至近距離
ざらざらとした香りが服を呑み込む。祖母の墓参りに来ていた。晃一と呼ぶ母の声、秋の空は凪いでいて、鳥の声が響く住宅街にあった墓地。友人が細いことがコンプレックスだと言っていたことを思い出す。僕は好きですと伝えた言葉であなたを傷付けていないといいなとずっと願っている。
水のたっぷり入った入れ物に花を生ける。生け花という言葉は生々しくてなんだか苦手だ。活け花だったらいいのに。空がサーモンピンクと霞がかったような水色のグラデーションだ。石畳をくるくるとまわりながら歩いていく。墓石に頭をぶつけると死ぬみたいなとこが言われていたけれど、実際こんな尖った石に頭をぶつけたら普通に血は出るだろうな。表の賽銭箱でお辞儀をして、車に乗り込む。自宅に帰るまでに通った商店街はほとんどシャッターがしまっていたし、ラジオでは明日は8月中旬並の暑さだと言っていた。それなら今は何月になるのか。
自宅にざらざらとした香りを持って帰ってきた。明日になっても落ちなくて消臭剤をかけた。好きなのに、でもやっぱり日常部屋で使うさらさらとした香りのほうが深く息を吸えると思った。
日常を船を漕ぐように進む。グッと力を入れれば何日か、何時間かがふっと過ぎていく。掴みたいのに掴めなくて岸辺をずっと探している。
シャッターを楽器にするには耳栓が必要だし、森をはたきにするなら僕は小さすぎる。ゲームセンターは朝に行くには人の香りがしすぎる。歩けば歩くほど日常が襲ってきて、日記に書いた拙い言葉は文字数にしたらチープなもので、川と空は相性が良くて、ワイヤレスイヤホンは亡くしやすい。
自転車に乗ったあなたも、あなたの着ていた服も手に入らないから良くて、それならばこの世界も同じように良いものだという方程式が成り立ちそうなのに、過去の物語はあまりに苦い。
屋根の上を走ってみたい。突然ベランダに現れた僕に驚いてほしい。花を迷惑なほど渡したい。そして明日からは他人に戻ろうよ。
あなたの好きな物を教えて、全部好きになってみせるから。
森は深くて危ないから僕の手をしっかり握っていてね。
よければまた、見に来てくださいね。




