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【連載版】「男のくせに料理なんて」と笑われたけど、今やギルドの胃袋を支えてます。  作者:


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3/3

孤児院から たのまれました ― とくべつおやつ ぱんけーき

 そろそろ調理の下拵えにかかろうと厨房へ来ると、マルコが一通の封筒を差し出した。


「私宛ですか?」

「そういう訳でもないんだが、君がふさわしいと思ったんだ」


 どういうことだろう、と封筒を受け取って裏返してみる。


「……孤児院から、ですね」


 開けてみれば、丁寧な文字でこう書かれていた。



『子どもたちのために特別なおやつを作っていただけないでしょうか?』



 胸が熱くなった。たったそれだけの文章なのに、子どもたちへの暖かい想いが伝わって来る。


「君は、スイーツも作れるよね? 作ってくれるかな、子どもたちへの『特別なおやつ』を」

「承知いたしました」


 ボルダンは胸に手を当てて礼をした。その礼に、マルコが少しだけ複雑そうな顔をしたことにボルダンは気付かない。


「材料はどのように?」

「孤児院に寄付されたものを使ってもらうことになる。此処から持っていってもいいが、余り量は持っていかないでくれ」


 確かに食堂で使う分が足りなくなってしまっては本末転倒だ。

 それなら自分の給金から……と考えていると。


「限られた材料で工夫して調理するのも、料理人の腕の見せ所の一つだぞ」


 お見通しだ、とばかりにマルコに言われ、ボルダンはハッと目を見開いた。


「そ、そうですね」


 そうだった。ノマリスにも言われたじゃないか。

 材料が足りない時、無い時は、その場にあるものを工夫して使うことを。

 まだ貴族気分が抜けきっていない自分を恥じ、ぱちん、と己の両頬を叩く。


「目が覚めました。ありがとうございます」

「いや、いいんだよ。うん、無理はしないようにね」


 マルコは困ったような顔をしつつ、ぽん、と軽く肩を叩いてくれた。



 依頼されたは良いが、何を作ろうか。


(子どもが喜ぶ……しかも『特別』となると何かの思い出になるようなものが良いだろうな)


 何かを作ること、それが完成した時の喜びは何物にも代えがたい。


(料理人になりたい、と思ってくれると嬉しいけれど)


 そこまでは高望みだろうか、と苦笑する。

 このギルドでもスイーツの類はメニューにある、が冒険者向けのものばかりで余り参考にはならないかもしれない。もっと手軽で親しみやすいものが良いだろう。


「うーん……」


 書を読んだりイメージしたりもするが、いまいちピンとこない。

 ここはやっぱり。


「市場調査だな」

 


「うん……それは正しいと思うよ」


 ジャックは何とも言えない顔でそう言ってくれた。


「でも、こういう場所は男同士で来るところじゃないと思うんだ」


 真鍮で作られた花形のランプ。窓際には色とりどりのドライフラワーに古びた洋書。辺りには珈琲の芳しい香りが漂い、風がそっと白いクロスを揺らす。

 そんなカフェの内装を見つつ、ジャックは居心地悪そうに肩を竦めた。

 だがボルダンは平然とした様子で口を開く。


「いえ、これはあくまでも市場調査ですから。そのためには同じ料理人であるジャック先輩の意見も聞きたくて」

「いやあ……作るのはおやつだろう? それに甘いものは女性の意見の方が」

「未婚の女性を誘うなど、妙な噂を立てられては失礼でしょう」


 きっぱりと言ったボルダンに、ジャックは溜息を吐きたいのを懸命に堪えた。

 ギルドの女性職員、そして女性冒険者の中にボルダンに想いを寄せている者は結構いたりする。

 どのような相手でも丁寧かつ誠実に対応する姿勢。そして女性であれば年齢外見関係なく紳士的な態度で接する。容姿は心無い者からすれば『平凡』と評されてしまうかもしれないが、全体のパーツ自体は整っているし、穏やかな雰囲気と相俟って見る者の心を柔らかく包み込んでくれそうな、そんな印象を与えている。


(これだけ条件が揃ってりゃモテるのも当然だよな……。誘えば付いて来る女の子結構いるってのに)


 羨ましい、と素直に思うがジャックはそれを口には出さなかった。悔しいから教えない、というのもあるが、先ほどのボルダンの言葉を尊重したいと思ったからだ。


「ジャック先輩、そんなにお嫌でしたか?」

「いや、そんなことないよ」


 ジャックが苦笑しながらそう言えば、ボルダンは「良かったです」と安堵したように微笑む。

 そして。


「その、私の方から誘っておいて申し訳ないのですが、こういうお店は初めてで……」

「じゃあ、先輩らしいとこ見せないとな」


 そう言って得意げにメニューを広げてみせるジャックに、ボルダンは微笑んで身を乗り出す。


「デザートは……ここだな」


 ジャックが指し示した先には、様々なスイーツの名前が綺麗に並んでいた。

 それらに目を滑らせ、ボルダンは呟く。


「マカロンは無いんですか?」

「それは無い、な。レシピ知ってるなら教えてくれよ」

「はい」


 そんな会話をしつつ、メニューを決めて店員へと注文を告げる。


(ギルドと同じなんだな……)


 ボルダンはそう思いつつ、目線を左右へと走らせた。

 ランチを楽しんでいる恋人であろう若い男女、穏やかな笑みを浮かべて紅茶を楽しむ老夫婦、家族連れも来ており、子どもが無邪気な笑顔でレッドベリーを父親へと差し出し、母親がそのふくふくとした頬についた白いクリームをナプキンで優しく拭う光景が目に優しい。


「良いところですね」

「人気あるのも分かるな。落ち着くっていうか」


 そんなことをぼそぼそと話していると、店員が「お待たせしました」と優しく微笑んでそれぞれ注文したものを、カトラリーと共に置いてくれた。

 ジャックは色とりどりの果物が眩しいフルーツパフェ、ボルダンは積み重なったパンケーキだ。


「うす……いえ、ぺたんこですね」

「パンケーキってそんなもんだろ?」


 ジャックの指摘に、ボルダンは思案した。自分がかつで『家』で食べていたパンケーキは、もっとふんわりとして分厚かった。


(これは生地をただ混ぜて焼いただけ。これが『常識』であれば、ノマリスに教えてもらったレシピを使えば『特別』なものになる。あと工夫するとしたら……)


「おい、冷めるぞ」

 ジャックに言われ、はっと我に返る。


「そうですね。暖かい内にいただかないと」


 いただきます、と手を合わせてから、カトラリーを取って乗せられたバターを全体へと塗っていく。それはすぐに熱でとろけ、ふわり、と優しい香りが鼻を擽る。添えられていた琥珀色のシロップをかければ、甘い香りはさらに強くなって思わず頬が緩んだ。

 切り分けて口へと運べば、見た目はぺたんこながらふわふわとした食感が歯に伝わった。生地の素朴な甘みに、バターのまろやかな味わいとシロップの濃厚な甘さが絶妙に溶け合い、口腔内を幸せに満たしていく。


「……おいしいです」


 ボルダンは緩んだ頬を押さえて、そう口にした。

 ジャックは「良かったな」と言いつつ、パフェを慎重に掬い取って口へと運ぶ。まずは生クリームの甘さが広がった。その先端にはチョコレートが薄くコーティングされており、深みのある甘さになっているのがまた憎い。今度は、アイスクリームを溶けない内にと口へ運ぶ。バニラの濃厚な甘さと滑らかな舌触りが口の中を満たしていく。箸休めのフロランタンは、ざく、と良い音がした。沢山入っているごろごろとしたピーナッツのざくざくとした歯ごたえと香ばしさ、そしてキャラメルの濃厚な甘さが冷えた口腔内を心地よく元に戻してくれる。

 様々なフルーツはどれも新鮮で、歯をたてた瞬間じゅわりと果汁が溢れ出た。それを生クリームやアイスと一緒に食べれば、そのマリアージュに思わず頬が緩む。


「うん、パフェもおいしいぞ」


 ジャックの感想に、ボルダンは口を開く。


「果物が沢山ですね」

「ああ、パンケーキに決めたんなら、トッピングにいいんじゃないか?」


 その指摘に、ボルダンはぽん、と手を打つ。


「自分でトッピングすれば、さらに『特別』になりそうですね」

「それと、砂糖の代わりに蜂蜜を使えば節約になるんじゃないか?」

「なるほど。冒険者の方に依頼は出来ないでしょうか?」

「うーん……ゴールデンビーの駆除があれば分けてもらうことが出来るかも。果物は……実り過ぎたのとか、売り物にならないのを貰うことが出来るかもしれないな」

「そのようなことが出来るんですか?」


 目を見開くボルダンに、ジャックは口角を吊り上げてみせる。


「幾つかアテはある」

「お願いできますでしょうか?」


 そう頼めば、ジャックは「任せとけ!」と自らの胸を叩いてみせた。



 そして当日。


 ボルダンは必要最低限の材料を持ち、孤児院へと向かった。

 石造りの古い修道院を改装したというそこは、長い年月を雨風によって外壁が磨かれ、角の一部には蔦がゆっくりと這い上っていた。庭は決して広くはないが、よく手入れされた小さな花壇があるのが目に止まった。時期がくれば、季節によって色々な花を咲かせるのだろう。一つだけある古いブランコが風に揺れ、子どもたちが遊んだ足跡がそのまま土に残っているのに目が自然と細められた。


 質素でありながら暖かな雰囲気に自然と力が抜けるのを感じながら、ボルダンは庭を通り抜けて木製のドアをノックする。しばらくの後『今参ります』と年配の女性の声が聞こえた。

 幾らもしない内に、静かな音をたててドアが開かれる。現れたのは穏やかな笑みを浮かべた壮年のシスターだった。


「初めまして。ギルドから参りました、ボルダンと申します」


 そう挨拶をして礼をすると、シスターは優しく目を細めて口を開いた。


「ご丁寧にありがとうございます。私はこの孤児院の院長を務めております、シスター・アデレードです」


 よろしくお願いします、と頭を下げ合う。


「急なお願いにも関わらずお越しいただき、感謝いたします。手紙にも記しましたが、本日は子どもたちにおやつを作っていただきたく」


 その言葉に、ボルダンは力強く頷く。


「はい。私の力でどこまで出来るのか分かりませんが、子どもたちのために精一杯作ります」

 アデレードは安堵したように、それでも嬉しそうに微笑んで「よろしくお願いします」と再び頭を下げた。



 案内された台所を、ぐるりと見渡す。


(一通りの設備は揃っているな。これなら大丈夫そうだ)


 そう思っていると、アデレードが少しだけ心配そうな顔をしてこう言った。


「その……材料なのですが、小麦粉と卵はあるのですが」

「幾つか持ち込んでいますので、それを使わせていただければ大丈夫です」


 そう答えれば、アデレードは安堵したように胸に手を当てる。


「こちらの意を汲んでくださって感謝いたします。ここにある道具は何でも使ってください」

「ありがとうございます」


 礼を言うと、アデレードは「失礼いたします」と立ち去った。


「……よし」

 それを見送ったボルダンは静かに気合を入れて、ボウルを手に取った。



 ぽんっ、と手際よくパンケーキをひっくり返す。現れた面は、焦げ一つない綺麗な焼き色だ。

 喜んでくれると良いな、と思っていると、背後から視線を感じた。

 振り返れば、出入口のところから3人の子どもがこっそりと覗いている。漂う甘い香りにつられたのだろう、とボルダンはくすりと笑って、パンケーキを皿へと盛り付けて火を止めた。


「こんにちは」


 近くまで歩み寄り、しゃがんで目線を合わせながらそう挨拶すれば、子どもたちははにかんだような笑みを浮かべる。


「こ、こんにちは」


 もじもじとしながら返してくれた挨拶が嬉しい。


「私はボルダンといいます。よろしくお願いします」

「あ、ぼ、ぼくはレオです!」

「……わたしはエレナです」

「おれはセラフです!」


 男の子2人は元気よく、女の子は少し恥ずかしそうに自己紹介をしてくれた。何とも微笑ましいそれに、ボルダンの頬は自然と緩む。


「香りにつられちゃったかな? もう少しで出来るから、ちょっと待っててね」

「あ、あの!」


 エレナが身を乗り出して声をあげた。


「おてつだい、できることありますか?」


 その言葉に、ボルダンはじんわりと胸が暖かくなるのを感じ、そこを手で押さえる。もう殆ど出来上がっているから、手伝ってもらう必要はない。だけどその申し出を断ることは申し訳ないから。


「それじゃあ、食べた後の片付けを手伝ってもらおうかな?」

「えっ、でも」

「さっきも言ったけど、もう出来るから大丈夫だよ」


 心配そうな顔をする子どもたちの頭を、よしよしと優しく撫でる。

 すると。


「これ、お兄さんの邪魔をしてはいけませんよ」


 駆け寄って来たアデレードがそう声をかけてきたのに、ボルダンは立ち上がって「いいえ」と首を横に振ってみせた。


「レオ君たちは、私のお手伝いをしてくれようとしていたんです。優しくて良い子ですね。教育が行き届いていることがよく分かります」


 素晴らしいですね、と微笑んで言うと、アデレードは「恐れ入ります」と目元を赤く染めた。


「さ、お部屋で待っていましょうね」


 アデレードがそう言い聞かせると、子どもたちは「はーい!」と元気よく返事をしてボルダンに手を振りながら廊下を歩いていった。ボルダンもまた手を振り返し、その小さな姿が見えなくなるまで見送る。


「……良い香りですね。他の子たちもそわそわしていましたよ」


 アデレードの言葉に胸が暖かくなった。


「もうすぐ出来ますから、配膳のご協力をお願いできますでしょうか?」


 そうお願いするど、アデレードは柔らかく微笑んで「ありがとうございます、お任せください」と微笑んでくれた。



「うわあ……、すごい!」

「おいしそう……!」


 ふんわりと分厚いパンケーキを前に、子どもたちの目はきらきらと輝く。

 それを嬉しく思いながら、ボルダンは口を開いた。


「皆の前にあるくだものは、好きなのをトッピングしてね。蜜も好きなだけかけていいけど、かけ過ぎると甘過ぎちゃうから気を付けてね」


 わあっ! と静かな歓声があがるのに思わず頬が緩む。


「さあ、皆さん。神様と、そしてボルダン様に感謝をして……いただきます」

『いただきます!』


 アデレードの号令に合わせ、子どもたちは手を合わせて元気よく挨拶をした。


 早速カトラリーを取り、添えられていたバターをそっと乗せる。それはパンケーキの熱でたちまちにとろりと蕩けて、じゅわりと沁み込んだ。蜜をかければ、琥珀色がとろりと広がる。

 切り分けて大きく口を開けて頬張れば、ふわり、と優しい食感が舌へと降りた。歯をたてる必要もなく、とろりと蕩けるかのようなそれに目が自然と見開かれた。そうしてバターのまろやかな味と蜜の濃厚な甘さが優しく絡まりほどけてゆく。舌ざわりも滑らかで、ゆっくりと口腔内を満たしていく幸福に、自然と頬が緩んだ。


「おいしい!」

「うん、すっごくふわふわでおいしい!」

「とろとろであまくて、こんなおいしいのはじめて!」


 たちまちにあがった「おいしい!」の大合唱に、ボルダンは目を見開き、そして細めた。


「良かった……」


 そっと胸を撫でおろしていると、アデレードがこちらに向き直って口を開く。


「子ども達があんなに笑顔になって……ボルダン様、本当にありがとうございます」


 深々と頭を下げられ、ボルダンは「勿体ないお言葉です」と胸に手を当てて礼をした。


「わあ、レッドベリーだいすき!」

「ルナベリーも、バナーヌものせよ!」


 レッドベリーは甘酸っぱく、ルナベリーは優しい甘さ。バナーヌはまろやかな甘さで、子どもたちの舌を優しく刺激し、パンケーキの味を引き立たせるアクセントにしてくれた。


「シスターもいっしょにたべよ!」

「ボルダンおにいちゃんも!」


 子どもたちの可愛らしい誘いにアデレードを始めとしたシスターたちが、一緒のテーブルへと別れて付いた。そうしてパンケーキを口にしたシスター達の顔も、幸せそうに綻ぶ。


 それもまた嬉しく思いつつ、ボルダンは用意されていた席へとついた。先程手伝うと言ってくれた、エレナとレオの間だ。セラフはレオの真向いに座っている。


「パンケーキすっごくおいしい!」

「うん、すっごくふわふわ!」

「つくってくれてありがとう!」


 口々にそう言われて、ボルダンは「ありがとう」と目を自然と細めた。「いただきます」と手を合わせて、カトラリーを取って切り分け、口へと運ぶ。子どもたちのワクワクとした視線を感じながら。


「……うん、おいしいね」


 そう言うと、子どもたちの顔に笑顔が広がった。


「ねえ、おにいちゃんはどうして、こんなにおいしいのがつくれるの?」


 エレナがそう聞いて来るのに、ボルダンは「うーん」と考える素振りを見せてから口を開いた。


「たくさん練習したからだよ」


 するとエレナは、うんうんと頷く。


「たくさんれんしゅうしたら、わたしもおいしいのがつくれるようになる?」


 その問いに、ボルダンは微笑んでこう答えた。


「うん、そうだね。だけど、まずは自分で出来ることから始めるのが一番大事。野菜を洗ったり、食器を片付けたり。料理を作っているところを見るのもいいね。とにかく、まずは簡単なところから始めること、これが一番だよ」

「んーと、シスターたちのてつだいをすればいいの?」

「うん、そうだね。とても大事なことだよ」


 エレナの顔に、ぱあっと笑顔が広がった。


「じゃあ、わたしシスターのてつだい、たくさんする! それで、ぱんけーきおいしくつくれるようになる!」

「うん、偉いね。応援しているよ」


 よしよしと頭を撫でると、エレナは「えへへ」と照れたように笑ってくれた。


「ぼくもシスターのおてつだいします!」

「おれも!」


 レオとセラフもそう言ってくれるのに、ボルダンはうんうんと頷いて「頑張ってね」と微笑む。

 するとエレナがもじもじとしながらこう言った。


「ね、そしたら、わたしのつくったぱんけーき、たべてくれる?」


 そんな可愛らしいお願い、もちろん断るなんて出来なくて。


「それは光栄ですね、レディ」


 小さな手を取って微笑めば、ふっくらとした頬はぽぽぽっと赤くなった。

 


 子どもたちが喜んでくれたこと、お礼の手紙をくれたこと。


 それを報告して「ありがとうございます」と礼を言うと、冒険者……リーナは目を狭めた。


「そりゃ良かったじゃねぇか。ってかアタシに礼なんざいらねーよ」


 ぶっきら棒な口調だが、彼女がとても優しい女性だということをボルダンは知っている。


「いえ、リーナさんがゴールデンビーの蜜をくださったおかげです」

「アタシが持ってても持て余すだけだし。どうせなら有効活用したほうがいいだろ」


 ふん、と横を向くリーナだが、言っていることは優しい。ボルダンは自然と目を細めて、口を開いた。


「ですがお礼はさせてください」


 軽く手をあげて店員に合図し、トレイを持ってきてもらう。「ありがとう」と礼を言って受け取り、トレイに乗っていたものを静かにリーナの前へと置いた。


「こちら、『おかずパンケーキ』です」


 ふんわりとした二枚のパンケーキに重ねられてるのは、ベーコンと目玉焼き。添えられているミニサングラとレタシアの赤と黄緑色が眩しい。


「パンケーキが、おかず?」


 リーナは眉を寄せている。やっぱり馴染みのないものだったんだな、とボルダンは思いながら微笑む。


「どうぞ、お召し上がりください」

「ん、まあ……お前が作ったモンなら間違いはないだろうけど」

「光栄です」


 胸に手を当てて礼をすれば、リーナはますます眉を寄せた。


「そんな礼すんなよ。……恥ずかしくなる」

「失礼いたしました。ごゆっくりお召し上がりください」


 それでは、とボルダンは微笑んで立ち去っていく。

 それを見えなくなるまで見送り、リーナは改めてパンケーキに向き直った。


 果たして甘いパンケーキがベーコンに合うのか、と疑ってしまう。


(けど、アイツが作ったモンにマズイもんはない。……こんなガサツで女らしくないアタシなんかにも優しくしてくれるアイツが)


 いやいやいや、ンなことどうでもいい! とぶんぶんと頭を強く横に振って、「いただきます」と手を合わせて、添えられていた蜜を適当にかける。黄金の線が目に眩しい。


 ナイフを静かに沈めれば、半熟の目玉焼きがぷつん、と切れて、とろりと黄身が流れた。そのまま切り分けて口へと運べば、肉厚なベーコンの旨味がまず舌を刺激した。

 そうして卵のまろやかさ、生地の素朴な甘さが優しくそれを包み込み、蜜の甘さがベーコンのしょっぱさに不思議と合う。ピリッと舌先を刺激する胡椒が、また良いアクセントだ。しゅわりととろけるような生地の柔らかさにも、思わず目が細められて。


「美味い……」


 思わずうっとりと呟いてしまう。

 箸休めのレタシアをシャキシャキと食べて、もう一口、と切り分けると。


「おっ! リーナ、何だよそれ?」

「もしかして新メニューか?」


 ジークとライルがそう声をかけてくるのに、邪魔をするな、とばかりに睨んでやる。


「ンな怖い顔すんなよ。美人が台無しだぜ?」

「うるせぇ。食ってる時に話しかけんな」


 話は終わり、とフォークを突き刺して、もう一口。美味しさには勝てなくて、頬が緩んでしまうのが抑えられない。

 そんなリーナを見て、2人は顔を見合わせて隣のテーブルへと座った。

 店員を呼び、


「リーナが食べてるのと同じヤツを頼む!」

「俺も!」


 そう注文するが、返って来た言葉は。


「申し訳ありません。まだ正式なメニューではないので……」

「えー?」


 揃って不満そうな顔をする2人に、店員は申し訳なさそうな顔で頭を下げた。


「それにあちらは」



「ボルダンさんが、リーナ様へのお礼にと特別に作られたものですので」



「……っ!!」

 リーナの顔が、ぼふっ、と赤くなった。


「ふーん……、まあ仕方ねえや」

「そうだな、特別なモンだったらな」


 にやにやと笑う2人が腹立たしい。

 怒鳴りつけてやりたいけれど、食堂で騒ぎなど起こしたくない。

 それにボルダンに失望されたくない……いやいやまた何を考えてるんだ、と思考を振り払って。


 今はただ、自分のために作られたこのパンケーキを味わいたい。


 リーナはまた一口パンケーキを頬張り、広がる至福にうっとりと目を細めた。


(終)

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