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睦月型駆逐艦の後継艦

作者: 仲村千夏
掲載日:2026/06/03

 大正十五年初夏。


 海軍技術本部会議室には重苦しい空気が漂っていた。


 長机の上には図面が何枚も広げられ、煙草の煙が天井近くにたなびいている。


 窓の外では初夏の陽光が差していたが、この部屋だけは別世界のようだった。


「では始めよう」


 司会を務める技術本部少将が口を開いた。


「本日の議題は、睦月型駆逐艦の後継艦についてである」


 室内の視線が一斉に図面へ集まる。


 そこには新型駆逐艦の概略図が描かれていた。


 睦月型を一回り大きくしたような船体。


 しかし誰もが気付いていた。


 問題は船体ではない。


 その上に描かれた砲塔だった。


「連装砲……ですか」


 聯合艦隊から派遣された参謀が眉をひそめる。


「左様」


 技術中佐が頷いた。


「十二・七センチ連装砲二基四門。新型連装砲架を採用する予定です」


「二基だけか」


 参謀が不満そうに言う。


「特型を目指すなら三基六門ではないのか」


 室内が静まり返った。


 技術者たちは顔を見合わせる。


 やがて造船主任がゆっくり口を開いた。


「参謀殿。我々は戦艦を設計しているのではありません」


 その声は穏やかだった。


 だが反論を許さぬ響きがあった。


「砲塔は未完成です」


 造船主任は図面を指差した。


「重量配分、旋回装置、揚弾機構、高角射撃。すべてが未知数です」


「だから試験する」


 参謀は言った。


「試験なら三基載せてもよかろう」


「失礼ながら」


 今度は若い技師が口を開いた。


「三基載せれば失敗の原因が分からなくなります」


 参謀が眉を上げる。


 若い技師は続けた。


「船体に問題があるのか」


「砲塔に問題があるのか」


「重量配分なのか」


「揚弾機なのか」


「それすら判断できません」


 室内は静まり返った。


 少将が腕を組む。


 若い技師はさらに続けた。


「まず船を完成させるべきです」


「船?」


 参謀が聞き返した。


「はい」


 技師は図面の船体を指でなぞった。


「将来の駆逐艦は今より大きくなります」


「通信機は増える」


「測距儀も大型化する」


「対空兵器も必要になるでしょう」


「そのためには余裕が必要です」


「だから排水量は?」


 少将が尋ねた。


「千九百トンです」


 室内がざわついた。


 睦月型よりかなり大きい。


 だが技師は怯まなかった。


「今後十年の成長を見込んだ船体です」


 水雷学校出身の大佐が口を開く。


「魚雷はどうする」


 ようやく技師の顔が明るくなった。


「六十一センチ四連装二基」


「計八門です」


 大佐が満足そうに頷く。


「それでよい」


「駆逐艦の本領は魚雷だ」


「砲ではない」


 参謀が鼻を鳴らした。


「巡洋艦相手に砲戦もできんではないか」


 大佐は即座に返した。


「駆逐艦が巡洋艦と砲戦して勝つ必要はありません」


「夜に近付き、魚雷を撃てばよい」


 会議室に小さな笑いが起きた。


 だが技術者たちは笑わなかった。


 彼らの視線は図面の砲塔へ向けられていた。


 連装砲塔。


 将来は高角射撃も可能とする予定。


 そして将来的には三基六門への発展も視野に入れる。


 しかし今は違う。


 まずは二基。


 まずは船体。


 まずは経験。


 それが彼らの結論だった。


 やがて少将が立ち上がる。


「よろしい」


「本艦を試製次期駆逐艦として研究継続」


「排水量千九百トン」


「十二・七センチ連装砲二基」


「六十一センチ四連装魚雷二基」


「将来の発展余地を残すこと」


 決定だった。


 参謀たちは不満げだった。


 だが技術者たちの表情には安堵が浮かんでいた。


 会議終了後。


 若い技師が図面を丸めながら呟く。


「これで終わりではない」


 隣の主任が笑った。


「もちろんだ」


「これは始まりだ」


 窓の外には軍港が見えた。


 その沖には睦月型駆逐艦が静かに停泊している。


 彼らが設計する新たな艦は、その次の時代を担う船となる。


 そしてそのさらに先には、まだ誰も見たことのない未来の駆逐艦が待っていた。

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