エピローグ
私は一人、会議室の片隅でノートパソコンを開き、この事件の報告書をまとめていた。
最後の一枚を書き終えたとき、窓の外では夕陽が沈みかけていた。
――この事件は、最後まで「家族」というものの絆を思い知らされた事件だった。
どんなに心が離れようと、家族を思う気持ちは、簡単には断ち切れない。
それが悲劇を生んだのだとしても――
これは小葉松由紀子の逮捕と同時にわかったことだが、被害者・小葉松重雄の腹部を刺した凶器は、やはり台所に丁寧に仕舞われていた包丁だった。
焼け焦げた包丁からは、何度検査をしても何も検出されなかった。しかし、台所の排水口から重雄の血液反応が検出されたのだ。
――星野さんの読みは、やはり当たっていた。
重雄は、刺された包丁を自ら抜き取り、証拠を隠すように洗って仕舞った。
それが、妻・由紀子を隠す行動だったのだ。
さらに、犯行当日に由紀子が着ていたグレー色のパーカーが、自宅で洗濯され、押入れの奥からきれいに畳んだ状態で発見された。そしてその衣服からは重雄の血液反応が出た。
――それが、由紀子逮捕の決め手となった。
調べを進めるうちに、そのパーカーが、重雄の不倫相手とされていた陽菜乃のものと同じデザインであることがわかった。
由紀子は、不倫相手の犯行に見せかけようとしたのだろう。
だが、なぜ「同じ色」にしなかったのか
――最初は誰もが不思議に思った。
後になってわかったことだが、由紀子は色覚異常を患っていた。重雄が変わってしまい、重雄を信じて過ごしてきた日々のストレスから視力が急激に低下すると同時に、この色覚異常を患ってしまっていたのだ。
由紀子には不倫相手に見えた陽菜乃が着ていた“薄い緑”は、由紀子の目には“グレー”に見えていた。
――彼女にとっては、同じ色だったのだ。
人間の目は不思議だ。同じ光景でも、心や体の状態によってまるで違う世界に見えてしまう。
真実は、いつもひとつではない。見る者の心が変われば、真実の色もまた変わってしまうのだ。
私は、人間の心の変化がどれほど容易に犯罪を生み出すのか
――そのことを、改めて思い知らされた。
――――終




