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第3話 聞き込み捜査 娘

 私と星野さんは、被害者・小葉松重雄の一人娘、陽菜乃の自宅へと向かっていた。

 冬の夕暮れが車窓を橙色に染め、街の影が少しずつ長く伸びていく。

 

「彼女は一人暮らしなんだよな?」

 助手席の星野さんが、窓の外を見ながら確認するように言った。

「はい。ただ、一人暮らしを始めたのは最近のようですね、まだ一年も経っていないようです」

「そうか。実家からは遠いのか?」

「いえ、車で十五分ほどですね。むしろ近い方です」

「なるほど……」


 そんな他愛のない会話を交わしているうちに、目的のアパートが見えてきた。

 灰色の壁に囲まれた二階建ての建物。

 どこにでもある小さなアパートだが、ここで彼女がひとりで暮らしていると思うと、胸の奥に小さな違和感が残った。

 孤独というより、どこか逃げるようにここへ来た

 ──そんな印象があった。


 事前に連絡を入れていたため、彼女は自宅で待っていた。

 インターホンを押すと、すぐに応答があり、ほどなくしてドアが開く。


 出てきた陽菜乃は、整った顔立ちの女性だった。

 スラリとした体型に地味な服装。表情には疲れがにじみ、目の下には薄い影があった。

 それでも彼女は無理に微笑みを作り、私たちを迎えてくれた。


「……はい」

「小葉松陽菜乃さんですね。突然お伺いしてしまい、申し訳ありません。お父さんを亡くされて、まだお気持ちの整理もついていないかと思いますが、どうか捜査にご協力ください。今日は、いくつかお話を伺いたくて」

「……部屋に上がりますか?」

「あ、いえ。我々のような男が一人暮らしの女性宅に上がるわけにはいきませんので」

 星野さんはやわらかい声で答えた。礼儀正しいが、言葉の端々には警察官としての距離感があった。


 星野さんの目が鋭くなり、聞き込みが始まった。

「お父さんが発見された状態は、先日お話したとおりです。さらに解析が進めば、何かがわかると思います。それで、お伺いしますが、あなたがお父さんと最後に会ったのはいつですか?」

「……たぶん……父と母が別居してからは、一度も会っていません」

 その言葉のあと、彼女は唇をきゅっと結んだ。

 寂しさというより、長い間閉じ込めていた感情に触れたような顔だった。


「そうでしたか、一年ほどは会っていないということですね?では、お父さんの連絡先はご存じでしたか?」

「……はい、一応知っていました……」

「連絡を取り合ったりは?」

「……いえ、していません、あ、でも……一度だけ父から連絡がありました」

「連絡?差し支えなければ、そのときの内容を教えていただけますか?」

「はい、メールで……病名を伝えられました」

「病名というと何かご病気だったのでしょうか?」

「はい、父は……末期のガンだと……肺ガンを患っていて、余命宣告を受けたと言っていました」

 彼女は、とても悲しそうな表情で話した。

 その目の奥に浮かぶのは、悲嘆というより、どこか現実感の薄い戸惑いのようにも見えた。


「そうでしたか。そのメールのやり取りを見せていただくことはできますか?」

「……すみません。もう、消してしまいました」

 彼女は俯いたまま静かに答えた。

 

「そうですか。なら仕方ありません、そのことをお母さんにも伝えたんですか?」

「はい、伝えました、でも……なんの反応も見せませんでした……おそらく母は父のことを忘れたいんだと思います……かなり傷ついていたようですから……2度と会いたくないと言っていたのを思い出しました」

 

「なるほど、そんなことがあったんですね……では次の質問ですが、あなたは約一年ほど前にご実家から引っ越されて、お一人でここに住まわれているようですが、お仕事関係で引越されたのでしょうか?」

 

「あ、いえ、特に仕事は関係ありません。

 ……恥ずかしい話しですが、年齢的にもずっと実家にいるのはどうかと考えまして……」

 陽菜乃さんが小さな声で答えた。


「なるほど、あと、これは何度も聞かれていると思いますが

 ──11月9日の18時ごろ、あなたはどこにいらっしゃいましたか?」

 聞き込み調査で一番大切はアリバイの確認だった。

 

「……自宅にいました」


 星野さんは軽くうなずき、声のトーンを落とした。

「最後に、お父さんのアパートの場所はご存じでしたか?」

「……いえ、知りませんでした」

 彼女は小さく首を振った。その仕草の後、ほんの一瞬、目尻が赤くなったように見えた。


「分かりました。お時間を取らせてしまいすみません、ありがとうございます」

 星野さんが頭を下げると、陽菜乃は小さく会釈した。

 その目はどこか遠くを見つめていて、私たちが去ったあとも、しばらく玄関に立ち尽くしているような気がした。


 署に向かう車の中で星野さんはゆっくり口を開いた。

「宇佐美、お前はどう思った?」

 私は突然の星野さんからの質問にびっくりしたが、自分の思っていることを話した。

「え、あ……とても悲しそうに見えましたね。疲れているようで、お父さんを亡くされて、まだ心の整理が付かないのでしょうか……」

 星野さんは私の言葉をゆっくり聞きながら、小さく頷いた。

 だが次の瞬間、彼の声色がわずかに鋭くなった。


「そうか。お前はそう感じたんだな。だが、俺にはそうは見えなかったぞ」

「え! 本当ですか? 星野さんはどう感じたんですか?」

「ああ──彼女はこちらがどこまで調べているか気にしていた。質問のたびに一瞬だけ視線が泳いでいた。これは推測だが、彼女は他に何かを知っている」

「おそらく彼女は……嘘をついている」


 星野さんの声が車内の静けさに溶けた。

 私はハンドルを握りしめながら、その言葉の意味を噛みしめていた。

 彼女の微笑み、俯いたままの眼差し、消されたメール

 ──その一つ一つが、今になって重く胸にのしかかってくる。


 星野さんが前を見据えたまま言った。

「宇佐美、急だが次は小葉松由紀子のところへ行くぞ」

 私は、「分かりました」と答え、比較的大きな道路で安全を確認しながらUターンをして、夕闇に沈みかけた街の中を、由紀子の宅へと車を走らせた。

 

――――

 人は生きている限り、必ず嘘をつく。

それは自己保身や利益の追求、過ちや失敗を隠したいとき、あるいは責任を逃れたいときである。

しかし、嘘は必ずしも悪いものとは限らない。

他者への配慮や社会的な潤滑油として必要な場合、また何かを守りたいとき

 ――いわゆる「白い嘘」と呼ばれるものもある。


 嘘は、表裏一体の存在だ。その嘘によって誰かが傷つくこともあれば、逆に救われることもある。


 ある研究によると、人は10分以上続く社会的交流のうち、およそ5分の1の場面で嘘をついているという。

嘘は人間の生活の一部であり、その背景には多様な心理が隠されている。

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