番外編4 家事妖精のセリオ
本日は、主役が人ではないので番外編です。
テーマは『妖精の環解明プロジェクト』
多分敬語が間違ってるのは、仕様です。
私がマスターであるヨウケン様にお仕えし始めたのは、
86年と155日前のことで御座いました。
当時、まだ駆け出しの〈召喚術師〉で御座いましたマスターが
私を妖精界より召喚したのが縁の始まり。
そして当時、未だ形を得たばかりで充分な自我を持たぬ私に、主はこう言いました。
「よし、召喚成功!名前はどうすっかな…?」
召喚術師の中には契約を為すとき、召喚生物に
新たな名を与える方がいらっしゃいます。
主より直々に賜る名前は従者とマスターを結ぶ、とても大切な絆。
これを与えられる召喚生物は果報者に御座います。
「よし…メイドさんだし、なんか雰囲気がアレっぽいから…セリオだな。
これからよろしくな。セリオ」
「…はい。よろしくお願いいたします。マイマスター」
そしてマスターは、契約する召喚生物には必ず名を与える御方。
それは私も例外ではなく、私はマスター直々に『セリオ』の名を戴き、
晴れてマスターの従者と相成りました。
それから86年。
マスターは強く御成りになりました。私どもも含めまして。
マスターは己が従者を『俺の嫁』と呼んで憚らぬほど愛し、
それを駆使して調伏したより強き魔物と契約を果たして従者とし、
また、私のように戦働きに優れぬ弱き従者も心血を注いで鍛え上げ、
従者全員にLv90にも及ぶ力を授けてくださいました。
無論、マスターご自身の魔術師としての力量も超一流であり、
マスターはその御力を認められ、
63年と22日前に今は黒剣騎士団と呼ばれる騎士団に加わりました。
彼の大災害以降、その御力は更に増し、今やその技量はLv91。
謙虚なマスターは否定為されますが、ヤマトの地、否、このセルデシアの世に居る
召喚術師でマスターより優れたものなど居りません。
成ればこそ、騎士団屈指の精鋭の1人として、
このお仕事をお引き受けになっていらっしゃるのですから。
嗚呼、申し送れました。
私の名は、セリオ。
マスターにお仕えする16人の従者が1人、家事妖精に御座います。
「番外編4 家事妖精のセリオ」
1
転送を2時間後に控えた明け方のことに御座いました。
私は、1人騎士様がたの朝餉の準備に勤しんでおりました。
アキバより持参しました卵を茹でて皮を剥き、
マヨネーズソースと和えるために冷やしている間にハムと野菜で汁物を作る。
この程度であれば、今の私には造作も無いことに御座います。
と申しますのも、私ども家事妖精は戦働きに長けては居りませぬが、
家事妖精の名の通り家内全般の技術には通じた種族。
己が技量と同等の〈高級家政婦〉の技を持つのが常で御座います。
更に冒険者様方が生み出した〈手料理〉の御技も容易く身に着けることが出来、
家内の事であれば大地人の家政婦など比べ物にならぬほど完璧にこなします。
その力を見込まれ、今や冒険者の召喚術師の方々はこぞって
私ども家事妖精と契約をしておられるとのこと。
…無論、マスターに86年の間お仕えし続けた私より優れた家事妖精になど、
ついぞ会ったことなど御座いませんが。
さて、朝餉の手料理の準備が整い、私はマスター方を起こすことと致しました。
天幕に入りますと、既に隊をまとめる長であるアトラス様は起きておりました。
「よぅ!セリオ!もう朝メシが出来たのか?」
「はい。お早う御座います。朝餉の準備が整って御座います。アトラス様」
女性のように長く、手入れの行き届いた金の御髪と7尺近い体躯。
その勇壮な御姿から『黒剣騎士団の二大巨人』と呼ばれていたことも御座いました。
(彼の〈大災害〉によりもう1人の巨人であったユーミル様は
巨人ではなくなって仕舞われ、今では二大巨人の名も廃れましたが)
アトラス様は、マスターが騎士団に加わる前、
黒剣騎士団を黎明の頃より支えてきた、古兵に御座います。
素晴らしい戦槌と鎧、そして盾、その殆どが幾多の冒険を経て手にしてきた幻想の品。
職能である施療神官の技量も騎士団随一のLv92。
更にかつてセブンヒルまで赴き、厳しい修行を乗り越えて
叙任されたと言う〈聖騎士〉の技量もLv91。
マスターの次にこの隊の長を務めるに足る御方に御座います。
「じゃあ、メシの前にちょっくら顔でも洗ってくるか。んじゃな」
そう言うとアトラス様は颯爽と天幕より出て、天幕には寝息のみが響く、
静寂が戻りました。
天幕の中で、男女の別無く眠るマスター方…
まずはその内の、女性の方を起こします。
「ユーミルさま、阿国さま、朝に御座います。お目覚め下さいませ」
「うぅ…ん。おはようございます。セリオさん」
私の声に応え、まず目を覚ましますは、ユーミル様。
以前、とある大規模戦闘の折に百の魔物を斬り裂いた事により
百人斬りの異名を得た、黒剣騎士団でも屈指の剣の使い手に御座います。
「じゃあ、ちょっと出てきます。寝癖くらいは直しておきたいので」
そう言うと、整った笑顔で天幕を離れ、顔を洗いに泉へと向かうユーミル様。
彼の〈大災害〉までは巌のような大男であったとは、
到底信じられぬ可憐な御姿に御座います。
とは申しましても、我がマスターは
『ユーミルはユーミルだし。そもそも“サンジゲン”の時点でなあ』
などと申しており、ユーミル様の御姿には興味が無いご様子。
…まことに、喜ばしいことに御座います。
「ふぁ…っと。なに?もう朝?」
続いて目を覚まされますのは、阿国様。
「ねっみ…ちょっと顔洗ってくるわ」
黒剣騎士団では珍しい女性の騎士様で、騎士団の皆様方からは
さっぱりした気風から『姉御』と呼ばれ親しまれております。
ユーミル様の可憐な姿とは違う、野趣溢れる勇ましさを持った美は、
さながら野生の虎の様。
ユーミル様とはまた違う意味でお美しい方に御座います。
無論、栄えある黒剣騎士団の一員で在らせられる方ですので、
冒険者としての技量も超一流。
Lv92にも成る技量を持つ、火炎の術式を極めた妖術師で御座います。
続きまして、マスター以外の男性のお歴々をおこしにかかります。
「…おはよ。セリオ」
最初に目を覚ましますのはヨシヒロ様。
神代の代の伝説的な武士と、60年ほど前まで『剣豪将軍』の異名で有名であった
冒険者の武士にあやかったと言うこのお方もまた、Lv91の武士。
その中性的な美声と顔立ちとは裏腹に、鍛え抜かれた
6尺近い体躯はまさに益荒男と呼ぶに相応しきお方に御座います。
大災害より暫くは酷く動きにくそうにしておりましたが、
今ではそのようなことも無く、アキバでも屈指の武士の1人として
名を馳せておられます。
「あ、ユーミルと姉御はもう起きてんのか。僕も行こっと」
そう言うとヨシヒロ様もまた、外に出て行かれました。
「…うーす」
続きまして目を覚ましましたのが、カルマ様。
騎士団に入る前から阿国様と共に行動しておられるという守護戦士であり、
その技量はLv91。
阿国様と特に親しき間柄で、よく冗談を口にしては
阿国様から炎の洗礼を受けておられます。
「起きてねえのは俺と二次元だけか…お~い、二次元、おき…
おう!?せ、セリオさん!?」
なりませぬ。
私はじっとカルマ様を見つめながら、ご挨拶をさせて頂きます。
「お早う御座います。カルマ様。昨晩はよく眠られたでしょうか?
朝餉の準備が出来ております。良ければ朝の支度等、為されては如何でしょう?」
「は、はは…了解。出てく。じゃあ…ごゆっくりぃ~!」
些か慌てたようにカルマ様も天幕より離れました。
…さて。
私はマスターの枕元へと座り、マスターを起こしに掛かります。
とは申しましても、マスターの安眠を妨げるなど、従者にあるまじき行為。
故に、マスターが目を自然とお覚ましになるまでじっと待つことと致します。
マスターの寝顔をじっと見つめ、目をお覚ましになる兆候を
決して見逃さぬ様、見守る。
「…ううん?おはよう。セリオ」
「はい。お早う御座います。マイマスター」
この10分ほどの日課こそ、私の朝のひと時の幸福に御座います。
2
朝餉を終え、夜営の天幕を片付け、冒険者様方の準備が整いました頃、
丁度刻限となりました。
「5…4…3…2…1!行き先が変わったぞ!」
念入りに調整を施された懐中時計をごらんになりながら、アトラス様が仰られました。
私どもの目の前にあるのは、アキバから1日ほど離れた、とある妖精の環。
これこそが、マスターが挑んでおられる
〈妖精の環解明プロジェクト〉の要に御座います。
「それじゃあいつも通り頼むぜ、二次元」
アトラス様がマスターに命じられました。
「オッケー。セリオ、行くよ?」
「はい」
マスターに見つめられ、期待に若い娘のように心を弾ませながら、
私は返事を返します。
「んじゃ…〈幻獣憑依〉」
マスターの魔術が発動し、ついに待ち望んでいた時が訪れます!
私の内へと入ってくる…マスターの魂!
無論、抵抗など致しません!
マスターに全てを預け、私の肉体はマスターのものとなります。
『んじゃおやっさん。俺の身体よろしく』
魂を失い、倒れそうになるマスターの肉体を私の肉体で支えてアトラス様に預け、
私の肉体に宿りましたマスターは妖精の環へと飛び込みます。
足元よりの光が増し、マスターの魂を宿した私は何処かへと転移しました。
『おっと…こっちは夜中か…時差からすっと結構遠くに出たな』
先ほどまで朝で御座いましたのに、こちらは闇の深い夜の刻限。
不可思議なことに御座いますが、マスターにとっては当然のこと。
気にせずマスターは妖精の環より離れ、辺りを確認しながら歩き出しました。
『祠か…どっかのプレイヤータウンでは無いみたいだな』
マスターは最低限必要なことを確認為されると、私に仰いました。
『ちょっと待ってて。他の連中呼んでくる』
すぅ…と、私の身体より抜けるマスターの魂。
それを些か惜しく思いながら、私はマスターの到着を待つことと致しました。
まず、召喚術師の従者を先に送り、もしもプレイヤータウンであったなら、
即刻調査は中止。
妖精の環の向こう側で送還して従者を引き戻すこと。
今回のクエストに置いては、そのような定めがあります。
と、申しますのも、マスターが暮らすアキバの街近辺は、
まさに奇跡のように平和な場所。
妖精の環の向こうに広がる世界には危険な場所が幾らでも存在致します。
以前、とある調査隊など、砂漠で『オスマニア』なる国に組する
冒険者の一団に襲われ、命からがら戻ってきたこともあるとのこと。
調査には、細心の注意が必要なので御座います。
ですが、マスターのお話から察するに、
どうやら今回は無駄足とならずに済みましょう。
すぐに、マスター方全員が妖精の環より現れました。
「んじゃ、行くか。近くにプレイヤータウンじゃない街か村が
あればそこで情報を集めるぞ。二次元、調査頼む」
アトラス様がてきぱきと指示を出され、マスターも同意を示しました。
「了解。今思いっきし夜だから鳥目のユキは無理だなー…
〈従者召喚:小妖精〉」
状況を的確に把握され、マスターは愛用する魔導書を開き、
新たな従者を召喚します。
「やっほー!マスター!きたよー!なになに?どったの?」
現れるのは、私どもと同じくマスターに仕える従者の1人、小妖精のスフィー。
マスターの掌に乗れるほどの小さき姿から分かるとおり、
力による戦いは私以上に苦手ですが、代わりに身を隠す技と雷撃の魔術に長けており、
更にその小ささからは想像もつかぬほど早く飛べる透き通った羽を持つため、
今回のように広域を偵察する場合には〈誘歌妖鳥〉のユキと並び
よく呼ばれる従者に御座います。
「スフィー。この辺りに町か村が無いかを調べてきて。はいこれいつもの」
マスターはスフィーを掌に乗せ、彼女の好物である蜂蜜とバターの飴を渡しながら、
偵察をお命じになられました。
「ひゃっほー!まかせろー!」
彼女にとっては大きな飴を両手で掲げて喜びの声を上げながら
スフィーは高く飛び上がり、目にも止まらぬ早さで偵察へ向かいました。
「よし、二次元の小妖精が戻るまで周辺の探索を……おおう!?」
そして、スフィーを見送り、アトラス様が指示を出しながら祠から出たところで、
驚愕の声を上げられました。
3
祠から出たところには、暗い夜中にも関わらず無数の大地人がおり、
じっと不安げにマスター方を見つめて居りました。
格好は皆薄汚れ、中には服が破れたり、怪我をしたりしているものもいます。
「え?何コレどっきり?僕らそんなに有名人?」
「いや多分違うと思います」
「って言うか今こっち完全に夜だろ?何でこんなに集まってんの」
「…何かきな臭い匂いがするね」
「そう言えば、なんかびびってんな…」
マスターも含めまして、騎士団の皆さんも困惑のご様子。
無論、私自身も何事か状況が掴めておりませぬ。
やがて、大地人の代表らしき年嵩の男が、マスター方に尋ねられました。
「妖精の環から人が…も、もしや貴方様方は、
『秋葉の騎士』様方でございましょうか!?」
異国独特の、口の動きと発せられた言葉が微妙に合わぬ問いかけが男より為されます。
その問いかけにマスター方は顔を見合わせました。
「…え?どゆこと?なんで知ってんの?僕らそんなに有名だったっけ?」
「いえ、うちのギルドはラダマンテュス征しましたけど、
活動事態は日本ローカルでしたからそれほどは…
冒険者ならまだ分かるんですけど」
「あー、あれじゃね?妖精の環解明プロジェクトの噂聞いたとか。
ほら、調査隊って結構色んなところで色々やってんじゃん」
「ああ、なるほど。それならアリか。二次元たまには頭まわんな」
「たまには、はひでーよ姉御!」
「知らない間に有名になってたんだなあ。俺ら」
…成る程。マスター方の話を聞き、納得が行きました。
恐らくはこの男は、マスター方の勇名を聞き及んでいたのでしょう。
かつて、妖精の環解明プロジェクトであちこちを訪れた冒険者方の口から。
「…うむ。いかにも俺たちはアキバの黒剣騎士団だが」
アトラス様が肯定の意を示し、頷きます。
「おお…おお!秋葉の…それも黒騎士様がた!
どうかお助けくだされ!お願いいたします!
どうか、あの黄金の魔竜めを討伐してくだされ!」
その言葉を聞き、男が地に頭をこすりつけんばかりの勢いで平伏し、
マスター方に懇願いたしました。
4
ようやく、こちら側にも朝の太陽が昇る頃。
交易や交渉のためにアキバより持ってきた様々な食糧とヨシヒロ様とユーミル様が
仕留めてきた猪の肉を振る舞い(魔竜に襲われるのを恐れて逃げ出した村の民は
皆食うや食わずであったため、非常に感謝されました)その後聞きだした情報と、
手と口の周りを飴でベトベトにして帰ってきたスフィーの、
森にきんぴかの竜がいたと言う証言をもとに、マスター方は軍儀を開始されました。
「アルスターの〈黄金魔竜〉か…」
アトラス様が男…近隣の村の村長よりお話を伺い、難しそうな顔をして呟かれました。
100年以上冒険者としてご活躍為された方ゆえ、
アトラス様は黄金魔竜についてもご存知でいらっしゃいました。
黄金魔竜とは、今より遥か昔にこのセルデシアに現れた、
かなり古い軍勢格の魔物の1つに御座います。
この地…ユーレッドの西の果てにある島、
アルスター騎士剣同盟の魔竜として古くから知られ、
幾多の冒険者を葬り去ってきた黄金の竜とのこと。
…とは申しましても、長き戦いの末、幾たびもその限界を越えてきた
現代の冒険者にとっては決して強いとは言えぬ存在でもあり、
それが逆に悩ましいそうで御座います。
「実際のところ、Lv60のフルレイド級ってのがまた微妙なところでな…
まあ当然ながらLv90が24人いればよっぽどの素人じゃなけりゃあ仕留められる。
俺らが24人いりゃあ完全に作業だ…が、今回俺らは6人しかいねえ」
「…レイドランクのHP補正考えると結構厳しいですね」
「おう。さすがユーミル。よく勉強してやがんな。その通りだ。
火力もかたさも今の俺らにとっちゃあどうってことねえが、
HPだけはアホみてえにある。火力がドンだけ用意できるかが肝だ。
とりあえずユーミルと阿国で火力が2枚。
ちなみに炎含めて耐性は全部100%だったはずだ」
「だったらアタシはいつも通り焼けばいいね。そんなら大分楽に行けそうだ」
「だな。あとはヨシ、お前得意の全力攻撃だが…今どれくらい持つ?」
「…回避率考慮しないなら赤靴なしのユーミル並の火力を
400秒くらいは維持できるかな。んで大体630秒くらいでガス欠する。
あ、勿論挑発一切しない前提だけど、構わないよね?」
「おう。武士の攻撃スキル連発してそんだけ持たせられんなら上出来だ。
ヘイトは気にすんな。ダメージは全部そこのカルマお兄さんが
引き受けてくれるってよ」
「…了解っす。守護戦士はダメージ食らうのが仕事だし。
今回は盾構えて叫ぶだけの簡単なお仕事に徹しますわ」
「おう。頼んだぜ。心配すんな、俺が責任持って治してやっから」
てきぱきと纏められていくマスター方の魔竜への戦術。
私には未だに理解が及びませんが、マスター方の戦術眼は皆、磨きぬかれたもの。
間違いはありえません。
「つうわけでだ二次元。お前に頼みたいのは」
そして、アトラス様がマスターに指示を出されます。
「了解。火力重視で」
「おう。頼んだ」
その様は以心伝心。マスターは即座に趣旨を掴み、
今回の戦に連れて行く従者を選びます。
さて、誰になりましょうか?
「火力重視ならマコトだな。じゃ、とりあえず呼び出しとくか…
〈従者召喚:傾国九尾〉っと」
…なんですと?
5
嗚呼、なんと言うことで御座いましょう。
マスターは、またもやあの新参の駄狐をお呼びに成られました!
同じ戦働きに長けたものであっても古くからマスターにお仕えする
戦乙女のナナセや般若のチヅルであれば許せるのに!
しかし、現実は無常。
マスターの呼びかけに応じ、駄狐が召喚されます。
金色の耳と銀の毛先を持つ九本の金の尾を揺らす、狐尾の女。
ですが、その魔性の美と強い呪いの力はまさに人外に相応しき力。
かつて、大陸の国をも傾けたと言う故事よりその名を与えられた恐るべき魔獣。
されど、私は知っております。
あの駄狐が如何に卑しきものか。
「なんじゃ…またわらわの助力を求むるのか、ヌシは」
マスターをマスターとも思わぬ無礼な口の利き方!
思わず血潮が怒りに滾ります。
如何に元は黒剣騎士団の中隊と互角に渡り合った軍勢格とは言え、
今の貴女はマスターにお仕えする従者格に過ぎぬでしょうに!
「ああ、頼むよ。黄金魔竜相手とはいえ大規模は大規模だからな。
マコトの力を貸して欲しい」
ですがマスターは真摯なお方。駄狐風情にも、わざわざ頭を下げ、願われます。
「嫌じゃ。興が乗らぬ。大体、ヌシらなら竜如き、楽に倒すじゃろう」
だと言うに、駄狐はまたあのような暴言を!
どうせ褒美狙いに違いありません!
「ああ、だろうな。多分勝てる…けど、万が一負けたら、
ここの人たち、死んじまうんだ。本気で行きたい」
嗚呼!なんと慈愛に満ちたお方なのでしょう!
大地人を確実に救うため、駄狐の力すら使う!
真の騎士とは、誇りより大切なものを持つと言うのはまさにこのこと!
「…知らぬ。たかが大地人の村の1つや2つ無くなろうと
わらわの知ったことではない。
わらわは狐神の化身たる〈傾国九尾〉ぞ。
国をも滅ぼす魔物をその程度のことで遣おうなど、恥を知れ」
にも拘らず駄狐は未だに承諾の意を示そうとしません。
本当に何なのでしょう。この駄狐。そして。
「…四海秋葉の高級黒豚肉まん…」
マスターがついに切り札をお切りになられました。
「なぬ!?ま、まさか…」
駄狐の顔色が変わります。驚きの表情に。
「手伝ってくれたら、奢ってやろう…ククク、どうだ?働きたくなったろう…」
マスターも自然と笑みを浮かべられました。
英知に満ちた、思慮深い笑みに御座います。
「ふ、ふん!わ、わらわがそんなものに釣られると思うたら大間違いぞ!
如何にあのとろけるような美味の肉まんと言えど、
ひ、1つや2つでこのわらわが…」
そのようなことを言うのでしたら、まずはその九つの尻尾をお止めなさい。
バタバタと、見苦しい上に暑苦しい。
「だが、3つだと言ったら?」
卑しき駄狐に対し、マスターは更に報酬を示します。
「なん…じゃと…」
嗚呼、この駄狐は!
零れそうになった唾を音を立てて飲むなど、淑女にあるまじき行為!
(…俺ちょっと召喚術師に転向してくる)
(無理です。アトラスさん。メインクラスは変えられません)
(だってよー!?ずりぃよずるすぎるよなんだよあの好感度マックスっぷりは!?
あの二次元マニアめ!もげろ!剣聖とか惨殺ごともげろ!)
(いやー愛とか恋とか云々よりは餌見て全力で尻尾振ってる犬じゃね?あれ)
(うん。アタシもそう思う。なんていうか…バカ犬?)
(毎回食べ物で釣れるからね。あの元レイドランク従者(笑)は)
騎士様方もあの駄狐の卑しさに呆れ返っておられる様子。
恥ずかしくは無いのでしょうか。あの駄狐は。
「気が変わった。今回は特別に手伝ってやろう。
一応言うておくが、約定を忘れるで無いぞ。
…別段、あのようなものに興味は無いが、
約定を守らぬ主など、使役されてやる意味も無いだからな」
なんと見苦しい言い訳で御座いましょう!
貴女の卑しさなど、貴女を知るものは皆とうに気づいていると言うのに!
「よっしちょっくら行ってくる…セリオ」
「…何か御用に御座いましょうか?」
内心の滾る心を必死に抑え、私は勤めて冷静に返します。
如何に腸が煮えていようと、それを表に出すなど、
従者の名折れに御座いますれば。
「今日はさ、竜退治のお祝いにご馳走がいいな。
夕方までには帰るから、作っといて。
…セリオが前に作ってくれたカツカレー。うん、あれが食いたい。
他は任せるけど、それだけは絶対で」
…
……お
「お任せ下さいませマイマスター!腕によりをかけ、お帰りをお待ちしております!」
嗚呼、これこそ我が喜び!我が愉悦の瞬間!マスターが、私を、求めておられる!
(う~わ~。めっちゃ笑顔だ。僕が攻めに回ってるときの顔だ)
(本当にセリオさんはヨウケンさんが好きなんですね)
(…いっそ殺してでも奪い取るべきか?時代はNTRか?)
(やめときなって。あいつの道は茨の道だよ。アタシには分かる)
(そうそう。姉御も大学の頃乙女ゲーにどハマリしたとうぉぉぉぉ!?
あっちぃぃぃぃ!?)
(なんでてめえはそう昔っから口が軽いんだよ!
人の黒歴史ポンポン喋ろうとすんなこんボケが!)
皆様方がなにやら騒いでいるようですが、今の私には、関係ありません!
今なら、あの駄狐のことも許せそうです!
「…おいメイド。わらわの分も忘れるでないぞ。わらわは大盛りで3皿は喰らうでな」
……だまれ駄狐。
6
マスターをお見送りした後、私は早速宴の準備を始めました。
先ほどの方々が逃げ出した村に2人で舞い戻り、
村の集会所のキッチンをお借りしました。
真新しい…というよりロクに使われた形跡の無い調理器具が揃ったキッチン。
テーブルの上には先ほどの猪肉の残りと、アキバより持参いたしました食糧の残り。
現地の大地人の方々との交渉に使われることを考慮して
魔法の鞄一杯に詰められた分だけあり、先ほど振舞った分減っていることを
考えても宴の準備を整えるには充分な量に御座いましょう。
「ず、随分多いんですね…これ、なんですか?」
手伝いを申し出て戴きました、村では一番の手料理上手であるという
村長の娘御であるイリア様が、立ち並ぶ瓶や缶を見て首を傾げておりましたので、
説明することと致します。
「そちらは、アキバで作られました『調味料』に御座います。
右より、カレーパウダー、マヨネーズソース、ケチャップ、マスタード、
セサミドレッシング、ウスターソース、トンカツソース、ショーユ…
後はお砂糖とお塩、お酢と各種ハーブに御座います」
調味料はアキバより持参する食糧でも特に要と重要と言えるものに御座います。
と、申しますのも、お肉やお野菜、お魚などは現地調達も可能に御座いますが、
アキバ程『調味料』が揃った地は未だ発見されたことは御座いませぬ。
多種多様な調味の技。これこそがアキバ料理の要。
これら無くしてはアキバ料理は成り立ちませぬ。
「そうなんですか。秋葉の…お塩とかお酢以外にも調味料ってあるんですね…」
珍しいものを見るように、それらを眺めるイリア様。
どうやらアルスター騎士剣同盟とやらでは手料理は余り広まって居らぬようです。
イリア様に伺ったところ、ある程度凝ったものは何処ぞの村で冒険者の手で
発明されたと言うミートパイくらいで、後は煮たり、焼いたりなど、
比較的単純な料理しか再発見されて居らず
多種多様なアキバのような料理文化は無いとのこと。
美食の都とも呼ばれるアキバの手料理を身に付けた私の腕の見せ所に御座います。
それよりしばらくは、黙々と下ごしらえを行いました。
イリア様もアキバの冒険者料理人と比べれば些かぎこちないものの、中々の腕前。
筋は良さそうなので、幾つかアキバ料理をお教えしつつ、
宴の料理を整えて参ります。
「あの…妖精様、ここは危険じゃないでしょうか?」
そうして暫く料理に励んでいたところ、おずおずと、
イリア様が私に尋ねて参りました。
気持ちは分からぬでもありません。
現在、マスター方はあの駄狐を連れ、
〈八脚神馬〉で黄金竜の元へと向かいました。
スフィーはここからマスターの馬ならば2時間ほど離れた場所と
申しておりましたので、そろそろ戦いが始まっていてもおかしくは無いでしょう。
もしマスター方が負ければ、手傷を負いました黄金魔竜がこの村を襲うやも知れぬ。
そう、考えておられるのでしょう。
「問題ありませぬ。マスターが負けることなどありえませぬ故」
無論、私の答えは決まって居りますが。
「そ、そうなのですか?」
「左様に御座います。マスター方は、アキバでも最強の騎士団で御座います故」
そう、昨今は〈D.D.D〉こそアキバ最強の騎士団という風潮が御座いますが、
私は知って居ります。
マスター方がどれだけの修羅場を潜り抜けてきたか。
そして、どれだけの恐るべき魔物を討ち取ってきたか。
マスター方が『勝てる』と踏んだ戦ならば負けるはずは無いので御座います。
「最強…そう…ですよね!秋葉の黒騎士様なら、負けたりしませんよね!」
私の断言を聞き、イリア様もご安心したご様子。
「その通り…さて、急ぎませんと。後2時間ほどしか時間は在りませぬ故」
そう、負けは無い以上、マスターが戻るまで、あと2時間ほど。
悠長にしている時間は在りませぬ。
私たちは再び料理に没頭いたすこととしました。
マスター方の戦勝の宴を整えるため。
本日はここまで。もしかしたら別の視点から続くかも。
さて今回出てきた「従者型の召喚生物のLvアップ」は
オリジナルの設定です。
一応設定的には「愛着が沸いたものの基本Lvが低すぎて
将来的に実用性が皆無となってしまう召喚生物を長く使いたい」
と言う要望から生まれたものです。
と言っても基本的にLvアップに必要な経験値は冒険者以上であり、
さらに同レベルであれば素のLvが高い召喚生物の方が強いです。
(例えば最初からLv90の従者として契約できる
〈傾国九尾〉のマコトは総合能力では素のLvからLv90まで育てた
〈戦乙女〉のナナセや〈般若〉のチヅル以上に強いです)
まさに使うなら愛で。の世界。
ヨウケンは16人の従者全員をLv90まで育て上げた猛者です。
…そして契約した従者は全部姿かたちと思考パターンが
女性型と言う徹底ぶり。
また、その命名にはとある法則があったり。




