睦月型駆逐艦の後継艦
大正十五年初夏。
海軍技術本部会議室には重苦しい空気が漂っていた。
長机の上には図面が何枚も広げられ、煙草の煙が天井近くにたなびいている。
窓の外では初夏の陽光が差していたが、この部屋だけは別世界のようだった。
「では始めよう」
司会を務める技術本部少将が口を開いた。
「本日の議題は、睦月型駆逐艦の後継艦についてである」
室内の視線が一斉に図面へ集まる。
そこには新型駆逐艦の概略図が描かれていた。
睦月型を一回り大きくしたような船体。
しかし誰もが気付いていた。
問題は船体ではない。
その上に描かれた砲塔だった。
「連装砲……ですか」
聯合艦隊から派遣された参謀が眉をひそめる。
「左様」
技術中佐が頷いた。
「十二・七センチ連装砲二基四門。新型連装砲架を採用する予定です」
「二基だけか」
参謀が不満そうに言う。
「特型を目指すなら三基六門ではないのか」
室内が静まり返った。
技術者たちは顔を見合わせる。
やがて造船主任がゆっくり口を開いた。
「参謀殿。我々は戦艦を設計しているのではありません」
その声は穏やかだった。
だが反論を許さぬ響きがあった。
「砲塔は未完成です」
造船主任は図面を指差した。
「重量配分、旋回装置、揚弾機構、高角射撃。すべてが未知数です」
「だから試験する」
参謀は言った。
「試験なら三基載せてもよかろう」
「失礼ながら」
今度は若い技師が口を開いた。
「三基載せれば失敗の原因が分からなくなります」
参謀が眉を上げる。
若い技師は続けた。
「船体に問題があるのか」
「砲塔に問題があるのか」
「重量配分なのか」
「揚弾機なのか」
「それすら判断できません」
室内は静まり返った。
少将が腕を組む。
若い技師はさらに続けた。
「まず船を完成させるべきです」
「船?」
参謀が聞き返した。
「はい」
技師は図面の船体を指でなぞった。
「将来の駆逐艦は今より大きくなります」
「通信機は増える」
「測距儀も大型化する」
「対空兵器も必要になるでしょう」
「そのためには余裕が必要です」
「だから排水量は?」
少将が尋ねた。
「千九百トンです」
室内がざわついた。
睦月型よりかなり大きい。
だが技師は怯まなかった。
「今後十年の成長を見込んだ船体です」
水雷学校出身の大佐が口を開く。
「魚雷はどうする」
ようやく技師の顔が明るくなった。
「六十一センチ四連装二基」
「計八門です」
大佐が満足そうに頷く。
「それでよい」
「駆逐艦の本領は魚雷だ」
「砲ではない」
参謀が鼻を鳴らした。
「巡洋艦相手に砲戦もできんではないか」
大佐は即座に返した。
「駆逐艦が巡洋艦と砲戦して勝つ必要はありません」
「夜に近付き、魚雷を撃てばよい」
会議室に小さな笑いが起きた。
だが技術者たちは笑わなかった。
彼らの視線は図面の砲塔へ向けられていた。
連装砲塔。
将来は高角射撃も可能とする予定。
そして将来的には三基六門への発展も視野に入れる。
しかし今は違う。
まずは二基。
まずは船体。
まずは経験。
それが彼らの結論だった。
やがて少将が立ち上がる。
「よろしい」
「本艦を試製次期駆逐艦として研究継続」
「排水量千九百トン」
「十二・七センチ連装砲二基」
「六十一センチ四連装魚雷二基」
「将来の発展余地を残すこと」
決定だった。
参謀たちは不満げだった。
だが技術者たちの表情には安堵が浮かんでいた。
会議終了後。
若い技師が図面を丸めながら呟く。
「これで終わりではない」
隣の主任が笑った。
「もちろんだ」
「これは始まりだ」
窓の外には軍港が見えた。
その沖には睦月型駆逐艦が静かに停泊している。
彼らが設計する新たな艦は、その次の時代を担う船となる。
そしてそのさらに先には、まだ誰も見たことのない未来の駆逐艦が待っていた。




