第五章 出港
一
大正十三年十月八日、寅之助は二度目の佐世保行きの列車に乗った。
前回と同じ三等車、同じように固い座席、同じように長い道のり。しかし、寅之助の心持ちは前回とは違っていた。懐に解体計画書がある。金の手当もついた。三好造船所が待っている。大林が手配してくれた曳船が佐世保にいる。やるべきことは見えていた。見えないものが怖いのであって、見えたものには立ち向かえる。
広島で乗り換え、下関で一泊し、翌朝の連絡船で門司に渡り、門司から佐世保へ。二日がかりの道のりにも、今度はいくらか慣れていた。座席で眠ることもできたし、乗り換えの段取りも頭に入っている。
佐世保に着いたのは十月九日の夕方であった。前回と同じ浜乃家に投宿し、翌朝、鎮守府に向かった。
永田主計中尉は、寅之助を覚えていた。
「梶原殿、お約束通りお見えですな」
「はい。計画書を持って参りました」
寅之助は解体計画書を永田の前に広げた。永田は黙って目を通した。場所、業者、日程、曳航経路、兵器部品の返納方法。一つ一つの項目を指で追い、時折うなずいた。
「三好造船所。因島ですか」
「はい。小さい造船所ですが、酸素切断機もクレーンもあります。水雷艇の解体は経験がないそうですが、船大工として何十年もやっとる人です」
「曳航は佐世保から下関まで曳船で。下関から因島までは三好造船所の機帆船で」
「はい」
永田は計画書を机に置き、しばらく考えた。
「率直に申し上げますが、この計画は、わたくしが審査する立場としては、十分とは言い難い部分があります。三好造船所の設備規模、鋼船解体の実績、いずれも確認が必要です。しかし——」
永田は寅之助の目を見た。
「——現時点でこれ以上の計画を求めるのは、梶原殿の立場を考えれば酷であろうと思います。この計画書をもって、上に報告いたします」
「期限の延長は」
「確約はできませんが、解体計画が提出された以上、一定の猶予を認めるべきだと、わたくしからは具申いたします」
寅之助は頭を下げた。前回の面会では「民間の事情は承知せぬ」という態度だった永田が、明らかに変わっている。変わったのは永田ではなく、寅之助が持参したものの質であった。前回は事情の説明だけだったが、今回は具体的な計画がある。官僚は計画に弱い。計画があれば、書類が書ける。書類が書ければ、上に報告できる。報告できれば、動ける。
「それと——」
永田が付け加えた。
「繋留料の件ですが、出港日が確定した時点で、出港日以降の繋留料の加算は停止する措置をとりました。遡及はできませんが、今後の負担は軽減されます」
寅之助は一瞬、言葉を失った。前回、永田が「確認してみる」と言っていた件である。確約はできないと言いながら、ちゃんと措置を取ってくれていた。
「永田さん——」
「規定上の措置でありまして、わたくしの裁量ではありません」
永田は事務的に言ったが、その目の奥にわずかな温もりがあるのを、寅之助は見逃さなかった。
二
出港の日取りは十月十五日と決まった。
大林甚兵衛が手配してくれた曳船は「共栄丸」という百五十トンの鋼船で、佐世保で軍の工事船の曳航を終えたばかりであった。船主は下関の男で、名を波多野という。大林の紹介で六十圓で引き受けたが、水雷艇の状態を見て少し渋い顔をしたと、後で聞いた。
出港の前に、兵器部品の取り外し作業があった。これは海軍の監督下で行われるもので、寅之助には立ち会う義務があった。
十月十二日の朝、寅之助は繋船場に出向いた。水雷艇の甲板に、海軍の下士官と水兵が数人乗り込んでいた。彼らの仕事は、船体に残っている兵器関連の部品——魚雷発射管の台座に残った金具類、砲の旋回機構の残骸、弾薬庫のハッチの締結金具、信管の保管箱——を取り外し、回収することであった。
監督の下士官は四十がらみの兵曹長で、筋骨逞しい男であった。寅之助が甲板に上がろうとすると、「民間人は立入禁止じゃ。岸壁で待っとれ」と低い声で言った。
「わしは立ち会い義務があると聞いたんじゃが」
「立ち会いは結構じゃが、作業の邪魔はせんでくれ。船の上に乗らんでも、そこから見えるじゃろう」
寅之助は岸壁に立って作業を見守った。水兵たちはスパナや鉄梃を使って、錆びた金具を手際よく外していく。二十年分の錆がこびりついた部品は容易には外れず、時に鉄鎚で叩いたり、てこの原理で引き剥がしたりしていた。
外された部品は岸壁に並べられ、下士官が一つ一つ点検して台帳に記録していった。魚雷発射管の旋回軸受け。三十七粍砲の照準器台座。弾薬箱の蝶番。信管の保管容器。どれも錆びて原形を留めないものばかりだが、海軍にとってはこれらは依然として「兵器部品」であり、民間の手に渡ってはならない品目なのであった。
「これで全部か」と下士官が水兵に確認した。
「はい。目録通りです」
「よし。——梶原殿」
下士官は寅之助に向き直り、台帳を差し出した。
「返納部品の受領確認書じゃ。ここに署名してくれ」
寅之助は台帳の末尾に署名した。これで、水雷艇第七十二号から兵器部品は全て撤去され、船体は純然たる「鉄屑」になった。軍艦としての最後の痕跡が消えた瞬間でもあった。
兵器部品の撤去が終わると、曳航の準備が始まった。
共栄丸の船長の波多野が水雷艇を検分し、曳航索を取り付ける場所を確認した。船首のビット(係船柱)は錆びてはいるが、まだ使える。曳航索はマニラ麻の太い綱で、直径が三寸(約九センチ)ほどあった。波多野は綱の状態を確かめながら、「この船、舵は動くんか」と寅之助に聞いた。
「動かんそうです。固着しとると永田中尉が言うとりました」
「困ったな。舵が利かん船は曳きにくいんじゃ。横風を受けたら蛇行する」
「何か方法はないんですか」
「あるにはある。船尾にもう一本、短い綱をつけて引きずりにする。抵抗が増えて速度は落ちるが、蛇行は抑えられる」
波多野は船尾に回り、曳航の段取りを手際よく整えていった。海の男は海の仕事を知っている。寅之助はただ見ているしかなかったが、波多野の無駄のない動きを見ていると、この男になら任せられるという安心感があった。
三
大正十三年十月十五日。晴れ。風は北西の微風。
佐世保港の朝は早い。まだ暗いうちから工廠の煙突に煙が上がり、港内をゆく小型の舟艇が航跡を引いている。寅之助は浜乃家を暗いうちに出て、繋船場に向かった。
共栄丸はすでに蒸気を上げていた。煙突から白い煙がたなびき、機関の低い唸りが水面を伝わってくる。水雷艇は共栄丸の後方に曳航索で繋がれ、岸壁から離れる準備が整っていた。
永田主計中尉が見送りに来ていた。早朝にもかかわらず軍服はきちんとしていて、帽子の庇の下の目が寅之助を見ていた。
「梶原殿。道中、ご無事で」
「永田さん。いろいろお世話になりました」
「職務であります」
「職務じゃけど、助けてもらったのは事実です。——解体が終わったら、報告に参ります」
永田は小さく頷いた。
「お待ちしております。くれぐれも安全に」
寅之助は共栄丸に乗り込んだ。船長の波多野が操舵室から顔を出し、「出るぞ」と声をかけた。
午前六時、共栄丸の汽笛が一声鳴った。機関の回転が上がり、スクリューが水を掻く。曳航索がゆっくりと張り、水雷艇の船体が岸壁からじわりと離れた。
寅之助は共栄丸の船尾に立ち、曳かれていく水雷艇を見た。赤錆の船体が朝の光を受けて鈍く輝いている。傾いた煙突、穴の開いた甲板、牡蠣殻に覆われた舷側。三ヶ月前に初めて見た時と何も変わらない姿だが、今はこの船が自分と一緒に動いているということが、寅之助には妙に感慨深かった。
佐世保の港が後ろに退いていく。軍艦の灰色の群れ、工廠のクレーン、丘の上の官舎。繋留料が一日一圓二十銭ずつ吸い取られていた場所が、ゆっくりと遠ざかっていく。
共栄丸は港口を出て、外洋に船首を向けた。佐世保湾の穏やかな水面が、湾口を出た途端に大きなうねりに変わった。水雷艇が後方で左右に揺れ、曳航索が軋んだ。
「関門まで十五、六時間じゃ。夜中には着く」と波多野が言った。
玄界灘。寅之助にとって初めての外洋であった。
四
玄界灘の航海は、寅之助が予想していたよりも穏やかであった。十月の半ばは台風の季節が過ぎ、冬の季節風にはまだ早い。海面は大きなうねりがあるものの波頭は立たず、共栄丸は安定した速度で東に進んだ。
問題は後方の水雷艇であった。
舵が固着しているため、風やうねりを受けるたびに船体が左右に振れる。波多野が船尾に仕掛けた引きずり索のおかげで大きな蛇行は防げていたが、それでも水雷艇は曳航索の範囲内で不規則に揺れ続けた。
「あの船、生きとる魚みたいじゃのう」と寅之助が言うと、波多野は苦笑した。
「魚の方がまだ言うことを聞くわい。舵のない船は一番厄介じゃ」
共栄丸の甲板に腰を下ろし、寅之助は後方の水雷艇を眺めていた。陽が昇るにつれて赤錆の船体が色を変え、朝は茶色だったものが昼には橙に、夕方には赤黒くなった。一日中、同じ船を後ろから見ているのは退屈なようでいて、不思議と飽きなかった。あの鉄の塊が自分のものだという事実は、三ヶ月経ってもまだ信じがたい。
壱岐と対馬の間を抜け、響灘に入ると、海の色が変わった。外洋の深い紺色から、沿岸の浅い緑がかった青になる。右手に九州の山並みが見え始め、やがて関門海峡の入口が前方に姿を現した。
関門海峡に差しかかったのは、日が暮れた後であった。
波多野は無線で下関の大林廻漕店に連絡を入れていた。大林が手配した水先案内人が、海峡の入口で待っているはずであった。
下関側の灯台の灯が見え、海峡の入口が近づいた頃、小型の船が共栄丸に横付けしてきた。水先案内人が乗り移ってきた。六十がらみの小柄な男で、顔中に皺があり、目だけが鋭く光っていた。
水先案内人は後方の水雷艇を一瞥し、眉をひそめた。
「あれが曳航船か」
「そうです」
「舵は利くのか」
「利きません。固着しとります」
水先案内人は舌打ちをした。
「こりゃあいけんな。舵の利かん船を夜の関門に入れるのは危ないぞ。潮が速い。六ノットは出とる。あの船が横を向いたら曳航索が切れるかもしれん」
波多野と水先案内人が操舵室で相談を始めた。寅之助は甲板で待っていたが、やがて波多野が顔を出した。
「梶原さん、面倒なことになった。もう一隻、補助の曳船が要るそうじゃ。水雷艇の船尾にも曳船をつけて、前後で挟んで通すしかないと水先が言うとる」
「もう一隻。——費用は」
「大林さんに頼むしかない。下関の港内に小型の曳船がおるはずじゃ」
寅之助は歯を食いしばった。追加の出費。しかし、ここで引き返すわけにはいかない。引き返せば佐世保に戻り、また繋留料が加算される。前に進むしかない。
「大林さんに連絡してくれ。費用はわしが持つ」
波多野は無線で大林に連絡を取った。夜の海の上で電波が行き交い、三十分ほどして返事が来た。
「大林さんが下関の港で小型曳船を一隻都合してくれた。三十五圓じゃそうだ」
三十五圓。質屋から借りた五百圓の中から、また三十五圓が消える。しかし、船が沈むよりはましであった。
「頼む」
一時間ほどして、下関の方角から小型の曳船が灯りを点してやってきた。水雷艇の船尾に回り、補助の曳航索を取り付けた。
これで共栄丸が前から曳き、小型曳船が後ろから押さえる形になった。前後二隻に挟まれた水雷艇は、暗い海の上で行儀よくなったように見えた。
関門海峡の通過は、寅之助の生涯で最も長い一時間であった。
海峡の幅は最も狭いところで六百メートルほどしかない。両岸に町の灯りが並び、まるで川のようであった。しかし川とは違い、潮流が海峡を洗っている。水先案内人の指示で共栄丸は潮に乗り、六ノットを超える速度で海峡を駆け抜けた。
水雷艇は前後の曳船に挟まれて、比較的安定していた。しかし、海峡の中央付近で潮流が乱れる箇所を通過した時、船体が大きく横に振れた。曳航索がぎしりと鳴り、共栄丸の船尾が引かれた。
「索を緩めるな!」水先案内人が叫んだ。
「後ろ、引け!」波多野が後方の小型曳船に向かって叫んだ。
小型曳船が機関を吹かし、水雷艇の船尾を引き戻した。船体は再び航路に乗り、海峡の流れに沿って東に抜けていった。
寅之助は船尾の手摺りを握りしめていた。手のひらに爪の跡がついていた。波多野が振り返り、「大丈夫か」と声をかけた。
「大丈夫じゃない。生きた心地がせん」
「まあ、通ったけえの。——もう瀬戸内海じゃ」
海峡を抜けると、嘘のように海が穏やかになった。周防灘の暗い水面が広がり、遠くに航行灯を点した船の灯りがいくつか見えた。寅之助はようやく手摺りから手を離し、深く息を吐いた。
五
下関で共栄丸と別れたのは、翌朝の早い時間であった。
波多野は下関の港で共栄丸を岸壁に着け、曳航索を解いた。水雷艇は下関港の隅に一時的に繋留された。
「ここまでじゃ。あとは頼んだぞ」
「波多野さん、世話になった。ありがとう」
「なに、仕事じゃ。——しかし梶原さん、あんた面白い人じゃのう。雑貨屋が軍艦を連れて旅をするなんて話は、初めて聞いたわ」
波多野は笑って手を振り、共栄丸は港を出ていった。
代わって迎えに来たのが、三好造船所の機帆船「金比羅丸」であった。三十トンの木造の機帆船で、船腹に「三好造船所」と墨書きしてある。船首に補助の焼玉機関を積んでいるが、主な推進力は帆であった。
金比羅丸の舵を握っていたのは、三好造船所の職長、山根喜八であった。
山根は五十歳の、背の高い痩せた男であった。日に焼けた顔に深い皺が刻まれ、口が薄く、目が細い。船大工としての腕は三好造船所で一番と聞いていたが、第一印象は「愛想のない男」であった。
金比羅丸が下関の岸壁に着くと、山根は水雷艇をひと目見て、「ぼろいのう」とだけ言った。
「ぼろいのはわしの財布も同じじゃ」
寅之助が返すと、山根は鼻で笑った。笑ったのか、鼻を鳴らしたのか判然としなかったが、少なくとも敵意はなさそうであった。
山根は水雷艇に乗り込み、船体の状態を丹念に調べた。甲板の腐食状態、舷側の鋼板の厚み、船底の状態。寅之助も一緒に乗り込んだが、山根の動きについていくのが精一杯で、何を見ているのかは半分も分からなかった。
「船底は思うたより状態がええ」と山根は言った。「鋼板の厚みが残っとる。この時期の軍艦は民間の船より鉄を厚く使うとるけえな。切るのに手間はかかるが、屑鉄としてはその分だけ量が出る」
「ということは、売れる鉄が多いいうことか」
「そういうことじゃ。——さ、出るぞ。潮が変わる前に周防灘を渡りたい」
山根は水雷艇の船首に曳航索を取り付け、金比羅丸で曳き始めた。機帆船のちいさな焼玉機関が、ぽんぽんぽんと軽い音を立てて回り始めた。
水雷艇が下関の岸壁を離れた。いよいよ瀬戸内海の航程が始まる。
六
下関から因島まで、瀬戸内海をおよそ百五十海里。金比羅丸の速度では三日はかかると山根は言った。
「急いでも仕方がない。潮を読んで走れば、機関の燃料も節約できる」
山根は瀬戸内海の潮流を知り尽くしていた。上げ潮の時に東に進み、下げ潮の時は島陰に入って碇を下ろし、潮が変わるのを待つ。帆を使える時は帆を張り、風がない時だけ機関を回す。金は極力使わない。それが島の船乗りのやり方であった。
初日は周防灘を渡り、大津島の沖を東に進んだ。瀬戸内海は穏やかで、外洋のうねりとは別世界であった。水面が鏡のように凪いで、遠くに島々のシルエットが薄紫色に霞んでいる。
金比羅丸の甲板に座り、寅之助は後方の水雷艇を眺めていた。赤錆の船体が午後の陽光を受けて橙色に光り、船体から錆の混じった赤い水が細く流れ落ちている。水雷艇はまるで血を流しながら曳かれていく古い獣のように見えた。
山根は操舵しながら、ほとんど口を利かなかった。寅之助が話しかけても、返事は「ああ」か「うん」か「そうじゃ」のどれかであった。しかし寅之助は商売人の性分で、黙っていることが苦手である。聞いてもらえるかどうかは構わず、独り言のように話し続けた。
「あの船はの、明治三十六年に造られたそうじゃ。わしが店を始める二年前じゃ。日露の戦に出たいう話でな。旅順の閉塞作戦にも参加したと、佐世保の中尉が言うとった」
「……」
「二十年も海軍におった船が、最後は錆びてわしみたいな雑貨屋に引き取られるんじゃけえ、あの船も不本意じゃろうなあ」
「……船に気持ちはない」
山根が、初めてまともな文章を口にした。
「そりゃそうじゃが——」
「船は鉄と木でできとる。気持ちはない。ほいじゃが、造った人間の手は残っとる」
「手?」
「鋼板の曲げ方、鋲の打ち方、骨組みの間隔。それを見れば、どういう職人がどういう仕事をしたか分かる。あの船を造った職人は、まともな仕事をしとる。佐世保の工廠じゃけえ、腕のええ職工がおったんじゃろう」
寅之助は水雷艇を見た。赤錆の塊にしか見えないその船体に、二十年前の職人の「手」が残っていると山根は言う。
「山根さんは、あの船を切るのが惜しいかいの」
「惜しくはない。古い船は解かにゃいかん。ほいじゃが、ええ仕事をした船を解く時は、雑には切らん。それだけのことじゃ」
山根はそれきり黙った。寅之助も黙った。金比羅丸の焼玉機関がぽんぽんと鳴り、後方で水雷艇が静かに曳かれていった。
二日目は、屋代島と大三島の間の水道を抜けた。瀬戸内海の島々が近くなり、水道の両岸に蜜柑畑や漁村が見えた。漁船とすれ違うたびに、漁師が水雷艇を見て驚いた顔をした。赤錆だらけの軍艦が小さな機帆船に曳かれて瀬戸内海を行くのは、そうそう見られる光景ではなかろう。
この日の夕方、大三島の宮浦の沖で碇を下ろし、潮待ちをした。金比羅丸の甲板で、山根が握り飯を分けてくれた。
「山根さんは、因島の生まれかいの」
「そうじゃ」
「ずっと船を造っとるんか」
「十五の時から三好の親方の下でな。三十五年になる」
「三十五年。——わしが梶原商店を始めてから二十年じゃけえ、わしよりだいぶ長いのう」
「商売と船造りは違う」
「違うのう。——ほいじゃが、一つの仕事を何十年もやっとるいうのは同じじゃ」
山根は握り飯を咀嚼しながら、ふうん、という顔をした。
「梶原さん」
「何じゃ」
「あんた、何で逃げんかったんじゃ」
「逃げる?」
「児島いう男は逃げた。あんたも逃げられたんじゃないんか。保証人の保証人じゃいうて、法的には争える余地もあると聞いたが」
寅之助はしばらく考えた。なぜ逃げなかったのか。正直に言えば、逃げることを考えなかったわけではない。通達を受け取った最初の夜、布団の中で「知らんぷりをしたらどうなるか」と一瞬だけ考えた。しかし翌朝にはその考えを捨てていた。
「逃げたら、もっとひどいことになるからじゃ」
「それだけか」
「それだけじゃないかもしれん。——わしはの、尾道で二十年商売をしてきた。店があり、家族があり、近所の人間がおり、取引先がおる。逃げたら、それが全部なくなる。店も信用も家族の顔も。千三百圓や千五百圓で買えるもんじゃない」
「……」
「それにの、わしには千代がおる。あれが逃げてええとは絶対に言わんかった。言わんでも分かる。千代の前で逃げるような真似はできん」
山根は何も言わなかった。ただ、夕焼けの海を見ながら、握り飯の最後のひと口を飲み込んだ。
三日目の午後、因島の島影が見えてきた。
金比羅丸は布刈瀬戸を抜け、因島の南岸に沿って東に進んだ。土生港の入口が見え、港内に小さなクレーンが一基立っているのが見えた時、山根が言った。
「着いたぞ」
土生港の岸壁に、一人の男が立っていた。白髪交じりの角刈り、赤銅色の肌。三好嘉平であった。
金比羅丸が岸壁に寄り、山根が纜を投げた。三好がそれを受け取り、ビットに巻き付けた。水雷艇は金比羅丸の後方でゆっくりと流れ、三好造船所の前の岸壁に横付けされた。
寅之助は金比羅丸から岸壁に飛び移った。足元が揺れた。三日間船の上にいた身体が、まだ揺れの感覚を覚えている。
三好は水雷艇を一瞥し、寅之助を見た。
「着いたのう」
「着きました」
「長い旅じゃったろう」
「長かったです。——三好さん、七月に海軍の書留をもらってから、三ヶ月になります」
三好は頷いた。それ以上は何も言わず、水雷艇の方に歩いていった。岸壁から船体を見上げ、舷側に手を当てた。鉄の感触を確かめるように、ゆっくりと手のひらを動かした。
「明日から仕事じゃ」
三好はそう言って、事務所に戻っていった。
寅之助は岸壁に一人残り、水雷艇を見上げた。赤錆の船体に夕陽が当たり、鉄が橙色に燃えていた。佐世保の繋船場で初めて見た時と同じ船だが、今は因島の夕陽の下にいる。四百海里の旅を経て、ようやくここまで来た。
ここから先は、切る仕事である。
寅之助は深く息を吸った。瀬戸内海の潮の匂いと、鉄の匂いが混じっていた。




