第18話 神官のアンネローゼ
俺TUEEEE警報発令。
今回の登場人物には、ヤマトの国の大地人史上最強の大地人…
ぶっちゃけ冒険者より強い大地人?が登場します。
テーマは「大災害後のクエストの挑み方」
舞台は今まで扱っていなかったフォーランド。
そしてメインとなる冒険者は…ミナミの方々です。
暗い闇の奥底で、彼は目を覚ました。
周囲を探る。ここは、かつての王国。
その最深部まで『沈めた』玉座の上だ。
―――敗北…か
口惜しさも、恨みも無く、ただ正確にその事実のみかみ締める。
実に500年ぶり…彼の王国を自ら贄とした後、
イズモの古来種どもに封印されたとき以来の敗北。
そして彼を敗北せしめたのは…
―――冒険者…
彼が封じられ、500年近い歳月を経てその封印を打ち破ったとき、
野蛮な人間族の国にはとある異形の存在が蔓延っていた。
彼等の名は冒険者。
アルヴの秘術により、魂を歪め生物としての理を外れた亜人を更に歪め…
ただ戦うためにのみ生まれてきたような異形の超生命体。
彼等には才能と言う言葉は無い。
必ず12ある戦の技のどれかを限界を越えて極められるだけの才能を与えられている。
事実、彼と戦った冒険者は皆、Lv90と言う古来種に迫るだけの力を持っていた。
彼等には、死と言う言葉は無い。
彼等の精神と肉体は極端に魂魄の劣化に強く、どんな方法で殺してもいずれ蘇る。
どんなに弱い蘇生の術でも蘇るし、そもそも死しても僅かな劣化のみで
大神殿の魔法装置で再び蘇ってくるのだ。
そして彼等には、恐怖と言う言葉は無い。
彼等の戦いに、恐怖の表情は一切無い。
例え更に強き力に負けて死するその瞬間であっても、
ときに笑い、ときに観察を続ける。
彼等は例え100度殺そうとも、101回目の挑戦を行うだろう。
それを彼は知っている。
なぜならば他ならぬ彼等冒険者こそが、自らを限界まで歪め、
一介のアルヴの王から死霊の王『凶皇』となった彼を18年前に倒した異形だった。
―――古来種のみどうにかすれば、敗北は無いと思っていたのだがな
封印を破り、ヤマト全土を自らが君臨するに相応しい死の国とせんとしたとき、
彼等は現れた。
彼等は、殺した後に呪法で自らの墓所を守る番人へと作り変えた、
封印の監視を担っていた古来種の騎士をうち破り、
戯れに冒険者の偽物へと作り変えてやった獣人どもを殲滅し、
更には冥府へと潜り込んで彼の瘴気に対抗できる冥府の魔除けを
冥府の女王から盗み奪ってきた。
そして、ヤマトにおいて最強であるはずのイズモ騎士団をして手に負えぬと
判断させたほどの力を持つ彼に微塵の恐怖も無く挑み、
かつての彼の王国の残骸であるこの島で、凄まじい戦を繰り広げた。
純粋な力であれば彼の方が圧倒的に上であった。
このセルデシア全土を見渡しても古来種をも凌駕する彼より強い存在など
それこそ『神』くらいしかいない。
凶皇の技量は、古来種に匹敵する。
その魔力は凄まじく、ただ1人で冒険者の百人隊を幾度と無く打ち破った。
更に島には彼の眷属と化したかつての国民が侵入者を待ちうけ、
彼の居城にたどり着く前に全滅した冒険者の騎士団とて幾つもある。
かくて彼は冒険者に56度勝利し…ただ1度敗北した。
―――思えば奇妙な存在であった。
彼が1つ技を見せるたびに、彼等はその対策を身に着けてきた。
それも、冒険者の騎士たちは反目しあいながらも協力していたようで、
1度使った技は、その後にくるほとんどの騎士団が対策を行っていた。
更に彼の技だけでなく、癖、弱点…あらゆるものが観察され、
まるで1つの記憶を何百人で共有でもしているかのように冒険者たちは進化していった。
(そう考えないと説明できない事項が多すぎた)
そして最終的に凶皇を打ち破った冒険者の騎士団とは実に5度も戦い…
ただの1度だけ、敗れ去ったのだ。
―――ふむ。やはり器が限界に近いか
過ぎ去りし敗北を越え、自らを冷静に分析し、彼は結論を得た。
1度敗北して壊された肉体は…器として用を為さないほどに崩壊したままだった。
かつての、冒険者の百人隊の総攻撃にも耐えられた強靭さは失われ、
今では並の竜1頭が屠られる程度で完全に破壊されてしまうほどしかない。
この、闇の瘴気に満ち満ちた最下層の玉座の間より出れば、
なによりもまず己の強大すぎる魔力に耐え切れず、
彼はこんどこそ魂魄もろとも滅びることになるだろう。
―――10年と言ったところか
この玉座と言う名の監獄から出られるまでに肉体を修復するには、10年かかる。
彼はそう見た。
10年。500年以上生きる彼にとっては決して長い時間ではないが、
その間に冒険者どもに攻め入られれば、少し厄介なことになる。
そう考え、彼は対策を講じることにした。
―――城よ。変われ
人外の…神にも匹敵する魔力を使い、最下層へと通じる部分を、迷宮と化す。
罠を張り、時空を歪め、拡張。
更には6人を越えるもの同士は決して行き会わぬようにする。
たとえ同時に入ろうと違う場所に飛ばされ、
迷宮内に居る限りはけして出会わないようにした。
―――眷属よ。参れ
全部で9体、Lv91を越える強力な魔物を召喚し、各階層の番人とする。
次の階層へと通じる部屋に配置し、番人を倒さねば次の階層には決して至れない。
そして最後に。
―――受け取るがよい。報いを。
先ほどから彼を監視していた神官に、滅びの呪いを送る。
どうやら古来種ではなく、ただの人間族だったようだ。
神官はあっけなく断末魔の悲鳴を上げて魂ごと滅びた。
それを感じ取り、彼は玉座に身を沈めて、目を閉じる。
―――さて、始めるとしようか。
彼は『凶皇』
古来種をも凌駕する、セルデシア史上最強最悪の死霊が一柱。
彼がこの『凶皇の呪い穴』を離れるだけの力を手にするまで、あと3600日。
「第18話 神官のアンネローゼ』
1
ウェストランデはキョウに麒麟児ありと言われた天才、
アンネローゼ=万象院が死体の前に立つ。
酷い状態であった。
首に深い深い傷跡が刻まれた、死体。
既に漏れ出すものすら尽きるほど時間が経っており、
とうに冷たくなったそれをそっと見下ろす。
この“ご公務”が始まったばかりの頃は戸惑いもしたが、もう慣れた。
アンネローゼがバラ色の唇を開き、歌うように口上を紡ぐ。
「囁き、祈り、詠唱、念じろ…〈魂再起〉
麻呂彦様は元気になりました」
いつもの事ながら辺境伯直々の指定であるよく分からない前振りの口上。
口ずさみ慣れたそれと共に運ばれてきた死体に高位の蘇生魔法〈魂再起〉を施す。
それは、普通であれば意味の無い行動。
如何にヤマト全土を見渡しても東のアルテリナと並び称される
ウェストランデ屈指の名家の施療神官であり、
若くしてLv55に達したアンネローゼといえど、
こうも酷い状態の死体が蘇るなど、信じては居なかった。
…ほんの3ヶ月前までは。
だが、成功する。してしまう。
死体の傷が塞がり、内部で血が沸き起こっているのか、
見る見るうちに血色を取り戻す。
そして、先ほどまで死んでいたはずの男はぱちりと目を開けて体を起こした。
「…っつつ、やっちまったなー」
「確かに最後の一発はきれーに首に入りよったわ。そら死ぬわな」
「よりにもよって後列からサプライズで回復職ねらい。
おまけに忍者が群れで全力のアサシネイトとか、考えた奴頭悪いだろ」
「…きたないさすが忍者きたない」
「なんだそりゃ?」
「んー、なんか昔流行ったらしーよ?」
「はあ?」
「気にすんなや。コイツのノーミソがプリンなんはいつものこっちゃ」
「んだな。さてと、どーする?マロ蘇ったし、また行っとく?」
「やー。今日はやめとこうぜ。疲れた。マロ運ぶのに」
「だな。もうすぐ第3層探索も始まるだろうし、今日のところは休んどこうぜ」
ガヤガヤと、この奇跡を当然のように受け止め、
6人の男女…冒険者が『寺院』を離れる。
「ふぅ…」
「姫様、お疲れ様で御座いました」
蘇生の儀式を無事に終え、精神的な疲れからため息をついた
アンネローゼを御付きである老女官が労う。
冒険者の『回復職』が何らかの要因で仲間を生き返らせることが
出来なくなったとき、その死者を魔法で蘇らせるのが『寺院』づめの
高司祭であるアンネローゼの公務である。
その補佐を担当する、高位の施療神官でもある老女官は
寺院台帳を確認したのち、言う。
「本日、姫様が蘇らせた冒険者の方々は、先ほどで10人目。頃合かと」
太陽はまだまだ高く、公務を終えるには早いこの時間。
アンネローゼが蘇生させた冒険者は先ほどの施療神官で10人目となった。
「今、代わりの冒険者司祭がこちらに向かっております。
ご公務は彼の方に任せ、姫様はお休みくださいませ」
「いえ、大丈夫です。まだ魔力には余裕があります」
如何に高位の蘇生魔法といえど、
休み休み10回使った程度で尽きるような低い魔力ではない。
そう思い、まだやると伝える。
「なりませぬ。姫様のような高貴な方が下賎の輩のために
その御力を使いすぎるなど、雅ではありませぬ故」
だが、老女官は真顔で首を振り、アンネローゼに退出を促した。
野蛮な東の国々と正しき歴史を受け継ぐウェストランデは、違う。
この国では高貴な女性…姫君を冒険者の元にやったりはしないし、
如何に力に優れていようとも騎士団に入れ、戦場に送り込むような非道もしない。
若くして高司祭の地位を持つ、万象院の娘であるアンネローゼと言えど、
それは例外ではない。
「…分かりました。では、本日はお暇させて頂きます」
この老女官は、1度言ったことは曲げない。
それを知るアンネローゼはため息と共に寺院を退出する。
馬車を用いず、歩いて帰ることにしたアンネローゼは、空を見る。
「まだ日も高い時刻ですのに」
空は、ただただ青く晴れ渡っている。
ガヤガヤと、喧騒が耳に入る。
この地に住まう冒険者と、それに数倍する数の大地人たちの声。
その声は華やいで明るい。
穏やかで優美だが何処か潜められているように響くキョウの街の
それとはまるで違う、生きる力に満ちた喧騒。
今、この地の地下に恐るべき死霊の王が居て、
それと冒険者が凄まじい戦を繰り広げているなど、誰が信じようか。
そう思い、アンネローゼは眉を潜める。
思えば今日で丁度3ヶ月となるのでは無かったか。
…アンネローゼが父に対するせめてもの手向けに、寺院での公務を願い出てから。
そしてこの街『ライルガミン』が開かれてより。
2
ことの発端である大魔縁『凶皇』の復活。
その出来事は、アンネローゼの父、フリードリヒの死…
否、滅びと共にウェストランデに知れた。
フリードリヒが執務室でもある儀式の間で1人行っていた、ウェストランデに迫る
凶兆を探るお役目である〈凶見〉の最中に断末魔の悲鳴を上げたのは、
夏の日の、とある黄昏時のことであった。
アンネローゼも父がついぞ挙げたことの無い絶叫に何事かと思い駆けつけた。
そして見た。
…誰も居ない部屋と、無造作に脱ぎ捨てられた法衣。
そして床を覆う瘴気に満ち満ちた黒い灰を。
それを見て、アンネローゼは思わず絶叫を上げた。
「…お父様っ!?」
彼女が父に負けず劣らず聖職の才に恵まれたアンネローゼであったからこそ、
常人であれば得ることが出来なかった真実に気づいた…気づいてしまった。
…その、黒い灰こそが凄まじい呪いの呪力で
魂すら滅びたフリードリヒの末路であると。
Lv60に達した、稀代の名神官を聖別された部屋で行っていた凶見の最中に、呪殺する。
そんなことが出来るのは、ただ人の仕業ではない、否…魔物ですらない。
魔を超越した凶神…
アンネローゼが産まれた頃に冒険者の手で討たれたという
『大魔縁』の仕業でしかありえぬ。
アンネローゼの弟である、神殿での修行より戻った万象院家の新当主は
そう結論付け、斎宮家に万象院の代替わりと共にその凶事を伝えた。
当初、ウェストランデの反応は、鈍かった。
彼等にとって大魔縁…凶皇は余りに縁遠い存在であった。
何やら封印を破って復活し、古来種と冒険者の手で
いつの間にか討たれた恐るべき魔物。
その程度の認識しかなく、先ごろ万を越えるミナミの冒険者を臣従させた
ウェストランデにとって、恐れるに足らずと言う認識だった。
それが一変したのは、その、臣従した冒険者よりもたらされた情報であった。
ミナミにはかつて、凶皇との戦に参加した冒険者が数多く居た。
それ故に彼等は凶皇の事も知っていた。
実際の戦を通して、また、古来種の口より語られた口伝により。
そしてその中に、ウェストランデの貴族達の心胆寒からしめる情報が含まれていたのだ。
―――アイギアの大乱において、首魁たる服部半蔵に秘術を授けた黒幕こそ凶皇である。
御伽噺の怪物が現実の深く黒い影を纏った瞬間であった。
アイギアの大乱。
ウェストランデの影である狐尾の忍びたちの中でも最も大きく、
最も強かった一族であるアイギアの民がウェストランデに叛旗を翻した大事件。
その力は凄まじく、あの戦の折には歴史と伝統ある領主家が3つも絶え、
その他多くの貴族が儚くなった。
ウェストランデの持つ騎士団では対抗しきれず、
結局は冒険者に布告を出し、戦わせることで事件はようやく解決を見た。
凶皇の放置、それすなわちいつまたアイギアの大乱が起こるか分からぬ状態。
普段、急ぐことをはしたないとするウェストランデとは思えぬほど、
彼等は出来うる限り迅速に対応した。
凶皇が蘇った場所であるフォーランドにある『大魔縁の島』に調査隊を派遣。
呪い穴を調べ…精鋭騎士30人が5分と持たず全滅したことで
大地人が何とかできる場所でないことを確認。
ミナミの冒険者を支配する家門〈Plant hwyaden〉に凶皇討つべしとの命令を下した。
それに対し、〈Plant hwyaden〉もまた迅速に答えた。
凶皇に対抗しうる、ミナミのハイジン冒険者たち300人を
大魔縁の島に送ることを決定したのだ。
そして、その派遣部隊の隊長には斎宮家直々に辺境伯の地位が授けられ、
大魔縁の島は冒険者の領地であるとされた。
それから、ウェストランデの各地から事情を伏せて集められた平民達が、
冒険者たちの街での日々の暮らしを支えるべく入植し…
大魔縁の島に実に500年ぶりに善の勢力の街であり、
同時に衛兵も銀行も大神殿も無い第6の冒険者の街『ライルガミン』が誕生したのだ。
3
古代アルヴ王国王都の面影を強く残した、
現在とは異なる独特の様式で建てられた建物。
斎宮お抱えの宮大工達を動員して復活させたライルガミンの町並みを、
アンネローゼはゆっくりと眺めつつ、歩く。
子供がはしゃいで走り回り、大人たちは活気に満ちて働く。
物売りが大声を張り上げて手料理や道具を売りさばき、
そこかしこで冒険者のものらしき異様な武器や防具を
ドワーフの名工が手入れをする。
探索前、あるいは探索から帰って来た冒険者が店を冷やかし、
どこからかやってきたのであろう移民がそんなライルガミンが珍しいのか、
辺りを見回している。
アンネローゼの故郷、キョウの都では考えられぬ光景であった。
ライルガミンは今、急速に育ちつつある。
ライルガミンへと渡ってきた、ウェストランデの民たちは
日に万の金貨を稼ぎ出すと言われるライルガミンの
冒険者相手の商売に励み、短い時間で随分と豊かになっていた。
更には冒険者の故郷であるミナミや東方の魔都アキバ、
南方のナインテイルからも様々な品々を輸入し、
代わりに呪い穴からもたらされた『戦利品』を輸出する。
最近は他方からの冒険者たちもライルガミンを訪れ、
辺境伯の許可を得て呪い穴を探索している。
そしてその彼らがまた稼いだ金を使い…
その産業の大半を『呪い穴』から賄うという歪な構造ではあるが、
今やライルガミンはフォーランド侯爵領で唯一の
安全なる善の勢力圏の都市となった。
その豊かさを聞きつけた、僅かに残った開拓村で暮らす
フォーランドの民のなかにも、いつ魔物に襲われて滅ぶとも知れぬ
危険な魔物が跋扈する故郷を捨て、ライルガミンへと移り住んだものも居る。
その繁栄ぶりはほんの半年前、滅びた廃墟しかなかった街とは思えぬほどだ。
…その繁栄はいつか、冒険者の力が及ばず凶皇が呪い穴より
復活する日がくれば容易く崩壊する危ういものではあったが、
恐らくその日は少なくともこれより何年かは訪れない、
と言うのがウェストランデの魔術院の見解である。
そう、この街には今は異変が見られない。
日を追うごとに代わり行く街ではあるが、危険の匂いは無い。
なれば、ありうるのは…
「呪い穴に、何か進展がありましたか?クロウ」
立ち止まらず、ポツリとアンネローゼが呟く。
その小さな問いかけはすぐに立ち消え。
「は。どうやら第2層の『ヌシ』の部屋が発見されたようです。既に冒険者が
何度か交戦し、3組の小隊が全滅してミナミにご帰還為されたとの事」
アンネローゼの影から現れたように、漆黒で統一された服を着た、
狐尾族の女が答えを返す。
彼女の名はクロウ。万象院の家で飼っている稲荷の娘であり、
幼き頃よりアンネローゼの護衛と手足を努める、シノビである。
クロウの答えに、アンネローゼは驚き、聞き返す。
「まことですか?確か、第1層のヌシの部屋が見つかったのが
先月のことだと思いましたが?」
あのときのことは覚えている。
領主様含め4の小隊が全滅したと言う大事件だったのだから。
呪い穴には、数の暴力は通じない。
恐らくは凶皇が呪い穴全域に張り巡らせた魔術により、
6人の小隊を越える数での探索が出来ないのだ。
呪い穴の入り口は、くぐった者をランダムに転送する。
例え96人で挑んだとしても、入った瞬間に16の小隊に分断されてしまう。
さらに同時に呪い穴に施された魔術は極めて強力な時空を歪める類のものらしく、
中に居る間は念話も通じず集合しようとしても決して行き会うことが出来ない。
1度入れば、出るのには冒険者の有志の手で描かれた地図を頼りに
自力で出口にたどり着く必要がある。
故に、呪い穴の探索には、辺境伯が音頭を取って
地図の作成を重視して行われている。
皆が探索を行い、記録した地図をつなぎ合わせ、1つの階層を地図とするのだ。
そのうちの最上層、第1層において、第2層へと繋がる階段と、
それを守るLv91にもなる魔獣が発見されたのが、先月のこと。
魔獣は腕利きの冒険者すらも凌駕する力を持ち、
冒険者の小隊をも壊滅させる力を持っていた。
…例え全滅し、ミナミの大神殿に送られることになっても恐れず挑み続け、
発見された3日後にとある小隊が叩き潰して神代の伝説に記されるような弓を
持ち帰ったときには、冒険者の底知れなさを思い知らされたが。
故に、僅か1ヶ月で次の階層に至る道が見つかったと聞き、アンネローゼは驚いた。
だが、クロウは淡々と答えを返す。
「まことです。あれよりアキバやナカスの出の冒険者も何処からか噂を聞きつけ、
ライルガミンへと集まったことで人が増えたことが幸いしたとのこと」
「そう、ですか…」
そう言えば、最近ライルガミンの冒険者の中に、
見知らぬ顔が増えたような気がしていた。
どうやらそれが、〈Plant hwyaden〉に属さぬ冒険者達らしい。
そう納得するアンネローゼに、クロウは更に報告を続ける。
「それよりも、気になる噂を聞きました。
此度のヌシの退治、辺境伯様もお挑みになるつもりだと」
「まあ!?まことですか!?」
その報告に答えるのは、クロウではなく…1人の男の声。
「ええ、本当ですよ」
思わず振り返ったアンネローゼに、その男は、笑顔を返した。
4
アンネローゼに笑顔を向ける男の盾と鎧には、
彼の家紋である『2つの林檎』を模した紋章が刻まれている。
ライルガミン広しと言えど、この紋章を使うものは
両の手で数えられるほどしか居ない。
そう、彼こそが冒険者でありながら斎宮家より直々に高位の貴族位である
辺境伯の地位を授けられた、〈Plant hwyaden〉のハイジン冒険者たちの長。
『呪い穴の入り口』を購入し、呪い穴の管理人も行っている、ライルガミンの主。
「辺境伯様!?」
ライルガミン領主、ロバート辺境伯である。
「ええ。クロウさんの言う通りです。昨日、第2層のボスの玄室が発見されました。
僕も今日、仲間と一緒に挑むつもりですよ」
ロバートは先ほどのアンネローゼの話を頷いて肯定する。
その瞳には、恐怖も迷いも無かった。
先月、第1層のヌシに5人の配下を連れて直々に挑み…
全滅して大神殿送りとなったことなど、微塵も感じさせない様子である。
その様子に、アンネローゼは畏怖を覚えた。
(アキバの冒険者の王も底が知れぬと聞きますが…辺境伯様程ではないでしょう)
アンネローゼがそう思うほど、この男は常人離れしていた。
この街の領主にしてライルガミンの冒険者の長、
ロバート辺境伯は見た目こそ20代半ばだが、
本人によれば本来の年齢は50も半ばであるという。
しかもそれすら正確ではなく、ウェストランデの宮廷歴史学者によれば、
203年前にウェストランデの危機を救って当時の斎宮家に謁見したと言う記録が
残っている、文字通りの意味で不老不死の冒険者。
その、冒険者歴35年を自称する冒険を愛する心は筋金入りで、
辺境伯の地位を得てなお、自ら最前線部隊の1つを率いて、
3日に2度は呪い穴に挑み続けている。
ライルガミンの冒険者にもまだ数十人しか居ないLv92に達したロバートが
直々に率いる小隊の実力は凄まじく、彼が率いる小隊は、
このライルガミンに置いて最強の冒険者の一角に数えられている。
…最も、その部隊ですら既に3度の全滅を経験している辺り、
呪い穴の底知れなさも並ではないが。
「第2層のボスは、どうやらLv92みたいです。
1層下るごとにボスのLvも1上がっていく仕組みですかね?
Lv的には申し分ないですし、ちょっと倒してきます。
まあ、負けても死体回収もロストも無いんで気楽なものですよ」
ロバートは気楽にアンネローゼに言うと、手を振って呪い穴へと向かう。
そしてそこにはその気楽とも取れる良いように呆然とする主従が2人。
「…このライルガミンは、凶皇は、きっと彼らの手で討伐されるのでしょうね…」
「御意…」
アンネローゼにかすかに燈るは、確信。
きっとこのライルガミンに悲劇は起こらぬ…
その前にあの、冒険心旺盛な冒険者が凶皇を打ち倒す。
それはまだ淡いが、確かな予感であった。
そしてアンネローゼのそれは、更に深まることとなる。
翌日、ヌシを打ち倒した証であると言う、真新しいが凄まじい力を秘めた鎧を着た、
ロバートの姿を見ることによって。
5
―――討たれたか。
呪い穴の最下層…第10層。
凶皇は己が放った眷族がまた1つ滅んだことを悟る。
―――僅か6人でアレを討つとは…やはり昔より、力を増したか?
遥か星辰の彼方より呼び寄せた、異形の超生物。
凶皇の用意した眷属の中では弱い部類に入るが、
それでも冒険者の限界を越える力を持つ魔物であったはず。
それが討たれたことで凶皇は感じ取る。
以前、自らが敗れたときより冒険者は力を増していると。
―――だが、所詮は限界がある
眷属はより深い階層…凶皇に近い場所のものほど強力なものを配置している。
第2層の魔物に梃子摺る程度では、高位の眷属にはまず勝てない。
そして何よりこの最下層にいる凶皇はあらゆる眷属より強い。
僅か6人では冒険者に勝てる道理は無い…そのはずだ。
―――待っているが良い。ヤマトの民ども、我が死の国の再臨を…
そして凶皇は再び傷を癒すべく眠りに着く。
自らのうちにうまれた僅かな懸念を打ち払うように。
いずれ来るべき日を待って。
彼は凶皇。このセルデシア史上最強最悪の死霊の一柱。
彼が呪い穴から解き放たれるだけの力を取り戻すまで、あと3489日。
そして、最下層に達した冒険者が、彼との死闘を開始するまで、あと―――
本日はここまで。
ちなみに現在の凶皇は、Lv100のパーティーランクくらいの強さです。




