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鉄屑  作者: オオマガリ
火と鉄屑
6/7

第六章 火花


   一


 大正十三年十一月一日、因島の三好造船所で水雷艇第七十二号の解体作業が始まった。

 朝七時、職人たちが作業場に集まった。職長の山根喜八を筆頭に、船大工が五人、鍛冶工が二人、見習いの若い衆が三人。合わせて十一人。三好造船所のほぼ全員であった。ほかに建造中の漁船が一隻あったが、三好はそちらの工程を調整して、解体に人手を集中させた。

 三好嘉平は職人たちの前に立ち、短い挨拶をした。

「今日から水雷艇の解体にかかる。軍艦の解体はうちでは初めてじゃが、船は船じゃ。鉄を切って骨を抜く。いつもと同じことを、いつも通りにやる。ただし、軍艦じゃけえ何が出てくるか分からん。慎重にやれ。怪我をするな。以上」

 山根が作業の段取りを指示し始めた。まず最初にやるのは、船内の残留物の除去であった。二十年以上放置された船内には、汚水、残油、汚泥、ゴミ、動物の死骸などが溜まっている。これを全て出さなければ、切断作業に入れない。

 寅之助も作業に加わった。三好は「あんたは見とるだけでええ」と言ったが、寅之助は「わしの船じゃけえ、わしもやる」と譲らなかった。山根は鼻を鳴らしたが、止めはしなかった。

 甲板のハッチを開けて船内に降りた瞬間、寅之助は後悔した。

 暗い船倉に充満していたのは、二十年分の腐敗の臭気であった。汚水と錆と腐った有機物と油が混じり合った、筆舌に尽くしがたい悪臭。寅之助は三歩も進まぬうちに胃がせり上がり、急いで甲板に戻って岸壁の端で嘔吐した。

 若い見習いの一人が同じように戻ってきて吐いていた。山根は手拭いで口を覆いながら船内に留まり、汚泥をバケツで掻き出す作業を淡々と続けていた。

「素人は無理するなと言うたじゃろう」と山根は後で言ったが、寅之助は翌日も、翌々日も船内に入った。三日目にはもう吐かなくなった。鼻が慣れたのか、胃が諦めたのか。


 残留物の除去に五日を要した。その間に出てきたものは、汚泥と残油のほかに、錆びた工具類、ボロボロに朽ちた防水布、鼠の白骨、猫と思しき動物の骨、そして軍の備品らしい金属製の容器がいくつか。容器の中身はとうに腐って判別できなかったが、山根は「薬品か何かの保管容器じゃろう」と言った。

 寅之助は出てきた物を一つ一つ記録した。帳場で帳簿をつけてきた習慣が、ここで活きた。何が出たか、いつ出たか、どこから出たか。梶原商店の出納帳と同じ要領で、几帳面に書き留めていった。


   二


 残留物の除去が終わると、いよいよ切断作業に入った。

 酸素切断機を構えたのは山根であった。酸素のボンベと燃料のアセチレンボンベが二本ずつ台車に載せてあり、そこから長いゴム管がトーチに繋がっている。山根は革の手袋をはめ、遮光眼鏡を額に上げて、水雷艇の煙突の根元に立った。

「まず煙突を倒す。上から順に切っていくのが鉄則じゃ」

 山根がトーチに火を入れると、青白い炎が噴き出し、鋼板に当たった瞬間に鮮烈な火花が四方に散った。鉄が灼ける匂いがした。寅之助は金物屋として鉄の匂いは知っているが、これは鉈や包丁を鍛える匂いとは次元が違った。もっと強烈で、もっと暴力的な匂いであった。

 山根のトーチが煙突の根元をゆっくりと一周すると、鋼鉄の筒がぎりぎりと鳴いた。職人が二人、煙突の反対側で綱を引いている。山根が最後の一点を切ると、煙突はゆっくりと傾き、やがて轟音とともに甲板の上に倒れた。

 煙突は長さ三メートル余り、直径八十センチほど。鋼板の厚みは六ミリ。それだけの鉄の塊が甲板に叩きつけられた時の音は、土生港の対岸にまで響いたという。

「次、マストを倒す」

 山根は振り返りもせずに次の作業に移った。寅之助は倒れた煙突の脇に立ち、その断面を見た。切断面は青黒く輝いており、二十年分の錆の内側に、まだ健全な鋼鉄が残っていた。兄の辰次郎が言っていた通り、軍艦の鋼板は厚い。

 上部構造物の撤去に一週間を費やした。煙突、マスト、艦橋の残骸、甲板上の小構造物。切り倒されたそれらは岸壁の空き地に運ばれ、さらに小さく切断されて屑鉄の山に積まれていった。

 寅之助の仕事は、切り出された鉄を仕分け、計量し、記録することであった。鋼板、形鋼、鋲、管材。種類ごとに分けて積み、重さを量って帳簿につける。梶原商店の棚卸しと同じ要領だが、扱う物の大きさと重さが桁違いであった。

 三好の妻のタツが、昼に握り飯と漬物を作業場に運んでくれた。職人たちは岸壁に腰を下ろし、海を見ながら飯を食った。寅之助も一緒に並んで食った。最初のうちは職人たちと寅之助の間に見えない壁があったが、寅之助が毎日現場に出て、汚れ仕事も厭わずに手を動かしているのを見て、壁は徐々に薄くなっていった。

 ある日の昼飯の時、見習いの若い衆が寅之助に聞いた。

「梶原さん、ほんまに雑貨屋さんなんですか」

「ほんまじゃ。鉈や箒を売りよるんじゃが」

「それがなんで軍艦を」

「なんでかのう。わしにもよう分からん」

 職人たちが笑った。山根だけは笑わなかったが、口の端がわずかに動いたのを寅之助は見逃さなかった。


   三


 十一月の半ばを過ぎた頃、甲板の切断が始まった。

 甲板は上部構造物よりも面積が広く、切断には時間がかかった。山根ともう一人の鍛冶工が酸素切断機を使い、甲板を区画ごとに切り分けていく。切り分けられた鋼板はクレーンで吊り上げ、岸壁に下ろす。鋼板一枚が数百キロあるから、クレーンの操作には細心の注意が要った。

 この作業中に、最初のトラブルが起きた。

 機関室の上の甲板を切断している時、切断面の隙間から黒い液体が染み出してきた。重油であった。機関室に残っていた燃料の残油が、甲板の振動で漏れ出したのである。

 重油は甲板を伝い、舷側から海面に流れ落ちた。黒い油膜が虹色の帯になって土生港の水面に広がった。

 山根が作業を中断させた。油の流出を止めるために、機関室のハッチから布切れを詰めて応急処置を施したが、すでにかなりの量の油が海面に出ていた。

 土生港の漁師たちは、その日の夕方から騒ぎ始めた。

「おい、造船所から油が流れとるぞ」

「魚が寄りつかんようになるじゃないか」

「弁償せえ」

 三好が対応に出たが、漁師たちの怒りは簡単には収まらなかった。三好造船所は土生の地元企業であり、普段は漁船の修理でも世話になっている関係だが、それとこれとは別である。

 寅之助は三好に言った。

「三好さん、これはわしの船じゃ。わしが謝りに行く」

「あんたが行っても、漁師は知らん顔じゃろう」

「知らん顔でもええ。わしが行かにゃいかん」

 寅之助は翌朝、因島の菓子屋で手土産の饅頭を買い込み、油が流れた先の漁師の家を一軒一軒回った。

 最初の家は港の東側の漁師で、太った中年の男であった。寅之助が戸口に立つと、男は露骨に不機嫌な顔をした。

「何じゃ、あんた」

「梶原と申します。三好さんの造船所で解体しとる船の持ち主です。油の件で、お詫びに上がりました」

「あんたが持ち主か。——造船所の人間じゃないんか」

「雑貨屋です。尾道で鉈や箒を売りよります」

 漁師は怪訝な顔をした。

「雑貨屋が何で軍艦を持っとるんじゃ」

「それがのう、話せば長いんじゃが——」

 寅之助は事情を搔い摘んで話した。保証人の判を押したこと、保証人が死んだこと、回りまわって水雷艇が自分のところに来たこと。漁師は最初は腕を組んで聞いていたが、途中から目が丸くなり、最後には呆れたような、おかしいような顔になった。

「あんた、とんでもない目に遭うとるのう」

「とんでもない目です。——油のことは本当に申し訳ない。見舞いのしるしに、これを」

 寅之助は饅頭と一緒に、紙に包んだ一圓を差し出した。大した額ではないが、寅之助の懐具合を考えればこれが精一杯であった。

「一圓か。——まあ、気持ちは分かった。あんたも大変じゃのう」

 漁師は金を受け取り、それ以上は文句を言わなかった。

 寅之助は同じことを八軒繰り返した。八軒回って八圓。残った饅頭は最後の家で子供に配った。どの家でも最初は渋い顔をされたが、事情を話し、頭を下げ、見舞いを渡すと、態度は軟化した。寅之助が尾道から来た余所者であるにもかかわらず、毎日造船所に通って汚れ仕事をしているということを、漁師たちは既に知っていた。小さな島では、余所者の動向はすぐに広まる。

 最後の家を出た時、寅之助は疲労で足が重かったが、気持ちは少し軽くなっていた。謝るべきことを謝り、払うべきものを払った。それだけのことだが、それが寅之助のやり方であり、梶原商店で二十年積み上げてきた信条でもあった。


   四


 十一月の下旬に入り、甲板の除去が完了すると、機関室の中身が露出した。

 水雷艇の心臓部である蒸気機関は、二十年の歳月を経てなお、その骨格を留めていた。ボイラー、蒸気管、復水器、推進軸。いずれも錆び、朽ちてはいたが、かつてこの船を三十ノット近い速力で走らせた機関の名残は読み取れた。

 機関の取り出しは、解体工程の中でも最も手間のかかる作業であった。重量物を狭い船内から引き上げるために、クレーンの位置を何度も調整し、吊り索の掛け方を工夫する必要があった。山根は終日、船の中に潜り込んで作業の指揮を執った。

 ボイラーを船外に引き上げた日、山根が寅之助を呼んだ。

「梶原さん、ちょっと来い」

 山根は機関室の底、ビルジと呼ばれる船底の最深部を指差していた。汚泥を掻き出した後の鉄板の上に、何か丸いものが三つ、転がっていた。

「これは——」

「砲弾じゃ」

 寅之助の血の気が引いた。

 三発の砲弾は、いずれも小口径——三十七粍の砲弾と思われた。錆びて表面がぼろぼろになっているものもあったが、一発はまだ原形を留めていた。日露戦争の時代に装填され、使われないまま二十年間ビルジの底に沈んでいたものであろう。

「触るな。絶対に触るな」

 山根は職人たち全員に作業の中断を命じた。寅之助は船外に退避し、岸壁の上から船内を覗き込んだ。暗いビルジの底で、錆びた砲弾が鈍く光っていた。

「爆ぜるか」

「分からん。二十年も経っとれば信管が腐っとるかもしれんが、火薬が生きとったら爆ぜる。酸素切断の火花が散ったら終わりじゃ」

 三好が駆けつけてきた。状況を聞くと、即座に判断を下した。

「海軍に届け出る。作業は砲弾の処理が終わるまで全面中断じゃ」

 寅之助は土生の郵便局に走り、佐世保の永田主計中尉宛に電報を打った。


 ——因島ニテ解体作業中、船底ヨリ砲弾三発発見。処理ヲ要ス。至急指示乞フ。梶原。


 返電は翌日届いた。


 ——呉海軍工廠ヨリ処理員ヲ派遣ス。到着マデ作業中止セヨ。永田。


 処理員が因島に来るまでに五日を要した。その五日間、三好造船所は完全に作業を止めた。職人たちは別の仕事——建造中の漁船——に回されたが、解体が止まっている間も日数は過ぎていく。

 寅之助は焦った。九十日の期限が刻一刻と迫っている。五日の中断は大きい。

「焦るな」と山根が言った。「弾が爆ぜたら人が死ぬ。焦って死んだら元も子もない」

「分かっとる。分かっとるが——」

「分かっとるなら黙って待て」

 山根の言葉は素っ気なかったが、正しかった。寅之助は歯を食いしばって待った。


 五日後、呉海軍工廠から二人の技術下士官が因島に到着した。二人は船内に入り、砲弾を慎重に検分した後、専用の容器に収納して持ち帰った。三発のうち一発は信管が腐食して無害化していたが、残りの二発は火薬が残存しており、「危険物」として処理された。

 技術下士官の一人が去り際に言った。

「よう見つけましたな。これに気づかずに切断を続けとったら、大事になっとったかもしれん」

 山根は無表情に頷いた。寅之助は、山根がビルジの底を丹念に調べていなければ、砲弾は見つからなかったかもしれないと思った。山根の「慎重にやる」という姿勢が、人の命を救った。


   五


 十二月に入ると、瀬戸内海にも冬の風が吹き始めた。

 北西の季節風が因島を吹き抜け、土生港の水面に白波が立つ日が増えた。寒風の中での鉄の切断作業は厳しく、職人たちの手がかじかんで作業速度が落ちた。酸素切断機のトーチを握る山根の手も、日によっては震えていた。

 しかし作業は着実に進んでいた。機関の撤去が完了し、船殻の切断に入った。船体の外板と骨格を区画ごとに切り分け、クレーンで吊り上げ、岸壁に下ろす。この繰り返しであった。

 切り出された鋼板の山が、日に日に大きくなっていった。寅之助は毎日、帳簿に回収量を記録し続けた。


 そのさなかに、思いがけない発見があった。

 船殻の切断を進める中で、山根が配管系統に手をつけた時のことである。蒸気管や給水管、復水器の冷却管などを取り外す作業の中で、山根が妙な声を上げた。

「おい、梶原さん。ちょっと来い」

 寅之助が駆けつけると、山根は手に銅色の管を持っていた。長さ一メートルほどの、緑青に覆われた管であった。

「これ、銅管じゃ」

「銅?」

「復水器の冷却管じゃ。ここに何十本も入っとる。全部銅じゃ」

 寅之助は管を受け取った。ずっしりと重い。緑青を指で擦ると、下から赤銅色の地金が覗いた。

 銅。寅之助は雑貨商として金属の相場は知っている。鉄の屑がトン十圓前後の時、銅はトン八十圓から百圓する。鉄の八倍から十倍の値打ちがある。

「何十本いうたな。何本くらいある」

「復水器の管束だけで百本はあるじゃろう。ほかに蒸気管や給水管にも銅や真鍮が使うてある。弁の類も全部真鍮じゃ」

 寅之助は児島の見積書を思い出した。あの見積書には「銅・真鍮(約二トン) ×九十圓=百八十圓」と書いてあった。しかし児島の見積もりは実物を見ずに概算で書いたものである。実際にはもっと多いかもしれない。

「山根さん、全部取り出してくれ。一本残らず」

「言われんでも取り出すわい。——梶原さん、あんた商売人の顔になっとるぞ」

 山根が薄く笑った。寅之助は自分でも気づかぬうちに、目を輝かせていたらしい。

 それから数日をかけて、船体のあらゆる場所から銅と真鍮の部品が取り出された。復水器の冷却管、蒸気管の一部、各種弁体、計器の筐体、通信用の電線。寅之助はそれらを丁寧に仕分け、計量し、帳簿に記録した。

 結果として、銅と真鍮の回収量は約二トン半に達した。児島の見積もりを上回っている。トン当たり九十圓として計算すれば、これだけで二百圓以上になる。

 寅之助は帳簿の数字を見つめながら、不思議な気分になった。水雷艇は厄災の塊だと思っていた。しかしその鉄屑の中に、銅という「宝」が隠れていた。もちろん、これで赤字が帳消しになるわけではない。しかし、赤字の幅が縮む。自分の力で掘り出した宝で。

 三好の妻のタツが茶を持ってきた時、寅之助は帳簿を見せて言った。

「タツさん、銅が二トン半も出ましたわい」

「あら、そりゃええことじゃね」

「ええことです。——わしの船にも、ちょっとだけ良いところがあった」

 タツは笑った。「船にもええところがあるんは、人と同じじゃね」


   六


 しかし、砲弾による五日間の中断と、冬の悪天候による作業日数の減少は、確実に期限を圧迫していた。

 海軍からの通達に示された九十日の期限は、十月の中旬であった。永田が計画書提出時に若干の猶予を含意してくれてはいたものの、年内——十二月末日——には完了させるべきだという暗黙の了解があった。しかし十二月の半ばを過ぎても、船殻の切断は七割ほどしか進んでいなかった。

 寅之助は永田主計中尉に手紙を書いた。千代に相談して文面を練り、村上弁護士にも助言を仰いだ。


 ——拝啓。旧水雷艇第七十二号の解体作業は、十一月一日の開始以来、鋭意進捗いたしておりますが、十一月下旬に船底より砲弾三発が発見され、処理のため五日間作業を中断せざるを得ませんでした。また十二月に入り冬季の悪天候により作業可能日数が減少しております。つきましては、年末日までの完了が困難な状況にあり、三十日間の期限延長をお願い申し上げたく存じます。

 なお、本件につきましては弁護士にも相談いたしており、砲弾発見による中断は不可抗力に該当するものと助言を受けております。何卒御配慮の程、お願い申し上げます。

   大正十三年十二月十五日  梶原寅之助


 手紙を出してから返事が届くまでの五日間は、寅之助にとって長い五日間であった。延長が認められなければ、違約金八百四十圓が追い打ちをかける。それは致命的であった。

 作業は続けていた。延長の可否に関わらず、一日でも早く終わらせるしかない。山根は黙々と酸素切断機を操り、職人たちは鋼板を運び、寅之助は帳簿をつけ続けた。


 十二月二十日、永田からの返書が届いた。

 寅之助は因島の三好の事務所で封を切った。手が震えていた。三好とタツが傍らにいた。


 ——梶原寅之助殿。貴殿の十二月十五日付書面、拝受いたし候。砲弾発見に伴う作業中断の経緯につき確認したるところ、不可抗力の事由に該当するものと認め、解体期限を大正十四年一月三十一日まで延長する措置を決定いたし候。なお、今後も作業の進捗につき定期の報告を求むるものなり。

   佐世保鎮守府経理部第二課 主計中尉 永田


 寅之助は手紙を膝の上に置き、天井を仰いだ。目の奥が熱くなった。

 三十日の延長。一月末まで。あと四十日余り。それだけあれば、間に合う。

「間に合うか」と三好が聞いた。

「間に合わせます」

「そうか。——山根に伝えとく」

 三好が事務所を出ていった後、寅之助はそのまま動けなかった。タツが黙って茶を淹れ直してくれた。湯気が立ち上る茶碗を受け取った時、寅之助の目から涙がこぼれた。

 泣くつもりはなかった。しかし、七月に書留を受け取ってから五ヶ月。佐世保に行き、門司に行き、金を借り、船を曳き、因島で毎日鉄を切り、砲弾が出て、油が漏れて、漁師に頭を下げ、期限に追われ——その全部が、この一通の手紙で報われたわけではないが、少なくとも、ここまで来たことが無駄ではなかったと確認された。

 タツは何も言わず、ただ傍にいた。しばらくして寅之助が茶を飲み、鼻をすすり、手拭いで顔を拭くと、タツは静かに言った。

「梶原さん、晩ご飯は鯛にしましょうかね。今朝、漁師さんが持って来てくれたのがあるけえ」

「鯛ですか。——ありがたいのう」

「泣いた後は旨いもんを食べるのが一番じゃ」

 寅之助は笑った。涙の後の笑いは、少しだけ楽だった。


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