第10話 従軍司祭のクローディア
俺TUEEE警報発令。
本編は前話『文官のフィリップ』と地続きの話となります。
故に今回登場の冒険者は、黒剣騎士団の廃人。
当然かなり強いです。
今回のテーマは『冒険者の戦術講座』
独自解釈だらけのものですが、お楽しみいただけると幸いです。
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大災害から一夜明けた朝。
アイザックはじっと“彼女”が出てくるのを、待っていた。
「…遅え」
ぼそりと、言葉を漏らす。
―――ボス、本当に申し訳ないのですが…
〈外観再決定ポーション〉を分けていただけないでしょうか?
身長2mを越える、岩のような巨漢の姿の彼女から、
綺麗な声で懇願されてはや2時間。
彼女が出てくる気配は、無い。
「しょうがないっすよ。あんだけ身体が“ずれ”てちゃあ、
慣らしにも時間かかんでしょう」
この集団の中では屈指の常識人であるレザリックがとりなす。
大災害以後、身体に多少の“ずれ”があった団員はそこそこいた。
中には“ドワーフ”を選択してたが故に一気に身長が50cm縮んだ団員までいる。
彼女にしても身長が40cm伸びたせいで歩くのもままならなくなっていた。
「しっかし…女の人だったすね…予想通り」
「まぁな」
彼女は隠したがっていたので、あえて言及しなかったが、
彼女が女であることは黒剣騎士団では半ば常識と化していた。
「そりゃ分かるわな。このご時世でチャットモード一切使わないし」
「キーボードの発言も全部敬語だしな。
あんな細やかな男が〈D.D.D〉の眼鏡以外にそう何人もいてたまるか」
「まあ、僕も含めて常套手段だよ。
女ってだけでゲーマーとしては不利になることもあるし」
「姫プレイヤーの類嫌いだもんな俺ら。
所詮中身は三次元の分際で態度でけえんだよなぁ、アイツら」
「まぁ、たま~に俺らが物持ってると思って擦り寄る、
勘違いした欲しがり女もいるしなぁ」
「つーかてめーら。一応女のあたしの前でんなこと言うなよ。同意すっけど」
極まった廃人集団、黒剣騎士団。
彼らは、男、女の前に『ゲーマー』である。
廃人の名を誇りとしているものたちだ。
今さら、リアルの性別なんぞ気にするバカは入れてない。
それに…
「大体ユーミルなら別にどっちでも大歓迎だよな。
あんだけ“上手い”盗剣士は中々いねえ」
「ああ、本当に動きが的確だからな。
ま、うちで斬り込み勤まるくらいだから半端なはずがねえんだけど」
「でも、みんなのことを第一に考えるあの動きはやっぱり女だよね。
…僕だとどうしても僕がぶっ殺す方に流れるんだよなあ」
「最近は平日プレイ時間が1日に2時間しか取れないからって、かなり勉強してたしな。
俺も見習わないと。ギャルゲもしばらくは出来そうにないし」
「思い切りもいいし、前衛の援護に徹するのも
ひたすら切り刻むのもこなせるからな…姉御も少しは見習え」
「うっせえ!妖術師に火力と属性攻撃以外のもん求めてんじゃねえ!」
攻撃速度の速さから来る単位時間辺りの火力の高さ、
複数体攻撃とデバフに長けたスキル構成、
回避型ビルドの近接暗殺者と同等の、高い回避性能…
これらを併せ持つ盗剣士は、プレイヤースキルの差がかなり出るクラスだ。
ソロとしても人気の職だが、本当に“上手い”盗剣士は、
あらゆる場面に対応できる遊撃手として大規模戦闘において輝く。
そして彼女は黒剣でも屈指の“上手い”盗剣士だった。
それ故にこの場にいる彼らは全員が認めている、
彼女は一級品の廃人…黒剣騎士団の一員だと。
「…すみません!お待たせしました!」
そして、扉から彼女が出てくる。
「なっ!?」
その姿に驚いた声を上げたのは、レザリックだけだった。
「おう。流石に声が可愛いだけあって、見た目も可愛いな!」
「装備は全部元のままなんだな。まあ、当たり前っちゃ当たり前だけど」
「まあ、僕はよく分からないけど可愛いんじゃない?」
「三次元だしな。まあ、こんなもんだろ」
「ま、ユーミルも女同士と判明した以上は、女組だね!
タダでさえ男所帯だからね、うちは。今までどおり仲良くしようぜ!」
「え?姉御って実質おと…うおお!?あっちー!?」
若干一名うかつな発言で焼かれつつも、おおむね好意的に彼女は受け入れられる。
彼女は元の姿からは似ても似つかぬ…だが、声には良くあった、美しい姿だった。
非戦闘時のMP回復を早める、ハゲ頭を覆っていた特殊な墨で染められた
魔法のバンダナはリボンに姿を変えて明るい髪色に落ち着きを与え、
筋骨隆々の姿を強調していた、ピッタリとした天女が織ったと言う
秘宝級の布鎧は彼女の均整の取れた肢体を浮き彫りにする。
もとはごつかった手を覆う、絹のように滑らかな手袋は彼女の指の細さを強調し、
両の腰に下がっているのは、かつて大規模戦闘突破時、
“百人斬り”を達成したMVPとして渡された、
今では彼女にしか扱えぬ、相変わらずの幻想級の剣が二本。
昔は大木のようだった、今はほっそりとした足は足音を殺して回避率を高める、
亡霊の村のレアドロップのブーツに覆われている。
それはまさに…彼女が“百人斬り”ユーミル以外の何者でも無いことを示す姿だった。
「…さてと、ユーミル。てめえに3つ質問がある」
重々しい、アイザックの声が響く。これは、儀式だ。
ユーミルがこの先やっていけるかを確認するための。
「…はい」
それがユーミルにも分かっているのだろう。
真面目な顔で頷く。
そして…確認が始まる。
「1つめ…性能は、どうだ?」
「はい!全然変わってません!Lvも90!スキル構成も装備もそのままです!」
「よし。性能ダウンは無し、と。たりめーだな。2つめ。スキルは使いこなせるか?」
「はい!2時間かけて確認しました!全部普通に使えます!
それどころか自由度まで上がってます!団員の皆さんが言ってた通りでした!」
「よし!じゃあ、最後だ…てめえは、この世界でもモンスターをぶっ殺せるか!?」
「当たり前です!私は、黒剣騎士団の百人斬りです!
私が殺らなきゃ誰が斬り込みやるんですか!?」
怒涛のような問答。それに全てノータイムで答えきったユーミル。
「…合格だ!これからも頼むぜ斬り込み担当!」
バンバンと肩を叩き黒剣騎士団の幹部の1人を受け入れる。
「…はい!よろしく、お願いします!」
肩に走る痛みと、安堵から涙混じりにユーミルが頭を下げる。
「良かった良かった。俺らのログイン率7割っつってもユーミル抜けたら
戦力がかなりダウンすっからな」
「だよな。手当たり次第新しく勧誘すんのもウチの柄じゃねえしな」
「あ、でもセガールとかなら勧誘しても良くない?」
「ねえよ。アイツ自身はともかく他は素人混じってるもんあのギルド。
アイツ、ギルメンは絶対見捨てないお人よしだし」
「まあ、あたしらはあたしらで殺るだけさ!
24時間営業なんて、怖いけどワクワクするしね!」
「おーい、レザリック~…回復してくれ。つーかいつまで固まってんだお前?」
仲間たちも同意し〈大災害〉を乗り越えて、黒剣騎士団は新たな時代を迎えた。
…TVなんて年単位で見てない連中揃いだった彼らであったが故に、
気づいたのは、レザリックを含めたごく一部だけだった。
「…声でもしかしたらと思ってたけど、ユーミルって…
マジでアイドルの倉橋ゆみる?」
彼女が、幼い頃から活動を続け、そしてついにここ1年で大ブレイクしたと言う
人気アイドルであることに。
『第10話 従軍司祭のクローディア』
1
マイハマ近衛騎士団とはLv50以上の選ばれし精鋭たち24人で構成された、
マイハマの懐刀である。
彼らの大半は、名だたる武門の貴族の子弟。
構成人員の半分以上は古くから家に伝わる騎士剣と盾、
そして騎士鎧に身を包んだ守護戦士だが、幾ばくかの例外もある。
例外の1つ目は、妖術師や付与術士と言った、魔術師。
強力な魔法の使い手である彼らは、マイハマでは騎士に次ぐ地位を持つ。
灰姫城には常にLv50を越える宮廷妖術師が側に侍ってコーウェン家を守護し、
魔術の都ツクバなどから招かれ、騎士団に参加する魔術師は意外に多い。
それは近衛騎士団とて例外ではなく、近衛騎士団は現在4名の才に恵まれた
魔術師を要している。
例外の2つ目は、傭兵。
今から20年ほど前、近衛騎士団にとって悪夢とも言われる『狐狩り』の後、
完膚なきまでにへし折れた懐刀を見て臆し、
有力な武門貴族からの入団拒否が続出した。
それにより足りなくなった刃の握り手を補うために、
コーウェン家は極めて優れた技量を持つ傭兵にもその門戸を開いた。
厳しい試験を乗り越え、入団を果たしたものには誰であろうとも
継承権の無い騎士爵と、最上級の武官に相応しい充分な俸給を約束し、
有力な傭兵達を招いたのだ。
無論、最低でもLv50を要求する騎士団への入団試験を乗り越える傭兵など
ほとんどいないが、それだけにそれを乗り越えてまで入ってくる傭兵は、
才能と経験を併せ持った精鋭ばかり。
彼らの実戦で磨きぬいた技術と知恵は近衛騎士団でも重宝されている。
そして例外の3つ目、従軍司祭。
騎士団の癒しの担い手にして、騎士団で唯一“女性”であることが
許される兵種である。
古くより、癒しの技は女性に使い手が多い。
それは癒しを司る神が女神だからであり、
癒しの技に長けた修道院は女性にも平等に開かれているからでもあり、
何より貴族の女性が男性の添え物にならずに住む唯一の道だからでもある。
彼女らの癒しの技(無論、男性の方が多いが)はちょっとした傷や病から、
時に一刻を争う大怪我までをも癒す。
そして戦場に赴いて戦い、傷つくことが仕事であるとも言える騎士達を支える。
騎士団に加わっている回復職、従軍司祭は伝統と栄光のある役目であり、
立派に騎士の一員とされる。
女性だからと言って馬鹿にするものなどいない。
騎士たちは知っているのだ。
彼女らこそ、厳しい戦場を生き残るための文字通りの生命線だと。
第4小隊所属、クローディア=L=アルテリナは、近衛騎士団の従軍司祭である。
古くから多くの聖職者と癒し手を輩出した、法衣貴族の名門、アルテリナ家の次女。
聖なる魔よけのティアラをつけた、ゆるく波打つ濃い目の茶色の髪とはしばみ色の瞳、
若々しい鹿のような鍛えられた肢体。
かつて、アルテリナ家の聖女を自らが老いて死するまで守り続け、
死した後もアルテリナ家を守りたいと望んだと言う〈一角馬〉の革を使った
家伝の純白の革鎧に、聖別された絹糸で編まれた外套。
左の腰には美しい細工の施された、小ぶりだが強力な魔法の込められた琥珀の戦槌。
魔術の才と肉体能力の両方に恵まれており、齢19にしてLvは51にもなる。
2年前、僅か17で近衛騎士団に入団した彼女は今、大きな転機を迎えていた。
クローディアの白馬と並ぶ、栗毛の美しい戦馬。
乗っているのは、クローディアと同じ年、
騎士団から貸与された、青い魔法銀製の鎧を着込んだ茶色い髪の青年。
上級騎士ダグラス=エンフィールドは第4小隊所属、
近衛騎士団の同僚にしてクローディアの幼馴染である。
彼は馬を駆りながらクローディアに話しかけた。
「なぁ、クローディア。聞いたか?」
「あら、なにかありましたの?」
クローディアが尋ねる。
元々下級貴族に近い騎士爵の家の出である彼は、
平民と貴族、人間族と異種族と言った垣根を気にしない。
それゆえに耳が早く、女性として、名門貴族として敬して遠ざけられる
クローディアよりも様々な情報に通じていることが良くある。
果たしてダグラスは、近衛騎士団に関する情報をクローディアにもたらした。
「今度、アキバから冒険者が来るらしいぜ…近衛の教官として」
「まぁ…」
少しだけ驚くが、このマイハマならばありうる。
クローディアはそう考えた。
マイハマの騎士団は、他の領主や騎士団からは恐れと侮蔑を込めて
“貪欲なる騎士団”と呼ばれている。
と言っても略奪などを積極的に行うわけではない。
彼らが貪欲なのは…“強さ”に対して、である。
20年前、旧態依然としていた古い近衛騎士団が完膚なきまでに
壊滅したとき、それを戦訓として、騎士団は変わった。
より強くあれ。民草を守るために。
その言葉の下、伝統ある装備も予算と性能の両面から見直しが進められ、
強力な家伝の装備を持たぬ、傭兵や下級騎士出身のもののために
近衛騎士団にも騎士団共用の魔法銀製の武器防具を揃え、
今まで軽視されていた弓の運用を研究する。
そういう騎士団なのだ。マイハマの騎士団とは。
それ故に騎士達には知っている。
マイハマが、より強くなるためにアキバの様々なものを取り入れようとしていると。
「ありうる話、ではありますわね」
「ああ、この前は下級の兵士の何人かに日帰り商人から買った
魔物武器の槍と弓が渡されたと言うしな」
マイハマにおいても5月革命の影響は様々なところに現れていた。
商店にはアキバからもたらされた“輸入品”が並び、
貴族の間では食を初めとした冒険者の品が大流行。
庶民の間には冒険者の1人『マイハマの賢者』がもたらした
様々な知識が野火の如く広まっている。
その波は彼ら騎士団をも例外なく飲み込もうとしていた。
「ロクな技術も無いうちは、装備のよさが命を決めますものね。
そして私たちほどの実力があるものなら…」
冒険者の魔物武具を筆頭とした装備。
それは大地人としては最高位の戦士たる彼らには余り意味が無い。
大抵が武門の名家の出である彼らの家伝の装備は、
どれも彼らが使いこなしうる範囲で最高位のものばかりだ。
故に、真に求められるのは…
「その実力を使いこなすだけの知恵を鍛えろと言うだな」
「ですわね」
チョウシの町の奇跡。
近衛を含めたマイハマの騎士団の間で囁かれる、
Lv30の冒険者が10倍を越える数の亜人どもを打ち倒し、町を救ったと言う奇跡。
それを成し遂げるだけの知恵を得られれば、彼らは更なる飛躍を遂げる。
圧倒的に数で勝る亜人を打ち破り、生存圏を拡大することも可能となる。
その自覚を若くして持っているからこそ、彼らも密かに心を決める。
冒険者から、学ぶことを。
…彼らはまだ、知らない。やってくる、冒険者の上級騎士がどんなものであるかを。
2
静寂が、辺りを包んでいた。
みなが理解できなかった。
冒険者の上級騎士を貴君らの戦術の講師として招いた。
全員参集し、冒険者の戦術を学ぶように。
そう聞かされ、やってきた…はずだ。
だが、目の前に立っていたのは…1人の少女。
「みなさん!こんにちは!私は黒剣騎士団のユーミルと言います!
クラスは盗剣士と剣聖。共にLv90です!至らぬ所もあるかと思いますが、
どうぞよろしくお願いします!」
よく通る美しい声で、その少女…ユーミルが皆に挨拶をする。
年頃の姫君の…否、貴族の作法すら知らぬ庶民の娘のような挨拶。
身にまとうは高位の防御魔法が施された革鎧と、魔法銀製の剣が2本。
…共に借り出された近衛騎士団の“備品”だ。
装備Lv40を要求するそれを纏える以上、相応の技量はあるのだろうが、
とてもアキバの精鋭騎士団の上級騎士には見えなかった。
「…シグムント様。これは、どういうことですか?」
最初に衝撃から抜け、近衛の騎士団長であるシグムント=イルズベルドに
聞いたのは、金髪と眼鏡が印象的なシグムントの従者兼付与術士、
スティーブ=アールデイルだった。
「…私も今朝方聞かされた。間違いなく、このしょ…失礼。レディこそ、
紛れも無く黒剣騎士団の上級騎士が1人“百人斬り”ユーミル…だそうだ」
その問いに苦い顔をしてそろそろ黒髪に白いものが混じり始めた騎士団長が答える。
信のおける文官が直々にアキバに赴き、スカウトしてきたと言う、
冒険者の中の冒険者たるハイジンでもある上級騎士。
普通なら冗談と思って笑うか怒るべきか迷うところだが、
仰ったのは他ならぬ主君、セルジアット公だ。
主君の言葉に異を唱えることなど出来ない。
そして、全員が困惑して、静寂が続く。
「…ふむ、ではまず、証明をして頂くのはどうでしょう?」
困惑の静寂を打ち破り、一つの声が上がった。その言葉を発したのは。
「…ジロ卿。どういうことかな?」
総髪にした明るい茶の髪と、すっきりと鍛えられた無駄の無い身体。
この騎士団唯一の狼牙族にして、元、高名な魔物狩り兄弟の弟。
“傭兵枠”筆頭の武士、ジロだった。
「このままでは、私も含め、近衛騎士団の方々も納得いかないでしょう。
幸いLvならばスティーブさんが鑑定できます…ユーミルさん、よろしいですか?」
かつて魔物狩りの兄弟として名を馳せ、盗剣士の妻と娘を持つ彼の勘は言っている。
目の前の盗剣士は、恐ろしく強いと。
だが、彼の予感だけで騎士団の全員を納得させることなど出来ない。
それゆえの提案だった。
「分かりました。問題ありません。でも鑑定ってどうするんですか?」
ユーミルが首を傾げる。
「ええ、シグムント団長の従者であるスティーブさんは〈鑑定官〉の技術を
持っています。彼ならば、ユーミルさんのLvなどをこの場で知ることができます」
「はい?鑑定官?」
「…ええ、そういう技術があるんですよ。大地人には」
騎士団や傭兵にとっての常識をユーミルが知らなかったことに苦笑しながら、
ジロは言葉を返す。
Lvやアイテムの性能などを見極める鑑定は、
大地人にとっては立派な専門職の技能である。
そして、即座にLvや能力を鑑定する術は戦場でも有効な技術なので、
規模の大きい騎士団や傭兵団には大抵〈鑑定官〉の技術を持つ
団員がいるものなのだ。
「…そうだな。スティーブ。鑑定を。レディ・ユーミル。よろしいですかな?」
勝手に鑑定しては失礼に当たる。シグムントは許可を求める。
「はい。どうぞ」
「では…失礼して…!?」
ユーミルの許可を得て、スティーブが鑑定し…
その結果に、スティーブは息を呑んだ。
「間違いありません!ユーミル様はLv90の盗剣士にして剣聖です!」
驚きながら結果を報告する。
その言葉に、騎士団がざわめく。
―――なんと。あの少女がLv90だと!?
―――いや、冒険者なら、あり得るのだろう。
冒険者にとってLv90とは普通だと言うからな。
―――本当にLv90たる実力があるのか?
―――チョウシの奇跡を成し遂げたのは、Lv30にも満たぬ冒険者たちなのだろう?
ならば、戦の強さとLvは必ずしも一致しないのでは?
あちこちから、騎士たちの声が上がる。
半数以上が疑問の声だ。無理も無いが。
「ダグラス、貴方はどう見ますの?」
「…わかんねえ。同じLvだからって強さも同じとは限らねえしな」
ちらりと、この騒ぎの元凶であり、今は澄ました顔をしているジロの方を見る。
ダグラスは一度としてジロに訓練の一騎打ちで勝ったことが無い。
ダグラスとて一般の騎士から2年でこの近衛騎士団に抜擢された才能の
持ち主であり、厳しい訓練と実戦を重ね、Lvも同じ52にも関わらず、だ。
「とにかく、Lvが高けりゃ強いってのは違うと思う。だから、わかんねえ」
それと同じことが目の前の少女に言える。
Lvと戦の技術は別物だ。故にLvがいかに高くとも、
それに相応しい技術を持っているのかは、不明だった。
一方のユーミルはと言えば。
「ええ、ですよね。むしろ安心しました。
ただLvが高いだけで強いと思う人たちでは、教え甲斐がありませんから」
笑顔で肯定して頷いていた。
ユーミルは内心喜び、安堵する。
最悪の予想より、大分このギルド…騎士団は強いと分かった。
ならば、こちらも本気で応えねばなるまい。
そう思い、ユーミルは兼ねてから準備をしていた提案を行う。
「一番強いのは…シグムントさん、私と一騎打ちをしませんか?
条件は…そうですね、どちらかのHPが20%を切ったら負けで」
ユーミルの言葉に、その場にいた全員を衝撃が走った。
「い、一騎打ちですと!?しかし…」
戦闘の技術がどうなのかはともかく、相手はLv90。
Lv差が30以上もあっては、一方的な力押しで終わるだけで
まともな勝負にはならない。
だが、ユーミルは笑顔を崩さずに言う。
「もちろん、このままでやったら誰も納得しません。
こっちは師範システムでLvをシグムントさんに合わせます。こんな風に」
ユーミルが言った途端、気配が弱まった…気がする。
「…スティーブ、Lv鑑定を」
シグムントがスティーブに再度鑑定を促す。
「了解しました。Lvは…!?盗剣士Lv58,剣聖Lv58です!団長と同じく!」
変わらぬはず、そう思い込んでいたスティーブが目を見開いた。
「なるほど、冒険者の秘術にはそのようなものまで存在しているのですな」
納得する。今、目の前にいるのは自分と同等の技量を持った、
冒険者の剣士。
そして…
「スティーブ、剣を…鍵の剣を持ってきてくれ」
従者に本当に厳しい任務のときだけ使うようにしている自らの愛剣…
近衛騎士団長の証でもある、マイハマの秘宝を持ってくるように伝える。
微塵の油断も無く、全力で戦うために。
「鍵の…!?本気ですか!?」
スティーブが思わず息を呑んだ。
シグムントの纏う鎧は家伝の魔法の鎧。
盾も、魔法銀に魔よけの宝石をあしらった最高級の特注品。
それにマイハマの秘宝たる鍵の剣をあわせれば、Lv60にも相当するほどの力となる。
現在のLv58と言う技量から見ても大分劣る、備品の剣と鎧を使っているユーミルとは、
実際のLv以上の差がつく道理だ。
「もちろんだ。女性で、Lvが同じ…その程度で舐めて掛かるつもりは無い」
シグムントは感じ取っていた、ユーミルの余裕から、Lvを越えた強さを。
それが、近衛騎士団に入って25年目を迎えたシグムントにとある記憶を
思い出させていた。
「…私の臆病をお笑いください、レディ・ユーミル。本気で行かせて頂きます。
以前、女性を侮った結果、仲間を20人失ったことがありますゆえ」
余りに苦すぎる思い出。今でも時々夢に見て、うなされる。
仲間の無残な死に様と、無様に命乞いをして生き延びた時に見た、
美しい金色の髪を持つ、雌狐の顔。それが囁いているのだ。
―――全力でやれ…あの時と同じ想いをしたくなければ、と。
「はい。もちろんです…むしろ、これくらいの条件で私が負けるようなら、
私の教えなんていらないでしょう」
技量は同等、装備は劣る。
その状態でなお、ユーミルは焦りを見せない。
彼女もまた、本気で見極めるつもりで居た。この騎士団…ギルドの強さを。
「団長…お持ちしました。鍵の剣です」
「うむ」
シグムントが巨大な鍵のように見える、マイハマの秘宝たる片手剣を構える。
左手には盾という、正統派の守護戦士スタイル。そして…
「行きますぞ!」
一気に駆け上り、斬りかかる!
「…それは減点対象です!」
素早くかがみこんで横に飛び、シグムントのクロススラッシュを交わす!
盗剣士のスキル〈リフレクションブースト〉
神経を瞬間的に加速することで回避力を爆発的に高めるが、
効果時間が1秒しか無いため、まさに攻撃を喰らうその瞬間に
タイミングを合わせないと意味が無い、
使いどころの難しい技をユーミルは容易く使いこなして見せた。
「なに!?」
「守護戦士なら、後の先を狙うべきです!
どの職業でも相手の攻撃した後の硬直時間中に攻撃すれば
命中率が跳ね上がります!守護戦士の最大の武器はその堅さ!
真っ向からの単純な殴り合いなら、最終的に立ってるのは守護戦士です!」
そう言いながら、クロススラッシュをかわして生んだ隙を狙い、
ユーミルは技を放つ!
「…〈マルチウェイ・ライト〉!」
一息で片手の武器で複数回斬りつける、盗剣士の基本技。
奥伝に達しているその技は4度の斬撃を一瞬で繰り出す。
更にそれに重ねるは。
「〈マルチウェイ・レフト〉!」
左の斬撃。同じく4回。計8回。
「ぐぅ!?…〈シールドウォール〉!」
2撃目でようやく硬直が解けたシグムントが盾を構えてギリギリで受け止める。
「中々やりますね!ならば、これはどうです!?〈ニーブレイク〉!」
流れるようにシールドの下、足を狙う!
「ぐぅ…!?」
膝に走った鋭い痛みに、シグムントの動きが鈍る。
その瞬間。
「おのれ!?逃げるか!?…足が!?」
バックステップで距離を取ったユーミルを追おうとして足の痛みに動きが止まる。
「〈ニーブレイク〉は2秒間の移動不可と15秒間の移動力低下の追加効果があります!
距離をとる時には追えないようにこれをあわせるのが基本!
守護戦士は攻撃をかわさない分、このように追加発生型のデバフに弱いの
で注意してください!そして盗剣士が距離を取ったら、この技の可能性が高い…
〈スラッシャーダッシュ〉!」
僅かに稼いだ距離を全力のダッシュで一瞬で詰めながら、剣を交差させて振りぬく。
「くっ…〈パワースラッシュ〉!」
ユーミルの言葉から動きを予測したシグムントはその瞬間を狙い
とっさに剣で斬りつける。
これは引き分け。互いにある程度のダメージを追った。
「っつ…!?やはり秘宝級、攻撃力は火力職の私と同等ですか!」
「たやすくは負けませんぞ!マイハマ近衛騎士団の団長としても!
1人の武人としても!」
「いい心構えです!でしたら…〈ピアッシング・ショルダー〉!」
今度は敵から力を奪う鋭い突きを右肩に向かって放つ!
「…させるか!〈ストーン・オブ・キャッスル〉!」
攻撃力と言うアドバンテージを失うわけには行かず、
シグムントは切り札を切った!
あらゆるダメージを無効化する、守護戦士の奥義。
それはユーミルの剣を容易く弾き…その様子にユーミルは笑みを浮かべる!
「…失敗しましたね!」
「戯言を!?」
無敵の10秒間、それを生かすべく全力で攻撃を繰り出す!
ユーミルとてさるもの、防戦一方となり相当数を交わすが、
何発かは当たり、HPを失っていく!
「どうやら、私の勝ちのようですな!」
このまま押し切れば、HP残り20%…シグムンドは勝ちを目指し攻撃を続ける。
「4…3…2…1…」
徐々に減っていくHPにも焦らず、ユーミルはゆっくりと時を待つ。
…そして!
「…0!〈ダンス・オブ・ブラッディ〉!」
「なに…!?」
先ほどとは比べ物にならないほど重く早い連撃に、盾を弾かれ、体勢を崩される!
「一騎打ちでは〈ストーン・オブ・キャッスル〉は、
確実に相手を倒せるタイミング、最後の詰めで使う切り札です!
アレがもう無いと分かればこちらも切り札の〈ダンス・オブ・ブラッディ〉を出せます!
それにもし〈ストーン・オブ・キャッスル〉を使われたら10秒後まで待てばいい!
特に効果が切れる瞬間は狙い目です!」
そのまま体勢を崩した団長に、ユーミルはとどめの一撃を見舞う!
「…これで」
その刃が2度、シグムントの身体を捕らえ…
「…残りHP19.9%。私の勝ちです」
剣を収めて、勝ちを宣言した。
「…お見事。私の、負けです」
がっくりと膝を突き、負けを認める。
完全な敗北だった。
「まさか…団長が負けるなんて…」
「Lvは同等だったのだろう?ならば装備を考えれば団長の方が有利では…なのに」
若き騎士たちに動揺が広がる。
ジロを含めて騎士団の中に団長に1人で勝てる剣士などいない。
恐らくは例え同レベルであっても。
それを装備と言うハンデをつけて打ち破ったユーミルに、圧倒されていた。
「これが冒険者の…ハイジンの騎士…」
ダグラスもまた、圧倒され、思わずその言葉を漏らす。
冒険者の中の冒険者『ハイジン』
ダグラスも、昔から何かと世話になっているとある文官から
話に聞いていただけの存在だったが、その存在を目の当たりにして
ようやくそう呼ばれる理由を真の意味で理解していた。
「…クローディアさん、私とシグムントさんに〈大回復〉を」
昨日、フィリップに頼んで用意してもらった近衛騎士団全員の
略歴で紹介されていた、天才だと言う施療神官に回復を促す。
「わ、分かりましたわ!」
クローディアはそれに答え、慌てて回復術を施す。
敗北したのは団長だが、ユーミルとて相当なダメージを負っていた。
互いに真剣で斬りあったのだ、無理は無い。
「…ありがとうございます。レディ・ユーミル。随分と勉強になりました」
肩で息をつきながら、シグムントは教授に対して礼を言う。
「はい?どういうことですの?団長?」
完全な一騎打ちでの敗北。
それに対して礼を言うシグムントに、クローディアは首を傾げる。
「先ほどの戦い、レディ・ユーミルは丁寧に教えてくれただろう?
…自らの手の内と、冒険者にとっての守護戦士の定石をな」
騎士団の騎士たちがユーミルの言葉を思い返してあっと声を上げた。
「剣の腕前も見事だが、それ以上に知識と経験が深い。
…なるほど、冒険者とは、恐ろしいものですな」
シグムントも思い返し、敬服した。
近衛に入る前を含めれば30年以上騎士団にい続けた自分でも
把握しきっていなかった、守護戦士の能力と弱点をどこで学んだのか
ユーミルは完全に把握していた。自らは一切使えぬはずの、その技を。
余りに深い戦の知識と、それを戦に応用できるだけの経験と知恵。
それはまさに冒険者の恐るべき用兵術の片鱗だった。
「レディ・ユーミル。お頼みします。
大地人の我らに戦うための技と知恵をお分けくださいませ」
懇願しつつ、彼は極めて冷静に考えていた。
この少女に戦を教われば、どれだけ自らが、団が強くなれるかを。
20年前、生き残るためにそれまで信じていたものを
全て捨ててしまったが故の徹底した現実主義。
それがシグムントを精強なる近衛騎士団で団長たらしめている、才能だった。
「任せてください。シグムントさん。報酬も魅力的でしたが、
私がこのクエストを引き受けたのは“廃人”としての私を欲してくれたからこそ。
ならば全力で応えるのが、礼儀ですから」
それにユーミルもまた応え、彼ら近衛騎士団とユーミルの1ヶ月の訓練が始まった。
3
訓練の最初の1週間は座学であった。
団員全員が会議用の大きな部屋に集められ、騎士たちに1冊ずつ本が用意される。
500ページにも及ぶ分厚い本。
それが人数分用意され、配られた。
「…これは?」
「アキバでホネスティが作成した『スキルガイドブック』です」
シグムントの問いかけに、ユーミルが答える。
スキルガイドブック。
円卓会議成立直後、知識の共有化を理想として掲げるホネスティが大災害直後から
密かに編纂していたものを公開した、メインクラスのスキルを全てまとめたものである。
この本にはスキル1つ1つの効果、威力、射程、消費MP、追加効果とその発生確率、
再使用制限時間、使用後硬直時間、召喚師の高位召喚獣との契約など
特殊なスキルの習得方法などが各取得段階ごとに分けられて記載され、
果てはそれを利用した一般的なプレイヤースキルまで網羅していると言う、
アキバでは初心者から廃人まで、戦闘系の冒険者必携の書である。
ユーミルも自分用のもの…
付箋と書き込みだらけでボロボロになったそれを掲げながら、言う。
「いいですか?まず、味方のことを知ってください。
ここに書いてあるのはメインクラス12職の持つスキルです。
自分に関係ないものまで全部覚えろとは言いませんが、
少なくとも自分を含めた団員のスキルは全て把握するようにしてください。
最初は自分の使用できるスキルと習得度の書き出しを行い、
その上でその本に書かれている自分のスキルの内容を熟読するところから
始めると良いでしょう」
「…待て、何故下賎の暗殺者の技など学ばねばならぬ!?」
確認を始めた1人の騎士が、その内容に驚き混じりの不満の声を上げた。
それにユーミルは表情を動かさず、即答する。
「下賎だろうとなんだろうと、使い手がいるからです。
大地人の場合、味方になることは珍しいかも知れませんが、
敵に回すことはあるでしょう?彼らの〈絶命の一閃〉は強力ですよ。
下手に喰らえば、後衛職なら一撃で死ぬこともあります」
「まぁ…そうなのですか?」
その言葉に真っ先に反応したのは従軍司祭の長、ソフィア=セングウジだった。
まっすぐな黒髪と涼しげな目元、そして身に纏う巫女服が印象的な彼女は
マイハマをモンスターから守る結界作りを担う神祇官一族の女性当主。
2年前、跡継ぎを7つまで育て上げ、齢25にして近衛騎士団に参加した彼女は、
女性らしからぬ知性の輝きと経験を併せ持った従軍司祭の筆頭である。
「はい。私も昔、アイギアと言う場所で暗殺者の群れに殺されたことがあります。
2回ほど」
「アイギア…まさか、あの亡霊の村の!?」
吟遊詩人の歌の定番となっている舞台の名にソフィアが目を見開く。
その反応に知ってると判断して、ユーミルは続ける。
「はい、そこです。あそこの暗殺者…〈狐面忍者〉の火力は狂ってます。
Lv90の守護戦士でも援護なしだと10秒持ちません。
私たちも2回全滅して、ボスの服部半蔵を倒したのは3回目の挑戦の時でした。
〈D.D.D.〉は2回目でヤマト内最速で突破しましたから、随分と悔しがったものです」
あの頃、まだただの廃人だった頃のことを思い出しながら、ユーミルが遠くを見る。
「…本当に、ユーミル様はハイジンと呼ぶに相応しい冒険者なのですね」
一方のソフィアはなんでもない思い出話のように大地人の間では、
半ば伝説として語られている歌の登場人物であると言うユーミルに驚く。
半蔵が何度か蘇り、そのたびに冒険者の騎士団に倒されたことは知っていたが、
それを目の前の騎士は為したという…2度の全滅と死を乗り越えて。
ダグラスから聞いた、不老不死の存在たる冒険者、
その中でも最高位の強者たるハイジン。
ユーミルはそう呼ぶに相応しい存在であることを改めて思い知らされた。
「それでは、始めてください」
ユーミルに促され、騎士たちは一斉に自分のスキルの確認から始める。
紙に自らの習得したスキルとその習熟を書き上げ、
目次を調べてそこから本を読んでいく。
「…俺の技は極まるとこれほどになるのか…」
「…守りの技が揃った守護戦士の本道は、味方を守る盾。
そうか、だからユーミル嬢は団長の先制攻撃を悪手と言ったのか」
「…なるほど。父の言っていた、黄泉路の見切りの真髄とはこれですか…」
「毒薬を煽り、デモンズペインの威力を限界まで引き出す!?
恐ろしい、冒険者とはこのような技まで駆使するのか!?」
「なるほど、あえて妖術師や暗殺者に結界を張って、一時的な囮に、ね。
ただ前衛に飛ばせば良いってもんじゃないのね」
「…本当に惜しい。かつて手元にこの本があれば、
あそこまで無様な醜態を晒すことも無かったかもしれないのに」
彼らとて高い教育を受けたか命を振り絞って経験を重ねたエリート中のエリートだ。
皆、一度初めてしまえば一様に引き込まれ、食い入るようにガイドブックを読む。
全員が新たな発見があった。それは、クローディアも同様だった。
(凄い…施療神官とは、ここまでの力を持つものなのですのね)
強力な即時回復能力と、比較的重装備も可能な装備制限。
そして、それらを補佐する、守りや攻撃にも使える各種スキル。
施療神官とは、ソロでも小隊でも活躍できる回復職の王道。
ただ、後ろで漫然と回復の術を使っていたのでは分からない世界が広がっていた。
そして、冒険者向けの用語の解説やそれぞれのスキルの解説、
そのスキルを使う“定石”の説明。
各クラスの詳細な説明と彼らが持つスキルを使った連携の手法、前衛後衛の概念、
何をするか、何をして欲しいかをきちんと声に出すという小隊戦の基本…
多岐に渡る戦闘の“講義”を夜明けから日暮れまでみっちりと行い続けて5日目。
用意していた座学を一通り終えた後、昼食を挟んで試験が行われた。
「いいですか?今回の試験は各小隊の指揮役を決めるためのものです。
私は冒険者ですので、生まれや育ちなどは一切考慮しません。
成績と適正のみで決定します。
特に最終問題は、指揮役を決める上で最も重視します。
しっかりじっくりと考えてください。
指揮役は全員が選ばれる可能性がありますので、手を抜かずに受けるように」
そんな言葉と共に始まった試験。
それは5日間の講義の集大成に相応しい問題が並んでいた。
最初の設問は、各スキルの知識。
12クラスの特に重要なスキルに関しての問題が出された。
次の設問は、状況把握。
説明された状況で、各々がどう動くべきかを問う。
3番目の設問は、同じく、状況把握。
ただし今度は“小隊”がどう動くべきかを問う。
そして、指揮担当を決定する上で最も重要視していると説明を受けた、
最終設問は…小論文。
(…現在の小隊6人で〈牛頭鬼〉(ミノタウロス)1体と戦う場合、
出来うる限り死人を出さないように小隊を指揮をせよ、ですか…)
クローディアが見つめている問題文の下には牛頭鬼の詳細なデータが記されている。
牛頭鬼。パーティーランクLv50。
牛の頭を持つ高位の亜人で、3mに及ぶ巨体と、それに見合った大きさの
斧を持っている。
基本的な攻撃手段は物理攻撃のみだが、攻撃力は極めて高く、後衛職が喰らえば
あっという間に命を落とす上に、巨大な斧の一撃はリーチも広い。
物理的な防御力も高く、魔法にも一定の耐性がある。
また、見た目に反して知能も意外と高く、そちらの方が脅威度が高いと判断すれば、
目の前の前衛を無視して後衛を襲うこともあるし、その咆哮には一定確率での
麻痺効果がある。
その状況から、相手の動きを予測して、死人を出さずに
撃破するに至るまでの筋道を説明する。
難問であった。
事実、それまで快調に応えていた騎士団の面々が一様に筆を止め、考え込む。
「…なるほど、最終問題に相応しい難問だ」
「そんなこと可能なのか…?いや、僕の使える付与術士の魔法を駆使すれば…」
「…5年前の狩りと似た状況ですね。
あの時は2人死にましたから、その反省を生かすと考えると…」
「うっわ。厄介な相手ね…でも、神祇官の結界なら…」
「うちの部隊なら…要はクローディアだな。あいつの回復が、恐らく勝敗を分ける」
その中で、手探りながら、何人かの騎士が小論文を書き始める。
(恐らく、大事なのは動きの予測と対処。牛頭鬼が私たちに都合の良いように
動くと考えてはダメ…むしろ私たちに都合が悪いように動くと考えるべきですわ…)
戦場では、楽観的に過ぎる予測は自らの首を絞める自殺行為。
ユーミルが言っていたことを思い出しながら、少しずつ書きはじめる。
カラーン…カラーン…
クローディアが書き終えた丁度その頃、試験終了の合図としていた、
夕刻の鐘がなる。
「はい。みなさん記入を終了してください。結果は明日、発表します」
何枚かの羊皮紙にまとめられた回答を回収する。
これから、これらを“採点”せねばならない。
フィリップさんと…アンリエットさんにも手伝ってもらいながら。
(フィリップの“説得”がうまく行ったお陰で彼女はユーミルを歓迎してくれたが、
フィリップと2人きりになるのだけは絶対に許さなかった)
そして翌日。
結局徹夜に近い状態で採点を終え、少し眠そうにしながら、
騎士たちに結果を発表する。
「各小隊の指揮担当が決まりました。発表します」
細かい点数などは後回しにして、一番大事なところ、各小隊の指揮役の発表から。
「第1小隊…スティーブさん」
「第2小隊…ジロさん」
「第3小隊…ソフィアさん」
「第4小隊…クローディアさん。以上4名が各小隊の指揮を担当してください」
結果を受けて、一瞬騎士たちは静まり返り…
辺りはいきなり騒がしくなった。
4
「お待ちください!?僕が団長を差し置いて指揮官だなんて!?」
スティーブは狼狽しながらユーミルに尋ねる。
横目で、第1小隊の現指揮役…すなわち団長であるシグムントを見ながら。
「…いや、レディ・ユーミルの判断は正しい。
指揮を司るのは、これからの時代を担う若者であるべきだ。
…最も、私の従者、付与術士が指揮官なるとは思わなかったがな」
その結果を半ば予測していたのか、シグムントは落ち着き払って言う。
…他の、第2から第4小隊の元指揮役たちに不満を言わせないためにも。
「はい。筆記の内容で言えばシグムントさんのが多少上でしたが、
今回のお話ならば、こちらがベストかと。
それに付与術士はパーティ行動が前提で最も戦況の把握が求められる職業
といっても過言ではありませんし」
ユーミルが解説する。
アキバで最高の軍師…指揮役の一角足りうる青年も、ハーフアルヴの付与術士だ。
それに第1設問と第2設問で最高得点をマークした、
知識面での理解力の高さは経験を積めばいずれ武器になる。
「良いのですか?私は狼牙の武士。
元は一介の魔物狩りに過ぎませんし、年も今年で34になりますが?」
まだ30に満たぬ若い元指揮役の騎士から睨まれながら、ジロが涼やかに尋ねる。
傭兵枠の成り上がりかつ年嵩の自分を抜擢する理由が
純粋によく分からなかったのだ。
それにユーミルは丁寧に説明を返す。
「第2小隊の中で成績が図抜けていた…
騎士団で最も総合成績が良かったのがジロさんです。
若者優先はそうですが、アレだけ差があっては他は選びようがありません。
流石は経験豊富な…魔物狩り、でしたっけ?
とにかく、筆記の内容が振るってました」
第3,第4の設問、高得点を配分したその問題を、
完璧に答えて見せたのがジロだった。
スキル、能力、連携…果ては隊員同士の人間関係まで考慮したと思しき回答は、
ユーミルすら驚かせるほどの出来ばえ。
人生経験においてはユーミルにも勝るジロならではの回答だった。
「…ふふっ。“偽冒険者”の私が、冒険者に認められ、指揮を任されるとは。
兄や娘が聞いたら大笑いしそうな話だ」
その事実にジロは苦笑する。
かつて、武士兄弟の知性派と呼ばれ、兄を初めとした仲間の魔物狩りを
指揮していた身としては、やはり嬉しいものだった。
「いいのかしら?私、女ですわよ?前線にも立たない神祇官ですし」
ジロを指揮役に選べるユーミルならある意味当然と思いつつ、
ソフィアが一応確認する。それにユーミルはソフィアの予想通りの答えを返した。
「冒険者にとっては真に優秀な指揮官であれば、男か女かは重要じゃありません。
実際冒険者には〈D.D.D.〉の三羽烏や〈西風の旅団〉のナズナさんのように
女性の優秀な指揮官も多いです。
…それに、使う結界のタイミング指定が的確だったのは、高評価です。
ちゃんと〈牛頭鬼〉の行動パターンまで読んで考えて書かれていました。
上手い神祇官は策を考えて動かれると本当に手ごわいですから」
かつて黒剣騎士団として何度か辛酸を舐めさせられた、
1人の女性神祇官指揮官を思い出す。
特にシンジュクで鮮やかに妨害を成功させてユーミル含めた黒剣騎士団の精鋭を
全滅に追い込み、レッサーベヒモス狩りを失敗させられたときのことは、
今でも時々語り草となっているほどだ。
「…なるほど。つまり私は、常に策を考えて動くべき、なのですね」
「はい。ソフィアさんにはそれが向いてるかと思います」
スキルブックを読んでいたら湧き上がってきた、作戦の数々。
幾つかは修正がいるだろうし、穴もあるだろうが、
試してみたいと思っていたところだ。それが出来る地位を手に入れたことに、
心の中で笑みを浮かべながら、第3小隊の指揮役を拝領する。
そして…
「納得いかねえ!なんでクローディアなんだよ!?
年齢だって似たようなもんだし、筆記だって俺はちゃんと書いたぞ!
他の奴等のことも考えて!」
はっきりと不満を口にしたのはダグラスだった。
試験には、自分でもかなり自信を持っていた。
5日間、寝る間も惜しんで勉強を重ねた集大成として。
「そ、そうですわ!私なぞより、ダグラスの方がよろしいのでは!?」
クローディアもそれに同意する。
ダグラスがどれだけ努力して今の地位を手にしているかは、幼馴染として知っている。
だからこそ、ダグラスの方が相応しいと考えた。
「…何故か、ですか。今回は基本に従った結果なのですけどね」
2人の言葉に、ユーミルはその言葉を返す。
「「基本?」」
その言葉が理解できず、2人が同時に聞く。
ユーミルはそれに丁寧に答える。
「はい。正直に言いますと、ダグラスさんとクローディアさんは、
筆記の成績はほぼ同等でした。
どちらを選んでも、良い指揮官になれるでしょう」
実は、嘘だ。
純粋な成績なら…ダグラスの方が少しだけ上だった。
「ならばなんでクローディアなんだよ!?女だからか!?」
「いいえ。今回は性別は関係ありません。関係あるのは、クラスです」
しかしクラスを考慮すれば、答えはクローディア。
そう考えてユーミルは第4小隊の指揮役をクローディアとした。
「クラス…職業ですの?」
「はい。ダグラスさんは前線に立ってモンスターと対峙する守護戦士。
クローディアさんはそれを後方でささえる回復役の施療神官。
戦況全体を把握して、指示を出すのはどちらが容易だと思いますか?」
クローディアの疑問に、質問で返す。
その質問に、2人は同時にハッと気づく。
「ぐっ!?それは…」
「…私のほうが、容易かと」
そう、それは今までの授業から考えればおのずと分かる。
4人の指揮役のうち、ジロを除く3人までが
後衛職から選ばれていることからもそれは明らかだった。
「その通りです。基本的に指揮は戦況を見渡せる後衛が取るのが基本です。
うちのボスやクラスティさんみたいに前線に立ちながら
出来る人は本当に稀ですよ」
皆に…特に部隊の半数以上を占める守護戦士たちに言い聞かせるように、
ユーミルが2人を諭す。
「もちろん、指揮の授業は皆さんにも受けてもらいます。
時々は他の人に指揮を依頼することもあるかもしれません。
ただし、基本的に各小隊で指揮を取るのは今言った4人です」
そして翌週より、実戦訓練が始まった。
5
それから2週間。優秀な指揮官に率いられ、戦いの訓練を受けた騎士達は変わった。
あれから、ユーミルが知っていた数々のマイハマ近くの魔物の巣窟を渡り歩き、
彼らはモンスターを相手に戦闘訓練に明け暮れていた。
最初はLv30程の力押しで倒せる相手で戦術を磨き、
挑むモンスターのLvを徐々に上げ…
現在は彼らと同等、Lv50代のモンスターが住まう、
“名状しがたき魔海の揺り籠”を訪れ、
入り口付近で醜悪な水棲系モンスターや亜人との戦いを繰り広げていた。
「団長!前に出過ぎないよう注意ください!前衛が離れては後衛に攻撃が飛びます!
…全員、一旦下がって!〈アストラル・スフィア〉を使用します!」
スティーブの率いる第一小隊は、基本に忠実な、良い部隊となった。
堅実で手堅く、被害を減らすことを考え抜いた、守りの部隊。
戦い方としてはごく普通だが、恐らく強大な敵と当たったとき、
最も生き残る可能性が高い部隊はここだろう。
「クロード君!右手から魔物が3匹来ています!注意してください!
ギリアム君!正面の堅い魔物にはその巨大な戦斧が有効なはず、相手を頼みます!
左の魔物は私が…〈百間貫き〉!」
フォローが抜群に上手いジロの率いる第二小隊は、
逆に斬り込みを得意とする攻撃部隊となった。
傭兵上がりの盗剣士や騎士団の守護戦士を多く配置し、彼らが一気呵成に攻め抜く。
守りはジロが一手に引き受ける。
部隊の後衛である従軍司祭と妖術師の側には、第2小隊一の使い手であり、
指揮役でもあるジロ自身が鎧を着込み、前回の休みの日にアキバに船で赴いて
手に入れてきた強力な魔物武器の弓を持って、守る役を担っていた。
それはかつて、典型的な狼牙武士だった兄と共に20年間戦ってきたことで
培ってきたものの発展形。
新たな知識と、戦訓を生かして組み立てられた、熟練の用兵術だった。
「3秒後、クリスに〈禊の障壁〉を使うわ!守りはいらないから魔物を斬りなさい!
クリス、〈雷神の鎚〉で頭狙い!アンディはそれにあわせて!
…行くわよ!〈禊の障壁〉!」
ソフィアは稀代の策士としての才能を開花させた。
スキルガイドブックで得た知識を近衛騎士団で生かしているのはソフィアだ。
蓄えた知識を駆使した的確な指示と援護、それらを併せ持つ彼女こそ、部隊の女王。
女王に率いられた兵隊は、抜群の統率を見せ、戦況を形作る遊撃隊として
育ちはじめていた。
…そして。
「ツヴェルク!一旦お下がりになって!今、回復を…」
第4小隊はバラバラだった。
クローディアは他の3人と比べてややつたない。
手堅い指揮だが他の小隊にあるような特徴が無い。それに加え。
「待て!俺とアインも体力がやばい!
ここはその場にとどまって範囲回復の方が良い!」
実戦経験豊富なダグラスから、ダメだしが飛ぶ。
これ以上は危険と判断したダグラスがツヴェルクを庇いながら指示を出す。
「わ、分かりましたわ!〈エリアヒール〉!」
とっさにダグラスの言葉に従い、即時範囲回復の詠唱を行う。
だが、判断の遅れが危険を呼ぶ。
前衛が固まっている間に高位の〈深海蒼鬼〉(ディープワン)の
戦士が1体、前衛を抜けたのだ。
「しまった!?」
ダグラスが己の失策に焦る。その瞬間だった。
ピキィィィィィ!?
右目を羽のような短剣で貫かれ、深海蒼鬼が悲鳴を上げる。
その次の瞬間には。
「…〈スラッシャーダッシュ〉!」
聖剣と神剣の二刀で三枚に降ろされた深海蒼鬼が絶命する。
「…これで3回目です。第4小隊。今すぐ撤退してください」
本来の装備に身を包み、1人で近衛騎士団の小隊規模…
やりようによっては騎士団そのものをも1人で壊滅させられる力で持って
窮地のときのみ助ける役を担当しているユーミルが、
最初の説明どおり、努めて冷静に第4小隊に撤退命令を出す。
「まだ俺達はやれる!頼む…」
「そうですわ!もう少し、戦いを…」
「ダメです。これはLv上げではなく、戦闘訓練です。
私のフォローが3回もいるうちは危なくてまかせられません。
戻って反省点の洗い出しを。明日は休みですから、
疲れも取るようにしてください。お疲れ様でした」
一度言った事は曲げない性格のユーミルは
ダグラスとクローディアの必死の懇願にも、耳を貸さない。
「分かりました…申し訳ありませんでした」
「…クソ!第4小隊、撤退する!」
そして戦闘訓練の間は、ユーミルの言うことは絶対。
ダグラスたちは撤退し、いつものようにダンジョンの外で話し合いを行う。
だが、それにも覇気が無い。
ここ3日、第4小隊は即時撤退命令を受け続けている。
他の小隊が戻ってくるのは、次に早いであろう第3小隊でも2時間は後。
何より開始から2時間で撤退させられては、話し合うことも余りない。
ただただ、重苦しい沈黙が続く。
「…ックソ!なんで俺らだけが…」
泣きそうな声で言うダグラスの顔が、クローディアの目に焼きついていた。
「すみませんの。私がしっかりしていないから…」
「…いや、俺も悪いんだ。余計なことを言ってお前の判断を鈍らせた。
団長みたいにフォローに徹するのが俺の仕事のはずなのに…」
お互い何が悪いのかは分かっている。
だが、どうしても克服できていない。
それが、2人を余計に気まずくさせていた。
6
翌日。
クローディアとダグラスの2人は連れ立って馬を並べ、出かけていた。
「その…すまなかったな。折角の非番に」
「いいえ。ちょうど良かったですわ。1人でいたら1日中悩みっぱなしですし、
…それにうちにいては、また結婚の話で喧嘩になってしまいますの」
第4小隊全員を集めての、先ほどまでの熱い話し合いを
思い出しながら苦笑して、言う。
クローディア=L=アルテリア。19歳。
そろそろ結婚しないと貰い手がいなくなると言われるお年頃。
だが、クローディアにはまだ結婚する気は無かった。
折角従軍司祭の仕事も面白くなってきた頃だし、結婚するならば相手は…
「なんだよ。俺の顔になんかついてるか?」
「…なんでもありませんわ」
ため息と共に、言葉を飲み込む。
子供の頃は良かった。
“みぶん”も“いえのかく”も無く、仲の良いともだちでいられた。
いつか、みなのきずをなおす“せいじょ”になると言う少女に対し、
ならばおれはそれをまもる“きし”になると少年は返した。
ダグラスが必死に努力を重ねて近衛に入ったのは、そのためだと勝手に思っている。
だからこそ、ダグラスと共に歩むため、この道を選んだ。
たった20年前に、守るべき従軍司祭を全滅させた騎士団など
危険だと反対されながらも。
「そっか…まあ、いいや。そろそろ見えてくるはずだ」
今ならば、近衛騎士となったダグラスならば、家のものも辛うじて納得させられる。
多分、嫁き遅れと言われる20歳となれば。
だが、今のままでは、ダグラスが納得しないかもしれない。
それが怖い。だから…
「着いたぞ…お~い?クローディア、帰って来~い」
「はいっ!?…っと、もう着きましたの!?」
思考を中断され、慌てて辺りを見渡す。
「お前な、時々考え込んで視野が狭くなるのは悪い癖だぞ?」
「…す、すみませんの」
顔を真っ赤にしながら、ダグラスに謝る。
そして、そちらを見る。
目の前にあるのは、こじんまりとした屋敷だった。
アルテリア家の豪邸どころか、スチュワート家の屋敷と比べても小さな屋敷。
部屋数が20にも満たぬこここそが平民の出でありながら
24で上級文官となった天才の家であり。
「ここだ。フィリップさんの家」
ユーミルが“報酬”として泊まっている家だ。
「ここに、ユーミル様が…あ」
これからを考え、気合を入れたところで。
「よ~っし、今日はアンリエットさんの分まで、私がおつきあ…あ」
庭で子供と遊ぶユーミルと目が合った。
「え…えっ!?」
予想外の出来事に狼狽するユーミル。
「どうされました?ゆーみるさま?」
「おきゃくさまですか~?…わかいおんなのひとは、ママがいやがるです」
それにフィリップの幼い姉弟は、無邪気にユーミルに尋ねた。
「それで、今日はどうしたんだい?ダグラス君」
数十分後、当主の書斎として作られた、書類と本だらけの部屋。
些かこけた頬で、痛むのか腰をさすりながらこほんと咳払いをして、
フィリップが尋ねた。
「えっと、用事と言うか、ユーミルさんと話がしたくて…」
ちらちらと、フィリップとその隣を見ながら、ダグラスが要件を口にする。
「あらあらまあまあ。ユーミルさんと。
と言うことは…そちらのお美しい方は、従軍司祭様でしょうか?」
艶やかな肌に、満ち足りた笑みを浮かべ、フィリップの妻、
アンリエットがクローディアに問いかける。
「は、はい。私は近衛の従軍司祭で、クローディア=L=アルテリナと申します。
よろしくお願いいたしますの。アンリエット様」
その様に、何故か恐ろしいと感じながら、ダグラスから聞いていた名前を
思い出しつつ、クローディアは挨拶を返す。
「ふむ…ユーミル君か。彼女なら今はうちの子供たちを相手しているはずだ。
…正直、助かってるよ」
本気で、これのどこが報酬なんだ義妹よ。
未だにそう思うが、本人は“ホームステイ”とか言って納得してるんだから、
良いのだろう。
たまに仕事を手伝わされるのは、ご愛嬌だ。
ユーミルから複製を依頼されたスキルガイドブックもアレはアレで面白かった。
「ええ、先ほど会いました…庭で」
武装も何もしていないユーミルは、普通に美しい少女に見えた。
ハイジンの上級騎士だと思えぬほどに。
「ああ、ごく普通のお嬢さんだっただろう」
なんとなく言いたいことを理解して、フィリップも頷く。
直接戦場に立つことは無く、また、戦場でのユーミルを見たことも無い彼は、
未だに理解しきっていない。
妻の手料理を誉め、子供達に優しく接し、そして時に仕事を夜通しやる
真面目な彼女が、アキバでも屈指のハイジンであることを。
「ああ、驚いたよ。正直、もっとこう…求道的な生活してると思ってた」
何度か泊まったことがあるから、ダグラスは知っている。
ここは、家族がちゃんと通じ合ってる、温かい家だ。
そしてそこで馴染んで穏やかに微笑むユーミルは…
まるで普通の少女に見えた。
「そんなことは無いさ。彼女とて、色々ある…さ、会いに行くといい。
彼女の部屋は廊下を出て突き当たりだ。俺は…遠慮しとくか」
長年の文官生活で磨いた勘で、アンリエットの周りの温度が下がるのを感じて、
フィリップは辞退する。
「一応これから、仕事なんだ。君たちなら、自由に屋敷を歩いてもらって良い」
そう、これは大事な仕事だ。円満な家庭を保つための。
「ああ、それじゃあ」
「失礼いたしますわ、ごきげんよう」
そして2人は書斎を出て行く。
「さてと…アン。少し、いいか?」
「はい…」
それを見届け、フィリップは頬を染めるアンに言う。
多分、機嫌を直すのは…明日の朝くらいまで掛かることを予感しながら。
文官、フィリップ。押しが弱い癖に気難しい妻を持った彼は、一流の苦労人だった。
7
「指揮権の移譲…ですか?」
子供達を家令に任せ、2人の相談を聞いて、ユーミルは再度尋ねる。
それに2人は
「はい。実際に戦いを重ねて、分かりました。
指揮はやはりダグラスが取るべきだと思いますの。
お願いいたしますわ。ユーミル様」
「2人だけじゃない。第4小隊で話し合って決めた結果なんだ。頼む、認めてくれ」
2人そろって頭を下げる。
それに対しユーミルは。
「分かりました。いいでしょう」
至極あっさりとそれを認めた。
「…よろしいんですの?」
正直、公平な人だけに説得は難しいと思っていたが、あっさりと認められたことに、
思わず疑問を呈する。
「…ええ。お二人の判断なら、私は尊重します。
それに、あなたたちのことが、少し嬉しいんです」
「嬉しい?どういうことだ?」
本心から嬉しそうにそういうユーミルに、ダグラスが聞く。
「ええ。第4小隊は、本当に熱心に考えた上で、私に相談にきました。
それはつまり、自分なりにちゃんと考えて決めたってことですよね?」
「…はい」
ダグラスは頷く。
これは6人で本心から話し合った結果だった。
決して身分や性別に基づいたものではない、純粋な結果だ。
「ダグラスさんとクローディアさん。お二人が話し合い、
更に第4小隊が全員納得しているなら、問題ありません。
自分で考えて、決めていく。それが冒険者の自由ですから」
それが感じ取れたからこそ、ユーミルは2人の提案を認める。
冒険者たるもの自由であれ。
冒険者であるユーミルは、個人の意思を尊重する。
それが、凝り固まった考えから出たものでなければ。
「冒険者の…」
「自由…」
その言葉に込められた意思を感じ、2人が反証する。
「ええ。そうです。私は、冒険者。ならば冒険者の流儀には、忠実にいたい。
そう、願っています…私は冒険者としての自分に誇りを持っていますから」
ユーミルは断言する。
冒険者になる前の、人形のような過去に思いを馳せながら。
彼女はかつて…無趣味な人間だった。
それは親の管理で幼い頃から厳しい訓練を受けてて周りと
遊ぶ暇が余り無かったせいでもあるし、“大人の社会”を知っている彼女は、
周りの子供から浮いた存在だったからでもある。
だから、3年前…14歳の頃、噂を聞いてなんとなく始めた時、
その面白さに魅了された。
周りに知られないように自分からとことんかけ離れた姿を選び、
声でばれるのを恐れて一切喋らない。
その手法はまるで自分が別人になったかのような感覚があり、
“ファン”と“お仕事関係の人”はいても“友達”はほとんどいなかった彼女に、
新しい世界を提供した。
他に楽しみがない分、持てる僅かな暇の全てをつぎ込んだ彼女は、瞬く間に強くなり、
いつしかアキバでも最強の一角を占める廃人集団の1人に加わっていた。
冒険者としての充実した日々は、もう1つの生活も充実させたのか、
3年前から伸び悩んでいた歌も大いに伸びて…今に至っていた。
それがどうしようもなく楽しかった…
ただの盗剣士として、ひたすらに楽しむ場であった黒剣騎士団はユーミルにとって、
本当に居やすい場所だったから。だから恐怖した。知られて、それを失うことを。
最初の危機、大災害は乗り切った。
生え抜きの廃人集団である彼らは、彼女をどこまでも“百人斬り”として扱った。
他の冒険者も顔と声で気づくものもいたが、黒剣の“百人斬り”と知れば、
別人だろうと納得してくれた。
だからこそ、油断したのかも知れない。
久しぶりに歌いたくなって、天秤祭の音楽フェスティバルに出てしまった。
歌うのは、やはり楽しかった。
それはそれで自分の人生をつぎ込んで来たことだったから。
祭りでは大地人の老吟遊詩人と、驚くべき歌い手と共に歌い、
冒険者部門で優勝もした。それから、彼女の周り…
黒剣騎士団から更に外、アキバは彼女にとって少し変わった。
理由は簡単。
黒剣騎士団の“百人斬りユーミル”はそれなりに有名だが、
それでもその名を知る冒険者はアキバでも1,000人に満たない。
だが、“現役人気アイドル倉橋ゆみる”の名を知る冒険者は…
アキバだけで10,000人を越えた。
「私は、百人斬りです。お人形でも、歌姫でもない、黒剣騎士団の盗剣士です」
自ら勝ち取ったものでもない、貴重な秘宝級のプレゼントなんていらない。
本気で戦う気概も無いくせに彼女目当てで
騎士団に加わりたいなんて奴は願い下げだ。
街中を歩いているだけでサインを求められるのは、もううんざり。
危険な黒剣騎士団御用達の戦場まで着いてきて、勝手に死なれるなんて、迷惑だ。
正体を知られ、ここに来る前にあった数々の出来事。
それは彼女が自らの軽率さを後悔するには充分な出来事だった。
「だから、引き受けたんです。この依頼」
この依頼で、たった1つ皆が欲しがった報酬は、
黒剣騎士団でも随分と話題になった。
それは、この冒険に満ちた世界、ましてや廃人と呼ばれるような生活を
していたものたちが長らく手にしてなかった、貴重で温かいものだったから。
けれど、10人以上の騎士団員が名乗りを上げたなか、彼女が選ばれたのは…
「…アキバから、しばらく離れたかったんです。そして、取り戻したかった。
この世界で生きている“百人斬り”の自分を」
余りにも必死の懇願。それが認められたから。そう、彼女は考えている。
だからこそ、この依頼は全力でこなすつもりだった。
大地人に、黒剣の流儀を教え込み、一流の戦士に育てる。
それは、真の意味で冒険者らしい依頼だった…それ自体が報酬と思えるほどの。
「ですから、私はむしろ嬉しいんです。こうして、私を頼りに来てくれた、2人が」
そう言うと、後ろを向いて窓の方を見ながら、ヒントを口にする。
…こちらを見たままだと、流れ出した涙を見られそうで照れ臭かったから。
「…本来なら、指揮役は、1人がみんなをまとめるほうが効率が良いんです。
下手に意見が割れたら、戦場では命取りですから。
しかし、もしお互いがお互いを本当に理解しているなら、やりようはあります」
ダグラスとクローディアは顔を見合わせる。
「お互いが…」
「お互いを…」
ユーミルの言葉に、一筋の光明を見えた…そんな気がする。
そして、それが確信に変わるのには、そう長い時間は掛からなかった。
8
2人を中心に第4小隊の動きは代わった。
「ダグラス!右から〈蛸頭魔人〉が2体、〈深海蒼鬼〉の戦士が2体…
奥に妖術師もいますわ!」
「おう!アイン!俺達で深海蒼鬼の戦士を仕留めるぞ!ツヴァルク!
蛸頭魔人を抑えててくれ!ドラクルとフォルスは妖術師を頼む!
お前らの魔法と弓ならいけるはずだ!」
クローディアからの情報を元にダグラスが指示を出す。
その分担が出来るようになってから、第4小隊は他の小隊から見ても
1歩突き抜けた戦術を見せるようになった。
「…まさか、本当にできるようになるとは」
既に他の小隊は撤退済み。
ただ1部隊残っていた第4小隊を見守りながら、ユーミルも驚いていた。
目の前で行われているのは戦闘ギルドでも屈指…
ライバルである〈D.D.D.〉が得意とする、戦場哨戒班の原形。
1つのPTの“観測”役と“判断”役を分けることで、
より多くの情報を処理して的確な指示を出す。
2人の完全な連携が大前提となるそれは、
廃人でもごく限られた人間にしか出来ない、特別な技だ。
「これならば…」
このダンジョンはユーミルも攻略済みだ。
だからこそ、この先にあるものも知っている。
「なんだこれは…扉?」
先に進んだダグラスが、それを発見する。
「待ってください!」
開けようとした、ダグラスを止める。
「な、なんですの…」
扉の前に立つユーミルに尋ねる。
それにユーミルは真面目な顔で答えを返す。
「ここは、このダンジョンの最後の部屋。
すなわち…このダンジョンで最強の魔物がいる場所です」
小隊が全員、息を呑む気配が聞こえた。
「…奥にいるのは〈名状しがたき幼子〉。パーティーランクLv55。
本体を仕留めない限り無限に再生する8本の触手と
猛毒の墨ブレスを持つ、強敵です」
正直、ユーミルであってもソロでは苦戦は必死…勝率2割を切る相手。
平均Lv50代前半の小隊が死人を出さず勝てる確率は…通常では限りなく低い。
「挑むのであれば、私も出来る限りの支援はします。触手を4本押さえましょう。
…それでも死人が出る可能性は否定できません。
正直、ここまでたどり着ける小隊がいるとは思いませんでした。
…その上でお聞きします。挑みますか?」
そして6人はしばし見つめあい…心を一つにした。
9
「しっかし…2人きりってのも、3日も続くと慣れるな」
栗毛の愛馬に乗りながら、秘宝級防具〈魔海の鱗鎧〉を纏ったダグラスが、
クローディアに言う。
「…でも、いつも一緒で、私は嬉しいですわよ」
いつもの装備で白馬にまたがったクローディアが朗らかに言う。
「…ったく!蒸気船が馬乗せられねえとはな!」
顔を背け、耳を赤くしながらダグラスが毒づく。
「あら、ダグラスならそのくらい知ってて当然だと思ってましたけど」
幼馴染のそんな態度が本当に愛しくて、からかいの言葉を口にする。
「…まあ、なんだ!もうすぐ着く!今日はゆっくり休めるぞ!」
それを誤魔化すように先のことを口にする。
「ええ見えてまいりましたわ…ユーミルさまのいるアキバが」
まだ遠くに霞む、その街を見つつ、クローディアも同意した。
上級騎士ダグラス=スチュワート,従軍司祭クローディア=L=アルテリナ。
今回の戦術教練で最も優秀な“戦果”を挙げた2人に1つの命令が下った。
アキバに赴任されたレイネシア姫を護衛する、最短で1年間の間の
護衛騎士の任を命ずる。
なお、両名はレイネシア姫より命令が下らぬ限りはアキバに滞在し、
研鑽に励むこと。
つまりはアキバへの留学任務。それを受けたのは4日前。
―――おめでとう!これからはいつも一緒だな、お前ら。
―――この任務が終わったら、お前ら結婚するんだろ?
―――バカ!それは言うな!それは不吉を招く言葉だと言うぞ!
―――うわあ…ま、あの化物相手に僕たちを導いて、
死者なしで勝った2人なら、大抵のものは乗り切れるさ。多分。
第4小隊の面々は、笑顔で2人を送り出した。
―――2人とも、更に励むがよい。
これからの時代を担う、若き騎士として…若き、恋人たちとしてな。
―――お二人とも、頑張ってください!マイハマの平和は、僕等で守りますから!
―――私たちの古い言葉に『夫婦こそ最も小さきの群れ』と言うものがあります。
お二人ならさぞかし強い群れとなるのでしょうね。
―――とりあえず、帰って来る頃には3人になってたりしてね…
あら、2人とも顔真っ赤にしちゃって、可愛い。
団長と、2人と同じく指揮役を任された同輩たちは、
からかい混じりで、だが温かく送り出した。
「とりあえず、今日はリバーサイドに泊まって、身を清めるか。
ユーミルさんと姫にご挨拶に伺うのは明日だな」
「ええ。ついでに傭兵組合に行って魔物狩りのお仕事も調べませんと」
そう、これは遊びではなく、武者修行。
1年後まで待っている騎士団の皆のために鍛え上げねばならない。
技量と、知識と、戦術を…2人で、手を取り合って。
「まあ、何はともあれ…」
「向かいましょう。アキバに…私たち、2人で」
そして2人は休むことなく馬を進める。明日に向かって。
マイハマの未来を背中に背負いながら。
本日はここまで。
登場人物多すぎワロタ。