよう暗号にして記す。


私の場合は母さんがそのまま師匠でもあったから多少はマシだったけど、

それでも今の知識を身に着けるのは大変だった。

それでも私は恵まれている方であり、私くらいの歳の魔術師、

学者見習いだと未だに普通の読み書きと簡単な魔法が使えるくらいで、

他は師匠の雑用しかやらせてもらえないなんてのがツクバでは普通だった。


それに対し、図書館である。


ここには知識が溢れている。

万を越える冒険者が集めた知識は膨大で、

しかもそれが暗号化すらされず貯蔵されている。

それどころかツクバで夏に激震を起こした『数の秘術』など

『子供でも分かるよう書いた知識をまとめた本』なんてとんでもない代物まである。

それがこの図書館では冒険者、大地人を問わずに『公開』されているのだ。

そりゃあツクバからの留学生が列をなそうと言うものだ。


かく言う私もその1人である。

母さんししょうに死なれた若輩で女の学者魔術師なんて

イロモノを受け入れる師匠なんて見つからなかったし、

今さら学問の道を捨ててごく普通の女として生きてくのも辛い。

学問を続けようと思ったら、選択肢はこれしか無かった。

その判断はどうやら間違いではなかったらしく、今でも私は母さんの残した遺産に

殆ど手をつけず、傭兵仕事の傍らこうして学問を続けられている。


「さってと…」

さっと歩いて本を確認。

いつも通り冒険者の知識を分かりやすくまとめた

『良く分かる!受験対策』シリーズは全部持ってかれてる。

数の秘術を更に分かりやすくしたと言う数学編は未だに私の中では幻の本扱いだ。

前に供贄の一族がやってる本屋で売ってるのは見かけたけど、かなり高いし。


となると読むのは…おっ。

運がいい。

前々から読みたかった『図解 蒸気船の仕組み』がある。

とっさに手を伸ばして確保。

すぐ後ろで舌打ちの音が聞こえたので間一髪だったらしい。

貸し出し決定。


私はほくほくしながら貸し出し手続きをする。

しないと図書館の中でしか読めず、本を持ち出せない。

1日金貨10枚。1週間で7日。合計金貨70枚。

…本破いたりなくしたりしなければ全額本を返したときに返してくれるとか、

ちょっと良心的過ぎだと思う。

何かの罠だろうか?

冒険者が言うには『図書館とはそういうものだ』ってことらしいけど。


とはいえ今日読むべき本は手に入ったので、適当な机を陣取る。

鞄からノートと羽ペンとインクを取り出し、写し取る準備をしながら本を開く。

さて、今日もしっかりと励むとしよう。



太陽が丁度真上からちょっと外れた午後2時。

空腹が限界を越えたので飲食禁止の図書館を辞し、ごはんにする。

日当たりの良い、広場のベンチ。

途中にあった屋台で買った、砂糖とミルク入りのあったかい黒葉茶を脇に置いて、

マリーナおばさんのお弁当を取り出す。

「おっ…今日はカツサンドかぁ」

いそいそと開けた包みの中から出てくるのは、

薄く切った肉を重ねたカツにたっぷりとソースを染み込ませた、カツサンド。

カツサンドのすぐ側には口直しとして小さいビンに入れられたザワークラフト。

多分、昨日の晩ごはんに出たとんかつを作るときに揚げて置いたのだろう。

揚げたてのとんかつにソースとカラシをつけて真っ白いライスも美味しいけど、

ソースをたっぷり染み込ませて時間を置いたカツサンドもまた格別だ。

ちょっと嬉しくなりながら、ほおばる。

じゅわっとした油と、柔らかい肉の旨み。

ちょっと厚めの、白いパンの甘みに、甘辛いマスタード入りソース。

一切れ食べた後に口に放り込む、爽やかに酸っぱいザワークラフト。

ああ、また太るかも、と思いながらも食がすすむ。

マリーナおばさんは『孫ほどじゃないよ』ってよく言ってるけど、

手料理の天才だと思う。


そして10分ほど黙々と食べて。


「ご馳走様」

マリーナおばさんの流儀で言うようになった、冒険者式の食後の感謝の祈りを捧げる。

空腹が収まると、先ほどまで読んでいた『図解 蒸気船の仕組み』のことが

思い出される。

「…やっぱり、異質だよね」

それが、触りだけとはいえあの本を読んだ感想だ。


私が専門として研究する学問は『魔道具学』と呼ばれる学問だ。

この学問はその名前の通り、魔法の道具を研究する学問。

…古代アルヴ文明が残した魔法の遺産を解き明かすことを専門とする学問だ。

下はちょっとしたマジックアイテムの力を引き出すところから、

上は古代の大規模な魔法装置の再起動や修理まで。

古代の魔道具に込められた魔力の解析と操作を専門とする。

私が〈付与術師〉の魔法に通じているのも、それを軸とした応用だったりする。


だからこそ、分かる。

冒険者の持つ知識と技術は、私の知る古代アルヴ文明のそれとは、違いすぎる。


蒸気船はあの鉄の塊を海に浮かせ、何百もの人間を乗せて、風を使わずに動く。


そんな桁外れの、奇跡に近い技術。

だが、それに使われる『魔法』は余りにも単純だ。

極論すれば『中心部で燃え続ける炎』

ただそれだけの魔法しか使っていない。


かつて、世界の運営が魔法で行われていた時代。

魔道具は複雑な魔法式で構成され、精密な操作により様々な奇跡を起こしていた。

空を飛ぶ船、山のような大きさのゴーレム、宙に浮く魔法の石床…

そう言ったものにより、アルヴは、旧き3種族は今以上に栄えていた。

より複雑に、より大規模に魔法が進化していった時代だ。


だが、冒険者のそれはその古代の魔法文明から見て、余りにも異質。

まるで『魔法を使わないことを前提とした技術』にすら思える。


例えば先ほどの蒸気船にしても『燃え続ける炎』でありさえすれば良い。

極端な話、ひっきりなしに薪や炭を投げ込み続ければ魔法なしでも動く。

そういう構造になっていた。

無論、それが古代の魔法技術と比べて劣るわけでもないのは、本を読めば分かる。

基礎となる単純な魔法からあの船を動かすために考えられた仕組みが

余りにも精密かつ複雑なのだ。

あれをわずか1ヶ月で完成させたアキバの冒険者は、一体何者なのだろう?

学者の間では『冒険者は古代より更に古い神代の知識を持つ』

なんて与太話もあるけど、案外本当なのかも知れない。


カラーン…カラーン…


なんてことを考えていると、3時の鐘がアキバ中に響く。

仕方ない。私は考えるのを中断して、立ち上がる。

『バイト』の時間だ。

私は気持ちを切り替えて、バイトへと向かった。



「はい。じゃあ今日は初伝の九九についてやります」

数の秘術(初伝)の中ごろを開きながら、私は黒い石の板に白墨で数式を書く。

「とりあえず、全部覚えてください。今後のためにも」

ずらっと、一桁の掛け算を書く。

一桁の掛け算を瞬時にできるようにする数の秘術に記された基本技術『九九』

一応ついこの前秘伝まで進んだ私にはどうと言うことは無いが、

初伝の中では難関の部分なのでみな、顔が険しい。

顔ぶれは、様々。

ドワーフの職人に、エルフ族のメイド。

人間族の主婦。猫人族の丁稚に狐尾族の夜の女。

独特の装束を纏ったアメヤの村の狼牙族に教室にまで剣を持ち込んでいる傭兵の類。

みな“元”を取ろうと一生懸命に勉強しているが、進みは遅い。

子供達と違って大人になると新しいことを覚えるのは大変なのだ。


この『塾』と呼ばれる教室は、元々は冒険者が考案したものだ。

学問の知識が無い素人を集めて、基礎的な学問を教える。

噂では冒険者しか入れない、キョウの〈大学寮〉への入門試験対策用の

ものすごく高度な塾もあるらしいが、私が教えているのは、

読み書きと簡単な計算が学べればそれでいい大地人向けの簡単なもの。

冒険者には『テラコヤ』と呼ばれている。


曲がりなりにも学者である私が選んだバイトがテラコヤの講師だった。

この街では読み書きが出来なくてもそれなりに働き口はあるが、

やはりできると選べる仕事の幅が増える。

そういう分かりやすいメリットがあるので、アキバに住み着いて数ヶ月もすると、

元々学の無い大地人は何とかして読み書きと計算を学ぼうとすることが多い。


それを見込み、庶民でも出せるような僅かな金で学問を教えるのがテラコヤである。

噂ではアキバの冒険者を束ねる〈円卓会議〉がテラコヤの運営を援助しているらしい。

つくづく学問を志すものには篤い街である。


まあ、文字が読め、中伝、奥伝クラスの数の秘術を身に着けているのが

当たり前と言う恐ろしく高い冒険者の知識の水準を思えば、

それも当然なのかも知れない。


さて、このテラコヤ、朝と夕方前では学びにくる層が違う。

朝は子供が多いが、夕方前の授業になると、一気に大人が増える。

彼らは朝からの仕事を切り上げ、時間を作ってテラコヤで学んでいるのだ。


大地人には、文字が読めず計算も出来ない大人は決して珍しくない。

最初は小うるさい子供に教えるよりはマシかと思っていたが、

大人の方が静かだけど頭が固くて物覚えが悪いので結局どっちもどっちだった。


その日の『バイト』は結局、九九をみんなで覚えるところで終わった。

用意しておいた、九九を全部記した紙を大事そうに持ち帰る生徒が印象的だった。

多分、後で他のものに教えたりするんだろう。

…私が母さんから教わったみたいに。



講師のバイトを終えて帰ると、居間に下宿の女たちが集まっていた。

「うっわ。ありえね~。なんだこれ。服って言うか、紐じゃん紐」

アヤメが本を開いて見ながら爆笑している。

「ななななんて破廉恥な!?こ、こんなものを冒険者は着るんですの!?」

クローディアさんは同じページを見ているはずなのに、怒っている。

顔が真っ赤だ。

「いや~。さすがにそれ着れる人は今はそんなにいないと思いますよ?

 いっくらセット効果で〈おどり子(ダンサー)〉のスキルにボーナスって言っても、

 ちょっと…」

それを見ながら、ナギちゃんはぽりぽりと困ったように頬をかいている。


私は1人蚊帳の外。

とりあえず、アヤメの持っている本の題名を読む…

冒険者の攻略本の1つ、防具について記されたアーマーカタログだ。

ちょっとボロくなってるけど。

「あ、お帰りなさい。シャーロットさん」

「お仕事、ご苦労様ですの」

「おっ、丁度いいとこに。シャーロットもちょっと見てよ」

そこで皆が私に気づいて口々に労をねぎらう。

そしてアヤメがずいっと本を突き出してきた。

私はそれを見て…絶句した。


なんだこれ。服って言うか、紐。


アヤメの先ほどの感想まんまの存在が書かれていた。

胸の頂きと女性の大事な部分を申し訳程度に隠す布とそれをつなぐ紐。

そして派手な七色の羽飾りと、踵のやたら高い靴。

全部揃えると〈踊り子〉のスキルにボーナスがつくらしい。

〈太陽神の踊り装束〉と記されている…え?防具なの?これ?


「マジありえないよね。装備するにはLv60以上とか、鋼の板金鎧よか硬いとか含めて」

…え?

思わずアヤメの方を見る。アヤメは驚く私に更に笑みを深めて、言った。

「いやさ、ナギがアーマーカタログもう使わないからくれるっつうから

 貰ったんだけどさ、魔物防具って誰が着るんだよこれって感じの

 ひっでえデザインの防具がゴロゴロあんの。

 もう笑った笑った。サイトとダグラスは照れて部屋に戻っちゃうしさ」

「納得いきませんの!ナギさんの〈光の使者のドレス〉よりありえませんの!」

「わ。ひどい。あれ、けっこう気に入ってるんですよ。かわいくて強いから」

なるほど、それでみんなで品評会というわけか。

私はようやく事態を飲み込んだ。


アキバでは、傭兵の使う装備は魔物武具…

冒険者が言うところの製作級が主流である。

理由は簡単で、冒険者が店売りと呼ぶ一般の装備より、はるかに性能が良いから。

とはいえその数は膨大なので、自分にあった装備を見極めるために

武器や防具を装備レベル別にまとめたカタログがあるのだ。

3人はそれを仲良く眺めていたらしい。


「ほら。クローディア、これとかどうよ?白衣天使の衣。

 装備Lv50で、回復魔法の効果が高まるってさ」

「あ、あああありえませんの!?なんですのこのスカートの短さは!?

 脚が丸見えですの!?一歩間違うと下着まで見えますの!?

 わ、私の鎧は家伝の一角馬の鎧以外ありえませんの!」

「えー?これくらいならいんじゃないですか?さっきのひもよりは」

「ナギさんまで!?比べる対象がおかしすぎですの!?」

アヤメとナギちゃんの言葉に、クローディアさんがものすごく動揺してる。

うん、まあ気持ちは分かる。

アヤメがクローディアに勧めた装備は白いのはともかく…スカートが妙に短い。

半そでだし、寒くないんだろうか?これ。

「ほら。シャーロットなら、コレとかどうよ?黒兎のスーツ。

 魔法の性能にボーナスだって」

そんなことを考えてると、私にお鉢が回ってくる。

どれどれとばかりにアヤメが開いたページを見て…

「…いや、それはなしでしょ」

即答する。

そもそもスカートすらついてないし身体のラインが丸見えとか、

ちょっと何考えてんのか分からない装備だ。

もっと普通のローブとかで良い…お。

「あ、でもそれは良いかな。識者のガウン…って結構高いな」

学者系の知識を高めるとなってるし、魔法の守りが高いらしい。

普通の服の上から重ねられるのも、高得点だ。

金貨1300枚はかなり高いから、ちょっと手を出すのが怖いけど。

…賢者のローブも良い品だけど、装備Lv30代の魔物武具と比べると

ちょっと微妙だしね。

「んで、アヤメは何か良さそうなのあった?」

気を取り直して、アヤメに尋ねる。

そうするとアヤメは少し困ったような顔をした。何故か。

「あーうん。あったと言うか、知ってたと言うか…」

そう言いながらそのページを開く。

私は釣られるようにそのページを見て…うん。これはひどい。

「性能は申し分ないんだよねー。炎と冷気に耐性アリで、命中と回避にボーナス。

 私みたいに速さ重視の盗剣士だとこれ以上よさ気な装備が

 魔物防具には見当たんない」

言い訳するアヤメが開いたページに載っている防具は…〈悪魔の拘束具〉

デザインがかなり…アレだ。着てたら間違いなく娼婦と間違われる。

…ん?でもこれ、どっかで見たような…

「…ありえませんの。あの悪魔女と同じ装備だなんて」

あ、そうか。

クローディアさんの言葉で気づいた。

『ススキノの女悪魔』が着てる鎧にそっくりなんだ。


なるほど。確かにそれなら分かる。


ススキノの女悪魔は、傭兵ギルドで最強の盗剣士だ。

しかもその装備は仕えている冒険者の、

とてつもなく強い盗剣士から貰ったものと聞いたことがある。

当然、盗剣士としての力を求めれば、自然と似たような装備に行き着くと言うわけだ。


「まあ、どっちにせよ今はサイトの篭手買って金が無いから、保留だけどね」

アヤメが肩を竦めて言う。

どうやら、防具談義は終わりらしい。

まあ、そろそろ夕食の時間だから、丁度良いか。

さて、今日の夕食はなんだろう?



美味しい夕飯を食べ終え、湯浴みを済ませたあと、借りてきた本を読んでいたら、

すっかり遅くなってしまった。

辺りは静かなものだ。恐らく下宿で起きているのは私だけだろう。

…私も寝よう。

私は万年灯に布の覆いをかける。

今まで辺りを照らしていた光が遮られ、辺りが真っ暗になる。

「ふわぁ…」

あくびをして、布団にもぐりこむ。

今日も夜更かしをしてしまった。

きっと明日も、マリーナおばさんにたたき起こされることになるだろう。


「…まったく、この街は、学びたい知識が多すぎる」

そう、ポツリと一言呟いて、私は目をつぶる。


きっと母さんが生きてたら、知識の宝庫であるこの街をものすごく喜んだだろうな。


そんな益体も無いことを考えながら。

本日はここまで。


ちなみに下宿屋マリーナの住人はシャーロット以外は

実は今まで別の話に出てきたキャラだったり。

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