【超短編小説】夜道
重く覆いかぶさる蒸し暑さが、ふと和らいだ気がした。
夜風が秋めいてきたせいだろう。
ヒグラシの鳴き声を聴く前に、鈴虫の鳴き声が聞こえてきたのも頷ける。
おれ個人は蜩の鳴き声を聴くと悲しくなってしまうから苦手なのだが、あれを聴かないと夏が終われないなどと言うのもいるから不思議なもので、もう聞く機会が無いのかも知らないと思うと淋しくもある。
ともかく蝉のように、何だって生きているのな不思議なくらい社会的に無用な男たちで集まって飲んだ帰り道のことだった。
駅からの道で、妙なものを見た。
最初はそこに女がいるのだと思った。
それも酷く痩せた、骨と皮だけになった様な女が、ガードレールに覆い被さるみたいにして、両の腕をばたばたと暴れさせているように見えた。
厭なものを見た。
酒を飲みながら、納涼だとふざけて怪談を打ちあったりしたのを後悔した。
怪談を打つと怪異を呼ぶと言うが、本当に呼んでしまってはどうしようもない。
おれは冷たくなった背筋を強ばらせたまま立ち止まって、その女を良く見た。
まさか、今どきに幽霊でもあるまい。
何の曰も無い田舎町だ。心霊スポットだのも何も無い町だ。
きっと、狂った女が暴れているに違いない。
実存なら、なに、少なくとも呪い殺されるだの、取り憑かれるだのといった事はあるまい。
大きな深呼吸をして一歩踏み出し、眼が乾くのも厭わずによく見た。
「わはは、幽霊の正体見たり枯れ尾花」
声に出して笑い飛ばした。
それは女では無く、街路樹を支える細い添え木と、誰かが打ち捨てたボロボロの長袖服であった。
おれの立っている地点からは、街路樹の添え木が足に見えたのだ。
なんだ、分かってしまえば馬鹿馬鹿しい。
おれは愉快な気分になって、鼻歌を奏でながら再び歩きだした。
首筋を流れる汗が秋風に撫でられて冷える。
よし、帰ったらまた酒を飲みなおそうなどと考えながら、通り過ぎ様に柵に掛けられた服に眼を遣ると、酷く薄い女が風に煽られながらこちらを見てニヤリと笑った。




