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第19話 赴任役のリカルド

本日お送りするのは、アキバの街の物語。

今まで余り出てこなかった、騎士ではない貴族のお話。


テーマは『サワープラム』

それでは、どうぞ。



懐から時計を取り出し、時刻を読む。

私が赴任役となって、真っ先に身に着けた習慣である。

このアキバの主…

冒険者にとって、約束の時間を守るということは非常に重要なことである。

私の知るとある赴任役など、約束の時刻にわずか半時間遅れたことにより、

冒険者との交渉を1つふいにしたことがある。

彼等は、礼儀作法には余り拘らないが、時間にはとにかく厳しい。

神経質なものなら5分遅れても不機嫌となることすらある。


そんな街なので、最初、ご領主様より預かった貴重な軍資金を使って

高価な懐中時計を買ったのは、正解だった。

この、ネジ巻き式の機工品は、正確な時刻を知るのに非常に役立ち、

私は『約束に遅れない男』と言われるようになった。

我がフロントブリッジ侯爵領の財政が近年無いほど潤っているとは言え、

今のヤマト情勢は複雑怪奇。


北方の帝国人がシブヤを拠点にイースタル南方に進出し、

アキバのすぐ側に狼牙族たちが村を作る。

ウェストランデはミナミを取り込んでなにやら企み、猫人族を中心とした商人たちが

ナインテイルからの品々をもたらしてアキバの商売で存在感を増す。

名実共に冒険者の領土であるシルバーソード領タチカワからは

貴重な魔法金属が運び込まれ、挙句にはウェンの大地とやらにあると

冒険者が言っている謎の国、バルバトスからは酒や砂糖のような交易品だけが

流れてくる。


そんな事情なので侯爵領のアキバ赴任役である私、リカルド=クレメンテも

益々重用され、侯爵領内ではそこそこの家格に過ぎなかったクレメンテの本家も

急速に発言力を伸ばしている、らしい。


無論、油断は禁物。

半ば押し付けられる形でクレメンテの分家筋である私に回ってきた

このお役目がもたらす利益が知られた昨今、この地位を得たがる貴族は多く、

侯爵様にお仕えする主流派の貴族が私をお役目から引きずり降ろそうと

画策していると言う。


政治に強いとは決して言えぬクレメンテ家がそれを奪われずにいるには、

更に励み、その実力を示していくしかない。

さもなくば、文官上がりの分家筋など早々に没落してしまうだろう。


時刻は夕刻6時の5分前。

アキバで買ったささやかな屋敷へと戻り、くつろいでいた私は、

再び外出の準備をする。

今日の交渉は終えたが、まだ1つ。とても重要な仕事が残っている。

「少し出てくる。夕食は私の分はいらぬ」

「はい。お役目、お疲れ様でございます。旦那様」

家令にそう伝えると、アキバの街へと徒歩で繰り出す。


そろそろ暗くなり始める時刻だと言うのに、

アキバの冒険者や大地人はまだまだ活発に働いている。

その喧騒を聞きながら、いつもの店…

アキバでは高級な部類に入る酒場である『黄金の栄光亭』へと辿りつく。

「いらっしゃいませ。リカルド様」

「うむ。今宵の宴に誘われた。案内を頼む」

すっかり顔見知りとなった店員に宴に参加する旨を伝える。

「分かりました。お2階へどうぞ。案内いたします」

店員も慣れたもので、私を2階の宴会場まで案内する。

「こちらでございます」

「うむ。案内ご苦労。取っておいてくれ」

「ありがとうございます」

案内係に20枚金貨を渡し、宴会場に踏み入る。

「やあ。クレメンテ卿。いつも通り早いね…いや、いつも通りきっかりなのかな?」

部屋にいる先客はただ1人。今回の宴の主催役であるアルメキア卿だけ。

「ああ…相変わらず、時間の守れぬものばかりか」

「はは、そこまで時間に正確なのはクレメンテ卿、君くらいさ。

 …なあに、あと30分もすれば皆揃うさ」

アルメキア卿は朗らかに笑い、席へと促す。

「ようこそ。赴任役の宴へ。今晩も楽しんで行ってくれ」

そう、これはある種の仕事。

次々と、アキバに住む貴族たちが集まってくる。


我等『アキバ赴任役』たちの宴が、始まろうとしていた。


「第19話 赴任役のリカルド」



赴任役とは、己が仕える主君の領と、ヤマトの主要な街を結ぶ、連絡役である。

自らの故郷を離れ、それぞれの街に住まい、

領内の命令を受けて様々な仕事をこなす。

領主様が治める領地出身の貴族を送り込み、交渉や情報収集、領内の貴族の案内、

物の売買、有力貴族や豪商の接待などを行わせるのだ。

この赴任役の赴任先と言えば自由都市同盟の雄、

マイハマとヤマト一の古都、キョウ。

自由都市同盟の中でも北方の領であればそれに加えてエッゾ帝国の首都ススキノ。

この辺りが定番であった。


しかし、今年の秋、その赴任先に新たな街が1つ加わった。


アキバ。

冒険者の聖地であり、今や冒険者により選ばれた円卓会議の治める、

もはや1つの国と言っても良い大都市。


あの調印式により、我等大地人と、アキバの善なる冒険者の間には国交が結ばれた。

互いに領土を不可侵として、交易を行い、互いの発展を約束しあったのだ。

アキバの発展は著しく、冒険者を主としたその武力と財力は

我等イースタル自由同盟にも匹敵する。

となればマイハマやキョウの都と同じく赴任役がいるのではないか。

領主様方はこぞってそう考え、新たにアキバへの赴任役を定め、貴族を送り込んだ。

それが我々、アキバ赴任役である。


「シブヤの皇女殿下が降嫁する?まことなのかその噂は?」

「うむ。今はまだ言っているだけのようだがな。帝国人には公言しているらしい。

 わらわはいずれ、イースタルの英雄に嫁ぐ。第二帝国の領土は我が背のものだと」

「あのプライドの塊と言われる帝国の皇女が降嫁か…

 確かにイースタルの英雄の武勲は凄まじいが」

「分からぬ話ではないさ。冬薔薇もいずれはクラスティ殿と結婚なされるだろうしな」


「これはこれはヒタチの。調子はどうですかな?」

「お陰様で好調ですよ。アメヤ筋の街道が随分と安全になりましたので」

「ああ、アメヤの狼牙族ですか…確かにあの護衛は頼りになりますな」

「ええ、それに彼ら自身、中々に良い客ですから…

 ウエノの盗賊から奪った財宝が結構な金額になっているらしいですね」

「ウエノの盗賊については害してもお咎めなしですからな。

 少し彼らに同情しますよ」


「ほう。行かれましたか。四海秋葉に」

「はい。とても美味でした。あの大陸風手料理は冒険者の料理にも匹敵しますね」

「ロングコースト侮りがたしと言うことですな…

 あの目ざといルドルフが資金を出すほどまでに認めたとも聞きますし」


宴が始まって1時間が過ぎ、あちこちで赴任役たちが会話に花を咲かせている。

無論、ただの世間話などではない。

この場で行われるのは非公式の交渉であり、情報交換。

赴任役たちはそれぞれに手に入れてきた情報を片鱗だけ見せ合い、

それが如何に自らの仕える主君に利するかを考える。

また、大地人同士でも盛んに交流し、互いに利のある交渉を模索する。

そういう場として設けられたのが、この宴である。


アキバと調印を結び、数ヶ月。

まだまだ彼らには謎が多く、危険があるかも知れぬ。

そんな場所に由緒ある大貴族を送り込むことなど出来ない。

そんな無茶苦茶をやったのはよりにもよって領主家の直系の姫君である

レイネシア姫を大使館を建ててアキバに送り込むと言う恐ろしい真似をした

自由都市同盟の雄、マイハマのコーウェン家くらいだ。

(そもそも調印の発端とされる無茶を行ったのがそのレイネシア姫らしいのだが)


そう言った事情もありアキバ赴任役は、領を持たぬ下級貴族や

家督を継げぬ次男、三男の類ばかりである。

無論、仕事振りや接待の技術、そして己が仕える主君の度量。

それにより、赴任役同士でも力の差と言うものはある。

だが、所詮は皆、故郷では吹けば飛ぶような下級貴族ばかりなので、

それなりに仲良くやっている。

…隙あらば出し抜いて己の領土に甘い汁を呼ぼうと言うのは、

私も含めてどこも一緒だが。


「やあ、一献どうですか?エチゴ酒の良いものを持参したのですが」

あちこちで繰り広げられる、赴任役同士の会話。

それを眺めて、その話の輪に加わろうかと考えていると、

面識の無い男が話しかけてきた。

貧相な、どこか猿を思わせる小男。

この場に居られると言うことはどこぞの赴任役なのだろうが、

どこの出のものかは分からない。

「頂こう…ほう、うまいな」

勧められたものを断るのも良くないと思い、口をつけ、舌鼓をうつ。

爽やかだが酒精は弱いビールとも、酒精は強いが辛味と苦味が強い

蒸留酒とも違う味がする。

「でしょう?先ごろ完成した『セイシュ』と言われる酒だそうです」

冒険者との契りを結び、今や冒険者風の『ワショク』の街となった、エチゴの酒。

エチゴの近辺、北方イースタルの特産である『米』で作られた酒だろう。

以前アルメキア卿に教わった米を使った『ドブロク』も美味だったが

こちらは更に味が澄んでいる。

うまい酒はどこでも需要が高いので、きっとエチゴは更に潤うことだろう。

「うむ。よき物を教えていただいた…すまない。卿は、どこの家のものか?」

酒の味に気を良くしながら、男に尋ねる。

赴任役同士、友好を結ぶに足るものと見た。

「おっと申し遅れました。私は、アヅチのオーディア家に仕える、

 トウキチ=アンダーウッドというものです」

男…アンダーウッド卿の答えを聞き、見覚えがないのに合点がいった。

アヅチはウェストランデの東方に位置する、

イースタルとウェストランデの境付近の街だ。

天秤祭り以降少しずつ増えてきた、ウェストランデの赴任役というわけだ。

「なるほど。アヅチのアンダーウッド卿か。

 私はフロントブリッジ侯爵領の赴任役で、リカルド=クレメンテというものだ。

 これから、よろしく頼む」

アンダーウッド卿と挨拶を交わし、しばし雑談をする。

アンダーウッド卿は、あけすけに事情を語った。


アンダーウッド卿の仕えるオーディア家では、最近赴任役が決まったばかりで

こちらに来て日が浅い。

知り合いの密偵がアキバで長く働いているので情報はそれなりに集まるのだが、

コネと資金が無い。

ついては、そちらに有用な情報を売るので、よしなに付き合って頂けないか?


…他のものに聞こえぬよう小声でとはいえ、随分とあっさり言うものだ。

その度胸に感心しながら、私は尋ねる。

「なるほど。事情は分かった…さて、アンダーウッド卿、その情報とは?」

これからこの男と親しくするかは情報次第。

私はアンダーウッド卿に尋ねる。

それに対し、アンダーウッド卿は頷き、その言葉を口にする。

「ええ、リカルド様にお売りしたいのは…

 サワープラムの新たな料理法について、です」

私が求めてやまなかった情報を。



「サワープラムの料理法をか!?」

アンダーウッド卿の言葉に私は思わず声を上げた。

サワープラム。それこそが我がフロントブリッジ侯爵領が大いに潤った要因であり。

「おっと静かに。リカルド様は以前よりお探しと伺いましたので…

 塩ハーブ漬け以外のサワープラムの使い道を」

侯爵様よりアキバにて調べるよう仰せつかっていた仕事のひとつなのだ。


フロントブリッジ侯爵領のすぐ側にハルナの森と呼ばれる場所がある。

そこでは季節になるとサワープラムの花が咲き乱れて非常に美しく、

季節になると旅の吟遊詩人などが見に来るほどだ。

そして、その森で取れるのが、サワープラムである。

サワープラムは一応は果実だが、生で食べることはしない。

その青い実はその名の通り甘みが無くて酸味が強く、おまけに僅かながら毒がある。

それ故にサワープラムは街の料理人や醸造職人が塩ハーブ漬けにするのが、

古くからの伝統であった。


サワープラムの塩ハーブ漬けは、フロントブリッジの特産品であり、

古くから商人によりイースタル各地に運ばれていた。

その非常に鮮やかな赤い色が食卓を華やかに整えるのに有用だったのだ。


しかし、時代は変わった。

6月革命以降、古くからの作成メニューで作られた味を持たぬ料理など

見向きもされなくなった。

当然、如何に美しい色をしていようと、味の無いサワープラムの

塩ハーブ漬けでは、誰も買わぬ。

フロントブリッジではそんな結論を出し、サワープラムの塩ハーブ漬けに

ついても再発見が行われ…恐るべき事実が発覚した。


再発見されたサワープラムの塩ハーブ漬けは…びっくりするほどまずかったのだ。


あの夏の日の惨劇は忘れられない。

再発見されたサワープラムの塩ハーブ漬けが領主様以下貴族たちと、

サワープラムの売買を行っていた商人に振舞われ、

味を確かめるべく一斉に口にして…大半が目を白黒させて吐き出した。

常軌を逸した強烈な酸味。私も含めとてもではないが飲み込める味ではなかった。

おまけに伝統料理の大半と相性が悪く、それまでサワープラムの塩ハーブ漬けを

売り買いしていた商人たちは、その場で取引を断ってきた。

それ以来、数ヶ月の間、サワープラムの塩ハーブ漬けは誰も買わず

食さない代物として、街の倉庫の肥やしとなり、サワープラム売買で

得ていた税が入らなくなってしまった。


それが覆ったのが9月の調印式である。

あのとき、マイハマで行われた各種交渉の際、冒険者に見せる領の特産品の中に

今から考えれば幸運なことに手違いでサワープラムの塩ハーブ漬けが

混じっていたのだが、それに冒険者が食いついた。

一つ手にとって食し、酸味に顔をしかめた後…

領内にある分を我等侯爵側の言い値で買い取ると言い出したという。


冒険者にはサワープラムの塩ハーブ漬け…

冒険者の言う『梅干し』は美味に感じられるらしい。

冒険者と我等大地人の感覚の違いと、それにもたらされた幸運に

感謝した瞬間であった。


かくしてフロントブリッジ領内で眠っていたサワープラムの塩ハーブ漬けが

アキバに運び込まれ、我が領の財政は大きく潤った。


だが、問題はある。

いくら冒険者には高く売れるとはいえ、サワープラムの塩ハーブ漬けが

我等大地人の口に合わないのは変わらない。

現状では他領の領主様や貴族をもてなすのに、我が領の特産品が使えぬ。

手料理の善し悪しが政治にすら影響するこのご時世においては、大問題である。


そのため、私が赴任役となった際、下った命令の1つに

『サワープラムの利用法の模索』があった。

無論、塩ハーブ漬けにする以外の方法で、だ。

一応手がかりはあった。

冒険者の中に塩ハーブ漬けにする前の、実の状態での購入を

希望したものがいたらしい。

恐らく、自前で塩ハーブ漬けにするか…他の方法で利用しているかだろう。

それを探るのも、私のお役目だった。


「ええ。それで、いかがしましょう?お教えしますか?」

「頼む。もし本当ならば、相応の礼はお約束する」

今のところ掴めていない、サワープラムの利用方法。

それを知ることが出来れば、私の名声は更に高まるし、

大切な仕事を果たすこともできる。

私の本気が伝わったのだろう。

そう言うとアンダーウッド卿は咳払いを1つして、その情報を私にもたらした。

「実はですね。冒険者の中に果実酒と呼ばれるものを作る名人がいるのですが…

 その店で一番の売りが、サワープラムを使った果実酒らしいのですよ」

私にとって想像の埒外だった情報を。



翌日。私はアンダーウッド卿よりの情報を元に生産ギルドの一角にある、

その店を訪れていた。

「ここか…」

店の名は、タカコの酒屋。

最近はじめたばかりの店らしく、非常に小さい。

正直、アンダーウッド卿の情報が無ければ見つけられなかっただろう。

「あら、いらっしゃいませ」

私が店に入ると、1人の若いご婦人が笑顔で私に挨拶をする。

…外見は少し年嵩の女性といったところだが、

目に宿っている光が、熟れた女性のそれだ。

恐らく、冒険者らしく外見以上の年輪は重ねているのだろう。


店には、所狭しとガラスの大瓶が並んでいる。

その瓶には全て、色々な果実と、蒸留酒が満たされている。

(なるほど、これが『果実酒』か)


そう思いながら、礼を持って私は冒険者の店主…タカコ嬢に話しかける。

「私は、フロントブリッジ侯爵領の赴任役、リカルド=クレメンテというものです。

 本日はアンダーウッド卿にこの店のことを聞きまして」

「あら。トウキチさんのお知り合い?」

私が侯爵家の赴任役と知っても、タカコ嬢の態度は変わらない。

腹を立ててはならない。冒険者とは、そう言うものである。

例えレイネシア姫であっても平民の娘程度の扱いを受けるのが日常であるこの街で、

そんなことにプライドを傷つけられていては、冒険者との交渉など、

出来たものではないのだ。


「はい。実はこの店で扱っていると言う『果実酒』

 …特にサワープラムの果実酒に興味が沸きまして。ご挨拶に伺った次第」

「あらあらまあまあ。果実酒のことを聞いて、来てくださったの?それはご丁寧に。

 私みたいな普通のおばちゃんが趣味で作ったものなのに、なんだか悪いわねぇ…

 それで、サワープラム…?もしかして『梅酒』のことかしら?」

「はい。恐らくはそれです」

私が頷くと、タカコ嬢は頷き返し、1つの瓶を手に取る。


中まで酒を満たした瓶の中身を見て…私は確信を得た。

「間違いない。サワープラムの果実酒とは、それですね」

酒に漬けられてしぼんではいるが、間違いない。

中に入っているのはサワープラムの実だ。

「あら、やっぱり?じゃあ、味見してみます?」

そう言いながら、タカコ嬢はカウンターから一口分の酒が入るくらいの

小さなガラスの杯(後日聞いたところによると、瓶での売り買いの他、

1杯金貨1枚で提供しているらしい)を手に取り、そこに小さな柄杓で酒を注ぎ込む。

淡い黄色の酒。サワープラムの香を漂わせている。

なるほど、サワープラムの酒だ。

「本当はもっと寝かせた方が美味しいんだけれどね、そろそろ倉庫も一杯だから。

 気に入ったらビンで買って行ってちょうだいね」

タカコ嬢の注釈を聞きながら、私はゆっくりと酒を口に運ぶ。

「…甘い」

その味わいに、私は驚いた。

サワープラムの酒というだけあって、酸味があるが、それだけではなくかなり甘い。

無論それだけでなく、飲んだ瞬間にサワープラムの爽やかな香が広がる。

うまかった。少なくとも、サワープラムの塩ハーブ漬けとは比べ物にならない。

「あら、男の人には甘すぎたかしら?それはちょっと砂糖多めで仕込んだ奴なの。

 男の人用にもっと甘くないのもあるし、後は、南の島の…バルなんとかの黒砂糖と

 ラムを使ったのも作って見たの。良かったら、そっちも味見してみない?」

「はい。是非」

タカコ嬢から様々な『ウメシュ』を味見させてもらいながら、私は確信した。

これだ。我がフロントブリッジの新たなる特産は。



2週間後。

「本当にいいの?タダでお手伝いしてくれる上に、

 こんなにたくさん梅を頂いちゃって」

「もちろんですよ…代わりに」

「作り方を教えれば良いのね?それくらいならお安い御用だけど」

フロントブリッジ領内でも特に若くて技量のある

〈醸造職人〉と〈料理人〉を紹介する。

彼らにはこれからフロントブリッジで『ウメシュ』を作れるようになるため、

弟子として修行を重ねてもらうことになる。

領主様直々のご決断である。


『ウメシュ』はフロントブリッジでも高い評価を得た。

領主様の奥方が晩餐ごとに飲むほどにお気に召し(甘みが強いのが良かったらしい)、

折りよくご訪問を受けたカイの国の領主家にお出ししたところ、

その翌日にはカイの国の赴任役からどこで売っているのかを

(相応の礼と共に)聞かれるほど気に入られた。


フロントブリッジからは御用商人が数寄者と料理人を連れて駆けつけ、

倉庫に残ったウメシュの大半を買い付けていった。

更には大地人と冒険者を結ぶ大使館『水楓の館』でも最近招いた客に

振舞っているらしく、果実酒は新たなる冒険者の発明品として

貴族や豪商の間で徐々に噂が広まっている。


冒険者との交渉は、早さが命である。

アンダーウッド卿に礼をした後、私はタカコ嬢の店に日参し、交渉した。

タカコ嬢のところに手伝いをよこす代わりに作り方の伝授を受ける若者を紹介し、

更にフロントブリッジで取れたサワープラムを格安で譲る代わりに

仕込んだサワープラム酒の半分をフロントブリッジ領に売ると言う契約を結んだ。


「じゃあ、まずは氷砂糖作りからかしら?

 作成メニューには無いのよね。砂糖はあるのに」

新たに拡張した酒蔵で、これからの仕込みを考えるタカコ嬢を見ながら、

私は今回の交渉に満足していた。


今回の交渉を成功させたことで、クレメンテ家の名声は益々高まった。

更に褒美もかねて追加の予算が私に与えられ、より交渉がしやすくなった。


無論、油断は禁物である。

アキバには私を含めた他の赴任役を出し抜こうとする

海千山千の赴任役が幾らでもいるし、領内でも今回の成功で

赴任役のお役目を乗っ取ろうと言う動きは更に活発になるだろう。


この冒険者の聖地で更に成功を重ね、更なる栄光を手にするために。

私は、襟を正し、次の交渉に臨むべく気合を入れた。

本日はここまで。


ちなみにサワープラム=梅です。念のため。

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