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第4話 聞き込み捜査 母

 被害者の妻、由紀子の自宅に続く道路は夕方の退勤ラッシュと重なり、ゆっくりと赤いテールランプの列が伸びていた。

 私はハンドルを握りしめながら、その光の帯をぼんやりと見つめていた。まるで、赤い光の帯が地平線まで続いているようだった。


 助手席の星野さんは、被害者の妻・由紀子に連絡を取っていた。

「はい……そうです。これからお伺いします。よろしくお願いします」

 その声はとても丁寧だった。

 電話を終えると、星野さんは短く言った。

「今、由紀子さんは自宅にいるそうだ」

 ――相変わらず、速い。星野さんの行動は、次の一手どころか三手先まで見えているようだった。

 さすが“ベテラン”だと、改めて思った。


 渋滞を抜け、やがて由紀子の自宅が見えてきた。

 静かな住宅街の一角に立つ二階建ての家。周囲には人の気配がほとんどなく、風が木々を揺らす音だけが耳に残った。

 空き地に車を停め、家へと歩きながら星野さんがぽつりと言った。

「この辺りは静かだな……まるで、人が住んでいないようだ」

何気ない一言に思えたが、その言葉の裏に、彼が何かを感じ取っているような気がした。

 ――そんな予感が胸をよぎる。


 玄関の前に立ち、インターホンを押す。

「すみません、先ほどご連絡した者ですが」

 星野さんがそう言うと、しばらくの沈黙の後、玄関の扉がゆっくりと開いた。

「はい」

 と言って現れたのは被害者の妻・由紀子だった。

 彼女は“すらりとしている”というより、どこか痩せて見えた。頬が少しこけ、疲労の色がそのまま表情に刻まれている。背格好はちょうど陽菜乃と少し似ているようだった。

「すみません、こういった者です」

 星野さんが警察手帳を見せ、私も会釈しながら手帳を提示した。

「中へどうぞ」

由紀子さんに促され、星野さんは小さく頭を下げて玄関をくぐった。

陽菜乃のときとは違い、今回は家の中で話を聞くことにした。この閑静な住宅街で、玄関先に刑事が立ち話をするのは、近所の目を気にしての配慮でもあった。

 

 案内されたリビングは、清潔で整えられた空間だった。シンプルな家具が並び、どこか悲しげな雰囲気が印象的だった。

 

 星野さんが口を開く。

「突然お伺いしてしまい、申し訳ありません。まだお気持ちの整理もついていないかと思いますが、どうか捜査にご協力ください。本日は、いくつかお話を伺えればと思っております」

聞き込み捜査が始まるとき、彼はいつもこの言葉から入るのだ。

 

 そのあと、彼はいつものように世間話を交えて空気を和らげた。

「この辺りは、とても静かですね。まるで人が住んでいないみたいだ」

「……はい。お隣は高齢のご夫婦で、他は空き家ばかりなんです」

「そうですか。最近は一軒家を持つ方も少なくなりましたからね」

 ほんの数分の雑談で、空気が少しだけ柔らかくなった。

 星野さんはそうやって、相手に合わせて心の壁を溶かしていく。


「すみません、では本題に入ります。一年ほど前から、ご主人とは別居されていたようですが、その後、お会いになることは?」

「いえ……まったく」

「ご主人がご病気だったのはご存じでしたか?」

「……はい。娘から聞きました」

「末期のがんだったそうですね。それでも、連絡を取ろうとは思われませんでしたか?」

「……あの人は、死んで当然なんです……」

 由紀子は俯いたまま、しかし強い口調で言った。

「……私たちを、あんな目に合わせたんですから……」

「そうでしたか、差し支えなければ、ご夫妻に何があったのか、お話しいただけますか?」

 しばらく沈黙が続いた後、彼女が決心したように話した。

 

「……あの人は、とにかく真面目だったと思います。仕事も勤勉で、職場でも真摯に働いていました。……でも、あるとき会社の資金を横領しようとしてしまったんです。それが会社にバレて、懲戒処分になって……そこから、あの人は変わってしまいました。お酒を飲み、ギャンブルに明け暮れ、私たちに暴力を振るうようになり、借金まで作って……私は少しずつ貯金を切り崩しながら、それでも信じていたんです。いつか元に戻ってくれると……そう信じて……」

彼女の声には怒りよりも、深い悲しみと裏切られた痛みがにじんでいた。

「そうでしたか……ご主人に当時何かあったんですか? 心当たりはありませんでしたか?」

「いえ、特には……なかったと記憶しています」


「実は最近、ご主人が若い女性と一緒にいたという目撃情報がありますが、何かご存じですか?」

「……いえ。本当に何も……知りません」

「行きつけの飲み屋の女性とか、そういった関係は?」

「だから……会っていないんです!わかるはずがありません!」

 由紀子さんは星野さんの目を見て、少し強い口調で言った。

 

「あ、そうでしたね、失礼いたしました、では、質問を変えます、ご主人が住んでいた場所はご存じでしたか?」

「……はい、一応は……住所を書いたメモがあるはずです」

そう言って由紀子は、引き出しから一枚の紙切れを取り出し、私たちに見せた。

「なるほど。分かりました」

その住所は、間違いなく

 ――あの火災が起きた、あの場所のものだった。

 

「実は先ほど、娘さんの所にも行ってきたんです。少しお話を伺いたくて」

 この星野さんの言葉に由紀子が少し反応したように感じた。

 

「では最後の質問になります。おそらくこれは何度も聞かれていると思いますが

 ──11月9日の18時ごろ、あなたはどこにいらっしゃいましたか?」

 それはアリバイの確認だった。

 

「……多分……自宅にいたと思います」

「そうですか、分かりました、ありがとうございました」

 そう言って私たちは由紀子の家を出た。


 私は署に戻る車の中で、さっき由紀子と話したリビングについて小さな異変に気がついたので、そのことを星野さんに言った

「星野さん、実はさっきのリビングで普通はあるべきものが無いことに気が付いたんですが……」

「そうか、どんなことに気がついたんだ」

「一枚も無かったんです、家族の写真です、あんなに綺麗に整理されたリビングに、家族の写真が一枚も無いなんてとても不思議に思いました」

「やっぱりお前も気がついたか、いい読みだ、被害者の部屋からは数枚の家族写真が出てきたんだったな、おそらく同じ写真があってもおかしく無いはずだ、無いと言うより、“置かないようにした“と言う方が正解かもな、そこからどんなことが推理されるか宇佐美、答えられるか」

 いきなり星野さんが質問をしてきたが、考えていることを話した。

 

「写真を置かなくなったのは、おそらく思い出したく無いから……忘れたいからでは無いでしょうか……」

「うん、それもあるかもな、では、娘の陽菜乃さんの写真も無かったのはどう感じた?」

 星野さんは鋭い感覚でさらに質問をしてきた

「あ……そうですね……もしかすると、娘さんへの愛情も薄れてしまったのでしょうか」

 私の答えに星野さんは黙って頷いた。

 それから、沈黙が車内に続いた。

 星野さんは何かを考えているようで、この話の続きをするような雰囲気ではなくなった。

 胸の奥に、言いようのない不安が広がっていった。

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