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鉄屑  作者: オオマガリ
判と紙
3/7

第三章 佐世保にて


   一


 大正十三年七月二十八日の早朝、梶原寅之助は尾道駅で山陽本線の下り列車に乗った。

 三等車の木の座席は固く、窓は開け放ってあるが風はぬるい。尾道を出た汽車は糸崎で五分ほど停まり、三原を過ぎ、本郷を過ぎ、河内に差しかかるあたりで山が迫ってきた。寅之助は窓際に腰を落ち着け、膝の上の風呂敷包みを両手で押さえていた。包みの中には着替えの一組と手拭いと、海軍省からの書類一式と、黒田から受け取った譲渡の書類と、千代が持たせてくれた握り飯が入っている。

 汽車の旅は嫌いではなかったが、これほどの遠出は初めてであった。商売で出かけるのはせいぜい広島か、遠くて岡山までである。佐世保は九州の西の果て、尾道から汽車と連絡船を乗り継いで丸二日はかかる。

 広島に着いたのは昼前であった。駅前の立ち食い蕎麦で腹ごしらえをし、山陽本線をさらに西へ向かう列車に乗り換えた。広島を過ぎると車窓の風景が変わる。宮島口で海が見え、岩国を過ぎて周防の国に入ると、山と田畑の風景が交互に現れては消えた。

 車中で寅之助は、海軍省の書類を何度目かに読み返していた。千代に読み解いてもらった内容はおおよそ頭に入っているが、書類に書かれた細かい条項や数字を自分でも噛み砕いておきたかった。

 繋留料、一日壱圓弐拾銭。解体期限、通達到達日より九十日。違約金、八百四十圓。兵器部品の返納。

 数字はどれも無愛想で、そこに情状酌量の余地はなかった。


 柳井を過ぎ、徳山を過ぎ、小郡に着いた頃にはもう日が傾いていた。小郡で一泊するか迷ったが、夜行で下関まで行けば翌朝に関門の連絡船に乗れると車掌に教えてもらい、そのまま乗り続けることにした。

 夜行列車の三等車は、昼間よりもさらに居心地が悪かった。座席の背もたれに首を預けるが、汽車が揺れるたびに目が覚める。周囲では日雇いの労務者や行商人が器用に眠っている。寅之助だけが目を開けて、暗い車窓に映る自分の顔を見ていた。

 四十二年生きてきて、こんな旅をすることになるとは。

 目を閉じると、千代の顔が浮かんだ。出がけに「便りをよこしんさい」とだけ言った千代。あの短い言葉の中に、行ってこい、気をつけて、しっかりやりんさい、という三つの意味が全部入っている。寅之助はそれをよく知っていた。


 下関に着いたのは翌朝の六時過ぎであった。

 駅を出ると、目の前に関門海峡が広がっていた。対岸の門司の山並みが朝靄の中にぼんやりと見えている。海峡は思ったよりも狭く、潮が速かった。渦を巻くような潮目が海面にいくつも走っていて、その間を貨物船や漁船がせわしなく行き来していた。

 尾道水道も狭い海峡だが、あれは穏やかなものだと今さら知った。関門海峡は狭さの中に暴力的な力が詰まっている。こんなところを、舵の利かない水雷艇で通れるのだろうかと、まだ先の話のことがふと頭をよぎった。

 連絡船で門司に渡り、門司駅で鹿児島本線に乗り換え、九州に入った。博多を過ぎ、鳥栖で分岐して長崎本線に入り、佐賀、肥前山口を経て佐世保線に入る。九州の風景は山陽とは異質であった。平野が広く、稲田が果てしなく続き、遠くに連なる山の形がどこか鷹揚で大雑把に見えた。尾道の、山と海が犇めき合うような狭い地形とはまるで違う。

 佐世保に着いたのは、尾道を発ってから二日目の午後三時過ぎであった。

 汽車を降りた瞬間、海の匂いがした。それは尾道の海とも呉の海とも違う、もっと荒い、外洋に近い匂いであった。駅前の通りには海軍の水兵や軍属の姿が多く、飲食店や雑貨屋が軒を連ねている。町全体が海軍を中心にして回っているのが一目で分かった。

 呉も軍港の町だが、呉には海軍以外の顔もある。佐世保は、少なくとも寅之助の目には、海軍そのものが町になったように見えた。

 まずは宿を確保せねばならない。駅前の旅館はどこも軍関係の客で混み合っていたが、裏通りに入ったところの小さな旅館「浜乃家」に一部屋だけ空きがあった。六畳一間、便所は共同、風呂は近所の銭湯を使えという。一泊六十銭。贅沢は言っていられない。荷物を置き、顔を洗い、寅之助は身支度を整えた。

 今日はもう遅い。鎮守府に行くのは明日にして、今日は町の様子を見ておこう。

 寅之助は浜乃家を出て、佐世保の町を歩き始めた。



   二


 佐世保の港は、尾道とは比較にならぬ大きさであった。

 天然の良港と呼ばれるだけあって、湾が深く入り込み、周囲を山に囲まれている。湾の奥には海軍工廠の巨大なクレーンが林立し、乾ドックの石壁がそそり立っていた。繋留された軍艦の灰色の船体が幾隻も並んでおり、その一隻一隻が梶原商店の建物の何倍もある。

 寅之助は港を見渡せる丘の上まで歩き、しばらくそこに立っていた。

 呉の軍港は、次兄の辰次郎を訪ねる際に遠くから眺めたことがある。しかし呉では軍港は柵の向こうに隔てられていて、庶民の日常と地続きではなかった。佐世保は町全体が軍港の延長のようなもので、水兵が商店で買い物をし、士官が人力車で通りを行き、工廠の職工が仕事帰りに居酒屋に入る。軍と民の境界が呉よりもずっと曖昧であった。

 それでも、あの灰色の軍艦の群れには近づきがたいものがあった。あの巨大な鉄の塊の一つひとつに、何百人もの兵が乗り、大砲を積み、海を渡って戦をする。寅之助は生まれてこのかた戦争というものに縁がなかった。日露戦争の時は二十二歳で徴兵検査に引っかからず、店を始めたばかりで戦勝の提灯行列を眺めた記憶しかない。軍艦というものは新聞の写真か絵葉書の中の存在であって、こうして目の前に実物が並んでいるのを見ると、頭のどこかが現実を受け入れることを拒んでいた。

 しかし、あの灰色の軍艦の中に——正確には軍艦ではなくもう軍籍を抜かれた鉄屑だが——自分の名前がついた一隻があるのだと思うと、現実はいやでも現実であった。

 丘を下り、港の近くの大衆食堂で卓袱料理の安いのを食べた。佐世保の卓袱料理は長崎の流れを汲んでいると聞いたことがあるが、出てきたのは鯖の煮付けと豚汁と漬物で、卓袱も何もなかった。しかし旨かった。二日間ろくに飯を食っていなかったから、何を食べても旨いのだろう。


 翌朝、寅之助は宿を出て佐世保鎮守府に向かった。

 正門は石造りの門柱と鉄の柵で構成されていて、門の両脇に歩哨の水兵が立っている。寅之助は水兵の前で足が止まった。白い軍服に手袋、腰に帯剣。二十歳そこそこの若い水兵だが、門番としての威厳があった。

「何か御用でしょうか」

 水兵の声は丁寧だが事務的であった。

「あの、経理部に用事がありまして」

「お名前と御用件を」

「梶原寅之助。広島県の尾道から来ました。水雷艇の払い下げの件で——」

「少々お待ちください」

 水兵は門番の詰所に入り、電話で連絡を取った。しばらく待たされた後、「経理部の者が参りますので、こちらでお待ちください」と言われ、門の脇の小さな待合所に通された。

 木のベンチに座って待つ間、寅之助は落ち着かなかった。門の向こうからは工廠の槌音やラッパの音が聞こえてくる。軍人たちが足早に行き来し、時折自動車が砂利を蹴立てて通り過ぎた。尾道の雑貨屋がいるような場所ではない。懐の千光寺のお守りに手を当てて、心の中で何かに祈った。何にかは分からないが、とにかく祈った。

 二十分ほど待つと、一人の下士官が現れた。

「梶原殿ですな。こちらへどうぞ」

 案内されるまま、門をくぐり、構内の道を歩いた。左右には煉瓦造りの建物が並び、幟や看板は一切ない。どの建物も同じような造りで、寅之助にはどれが何の建物か見分けがつかなかった。やがて二階建ての事務棟の前で下士官は足を止め、「二階の第三号室です」と言って去った。

 階段を上がり、廊下を進むと、すりガラスの嵌まった木の扉に「経理部第二課」の札が掛かっていた。寅之助は扉を叩いた。

「はい」

 中から若い声がした。扉を開けると、書類が積まれた机の向こうに一人の士官が座っていた。


 永田主計中尉は、寅之助が想像していた海軍士官とはいくらか違っていた。

 二十八歳のその若い士官は、背が高く痩せ型で、軍服の下の体に肉が少ないのが見て取れた。面長の顔に細い銀縁の眼鏡をかけ、額が広い。軍人というよりは学校の教師のような風貌で、机の上には書類のほかに厚い法律書が開いてあった。

「梶原寅之助殿ですな」

「はい」

「佐世保鎮守府経理部第二課、主計中尉の永田であります。お掛けなさい」

 寅之助は椅子に腰を下ろした。永田は机の引き出しから書類挟を取り出し、中身をぱらぱらと確認した。

「旧水雷艇第七十二号の件で来られたということですが」

「はい。先日、通知を頂戴しまして——」

「承知しております。わたくしがこの件の担当であります」

 永田の言葉遣いは丁寧だが、そこに温度がなかった。帳場に来た客にそろばんの数字を読み上げるような、事実だけを事実として差し出す話し方であった。

「まず確認しますが、梶原殿は通知の内容を理解されておりますか」

「はい。——いえ、正直に申しますと、全部は分かっておりません。わしは尾道で雑貨屋をやっとる者でして、海軍のことは何も知らんのです」

 寅之助は正直に言った。格好をつけても始まらないと思った。相手は規則で動く軍の役人である。嘘をついてもすぐに見抜かれるだろうし、見栄を張って分かったふりをすれば後で困るのは自分である。

 永田はわずかに眉を動かした。素人であることを臆面もなく認める民間人は珍しかったのかもしれない。

「では、改めて説明いたします」

 永田は書類を広げ、経緯を一から説明し始めた。


 永田の説明は簡潔で正確であった。しかし寅之助にとって新しい情報は少なかった。千代と村上弁護士を通じて、おおよその事情は把握している。寅之助が注意を向けたのは、書類に書かれていない部分——つまり永田の態度と、言葉の端々に滲む微妙な含みであった。

 永田は児島辰蔵が失踪したことについて、「甚だ遺憾」という言い方をした。播磨源三郎が死亡し遺族が相続を放棄したことについては、「想定外の事態」と述べた。そして梶原寅之助に義務が移転したことについては、「やむを得ぬ措置」と表現した。

 いずれも官僚的な言い回しだが、寅之助はその奥に、この若い士官なりの困惑があるのを感じ取っていた。この件は永田にとっても頭の痛い案件なのだ。落札者が逃げ、保証人が死に、契約の履行者がいなくなった。処理しなければならないが、処理の相手が次々と消えていく。ようやく辿り着いた梶原寅之助が素人の雑貨屋だと分かって、永田は内心で溜め息をついているに違いない。

「永田さん——中尉殿」

「永田で結構です」

「永田さん。わしは正直に申します。わしは水雷艇がどういうもんかも、ようやく兄に聞いて分かったくらいの人間です。軍艦の解体なんぞやったこともないし、やり方も分からん。じゃけど、この通知を受け取って、逃げるわけにはいかんと思うてここに来ました」

 永田は黙って聞いていた。

「わしが聞きたいのは三つです。一つ、あの水雷艇を見せてもらえんか。自分の目で見んことには、何をどうしたらええか分からん。二つ、解体の手続きはどうすればええのか。どこに届けを出して、何を返納して、どういう順番で進めればええのか、教えてもらいたい。三つ、期限の九十日いうのは、何としても守らにゃいかんもんか。事情が事情じゃけえ、多少の猶予はもらえんもんか」

 永田は寅之助の顔をしばらく見ていた。それから、机の上の書類に目を落とした。

「一つ目について。船体の視察は可能です。わたくしが案内いたします。二つ目について。解体の手続きに関する規定は、文書でお渡しいたします。三つ目について——」

 永田は言葉を切り、少しの間を置いた。

「規定の期限は九十日です。これは契約上の定めでありまして、わたくしの一存では変更できません」

「延長はできんいうことですか」

「現時点ではそのように申し上げるほかありません。ただし——」

 永田はまた間を置いた。寅之助はその「ただし」に全神経を集中させた。

「——具体的な解体計画をお持ちいただければ、上に相談する余地はあるかもしれません。計画もなしに猶予だけ求められても、お応えのしようがありません」

 寅之助は頷いた。つまり、計画を持ってこい。計画があれば交渉の土台になる。何もなければ門前払いだ。

「分かりました。計画を立てて、また参ります」

「お待ちしております」

 永田はそう言って立ち上がり、「では、船体の方にご案内いたしましょう」と付け加えた。



   三


 経理部の建物を出て、永田に従って構内の道を歩いた。

 七月の末の佐世保は尾道以上に暑かった。西に開けた港に日が照りつけ、海面からの照り返しが容赦なく肌を焼く。永田は軍服の詰め襟をきちんと留めたまま涼しい顔をしているが、寅之助は歩くだけで汗が噴き出した。

 構内の道は広く、真っ直ぐで、砂利が敷き詰めてあった。両脇に倉庫や工場の建物が並び、時折、資材を積んだ台車を押す工員や、整列して行進する水兵の一隊とすれ違った。水兵たちは永田に敬礼し、永田は軽く答礼した。寅之助は自分が異物であることを強く意識した。ここは軍の世界であり、自分はそこに迷い込んだ民間人である。

 十分ほど歩くと、海に面した岸壁に出た。本港の繋船場から少し離れた一角で、大型艦の泊まる桟橋とは別の、古い石積みの小さな岸壁であった。そこに数隻の小型の船が繋がれていた。どれも古く、錆び、傾き、明らかに使われていない。廃艦の墓場であった。

「あちらです」

 永田が指差した先に、その船はいた。


 最初に目に入ったのは、赤錆であった。

 船体の全面が赤茶色の錆に覆われていて、元の塗装がどんな色だったのか想像もつかない。舷側に牡蠣殻がびっしりと付着し、喫水線のあたりでは緑色の藻が水面に揺れていた。

 全長は四十六メートルと聞いていた。数字として聞いた時にはぴんと来なかったが、目の前に実物を見ると、それは梶原商店の建物を六つ縦に並べた長さであった。幅は五メートルに満たないから、細長い。細長いが、高さがある。岸壁の縁に立って見下ろすと、甲板まで二メートル近い。そして船体はそこからさらに水中に沈んでいる。

 煙突が一本、船体の中央よりやや後ろに立っている。大きく傾いていて、今にも折れそうであった。マストは根元から曲がり、信号旗を揚げる滑車が外れて錆びた鎖だけがぶら下がっている。甲板は腐食して穴が開いているところがあり、そこから船内の暗闇が覗いていた。

 寅之助は岸壁に立ち尽くした。

 百五十二トン。米俵二千五百俵分の鉄。頭の中で弾いた数字が、今は赤錆の塊として目の前にある。

「これが——」

「旧水雷艇第七十二号であります。明治三十六年建造。佐世保海軍工廠にて竣工。日露戦争に従軍し、その後は哨戒任務に就いておりましたが、大正四年に二等水雷艇に類別変更、大正十二年九月二十日付で除籍されました」

 永田は淡々と述べた。まるで死者の経歴を読み上げるようであった。

「近くで見たいんじゃが、乗ってもええですか」

「甲板が腐食しておりますので、足元にはくれぐれもご注意ください。わたくしが先に参ります」

 永田は岸壁から船体に渡された朽ちかけた板を、慣れた足取りで渡った。寅之助はそろそろと後に続いた。板がたわみ、下に暗い海面がちらりと見えた。

 甲板に足を置くと、鉄板が乾いた音を立てた。錆びた表面はざらざらして、草鞋の底に砂利のような感触が伝わる。甲板のあちこちに穴が開いており、そこを避けて歩かなければならなかった。永田は穴の位置を把握しているらしく、迷いなく歩いた。

「こちらが艦橋の跡です。もっとも、この級の水雷艇に艦橋と呼べるほどのものはなく、操舵装置と羅針盤を覆う小さな囲いがあっただけですが」

 永田が示した場所には、錆びた鉄骨の骨組みだけが残っていた。囲いの板はとうに朽ちて失われている。操舵輪は辛うじて原形を留めていたが、握りの木の部分は腐って崩れ、鉄の芯だけが残っていた。

「ここに人が立って、舵を取っとったんかいの」

「そうであります」

「日露の時に」

「そうであります。旅順港の閉塞作戦にも参加したと記録にあります」

 寅之助は操舵輪に触れた。錆が手のひらに付いた。二十年前、この輪を握って敵の港に突っ込んでいった男がいたのだ。その男はもう生きているのか死んでいるのか分からないが、その男が握った舵輪が、今は赤錆に覆われて尾道の雑貨屋の掌の中にある。

 不思議な感慨であった。怒りでも悲しみでもない。ただ、時間の重さのようなものが、錆びた鉄を通じて手のひらに伝わってきた。

「永田さん」

「はい」

「この船は——この船は、二十年間ずっと海軍にいたんですな」

「そうであります。建造から除籍まで二十年と少し。軍艦としては長い方ではありませんが、短くもない」

「二十年。わしが店を始めた年に生まれて、わしが軍艦の持ち主になった年に除籍された」

 寅之助は自分の言葉に自分で驚いた。明治三十六年は、寅之助が備後屋から独立して梶原商店を始める二年前である。この水雷艇は、寅之助の商売人としての人生とほぼ同じ歳月を海軍で過ごしたことになる。

 永田は何も言わなかった。ただ、眼鏡の奥の目がわずかに動いたのを、寅之助は見た。

 甲板をさらに歩いた。船首には魚雷発射管の台座の跡があった。発射管本体はとうに撤去されていたが、台座の鉄塊は残っている。船尾には小口径の砲の台座がやはり残っており、甲板には弾薬庫に通じると思われるハッチが錆びて固着していた。

「船の中は見れるんですか」

「機関室への階段がありますが、内部は暗く、床板が腐食しております。危険ですので、今日はお勧めしません」

「分かりました」

 寅之助は船体の縁に立ち、水面を見下ろした。船底に近い部分は水中に没しており、喫水線のあたりに藻と貝が密生している。水は澄んでいて、船底の赤錆が水中でぼんやりと光っていた。

「永田さん、一つ聞いてもええですか」

「何でしょう」

「この船を、あんたはどう思いますか。——いや、海軍の方としてじゃなく、一人の人間としてです」

 永田は少し間を置いてから答えた。

「職務上、わたくしには意見を述べる立場にありません」

「ほうですか」

「ただ——」

 永田はまた、あの「ただし」を口にした。

「——この船が、然るべき形で処分されることを望んでおります。海の上で朽ちるよりは」

 それは永田なりの誠意であったろう。寅之助はそう受け取った。この若い士官は、規則と感情の間で自分なりに折り合いをつけている。口に出せることは少ないが、出せない言葉の裏にあるものを、寅之助は商売人の勘で感じ取っていた。

「然るべき形で、ですな。わしもそう思います」

 寅之助は甲板をもう一度見回した。赤錆と牡蠣殻と傾いた煙突。二十年の海軍生活の残骸。これを自分がどうにかせねばならぬ。どうにかできるのかも分からぬが、どうにかせねばならぬ。

 岸壁に戻る時、朽ちかけた板の上で寅之助は一度だけ振り返り、水雷艇を見た。逆光の中で船体が黒い影になっていた。煙突の傾いた輪郭が、首をかしげた老人のように見えた。



   四


 鎮守府を辞去したのは午後二時頃であった。

 永田は別れ際に、解体手続きに関する規定の写しと、兵器部品の一覧表を寅之助に渡してくれた。

「次にお見えの際には、具体的な解体計画をお持ちください。場所、業者名、日程、これが最低限必要な項目であります」

「分かりました。必ず持って来ます」

「それと——」

 永田は一瞬ためらってから、低い声で付け加えた。

「繋留料の件ですが、計画をお持ちいただいた時点で、一時的に加算を停止する措置が取れるかどうか、わたくしの方で確認してみます。約束はできませんが」

 寅之助は目を見開いた。繋留料の加算が止まれば、それだけで大きな助けになる。一日壱圓弐拾銭が止まるということは、一ヶ月で三十六圓の節約である。

「永田さん、それは——」

「約束はできません。確認するだけです」

 永田はそれ以上何も言わず、敬礼して去った。

 寅之助は鎮守府の門を出て、佐世保の町を宿に向かって歩きながら、永田の最後の言葉を噛みしめていた。「約束はできない」と二度も念を押したのは、裏を返せば、何とかしてみようという意思の表れであろう。規則の枠内で、この若い士官ができるだけのことをしてくれようとしている。

 宿に戻ると、六畳の部屋に上がり、窓を開けて風を入れた。西日が畳の上に長い影を落としていた。寅之助は座卓の前に胡座をかき、宿の女将に貰った便箋を広げて筆を執った。


 千代。

 佐世保に着きました。二日がかりで腰が痛うなったが、元気にしとります。

 今日、海軍の経理部に行って、永田いう中尉に会うた。若い人で、固い人じゃが、悪い人ではないように思います。

 それから、わしの軍艦を見た。軍艦いうても、見るも無残なぼろ船です。赤錆だらけで、煙突は傾いとるし、甲板には穴が開いとる。こんなもんが百五十二トンもあるかと思うと目が眩むようじゃが、ともかく、これをわしがどうにかせにゃいかんのじゃけえ、腹をくくるしかない。

 ほいでもの、千代、ちょっとだけ不思議なことがあった。あの船に乗って甲板を歩いた時にの、舵輪に触ったんじゃ。日露の戦で使われた舵輪じゃ。その舵輪に触ったら、何というかの、この船にも二十年の人生があったんじゃのうと思うた。人生いうのは変じゃが、船にだって歳月はある。二十年海の上におった船が、今は錆びて繋がれて、尾道の雑貨屋に引き取られようとしとる。なんじゃかおかしな話じゃが、おかしいだけでは済まんのが辛いところじゃ。

 解体の計画を持って来いと言われた。場所と業者を見つけにゃいかん。帰ったらすぐに動くつもりじゃ。

 店のことはよろしく頼みます。伊三郎にもよろしう言うてやってください。

 文子と健太郎は元気にしとるかいの。暑いけえ、腹を壊さんよう気をつけてやってください。

 明日、帰路につきます。途中で門司に寄って、児島の手がかりを探すつもりじゃ。長うなるかもしれんが、必ず帰りますけえ。


 寅之助


 筆を置いて、便箋を封筒に入れた。宿の下駄箱の脇にある郵便差出口に投函すれば、二、三日で尾道に届くだろう。

 部屋に戻ると、もう日が暮れかけていた。窓の外に佐世保の港の灯が点き始めている。軍艦の舷側に並ぶ電灯が水面に映り、細長い光の列が波に揺れていた。

 寅之助は畳の上に大の字になった。天井の染みを眺めながら、今日見た水雷艇のことを考えた。

 あの船を解体するには、まず場所がいる。佐世保で解体するのが一番手間がかからないが、佐世保の業者に頼めるほどの金はない。どこかもっと安いところ。自分の土地勘のきくところ。瀬戸内海のどこかに、あの船を引っ張っていって、切り刻んでくれるところはないか。

 瀬戸内海。尾道。因島。向島。

 島々の造船所が頭に浮かんだ。因島には大阪鉄工所の工場がある。あそこは大きすぎて相手にしてもらえまいが、もっと小さな造船所なら——。

 考えているうちに、疲労が追いついてきた。汽車で二日、鎮守府で半日歩き、船に乗り、手紙を書いた。四十二の身体は正直で、考える頭よりも先に眠りが来た。

 寅之助は佐世保の安宿の六畳間で、雑魚寝のように眠った。窓の外では港の灯がいつまでも揺れていた。



   五


 翌朝、寅之助は佐世保を発った。

 門司で途中下車したのは、昼過ぎであった。

 門司港の駅は赤煉瓦の洒落た建物で、港に面した広場には外国航路の客船が停泊している。大陸への玄関口と呼ばれるだけあって、町の空気が佐世保とも尾道とも違った。人の流れが速く、言葉に朝鮮語や中国語が混じり、荷を担いだ苦力の姿も見えた。

 寅之助は駅の待合所に風呂敷包みを預け、児島辰蔵の痕跡を探しに町に出た。

 児島鋼材商会の住所は、播磨の遺品の書簡から分かっていた。港から少し入った裏通りの、鉄屑商や古物商が軒を連ねる一画である。しかし、その番地に行ってみると、店はすでに閉まっていた。木の雨戸が打ちつけてあり、看板は外されている。雨戸の隙間から覗くと、中は空っぽで、土間に埃が積もっているだけであった。

 隣の金物屋の親爺に声をかけた。

「すまんが、この児島鋼材商会いうのは、いつ頃閉めたんかいの」

「児島? ああ、あの兄さんか。三月じゃったかのう。夜逃げよ」

「夜逃げ」

「荷物も何もかも置いたまま、ある朝ぱっといなくなった。大家が怒って、中の物は全部売り払うたが、二束三文よ。鉄屑屋の中の物なんぞ鉄屑しかないけえのう」

 金物屋の親爺は愛想よく笑った。他人の不幸を面白がるというよりは、この界隈では夜逃げが珍しくないのだろう。

「児島さんの知り合いで、まだこの辺におる人はおらんかのう。番頭とか、出入りの業者とか」

「番頭は——おったな、杉山いう若いの。あれはまだ門司におるはずじゃ。たしか、港の方の山田鉄商店で働いとるいう話じゃったが」

 寅之助は礼を言い、港の方に歩いた。


 山田鉄商店はすぐに見つかった。港湾の資材置き場に隣接した小さな鉄屑商で、店先に錆びた鋼材や古い鉄管が無造作に積まれている。中に入ると、若い男がそろばんを弾いていた。

「杉山庫吉さんですか」

 男は顔を上げた。二十五、六の、日に焼けた丸顔の男であった。寅之助に似た体格だが、もっと若く、目に警戒の色があった。

「そうですが。どちら様で」

「尾道の梶原いう者です。児島辰蔵さんの件でちょっと話を聞かせてもらいたいんじゃが」

 杉山の顔がこわばった。

「あの人の件は——もう関わりたくないんですが」

「分かる。分かるが、ちょっとだけ聞いてくれ。わしはの、児島さんが買うた水雷艇の、今の持ち主なんじゃ」

 杉山は目を丸くした。

「水雷艇の。——あの佐世保の」

「そうじゃ。回りまわって、わしのところに来た。信じられんじゃろうが、わしにも信じられん」

 寅之助は簡潔に事情を話した。杉山は聞いているうちに警戒を解き、やがて同情とも呆れともつかぬ表情になった。

「それは——えらい災難ですな」

「災難じゃ。で、児島さんのことを少しでも教えてもらえんかと思うて来たんじゃが」

 杉山は店の奥に寅之助を招き入れ、茶を出してくれた。そして、かつての主人について話し始めた。


 杉山の話を総合すると、児島辰蔵の像はこうであった。

 三十五歳の独り者で、門司に来たのは五年前。それ以前は大阪にいたらしいが詳しくは知らない。鉄屑の目利きは確かで、商売の勘もあった。しかし、当てた金をすぐに次の投機に注ぎ込む癖があり、手元に金が残らない。

「あの人は、小さく儲けるのが我慢できん人でした。いつも大きい話ばかりしとって。水雷艇の件も、あれが当たったら一生遊んで暮らせると言うとりました」

「一生遊んで暮らせるほどの儲けが出ると思うとったんか」

「鉄屑がトン二十圓の時に計算したら、そこそこの利益が出る見込みだったんです。解体費用を引いても、千圓近く残ると。ところが震災で相場が十圓を割って、計算が全部ひっくり返った」

「それで逃げたんか」

「逃げるしかなかったんでしょう。解体すれば赤字、放っておけば繋留料がかさむ。どっちに転んでも損じゃけえ。三月のある晩、あの人は何も言わずにいなくなりました。朝になって店に来たら、もぬけの殻で」

 杉山は湯呑みを両手で包みながら、視線を落とした。

「わたしはあの人を恨んどります。給金も二ヶ月分もらっとらん。けど——」

「けど?」

「あの人も、追い詰められとったんじゃと思います。毎晩遅くまで帳簿の前に座って、算盤を弾いては溜め息をついとった。最後の方は酒の量も増えとったし、顔色も悪かった。あれは——逃げたんじゃなくて、もう立っとれんかったんじゃないかと、そう思う時もあります」

 寅之助は黙って聞いていた。児島を憎む気持ちはなかった。先日、黒田を見送った時にも感じたことだが、この一連の出来事に「悪人」はいない。皆がそれぞれの事情に追われ、それぞれの限界に突き当たり、結果として義務だけが行き場をなくして流れ着いた先が、寅之助であった。

「杉山さん、もう一つ聞いてもええか。児島さんが水雷艇を買うた時に、解体の見積もりを作っとらんかったかのう。費用と収入の計算をしたもんが、どこかに残っとらんかと」

 杉山はしばらく考えてから、「ああ」と声を上げた。

「あります。——いや、あったはずです。入札の前に、あの人が計算した紙。わたしが写しを取っとった」

「残っとるか」

「たぶん。ちょっと待ってください」

 杉山は店の裏手に行き、しばらくがさごそと音を立てていたが、やがて一枚の紙を持って戻ってきた。四つ折りにされた半紙に、細かい字で数字が並んでいる。

「これです。児島さんが入札の前に作った見積もりの写しです。鉄屑の相場はあの頃の値段じゃけえ、今は全然違いますが」

 寅之助は紙を受け取り、目を通した。


  水雷艇第七十二号 解体見積

  鋼材(約百二十トン) × 二十圓 = 二千四百圓

  銅・真鍮(約二トン) × 九十圓 = 百八十圓

  雑品(木材、計器類等)      約五十圓

   売却見込合計       二千六百三十圓

  落札金額          二千八百圓

  解体費用(見込)      千二百圓

  諸経費(運搬、返納等)    二百圓

   支出合計         四千二百圓

   差引損益        △千五百七十圓


 寅之助は目を疑った。

「これ、最初から赤字じゃないか」

「いえ、そこは鉄屑の相場がトン二十圓の時の計算なんです。あの人は相場がトン二十五圓まで上がると見込んでおって、その場合は——」

「トン二十五圓なら、鋼材が三千圓になって、差引で黒字になると」

「そうです。五圓の差が大きいんです」

 寅之助はしばらく見積もりを見つめていた。トン当たり五圓の差が生死を分ける。商売というのはいつもそうだが、この場合のスケールは寅之助の日常とはかけ離れていた。梶原商店で扱う鉈が一本五十銭として、その何千本分もの金が一つの相場の変動で吹き飛ぶ。

「杉山さん、この見積もり、もらってもええか」

「どうぞ。わたしにはもう要りません」

「ありがとう。——それと、児島さんは今どこにおるか、心当たりはないか」

 杉山は首を横に振った。

「分かりません。大連に行ったいう噂を聞いたことはありますが、確かなことは何も。——梶原さん」

「うん」

「あの人を見つけても、金は出てきませんよ。あの人は逃げる時、一銭も持っとらなんだと思います」

「分かっとる。そんな期待はしとらん。ただ、せめて顔くらいは見てみたかっただけじゃ。わしの人生をひっくり返した張本人の顔をな」

 寅之助は苦笑した。杉山も薄く笑った。奇妙な連帯感であった。主人に逃げられた番頭と、巡り巡って水雷艇を背負わされた雑貨屋。二人とも児島辰蔵という男の尻拭いをさせられている点では同じであった。


 杉山の店を辞去し、門司の駅に向かう途中、寅之助は港を見下ろす坂道の途中で足を止めた。

 関門海峡が夕陽に染まっていた。赤い光が海面を渡り、対岸の下関の町がシルエットになっている。大型の貨物船が海峡を横切り、その後ろを小さな漁船が何隻も付いていく。

 あの海峡を、いずれ水雷艇が通るのだ。佐世保から曳かれてきた錆びた船が、この潮の速い海峡を抜けて、瀬戸内海に入る。そのことを考えると気が遠くなったが、同時に、腹の底のどこかで妙な感覚が動いた。

 面白い、とは思わない。面白がれる余裕はない。しかし、途方もないことが自分の身に起きているという事実そのものに対して、ある種の不思議な高揚があった。四十二年間、尾道の町で鉈や箒や釘を売ってきた男が、軍艦を佐世保から瀬戸内海まで引っ張ってきて、どこかの造船所で切り刻む。そんなことをする雑貨屋が日本中のどこに居るだろうか。おそらくどこにもいない。

 寅之助は坂道を下りながら、不意に声を出して笑った。通りがかりの女が怪訝な顔で振り返ったが、構わず笑った。笑ってもどうにもならないが、笑わなければやっていられなかった。


 門司の駅で鹿児島本線に乗り、夜行で広島に向かった。汽車の窓から見える九州の夜は暗く、時折小さな駅の灯りが流れていった。寅之助は座席に深く腰を沈め、懐の書類——永田から受け取った解体手続きの規定と、杉山から貰った児島の見積もりと——を上着の内側に確かめた。

 まだ何も解決していない。解体の場所も業者も金策も、何一つ目処は立っていない。しかし、佐世保に行く前と後とでは、確実に何かが違っていた。

 あの船を見た。自分の目で見て、甲板に立ち、舵輪に触れた。永田の顔を見て、声を聞いた。門司で児島の影を追い、杉山の話を聞いた。

 見えないものが怖い。しかし見たものは、怖くても対処のしようがある。

 寅之助は目を閉じ、汽車の振動に身を任せた。明日の夕方には尾道に着く。千代が待っている。店が待っている。そして、解体計画を立てるという仕事が待っている。

 懐の中で、千光寺の守り袋が汽車の揺れに合わせて小さく動いていた。

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