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第20話 姫君のモニカ

俺TUEEEEEEEEEE警報発令中


本日お送りするのは、もう1つの子供の物語。

テーマは『小学生と特訓と森呪遣い』

舞台はナインテイルです。

それでは、どうぞ。



時間が過ぎてふっと光が消える。

それによって目の前がいきなり暗くなったことに慌て、

うとうととしていたモニカ=カルファーニャは呪文を唱えた。

「ば…バグズライト!」

モニカが知っている、わずか2つの魔法の1つ。

城で癒し手をしていた婆やに習った魔法により、

光を放つ虫が現れ、辺りがふわりと明るくなる。

「危ないところでした…」

そのことに安堵と疲労を覚えながら、モニカはまたへたり込む。

バグズライトの淡い黄色の他は一切の光が無い、暗い山の中。

光が消えたら、自分の命の灯火も一緒に消える。

そんな予感に怯えながら、モニカは必死に神に祈る。

「ユーララ様、どうかご慈悲を…」

モニカは既に、限界を迎えていた。

綺麗だった絹のドレスは足場の悪い山の中を走り回ったせいで

あちこち破れてボロボロ。

先ほど転んでひねった足は〈小回復〉で治したものの、

その後に負った小さな傷は治しきれず、ひりひりと痛む。

だが、傷を治すことは出来ない。

既にモニカの魔力は、先ほどのバグズライトで尽きた。

しっかりと休まぬ限り、どんな魔法も使えない。

迫ってくる、濃厚な死の匂い。

それは先ほど見た、恐るべき惨劇をモニカに思い出させる。


「ユーララ様…どうか悪しき吸血鬼より、リメアをお守りください…」

婆やの語る御伽噺に出てきた、恐るべき魔の眷属。

祖父母と久しぶりの再会を果たし、チクゴの街からヒゴの城へ戻る途中、

日暮れまでに宿場町までつけなかったためアソの山中で夜営をしていた

モニカたちは恐ろしい吸血鬼に襲われた。

いきなり現れた無数の蝙蝠の群れ。

それは護衛の騎士の1人を瞬く間に干からびた死体に変え、人の姿を取った。

姫として、幼いながら相応の美貌を持つモニカが見ても

美しいと思うエルフの女だった。


だからこそ恐ろしい。

そんな女が、モニカの護衛をしていた騎士たちを殺し、

モニカとリメアを乗せて発進した馬車の御者を殺し、

舌なめずりをしながらモニカに手を伸ばしてきたのだ。


侍女のリメアがとっさにモニカを守るため、吸血鬼に飛び掛かって吸血鬼もろとも

馬車から落ちなかったらモニカは吸血鬼の毒牙にかかっていたことだろう。

そして、馬が力尽きたところで馬車から放り出され、

吸血鬼に見つからぬようアソの山を彷徨うこと数時間。

モニカの体力は尽きようとしていた。

「ユーララ様…」


何度女神に祈ったことだろう。

ついに女神は、その祈りを聞き届けた。


モニカの、極限まで追い詰められたことで研ぎ澄まされた耳が、それを捉える。

「なあ、ヘータ。別にほっといていーんじゃねーの?

 どーせ〈鬼火〉かなんかだろ?」

「そ、そうよ!戻りましょうよ…こんな夜中なんだし…

 ね、寝不足になったら大変じゃない!?」

子供特有の、高い男の子と女の子の声。

「いや、さっきから見えてる光、少し黄色っぽい…多分、バグズライトの光だ。

 夜中に行動するモンスターなら、絶対に使わない魔法だよ」

それにこたえるのは、少しだけ低い…だが、やはり子供の声。

上から聞こえる。それを認識した瞬間、モニカは思わず叫んだ。

「た、助けて!助けてくださいませ!」

少しの間、こわばったように、空気が凍り、俄かにあたりに声が響く。

「い、今女の子の声が!?や、やっぱり幽霊?幽霊なの!?」

「ふつーに生きてんじゃね?つーかお前ビビリ過ぎ。

 この前、おもいっきしゾンビ倒しまくってたじゃん」

「あ、あれはいいの!臭いけどちゃんと体あるし、

 噛まれてもちょびっと痛いだけだから!

 けど幽霊はダメ!剣とかきかないもん!TVで見たもん!全部すり抜けるもん!」

「いや、歩歌ちゃんの〈大瑠璃蜻蛉の翅剣〉ならゴースト系にも

 普通にダメージ与えられるけどね…風属性ついてるし」

声が近づいてくる。

「さてと…おーい、そこの下に誰かいるのか!?いたら返事をしてくれ!」

「は、はい!」

そのまま落ち着いた男の子の声に半ば反射的に叫び返した、その直後。


トサリ


ほとんど音を立てずに、1人の騎士が舞い降りた。

モニカと同じ、エルフ族の騎士。

黒と茶色、そして緑が混ざり合った模様のマントを羽織り、

その下には、金属とは違うどこか暖かい不思議な光沢を持った、緑の鎧をつけている。

鎧の下には、マントと同じ模様のズボンと、緑の脛当て。

腰に大振りで無骨な片手剣を下げたその騎士は…

モニカの知る、どんな騎士より幼い。

恐らくはモニカとそう年は変わらないし、背も同じくらい。

柔らかそうな茶色の髪の下にある顔は、まだまだ子供らしい丸みを帯びている。

だが、モニカを見つめ返す茶色の瞳は落ち着いていて、

モニカよりずっと大人に見えた。

「…君だよね?俺たちに助けてって言ってたのは」

澄んだ少年の声。その声に顔を赤くしながら、モニカは頷き返す。

「は、はひ…そう、で…」

消えるような小さな声で返すが、少年に声が届く前に、それは消える。


ドスンッ!


空から重いものが落ちてきて、大きな音を立てる。

落ちてきたのはいかにも重そうな赤い甲冑を纏った、ドワーフ族の騎士。

140cm近い(ドワーフとしては)巨体の背中には、

2m以上ある巨大で重そうな剣を担いでいる。

黒髪のその男は、髭が生えていないせいか、

目がくりくりと輝いているせいか、どこか幼さを感じさせた。

「うおおおお!?足いてえー!?」

「アホ?康介の鎧込みの重さで飛び降りたらそうなるに決まってるじゃない」

続いて現れたのは、1人の少女。

ドワーフ族の騎士とは対照的に、ほとんど音を立てない軽やかな着地。

鮮やかな赤毛を持つその少女には狼牙族なのか狐尾族なのか

耳と尻尾が生えている。

年の頃はやはりモニカと同じくらいの子供。

モニカの着ているものより大分スカートが短いデザインの、

ほっそりとした脚が丸出しの青いドレスを着て、腰には細い剣を吊っている。

「ってーな…で、その子か?ヘータが言ってたのって」

「…足ついてるわよね?幽霊じゃないわよね?…冒険者?」

その2人が最初に現れた、エルフの少年騎士に尋ねる。

それにエルフの少年騎士は被りを振って答える。

「いや、違う。少なくとも冒険者じゃない」

「へ?そうなん?クラスはヘータと同じ森呪遣いになってるぞ? 

 なんかサブの貴族のLvと比べると森呪遣いのLvすっげー低いけど」

「だって、冒険者じゃないってことは、大地人でしょ?

 …私たちと同じクラス持ってる大地人って、あんましいなくない?」

「いや、間違いない。冒険者ならチュートリアルが終わった時点で

 Lv4まで上がってる…Lv2の森呪遣いって言うのは、あり得ない」

そう言うと、エルフの少年騎士はモニカに向き直ってじっとモニカを観察する。

「…あ、あの?」

「…よく見たら、結構怪我してるな。HPも半分くらいまで減ってる…」

困惑するモニカに対し、そう呟くと、エルフの少年騎士は

モニカに近づいて手をかざす。

「ちょっとだけ、動かないで…〈癒しの聖域〉」

エルフの少年騎士がそう呟いた瞬間、足元から緑の光が漏れ出す。

温かい光。それがモニカを包み…

「…あれ?痛みが…え!?」

ふっと、痛みが無くなったような気がして、モニカは自分の身体を調べて気づく。

先ほどまでの傷が全て塞がっていることに。

「これは、癒しの魔術ですか!?で、でも…」

これほど強力な癒しの魔術はモニカは産まれてはじめて見た。

Lvが40を越えていた城の癒し手の老婆でも

ここまで強力なものは使えなかったはずだ。

そして、その強力な魔術で、モニカはようやく目の前の少年達の正体に気づく。

「まさか貴方様は…ぼ、冒険者様でしょうか?」

冒険者。婆やの御伽噺では、いつだって最後に強力な悪しき魔物を討ち倒す役の、

不死身の英雄。


「そうだよ。俺たちは『天神小 冒険部』って言うギルドの冒険者なんだ。

 俺はギルマスの五島兵太ごとうへいた

 クラスはエルフの森呪遣い。よろしく、モニカ」

「今は3人しかいないけどな!んで、俺は奄美康介あまみこうすけ

 ドワーフで、守護戦士だ。よろしくな!」

「子供だからって、バカにしないでよね?一応全員Lvは90なんだから。

 筑紫歩歌つくしあゆかよ。狼牙族の暗殺者。よろしくね」

目の前の少年たちはモニカの言葉に頷いて口々に答えを返し、笑顔を向ける。


「とりあえず、民間人…大地人なら保護しなきゃ。

 俺たちと一緒に来てくれるかい?」

「は、はい…よろしくお願いします。

 私は、ヒゴの国主、フェルディナンド=カルファーニャの娘、

 モニカ=カルファーニャと申します。どうぞ、よしなに」

もとより、ここに残っていてはいずれ死ぬしかない。

エルフの少年騎士…ヘイタに手を取られてモニカは立ち上がり、

裾を持ち上げて礼をする。

「…あれ?何かすごくね?なんつーか、お姫様ってかんじ?」

「国主ってことは王様…え?もしかして、モニカって本当にお姫様?」

「かもね。そう言えばヒゴの王様ってエルフだった気もするし」


その様子に、3人の冒険者は口々に感想を言う。

そして、モニカの不思議な冒険が始まった。


『第20話 姫君のモニカ』



1時間後。

「着いたよ」

後ろを向いて、ヘイタがモニカに言った。

「あ、えっと、その…」

いきなり向けられた笑顔に、モニカは顔を真っ赤にして、ヘイタの背中に顔を埋める。


モニカは、ヘイタに背負われていた。


最初は普通に歩いていたのだ。

だが、足場の悪い森はやはり歩きづらく、更に冒険者の3人は足も速かった。

若干11歳のモニカの足では着いていけなくなり…現在に至る。

「あ、あの…」

「分かってる。今、降ろすね」

そう言うとヘイタはそっとモニカを降ろす。

「おう。着いたか」

「兵太君もモニカちゃんも、おかえり」

先に行っていた2人も外で待っていたらしく、モニカとヘイタに気さくに挨拶を返す。

2人、いや、ここまでモニカを背負ってきたヘイタも含めた3人は

疲れどころか汗1つかいていない。

(やはり冒険者様の御力は私達とは大違いなのですね…)

その差に改めて目の前の存在が冒険者であることを認識する。

「2人ともただいま…それと、ようこそ。俺たちの家に、モニカ」

ヘイタに言われ、モニカは初めてどこに来たのかを確認する。

「ここがヘイタ様がたの…」

目の前にあるのは、大きな木と…その樹の上に建てられた、小屋だった。

大きな樹の上にまたがるように丈夫そうな木の板でいくつか足場を作ってあり、

その上に簡素な小屋が立てられている。

入り口には分厚い帆布がドア代わりに下げられ、足場からははしごが伸びている。


「どーよ?俺らの秘密基地。俺らだけで作ったんだ。すげーだろ?」

その樹上の小屋を前に、コウスケが得意そうにモニカに言う。

「何言ってんのよ。俺らって、作ったのはほとんど兵太君じゃない」

そんなコウスケに対して、アユカがじっとりと半眼で返す。

どうやら呆れているらしい。

「まーな。すげーよなレンジャー。料理できるし、秘密基地作れるし。

 これで変身できたら完璧だったのにな」

そんなアユカの視線に気づかず、コウスケはあっさりとヘイタの功績を認め、

隣のヘイタに話をふる。

「だからそっちのレンジャーじゃないってば。

 俺のは野外活動する方の野伏(レンジャー)だよ」

コウスケの言葉に少し照れたように、ヘイタは笑って言った。


(どう違うのでしょう…?)

そしてモニカはと言えば3人の会話を聞きながら、内心首を傾げていた。


野伏(レンジャー)ならばモニカも知っている。

エルフの領であるヒゴには何人かいたし、城にはお抱えの野伏もいた。

野伏は森や山を専門に渡り歩く、森の民だ。

狩人と違い獣を狩るための技術こそ無いが、

その分森や山といった自然の中で暮らす技術に狩人以上に長け、

魔物の徘徊するような危険な森や山からでも様々な恵みを得て運んでくる。

ヒゴでは特別な技を持つ民として、尊敬されていた。

しかし、それ以外の野伏と言うものは、モニカの知識には無い。

変身するとかどうとか言っていたが。


「2人とも。今はそういう話はいいでしょ?先にやることは色々あるでしょ?」

そんな、男子2人の会話をアユカが遮る。

「康介はお湯沸かして!それとタオル!

 こんなに可愛いのに泥だらけじゃかわいそう」

「お、おう!分かった!」

ビシリとしたアユカの指示に、コウスケが走り出す。

「それで兵太君は…」

「ああうん。モニカのご飯かな」

ヘイタは心得たもので、自分のすべきことを把握して頷き返す。

この3人の中では、野外限定とはいえ料理が出来るのは、ヘイタだけなのだ。

そして一方モニカはと言えば…


キュルルルル…


「あ、その…ありがとう、ございます…」

ご飯と聞いて現金にもなってしまったお腹に顔を真っ赤にしながら、礼を言う。

「いいよ。気にしないで…とはいえすぐに出せるものがいいかな?明日の…

 いや、もう今日か、とにかく朝ごはん用に作っておいたスープ温めてくる」

「お願いね。私はモニカちゃんの服着替えさせるから」

てきぱきと、冒険者の3人はモニカの世話を親切に焼く。

その光景に、モニカはようやく、自分が生き残ったことを実感した。



夜が明けて、太陽がそろそろ真上に差し掛かる頃。

「昨晩は、本当にありがとうございました。

 貴方様がたは、命の恩人です」

あのあと、アユカの予備の服に着替え、素朴ながら味わい深い食事を食べ、

寝袋で泥のように眠った。

そして目を覚ましたモニカは、3人に貴族の礼を持って感謝の意を示した。

「気にしなくて良いよ。前に父さんが言ってたんだ。

 困った人たちを助けるのはレンジャーの義務だって」

「そうそう。気にすんな。女の子が困ってたら助けなきゃあ

 男がすたるってもんだぜ!」

「困った時はお互い様ってね」

モニカの言葉に、少し照れたように、3人はそれぞれに言葉を返す。

そしてその後、一行のリーダーなのであろうヘイタが尋ねる。

「…何でモニカはあそこにいたの?

 あそこは街道からはちょっと外れた辺りだし、

 あの辺りのモンスターはLv2だとかなり危ないと思うんだけど」

多分、朝まで放っておけば、衰弱するかモンスターに襲われて

モニカは生きていなかっただろう。

だからこそ、あんな危険な場所に逃げ込む理由が気になった。

「それは…」

それを聞かれ、モニカは青ざめた。

思い出したのだ。何故自分が、ここで冒険者に助けてもらうことになったのかを。

「あ…ごめん。言いたくなかったら言わなくてもいいよ」

そんなモニカの様子を見て、ヘイタは察する。

考えてみれば、この世界では姫と呼ばれていてもおかしくないモニカが、

夜中のアソの山中に1人でいる理由など、

トラウマものの経験をした場合だけだと気づいたのだ。

「いえ。大丈夫です。お話します。私のことを」

だが、モニカはヘイタが思っているより芯の強い少女だった。

ゆっくりと、モニカは話し出す。昨日の惨劇を、自らもかみ締めながら。

零れ落ちる涙をぬぐおうともせず。


モニカの、途切れ途切れに続く話が終わる頃には、太陽は傾きはじめていた。

「―――ひどい」

モニカの話に、アユカは息をのんで泣きそうになっていた。

「マジかよ…」

コウスケも言葉をなくした。正直信じられなかった。

モニカの身の上に降りかかった不幸が。

「だってよ…吸血鬼だろ。

 ダンジョンにいるようなのはともかく、その辺にいるようなのはそんなに…」

「強いんだよ。大地人から見れば、吸血鬼は怪物だ」

ただ1人、ヘイタだけが冷静に、コウスケを諭す。

「とにかく、街道には今、吸血鬼がいるってことかな?」

「…はい」

吸血鬼は侍女のリメアによって馬車から突き落とされたが、

その程度で死ぬようなモンスターではないだろう。

相手はモニカの護衛を努めるヒゴの騎士たちを単独で

全滅させるような怪物なのだから。


「…困ったな」

それを聞いて、ヘイタは顔をしかめる。

「これじゃあ、モニカをお父さんとお母さんの所に届けるのは難しいかもしれない」

「どういうことだ?そりゃあモニカを父ちゃんと母ちゃんのところに

 連れてくってのは分かるけどよ」

ヘイタの発言に、コウスケが聞き返す。

早ければ明日にでも連れて行こう、そう言おうと思っていたから、

余計に気になった。

「そうね。それも出来れば早いほうがいいんじゃない?

 モニカのパパとママも心配してるだろうし、私たちが守れば、

 そんなに危なくないでしょ?」

アユカもそれに同意する。

子供の身で両親と切り離される寂しさ、辛さはアユカも、

他の2人も身をもって知っている。

それを味わわずに済むなら、それに越したことは無い。

「うん。最初は俺もそう思ってた。街道ゾーンは基本的に

 ちょっと亜人系が危ないくらいでそんなに強いモンスターはいないし」

だが、モニカの話を聞いたことで考えが変わった。

聞いたことがあった。2年間の冒険者の生活の中で。

「ナインテイルには『街道に潜む闇』って言うクエストがある。

 街道で殺された恋人の仇を取ってくれって頼まれるクエストなんだけど、

 そこで出るモンスターが『街道の貴婦人』って言う吸血鬼なんだ。

 確かLvは60くらい。しかもパーティーランクだったはず…

 ごめん、確認は出来ないんだけど」

「…もしかして」

その話を聞いて、アユカもその意味に気づいた。

アユカが気づいたそれを肯定するように、ヘイタは頷く。

「多分、モニカを襲ったのはそいつだ」

「…マジかよ」

コウスケはその言葉にうめいた。

改めて、ここが何処なのかを認識させられて。

「もちろん、俺たちならば襲われても撃退できると思うけど、

 もし襲われたらモニカを死なせないようにするのはかなり難しいと思う。

 吸血鬼には霧とか蝙蝠とかの範囲攻撃が結構あるんだ。

 今のモニカのHPだと、それに巻き込まれたらひとたまりもない」

ヘイタが努めて冷静に言葉を紡ぐ。

3人の中で最も経験が豊富なのはヘイタである。

だからこそヘイタは常に冷静であることを自分に課していた。

「私たちがその『街道の貴婦人』だっけ?

 それを探しに行って、倒してから改めて連れて行くのは?」

アユカの提案にも、ヘイタは首を横に振る。

「いや、それも危ない。そうするとモニカを1人で留守番させなきゃいけないだろ。

 見つけて倒すまで何日かかるか分からないし、

 モニカ単独だったらこの森にいる、ただのモンスターでも危険だ。

 そもそも探してる間に街道の貴婦人にここを襲われたら元も子もない」

「そっか…それもそうね。そもそもそいつが、

 何処にいるか正確には分からないんだし」

そして3人は悩みだす。

「あ、あの…そんな、私などのために…」

そんな3人の様子にモニカは慌てる。


如何に貴族とはいえ、冒険者がここまで親身になってくれるとは思っていなかった。

冒険者と大地人は、契約によってのみ結ばれる存在であると、父親が言っていたし、

婆やも本当に大地人の手に負えない事態の時のみ助けてくれる存在だと言っていた。

それが、死に掛けていた自分をここまで連れてきてくれただけでもありがたいのに、

国元まで連れて行くなど、頼んで良いものではない。


「あ、いいのいいの。困った時はお互い様って言うじゃない?」

「そうそう。女の子には優しくしとけって俺の父ちゃんも言ってたしな!」

「気にしなくて良い。これは俺たちが勝手にやってることだから。

 それに、もう保護したんだ。ここで見捨てるなんて、できないよ」

だが、3人はそんなことなど意に介さず、再びどうするかを考え出した。


そして、コウスケがポツリと尋ねる。

「…なあ、ヘータ。確かお前言ってたことってさ、

 ようはモニカが弱いのがまずいんだよな?」

「そうなるかな」

ヘイタが頷く。確かにモニカがもう少し…

範囲攻撃にも耐えられる程度までHPがあれば、話は随分楽になる。

「…だったらさー“トックン”すりゃあいんじゃね?」

そして、ヘイタが頷いたのを見て、コウスケがその提案をした。

前に、ヘイタに“トックン”を手伝ってもらったことを思い出したのだ。

「あ、それ良いかも。要するにモニカのLvが低すぎるのが問題なんでしょ?」

アユカも同意する。1人だけ弱いのなら、強くしてしまえば良い。

ある意味簡単で、当然の話だ。

「…それは、そうだけど…」

妙案が浮かんだと言う顔の2人に対し、ヘイタの顔は険しい。

それが確実な手の一つであることは分かる。

だが…それは同時に、モニカを“こっち側”から帰れなくする手であることに、

ヘイタは思い至っていたのだ。

「モニカ。君は…強くなりたい?」

判断がつかなくて、ヘイタは思わずモニカに聞いてしまう。

「強く…でございますか?」

その言葉に、モニカは困惑する。

意味を取りかねていた。


もしかして、ヘイタがモニカに修行をつけて、

森呪遣いとしての技量を上げようというのだろうか?

だが、それには年単位の時間がかかるはず。

流石に時間が掛かりすぎるのでは?

そう思っていただけに、次のヘイタの言葉に、モニカは更に混乱する。


「そう。君が望むなら、俺たちは君を強くすることができる…

 『街道の貴婦人』相手にある程度戦えるようになるまで多分、

 長くても1ヶ月くらいだと思う。

 ただし、促成栽培だから戦い方は身につかないし、

 冒険者の中ではズルだって言う人もいる。

 それに、今の君からは想像もつかないくらい強くするから、

 他の人に怖がられることになるかも知れない。

 …それでも良ければ、つきあうよ」

やるとしたら、隠し立てはしたくない。

そう考え、ヘイタは自分が思いつく限りの言葉を並べる。

そして、沈黙。後は、モニカのやる気しだい。


(力を…吸血鬼と戦えるだけの力を、私が…?)

モニカもまた、必死に考える。

恐ろしい話なのかも知れない。

吸血鬼と戦える力…それはすなわち吸血鬼と同等の力。

大地人から見れば、正当な騎士すらも越えた、怪物の領域に達した力。

それを僅か一ヶ月でモニカに与えると、ヘイタたちは言った。

俄かには信じがたい話だが、相手は人の身を持ちながら、

神の如き力を有する英雄である、冒険者だ。

そのような奇跡が可能でもおかしくは無い。

何より、3人が嘘をついている様子は無い。

モニカが望めば、ヘイタたちは本当にその力を授けてくれるのだろう。

ならば…


「……お、お願いいたします。私に、その御力を分け与えてくださいませ。

 リメアの仇を討てるだけの力。吸血鬼と戦えるだけの力を」

ポツリと、モニカは呟くように懇願する。

「分かった。俺は協力する。2人も、いい?」

その、懇願を受けてヘイタは最後の確認をする。

「当たり前だっつの!」

「右に同じ。って言うか、私だけやんない、ってのもね」

2人もそれに同意して、モニカの“特訓”が始まった。



翌日。特訓の初日。

(すごい…)

モニカはヘイタと共に充分に離れ、呆然とその戦いを見ていた。


今、4人が居るのはアソの森の奥地にある魔境、巨蟲帝国(インセクトキングダム)

恐るべき巨大かつ凶暴な魔虫の宝庫を訪れていた。


漆黒の牛ほどもある巨大な一角甲虫がその鋭い角を振りかざして突撃する。

騎士のランスチャージをも遥かに上回る、とてつもない一撃。

「へっ!その程度で俺が倒せるかっての!」

だが、それを真正面から受けてなお、コウスケは揺るがない。

盾のように構えた大剣と分厚い鎧で弾き返し、逆に一角甲虫の体勢を崩す。

「っしゃあ!今度はこっちの番だ!必殺!〈クロススラッシュ〉!」

その隙を見逃さず、コウスケは巨大な剣を振り上げ、交差させるように振りぬく。

縦と横、2重の斬撃を受けた一角甲虫はその一撃により絶命し、崩れ落ちた。


アユカが対峙しているのは、熊ほどの大きさの巨大なカマキリだった。

カマキリはその巨体からは想像もつかないほど素早く、鋭い鎌を振り回し、

目の前の小さな餌を絶命させんとする。

その鎌は鋭く、周囲にある樹や岩を容易く切り裂いていた。

「ほら、こっちこっち!」

だが、ただひとつ、アユカの身体だけは切り裂けない。

狼牙族のアユカは恐ろしく早く、柔軟な動きで、鎌を巧みにかわし続けていた。

そして逆に幾度と無く、手にした細剣でカマキリの巨体に穴を開けていく。

「…そろそろとどめ!」

そう言った次の瞬間、アユカの動きが一瞬止まる。

カマキリはその隙を見逃さず、その鎌で、アユカの細い首を真横に凪ぐ。


そして、クビがポロリと落ちる…“カマキリ”のクビが。


「残念でした。そっちは〈残像分身〉だよ」

落ちたカマキリの首に、アユカは言う。

斬られた瞬間、消え去る幻。

それを切り裂いた瞬間に生まれた一瞬の隙でアユカはカマキリの真後ろへと周り、

〈絶命の一閃〉を繰り出したのだ。


「お2人とも凄いです…」

それを見ていたモニカが呆然と呟く。

冒険者が神の如き英雄であることを、改めて認識した。

「康介はLv90の守護戦士、歩歌ちゃんはLv90の暗殺者だからね。

 どっちも普通とか常識とかは通用しないから…一応言っとくけど、

 どっちも森呪遣いじゃ真似できないから参考にしない方が良いよ」

周囲にこれ以上モンスターが近づいてこないかを警戒しながら、ヘイタが答えを返す。


「無理です。あのお2人の真似は私には出来ません…

 ところで、私は戦わなくて良いのでしょうか?」

ヘイタの言葉に首を振りながら、先ほどから気になっていたことを尋ねる。

今日はモニカの特訓のために、この魔境を訪れたと聞いている。

ならば自分も役立たずにせよ、ある程度手伝う必要があるのではないのか。

「いいんだ。今はとりあえず見てるだけで。

 と言うか、モニカはアレ相手に勝てると思う?」

「すみません。無理です」

ヘイタの言葉に再びモニカは申し訳なさそうに認める。

ヘイタたちが言うにはLvが90近いあの虫たちは常識を超越する冒険者が

相手だから余り強く感じないだけで、実際はあのどちらか1匹でも

ヒゴの街に現れたら、街が壊滅しかねないほどの怪物だ。

そんなものとモニカがまともに戦えるはずが無い。


「お~い、ヘータ。傷治してくれ。いてえ」

そんなことを話していると、コウスケがヘイタたちに近づいてくる。

どうやら耐えられると言うだけで、無傷と言うわけにはいかなかったらしい。

「了解…モニカちゃん、康介の傷、治してあげて」

ヘイタに促され、モニカが頷く。

「あ、わ、分かりました。えっと…〈ハートビートヒーリング〉」

ヘイタに今の君なら覚えられるはず、と“つい先ほど”教わった癒しの魔術を使う。

コウスケを包む、淡い癒しの光。それは見る見るうちにコウスケの傷を治した。

「おっ。結構効くじゃん。早くも“トックン”の成果が出てるな」

痛みが消えたのを確かめるように、コウスケが腕を回しながら笑う。

「そ、そんな…私など…」

見え透いた世辞に恐縮しながら、モニカはむしろ縮こまる。

「ちょっと康介!なにモニカちゃんいじめてんの!?」

それを見咎めて、アユカがコウスケに文句を言う。

「は!?ちげーよ!いじめてねーし!」

コウスケとアユカが言い争いを始める。


「あ、あの…お2人とも」

モニカはそれをおろおろと止めようとする。

「ああ、気にしなくて良いよ。あの2人、あれでも仲良いんだ」

一方慣れてるヘイタは気にしない。

「それより、また出てくる前に回収しちゃおう。

 さっき教えた魔法を使って見て」

「あ、はい」

ヘイタに促され、モニカは先ほどヘイタに教わった魔術を使う。

「〈ネイチャーアナライズ〉…!?」

その魔法を使った瞬間、視界が広がる。

先ほどまで、薄暗い森にしか見えていなかったモニカの目が、

吸い寄せられるようにとある木の根元を捉える。

黒っぽい茸が生えており、それがなんであるかをモニカは瞬時に把握する。

「あ、ありました!〈女王蟻茸〉!」

思わず興奮して、ヘイタにそれを伝える。

「うん。うまく行ったみたいだね」

ヘイタが木の根元に近寄って、持って来たバッグに茸を採取して詰める。

「おーい!モニカ!これはどうだ?」

「あ、ダメです!それ、〈偽女王蟻茸〉です!毒があるって!」

コウスケが持ち上げた茸に、モニカが思わずダメだしをする。

「うお!?マジかよ…」

それを聞いてコウスケは慌てて茸を投げ捨てた。


自然鑑定(ネイチャーアナライズ)〉は魔法の効果が持続する間、

動植物に分類されるアイテムの効果を把握し、

更にフィールドでの採取率を上げる森呪遣いの魔法である。

ヘイタはモニカにこの魔法を教えていた。

こうして少しずつMPの消耗を抑えることで、探索する時間を延ばす。

それが結果的にモニカの特訓にプラスになると言う寸法だった。


「よし、この辺りのはこれで大体全部かな?」

「はい!もうこの辺りには無さそうです」

辺りを見渡し、もう女王蟻茸が無いことを確認。

「うん。これだけあれば、1ヶ月は困らないかな」

魔法のカバンに詰めた茸を確認する。

集める理由はといえば。

「うめえもんなあ。それ」

「ほんとにね。この前ラーメン作ってくれたラーメン屋のおじさんも驚いてたし」

食べるためである。


ちなみに女王蟻茸は本来、高度な薬品や料理に使われる薬草材料の1つであり、

使い方次第ではかなり強烈なエンチャント効果を生み出せるのだが、

普通に食べる分には煮てよし、焼いてよしな普通に美味しい茸である。


「じゃあ、数も集まったし、そろそろ戻ろうか」

余り無理してモニカになにかあっては大変だ。

モニカのステータスを確認したあと、ヘイタは戻るように言う。

「おう」「そうね」「はい」

3人も頷き、4人は今まで来た道を取って返す。

時間はおよそ3時間。本日の“特訓”は終了であった。



秘密基地から少し離れた、剣を振り回すのに適した空き地。

「はぁ!」

「そう。それでいい」

そこでヘイタはモニカの手にした山刀(グルカナイフ)を弾き返し、

その重さにモニカが強くなったことを確認していた。

モニカを保護してはや1ヶ月。

モニカは、予想より遅いもののかなりの成長を遂げていた。

「…そろそろ2時間くらいかな。一回休もうか」

「え、もうですか!?」

モニカは思わず声を上げる。

それだけの長時間、訓練とはいえ斬りあったにも関わらず、

ほんのりと激しい運動による疲れを感じるくらいで限界には程遠い。

(すごい…これが冒険者様の御力)

モニカはヘイタに従って休憩しながら、内心、自らの異常なまでの成長に驚いていた。


以前は着いていくだけで精一杯だったはずの獣道を、

鼻歌交じりで駆け抜けられるようになった。

覚えた魔法の数も30を越え、更にその魔法を使いこなせるだけの精神力も身についた。

身に着けている武具も動きやすいよう脚が出る、

ちょっと恥ずかしいデザインのアユカの服に、

昨日、ナカスから出るときに持ち出したという、

ヒゴの城の宝物庫にも無いような美しい七色の軽い甲冑と脚甲のセット

(ヘイタがかつて使っていたもので、大きな玉虫の殻を使って作った品だという)を

渡されて身に着け、強くも美しい騎士に相応しい装備となっている。


こちらに着てからはじめた、ヘイタとの剣の訓練も目覚しい成長を遂げている。

初日は両手で山刀(薪を割ったり下草を払ったりするのにも使えるというので、

ヘイタが愛用する武器でもある)を手にしただけで重さによろめいていたモニカは、

今や数時間の打ち合いを“ちょっとした運動”と感じるようになっている。


技量に関してはヘイタにはまだまだ追いつけないものの、

剣を振る鋭さと重さは、文字通り日を追うごとに成長しているのを感じる。


最初は重すぎるとしか感じなかった山刀は、

何度かより良いものに持ち替えてはいるもののすっかり手に馴染み、

今では右手と一体化したかの如く振り回すことが出来る。

「それにしても、モニカも、随分と強くなったなあ」

ヘイタも、内心では驚いていた。

モニカは“促成栽培”に相応しい成長を見せているだけなのは分かる。

しかしそれを現実に目の当たりにすると、改めてその異常性が分かった。

「強くなっているとしたら、ヘイタ様のお導きが良いからだと思います」

モニカは屈託無くヘイタに笑いかける。

思えばこの少年騎士には色々と教わった。

森呪遣いの魔法や剣の扱いだけではなく、戦術も含めて。

モニカが剣を習っているのも、ヘイタの方針である。

『森呪遣いは、魔法に頼りきりではいけない』

と言うのがヘイタの教えだった。


本来、森呪遣いには回復魔法の他にも、攻撃を含めた各種魔法が揃っている。

森呪遣いの魔法は基本的に『自然の力を借りる』ものであるため、

扱える属性は妖術師や召喚術師ほど多彩ではないものの、その効果は高く、

森呪遣いの得意とする木や地、毒を扱う攻撃魔法の中には

妖術師のそれに匹敵する魔法もある。


しかし、それに反して、森呪遣いの魔力はそれほど多くは無い。

あらゆることを魔法で補おうとすれば、早々に魔力が切れる。

それを補うため、森呪遣いには魔法職よりは大分マシな近接戦能力がある。

革鎧を着込み、剣を持てば高レベル帯の魔物相手に

接近戦を挑めるほどでは無いものの、それなりには戦えるのだ。


「いや、きっとモニカが素直だからだと思うよ」

ヘイタもつられて、笑って言う。

実際に、モニカは生真面目で、素直で、教えがいがあった。

それに、自分なりの森呪遣いの心得を教えることで、

今まで何となくでやっていたことの意味に改めて気づいたり、色々と勉強になった。


そして2人はしばらく笑いあい、雑談に興じる。


「…ヘイタ様たちは、何故アソの山中で暮らしていらっしゃるのですか?」

その中でふと、モニカが尋ねたのは、日々の暮らしの中で生まれた疑問だった。

冒険者様が、人里離れた森の中であっても十二分に

暮らしていける力を持っているのは、分かる。

だが、なぜそうせねばならないのか。

これまでは、そのお陰で命を拾ったこともあり、言わずにいたが、

日々、疑問は膨らんでいた。

今なら聞ける。そう、思いついての質問だった。

「そうだな…どこから話せばいいかな…?」

その問いかけに、ヘイタは顔をしかめた後、答えることにする。

モニカになら話しても良いと思った。

「最初はさ、俺たちもナカス…冒険者の街にいたんだ」

今は10月だから、ナカスを離れて4ヶ月にもなる。

「けど…なんていうのかな。ナカスは…子供が暮らすような街じゃなかったんだ。

 大人の冒険者はずるくて、酷くて、自分勝手だと思った」

ナカスで、ヘイタたちは余り扱いが良くなかった。

元より小学生3人だけで構成されたギルドで、

一番の経験者であるヘイタでも冒険者歴は2年ほど。

確かにナカスでも弱小のギルドだったことはヘイタにも分かっていた。


子供だと侮ってバカにするもの、保護と言いながらギルドごと乗っ取ろうとするもの、

挙句には子供だと思ってPKを仕掛ける奴までいた。

この異世界に、子供3人だけで放り出されたヘイタたちが、

ナカスで暮らす限界を感じるまで、そう時間はかからなかった。

少しはナカスの冒険者にも良い人は居たが、全体では自分勝手な人間ばかりだった。


そうして、いつまでもダメなままだったナカスを見限った冒険者は、結構多い。

彼らはナインテイルの各地に散ったり、他の冒険者の街…

ミナミやアキバを目指して旅立っていった。


「街で暮らすより、森の中の方が良いと思ったんだ。

 俺たちは気の合う友達同士だし、俺はレンジャーの父さんから、

 森での暮らし方も教わってたから」

秘密基地での、子供達だけでの暮らし。

元の世界では早々に限界にぶち当たるであろうそれは、

彼らの冒険者としての異常な能力に支えられ、続けられていた。

彼らには、森から恵みを得て、それを生かして生きていくだけの力が与えられていた。

幸運なことに、あるいは不幸なことに。

「…でもさ、この前ラーメン屋のおじさんに会って、思ったんだ。

 …俺たちのこれ、本当に正しいのかなって」

森の近くの街道で、大地人の隊商相手にラーメンを売っていた、ラーメン屋。

余りのおいしさと懐かしさにヘイタたちを3人揃って泣かせた彼は、冒険者だった。

この異世界で苦労してラーメンを完成させた男は、とてもカッコいい大人だった。


―――大地人ってなあ、すげえぞ。伊達にこの世界で“生きて”ねえ。


その冒険者が言った言葉が耳に残っている。

彼は、元は別の大地人の街まで行って、そこでラーメンを売っていた。

そしてそこで、自力でラーメンの秘密を見抜いた、

凄い大地人の料理人に会ったとも言っていた。

「ラーメン屋のおじさんみたいに、旅して回るのも、

 悪くなかったんじゃないかなって思う。

 この世界には、たくさん、大地人が暮らしてて…モニカみたいな子だっている。

 だから、そういうの全部無視して、森の中で暮らすのってどうなんだろって、

 今は思ってる」

今のこの暮らしが楽しくないわけでは無い。

気の合う友達同士だけの、秘密基地生活。

けれど、何かが違う…これは世界を拒否している暮らしだ。

このまま他の誰とも関わらない生活は、何かがまずい。

ヘイタは、そう感じていた。大地人のモニカと暮らすようになってから、特に。

「…ごめん。モニカに話すことじゃなかったよね」

2人にも話していない話までしてしまったことに、ヘイタは思わずわびた。

「…いいえ。聞けて良かったと、思います」

だが、モニカは首を横に振った。

そして、言葉を続ける。

「私は、ヘイタ様たちを、完全な勇者様だと思っていました。

 強くて、賢くて、逞しくて…けど、違うんですね」


力が強ければ、それだけで勇者だと言うのなら…

今でも臆病な子供である自分はなんなんだ?

最近、そんなことを考えるようになった。

でも、3人には話せなかった。3人は自分と違う。

勇気ある勇者…冒険者なのだから、と。


「ヘイタ様たちも…私と同じ子供なのですね。

 そう思うことは、失礼なことなのですが…」

だが、違った。そう気づいたら、大分楽になった。

良いじゃないか。自分がまだ臆病な子供でも。

冒険者だって…力が強いだけの子供なのだから、と。

「…いや、そんなこと無いよ。むしろ嬉しいかも知れない」

モニカのその言葉に、ヘイタは思わず笑みを浮かべる。

もはや、ヘイタに取ってモニカは守るべき“民間人”ではなくなっていた。

「ねえモニカ。君は、僕の…僕らの友達になってくれるかな?…ダメかな?」

「はい。喜んで」

ヘイタの申し出に、モニカは微笑んで答える。

「良かった。じゃあさ、まずは…敬語をやめて欲しい。様づけもね。

 ずっと照れくさかったんだ。なんだか」

「…はい。分かり…分かった。ヘイタ…くん」

慣れない、親しげな口調に戸惑いながら、モニカは返す。

それがおかしくて、2人して笑う。

それは、2人が友達になった瞬間。


―――キャアアアアアアアアアアアアアアアアア!


劈くような絶叫が、辺りに響き渡った。

「な、なに今の!?」

思わずモニカがヘイタに聞く。

それにヘイタは瞬時に真面目な顔に戻り、言った。

「僕が仕掛けた、〈泣き茸の絶叫〉を誰かが発動させたんだ。

 …もしかしたら、吸血鬼かも知れない」

気がつけば、そろそろ日が落ちる時間…

そのことが余計に、ヘイタを不安にさせた。

「―――ああ、康介。聞こえた?そうだ。僕の魔法が発動したんだ。

 …分かった。2人とも、頼む」

耳を押さえ、虚空に話しかける。

そしてモニカを見て少しだけ考えたあと…言った。

「行こう」

「うん。分かった。私のこと、守ってね。ヘイタくん」

まだ1ヶ月も経っていない惨劇の続き、その予感に顔を青くしながらも、

モニカは気丈にも頷き返した。



罠の場所に向かう途中、2人と合流する。

「おうヘイタ!」

「兵太君、今のなに?」

2人とも、わけが分からないといった顔をしている。

「分からない。この先だ…」

そんな2人にヘイタも短く返し、その場へ向かう。

そして、彼らは出会う。

「あれって…」

「メイドさん…よね?」

そう、それはメイドだった。

血にまみれた、裾がボロボロのメイド服を着てぼんやりと立ち尽くす、1人の女性。

若いが、3人から見れば、年上の女性だった。

「なんでメイドが…モニカ?」

メイドがなんでこんな山中にいるのか。

わけが分からず、隣を見たヘイタは気づいた。

隣に立つモニカが穴が開くほど、そのメイドを見ていることに。

「な、なんで…」

驚きで、声が震える。

「生きていたのですね!リメア!良かった!私、てっきり…」

続いての言葉は、歓喜。

喜びと共に、侍女へ駆け寄ろうとする。

「……姫様なりません!私には、近づかないでください!」

「モニカ。行っちゃダメだ」

それを止めたのは、鋭いリメアの声と、小さいが力強い、ヘイタの手。

「…リメア?それに、ヘイタ、くん?」

その意味を図りかね、モニカは2人を交互に見た。

「…リメアさん、でしたよね。1つ、聞かせてください」

ヘイタの声が、緊張で少しだけ震える。

「…あなたはまだ、モニカが知っている、リメアさんのままですか?」

肯定して欲しい。ほとんど条件反射で『見てしまった』ものは何かの間違いだ。

そうあって欲しかった。

「……嗚呼、冒険者様、貴方がたにはやはり、分かるのですね」

しかし、リメアは無常にもその答えを返した。

それは言外のヘイタの言葉の否定。

「リメア、一体どういうことなの!?」

「飢えるのです。渇くのです。私は、堕ちてしまいました。

 …もはや自ら求めるまでになってしまった。

 村を1つ襲いました。姫様と同じくらいの娘すらも、私は…

 それでも、妹のように愛しい姫様ならば耐えられる…生き血を求めずに居られる。

 …逆でした。今、姫様を見て、確信がもてました…」

問いただすモニカへの言葉。

それは熱に浮かされるように、夢の中のように…悪夢の中で彷徨うように呟かれる。

リメアは唾を飲み込んだ…でないと、我慢できそうになかったのだ。

「リメ…ア…村を襲ったって…生き血って…なんのことなの?」

モニカが震える声で問いただす。

頭ではすでに理解しているが、感情が追いつかない。

認めたくない。

「…モニカ。リメアさんは…」

ヘイタですら言いよどむ。

ヘイタたちには既に見えていた。

目の前のリメアの…『クラスとLv』が。

「お聞き下さい、姫様。私はもう…」

そして、リメアは自ら最後の引き金を引く。


―――吸血鬼なのです。


その瞬間、目が真っ赤に染まり、血にまみれた犬歯…牙をむき出しにする。

そして凄まじい勢いで“アユカ”に飛び掛り…

「きゃあ…あ…」

反射的に剣を抜き打ちしたアユカの一撃に、沈んだ。

技も何もない、だが極まった暗殺者の動きと、その力に相応しい剣での一撃。

それは成り立ての〈吸血鬼〉に過ぎぬリメアに

致命傷を負わせるには充分な威力だった。

「え…ウソ…わ、わたし、でも…」

「申し訳…ありません。冒険者…様。利用…させて…いただきました。

 これは…自害…で…ござい…ます」

剣で肺腑を貫かれ、血を吐きながら、リメアは混乱するアユカに謝る。

冒険者ならば、ただの一撃で呪われた自分を倒せる、そう考えたゆえの行動だった。

「―――リメア!リメア!」

慌ててモニカが駆け寄る。

目からは赤い光が失せ、牙は口から零れた血でもう見えない。

それはただ姉のように慕った侍女にしか見えなかった。

「いけません…姫様。お離れ…くだ…さい…後生…で…すから」

ぼんやりとした、死が近い目で、リメアは呟く。

その目には、確かにかつての、優しかった侍女の緑の目の光が宿っている。

「待ってて。リメア!今、助けるから!」

その光が、モニカを動かす。

「ダメだ!モニカ!やめろ!」

ヘイタの言葉は、間に合わない。そして。


―――ハートビートヒーリング


リメアの身体が、燃え上がる。

「―――え?ウソ…どうして!?」

抱いたままなのに、不思議と熱くない炎。

だがそれは確実にリメアを燃やしていく。

「…モニカ。吸血鬼には…癒しの魔法は逆効果なんだ…倒すときに…

 攻撃魔法代わりに使われることもあるくらいで…」

途切れ途切れに言いながら、ヘイタは、泣いた。

なんでよりにもよって、こんなことになるのか。

この世界が呪わしかった。

「そんな…そんなの、酷いよ!」

その言葉に、モニカも泣く。

酷い裏切りだ。

私は…リメアのために強くなろうと思ったのに。

「泣か…ない…で。ひ…め…」

燃えながら、リメアは最後の力を振り絞り、右手を上げる。

泣いているのを見るのが、辛かった。

「あ…り…が…と」

モニカの涙を拭って、力尽きる。

幸せだった。最後の最後を、妹の手の中で迎えられて。

そして微笑んだまま…リメアは燃え落ちて灰になった。

ただ1つ、頭から落ちたヘッドドレスだけを残して。

「いやあああああああああああああああああ!!!!!!!」

モニカは、叫んだ。


「ウソだろ…なんだよこれ…」

「どうして…なにこれ…ひどいよ…」

錯乱したモニカを見て、コウスケとアユカも顔を真っ白にして呟く。

理解できない…ここはこんなに酷い世界だったのか。

「―――!?みんな、気をつけて!」

そんなときでも、最初に気づいたのは、ヘイタだった。

涙を振り切って、全員に警告する。

日が、完全に落ちると同時に、ガシャガシャと音を立てて行進してくる何か。

それは素早く4人を取り囲み、剣を構える。

「クソッ今度は…!?」

「こ、これってまさか…」

現れたのは、5人ほどの、武装したアンデッド。

鎧を着て、剣と盾を持ったそれは、干からびている。

体液を吸い尽くされ、魂を腐らせてしまったそれは、

ただ目だけが爛々と赤く輝き、白い牙をむき出しにしている。

モンスターの名は〈劣等吸血鬼(レッサー・ヴァンパイア)〉。

Lvは精々30程度の、3人の冒険者が戦うには余りに貧弱なモンスター。

だが、その姿に3人は恐怖した。

理解したのだ。これは…

「これってモニカの…護衛の人たち!?」

「おい!?どうすんだよ!?倒して良いのかこいつら!?」

2人が混乱して叫ぶ。

分からなかった。これ以上、モニカを悲しませたくない。

それ故に、ただのモンスターとして斬り殺すことができなかった。

「…いいかどうかじゃない!倒すんだ!でないと…モニカを守れない!」

そんな2人を勇気付けるために、ヘイタは前に飛び出して、手近な1体に切りかかる。

振り下ろされた剣を鎧で弾き返しながら、抜き放った山刀で切る。

例え近接戦に強いとは言えぬ森呪遣いとはいえ、Lv90。

ただの一撃で、劣等吸血鬼を切り倒す。

…それは、ヘイタの失策だった。

「2人とも…しまった!?」

ヘイタが離れた隙をつくように、モニカの周りを霧が囲んだ。

霧が寄り集まって…人の姿を取ってモニカを抱え上げる。

美しい夜会用のドレスを纏った、エルフの女。

そいつはぞっとするほど美しく…血のように赤い瞳を持っていた。


―――パーティーランクモンスターLv61『街道の貴婦人』


全ての元凶が、ついに姿を現した。

「てめえ!モニカから離れやがれ…うお!?」

「そうよ!あんたのせいで…!?」

間に割って入った〈劣等吸血鬼〉たちに、2人は思わず立ち止まってしまう。

「―――貴女は!?」

その様子に、ようやく回りを見るだけの余裕を取り戻したモニカが、

自分を抱き上げている女を見て、気づいた。

間違いない。この女は…あの夜に見た女だと。


「さようなら冒険者様方。良い夜を」


あざ笑うようにそんな言葉を残し…

吸血鬼は空を翔る。モニカを抱えたまま。

「待て!」

鋭く叫んだヘイタの言葉は虚空へと消えた。



「きゃあ!?」

先ほど3人がいた場所から少しはなれた、森の空き地。

そこで捨てるように投げ落とされ、モニカは悲鳴を上げた。

「さあ、食事の時間よ…それにしても変な格好ね」

その様子に吸血鬼はあざ笑うように、言う。

「何それ?騎士気取り?ばっかじゃないの?」

「あ、貴女は…なぜ、こんなことをするのですか?」

そんな吸血鬼の顔を見て、恐怖に震えながら、モニカは尋ねる。

吸血鬼の考えなど、理解できないのは分かっていても、

リメアを殺し、モニカを殺そうとする理由を聞かずにはいれなかった。

「…私がね、冒険者と貴族の娘が大嫌いだからよ」

「ど、どういう、こと、ですか?」

わけの分からぬ理由に、おもわず再び聞き返す。

そんな理由では、納得がいかなかった。

「そうね…昔話をしてあげる」

そんなモニカの目の光に苛立ち、吸血鬼は話してやることにした。

目の前のガキは、あの女を思い出させる、厭な目をしている。

…お姉様を死においやった、自分が正しいと信じているあの阿婆擦れと同じ目だ。

だからこそ、話すのだ。如何に自分が正しいかを。


「昔…ウェストランデに1人の美しいヴァンパイアが居たわ」

それは、吸血鬼にとって、何よりも大切な真実だった。

「その人は私に、本当に色々と教えてくれたわ。

 あの狭い村で暮らしていたら、絶対にわからなかったこと。

 夜の闇の素晴らしさと…若い処女の生き血がどれだけ美味か。

 幸せだったわ。下等な大地人を襲って、男を殺して、

 処女の血を啜るのは、快感だった」

それは30年前の夢のような時間。

目を閉じれば今でもそれを鮮やかに思い出させる。

「…けどね。お姉様は…シリアお姉様は死んだ。

 冒険者の魔法で身を焼かれて灰になったわ。なんでか分かる?」

だが、それを思い出せば、同時に思い出す。

未だに忘れられぬ、あの日のことを。

「仕えてた貴族の阿婆擦れに裏切られたのよ…

 アイツが、あの冒険者(ばけもの)どもを招きいれた。

 アイツ自身、夜の闇と血の味を知っている、高貴な存在となっていたくせに!」

突然の強襲。昼間で、どうしようも無かった。

お姉様と彼女の眷属となった娘達は、彼女を残して焼き殺された。

冒険者の強力な癒しの魔法によって。

「悔しいけど、あの時は逃げ出すしかなかった。

 霧にも、蝙蝠にもなれないあのときの私では、歯が立たなかった!

 冒険者は許せない!いつか絶対復讐してやる!

 …けど、冒険者に誇りを売るような阿婆擦れはもっと許せない!」

吸血鬼が決定的に歪んだのはその日のことだった。

彼女は泥を啜り、ウェストランデの神殿騎士から逃げ、ナインテイルに落ち延びた。

「だから襲ったの。貴族の姫…おまけにアイツと同じ、エルフの姫。

 周りの奴全部ぶち殺して、吸血鬼にして、

 吸血鬼としての楽しみを全部教えてから…ぶち殺す。

 そのために襲ったの。

 そうすれば、きっと天国のシリアお姉様も喜んでくださるもの!」

護衛を連れて街道を旅する幼いエルフの姫。

それを見つけたとき、吸血鬼はもう決めていた。

決行は帰りにしようと決めた。

楽しい思い出は1つでも多いほうが…後の絶望も大きいと思ったから。

「けどね…アンタまで阿婆擦れになるとは思って無かったわ。

 あの正義の味方気取りのクズどもに飼われてるなんてね。

 …許せない!血を一滴残らず吸い尽くして、干からびた干物にしてやる!

 さぞ見ものだろうさ!あいつ等を、どれだけ悲しませられるか!

 ハハッ…アハハハハハハハ!」

全てを語り、狂ったように吸血鬼は嗤う。

この“無力な姫”を殺してやったらどれだけやつらを悲しませられるか。

…苦しめられるか!それを想像したら、我慢できなかったのだ。

「貴女は…そんなことのためにリメアを…」

対する“冒険者の弟子”であるモニカの呟きは底なしに冷え切っていた。

それは師である森呪遣いの冷静さを見習ったかのように。

震えは、とうに過ぎ去っていた。

「はい。お仕舞い。さあ、お休みなさい、永遠に…」

だが、吸血鬼は気づかない。些細な、だが重大な勘違いに。

吸血鬼はゆっくりとモニカの首元にその牙を寄せていく。

今まで、香水で気づかなかった、生臭い血の匂い。

それを嗅いで…

「…私だって、許せない」

モニカは静かに…激怒していた。

そんな理由で、リメアは死んだのか。

自分がエルフで、国主の娘だったから…私が、悪いのか。


否、違う。


「貴女は吸血鬼が優れた存在だなんて勝手な理屈を押し付けて、リメアを苦しめた!

 リメアは、最後まで私の侍女で居てくれた!抗いがたい血の誘惑に逆らい!

 私に殺されたのに、それでも微笑んで…私を最後まで案じてくれていた!」 

目の前の吸血鬼の答えを認めるのは、リメアを侮辱することだ。

故に、モニカの答えはひとつ。

「…〈ヒーリング・サンクチュアリ〉!」

モニカの癒しの魔術が発動し、その効果を発揮する。

範囲内の全てに、癒しの力を分け与える、癒しの魔術。

はじめて、冒険者とあった日に見た、森呪遣いの魔法。

「きゃあ!?」

吸血鬼の身が癒しの魔術の炎に包まれる。

皮膚が焼け爛れて傷となり、吸血鬼は思わずひるむ。

同時に自らの癒しの魔術で体力を回復したモニカは

とっさに転がって吸血鬼から距離を取る。

そして上空に手をかざし…

「〈バグズライト〉!」

依然とは比べ物にならぬほど強力な光を出す蛍の群れを、大量に生み出す。

辺りが夜の闇を振り払い、昼の最中のように明るく照らされる。

黄色い〈バグズライト〉の光に照らされながら、モニカは高らかに宣言する。

「私は、ヒゴ国主、フェルディナンド=カルファーニャが娘…モニカ!

 悪しき毒牙にかかり、儚く命を散らせたリメアの魂を慰めるため、

 吸血鬼に挑むものなり!」

目の前の、癒しの魔法から逃れ、焼け爛れた皮膚を急速に再生させていく

吸血鬼に、強い敵意を向けながら。

「覚悟せよ!吸血鬼!私は貴女を…断じて許さない!」

モニカは初めて誰かを殺すために、剣を抜いた。

「調子にのるなよ!阿婆擦れのクソガキが!」

それを見て、吸血鬼が吼え、戦いが始まった。



「ぐぅ…!〈ハート・ビート・ヒーリング〉!」

強烈に跳ね飛ばされ、木の幹に打ち付けられる。

1ヶ月前ならば、間違いなく即死していたであろう一撃。

それを受けながら、モニカはとっさに癒しの魔法を自らに施す。

「クソガキが!冒険者に魂まで売り渡しやがったな!」

そのまま傷を治そうとするモニカに苛立ちながら、吸血鬼が追いすがる。

「させない!〈ルートスピア〉!」

バグズライトの光に照らされ、動きが丸見えな吸血鬼を真っ直ぐに見据えながら、

攻撃魔法を使う。

森の中の木々の根が地面から突き出して吸血鬼を串刺しにする。

「そんなのでアタシを、止められると思うなー!」

だが、その程度で恐ろしく強靭な負の生命力を持つ吸血鬼は止まらない。

刺さった根をへし折りながらモニカに迫る。

「きゃあ!」

とっさに横に飛び、吸血鬼の突進をかわす。

そして立ち上がり、山刀を構える。

(このままじゃ…間に合わない!)

自分に残された最後の切り札は、まだ発動しない。

だが、もう残った精神力が僅かしかない。

果たして間に合うか。それは…自分の腕前と、覚悟に掛かっている。

「クソが!さっさと死ねよ!」

苛立ちを募らせながら、鉄でも引き裂く鋭い爪が、モニカに迫る。

「…はぁ!」

早いがでたらめな一撃のうち、頭に迫った一撃を、

モニカは山刀で打って払いのける。

(これならば…ヘイタくんの攻撃のほうが早かった!)

自らの命の危機に、モニカの精神は研ぎ澄まされていく。

それは、モニカがただの姫君として生きていれば、

生涯芽を出さなかったであろう才能。

困難な状況で、見誤らぬ判断力。

致命傷になりうる攻撃は払い、そうでなければ通す。

どのみちモニカの技量ではノーダメージとは行かないのならば。

「…〈ヒーリング・サンクチュアリ〉!」

自らのダメージが危険域まで蓄積した瞬間に、癒しの魔法を使う。

「ぐわ!?またか、クソが!」

忌々しげに吸血鬼が腕や脚を焼かれながら距離をとる。

癒しの陣を設置し、中に入ったものに癒しの力を与えるこの魔法は、

この状況においては攻撃と回復を同時に行える。

癒しの魔法がダメージとなる吸血鬼と戦うためにはうってつけの魔法だった。

(…あと少し!)

しかし先ほどの癒しの魔法で、モニカの精神力は尽きた。

森呪遣いにとって、最も危険な状態。

回復はもうできない。後は…剣で斬るだけだ。

「…死ね!」

癒しの聖域がその効力を失うのを確認して吸血鬼が再び突撃してくる。

モニカはそれを恐れない。信じている。最後まであがけば…

「…〈脈動回復〉!」

必ず間に合う、と。

「ぎゃああああ!?」

吸血鬼が癒しの炎で燃え上がる。

モニカのものとは比べ物にならぬほど強力な、癒しの魔法。

それを使いこなすものは、モニカの知る限り1人しか居ない。

「無事か!?モニカ!」

モニカを守るように立ちはだかるのは、エルフの少年騎士。

変わった柄のマントと、妖精の王より与えられた甲冑をまとうこの少年こそ。

「遅いよ!ヘイタくん!」

モニカが待っていた、最後の切り札。

「バカな!?どうやってここが…!?」

強烈な癒しの魔法で身体を焼かれながら、ハッと吸血鬼はそちらを見る。

煌々と、昼のように辺りを照らす〈バグズライト〉の光を。

「…これだけ目立つ目印があれば、すぐに分かるさ」

そのまま一気に距離をつめ、ヘイタは素早く山刀で斬る。

重く鋭い一撃。だが、これは牽制に過ぎない。

本命は…

「へ…うぇ!?」

胸元から突き出した、細く美しい、針のような剣先に吸血鬼は驚く。

正確に心の臓を貫く一撃。

「奇襲成功!…康介!あとよろしく!」

凄まじい痛みは後から襲ってきた。それほど見事な一撃だった。

吸血鬼にとっても大きなダメージとなる〈絶命の一閃〉を見事に成功させ、

アユカはレイピアを引き抜いて距離をとる。

「うおおおお!必殺!〈ブレードチャージ〉!」

雄たけびを上げながら、剣をランスのように構え、コウスケが突っ込んでくる。

猛牛の突進のような一撃を、痛みに震える吸血鬼は、回避できない。

そのまま腹を剣で刺されながら、木の幹に縫い付けられる。

「今だ!〈友なる柳〉よ!」

それを見届けた瞬間、ヘイタは吸血鬼を動けぬよう縛る。

「あ…ああああああ…」

木と腹を大剣で貫かれて固定され、更に柳に身を縛られて吸血鬼は恐怖した。

もはや逃げることすら出来ない、自らの末路を理解して。

「…Lv52の森呪遣いにあれだけ苦戦した君が、

 Lv90の森呪遣いの〈癒しの神域〉を受ければどうなると思う?」

近づき、笑みを浮かべながら尋ねるヘイタに、

吸血鬼の顔にありありと恐怖の色が浮かぶ。

怒っている。この目の前の小さな冒険者(かいぶつ)は、怒っている。

「ヒィ!?や、やめ…」

「嫌だね。僕は、友達を悲しませる奴を許さない…〈癒しの、神域〉」

最後まで言わせず、ヘイタが怒りのままに

森呪遣い最強の回復魔術を発動させると共に。


―――ギィヤァァァァァ!


凄まじい癒しの光に焼かれながら、吸血鬼は断末魔の悲鳴を上げた。



「おい!あれか!ヒゴの街って!」

馬の上で、見えてきた街にコウスケがはしゃいだ声を上げる。

「あれかあ…ラーメン屋のおじさん、まだいるかな?」

何ヶ月か振りに訪れる街に、アユカの声も華やぐ。

「…あの、本当に良かったの?ヘイタくん」

ようやく見えた故郷にホッとしながら、モニカは自分と共に乗る少年に尋ねる。

「うん。もういいんだ」

全てが終わり、モニカをヒゴへと送るとなったとき、3人は、言った。

もし良ければ、自分達をヒゴに住まわせて欲しい、と。

「それとも、モニカは嫌…かな?」

「ううん。嫌じゃないよ!私もヘイタくんと一緒の方が…」

困ったように聞くヘイタに、耳まで真っ赤にしながら、モニカは困る。

嬉しい。ヘイタと離れずにいられる。

だからこそ、何度も確認したくなるのだ。

「おっ?なんだよヘータ顔赤いぞ!」

そんなやり取りをしていると、コウスケが茶化す。

「ば、バカ!ちげーよ!そんなんじゃない!」

「え~、なになに?兵太君ってば、そういうお年頃?」

いつもは乗ってこないアユカまで乗ってくる。

どうやら久しぶりの街に、テンションがあがっているらしい。

「だ~か~ら~」

焦って言い訳しようとするヘイタに、モニカはくすりと笑う。


そっと、ポケットの中のものを確認する。

1つは、リメアの最後まで残った遺品であるヘッドドレス。

そしてもう1つは…木で彫られた『天神小 冒険部』のギルドタグ。


(リメア…私、ちゃんと生きてるよ)

天国に行ったリメアと、これから増えていくであろう楽しい思い出に思いを馳せて。

モニカはそっと、ヘイタに身をゆだねた。

本日はここまで。


ちなみに特訓とは、以前どこぞの盗剣士がやらかしてたアレです。


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