虐げられた令嬢が悪いイケメン貴族に嫁いで幸せに染め上げられる話(嘘ではない)
※注意:この作品には、一部性的な表現や暴力的な描写があります。
「……なんと美しい」
彼の声は、低く、甘いテノールの響きを持っていた。
「傷だらけで、誰もその価値に気づかぬ、泥中の宝石だ。だが、俺には見える。お前こそが、俺の領地に飾るべき唯一の至宝だ」
嫁ぎ先の屋敷に迎え入れられ、謁見の間で伴侶となる男と始めて顔を合わせた。彼の突然の言葉に、エレオノーラは戸惑うばかりだった。
――美しい、と。この私が?
父にさえ忘れられ、使用人にも劣る扱いを受け、ただ息を潜めて生きてきたこの私が?
目の前の男、この城の主である悪逆侯爵ギルベルトは、悪魔のように美しい顔で、彼女を見つめている。
「気に入った。お前は今日から、俺の妻だ」
有無を言わさぬ宣言だった。だがその声には、不思議なほどの説得力があった。
第一章:灰色の記憶、赤い瞳
なぜ、由緒ある伯爵家の令嬢であるエレオノーラが、長旅で汚れた粗末なドレスをまとい、化け物と噂される侯爵の前にただ一人送り込まれたのか。
そこに至るまで、彼女が過ごしてきた日々。そして数日前に下された無慈悲な決定があった。
エレオノーラの世界は、音と色彩を失っていた。
彼女の記憶にある父の腕は温かかったはずだが、その温もりは、後妻である子爵夫人の冷たい指先によって、とうに上書きされている。思い出にのみ存在する実母の優しい声は、もはや奥底に埋もれて久しい。5歳離れた腹違いの妹、クラリッサの甲高い嬌声ばかりが、苛むようにエレオノーラの脳裏に木霊する日々。
彼女の日常は、苦痛か、無か、その二択で構成される。
日中は、義母と義妹の気まぐれな玩具となる。クラリッサが刺繍に失敗すれば、その苛立ちがエレオノーラの背中に鞭となって飛んできた。父が後妻に贈った宝石の輝きが足りないと言っては、氷のように冷たい地下室に何時間も閉じ込められた。父は、見て見ぬふりをする。彼は新しい家族という完璧な絵画を汚したくないのだ。その絵の隅に、汚れのような娘が一人いることなど、認めたくないのだろう。
夜は、また別の種類の暴力が彼女を襲う。使用人の中でも素行の悪い男たちが、北塔の物置部屋である彼女の寝床を訪れる。彼らは彼女を「奥様のお気に入りのおもちゃ」と呼び、嘲りながら好きにした。抵抗すれば翌日に「使用人を労わない不出来な娘」と義母から折檻される。
抵抗しなければ「使用人に媚を売るはしたない娘」と嘲笑されるだけだから、ただ死んだように目を閉じる。魂が肉体を離れるような、他人事を見るような呆けた思考でやり過ごす。
そして、ただ天井の染みを数える。それが、彼女が編み出した唯一の防衛術だった。
一度だけ、その行為の結果として宿った命を、腹の底から掻き出すおぞましい痛みと共に失ったことがある。その日以来、彼女の中の何かが決定的に壊れた。涙すら、もう流れなかった。
そんなある日、父が彼女を呼びつけた。数年ぶりに正面から見る父の目は、値踏みする商人のように冷たかった。
「隣領主のギルベルト侯爵と縁を強めたい。お前を嫁がせることにした。支度をしろ」
――そう。
エレオノーラは心の中で、乾いた音を立てて呟いた。この穢れきった身体に、まだ利用価値があったのか。ゴミを、別のゴミ箱へ移すだけ。それだけの話だ。
彼女は色のない瞳で床を見つめ、消え入りそうな声で、しかしはっきりと答えた。
「……はい、お父様」
――そして今、彼女はその悪逆侯爵の前に立っている。
父の命令通り、ただ差し出されるだけの貢物として。
だが、侯爵の口から紡がれたのは、予想していた侮蔑や嘲笑ではなかった。それは、彼女が生まれてから一度もかけられたことのない、賞賛の言葉だったのだから。
その夜、侍女たちによって丁寧に湯浴みさせられ、天上の羽衣のように軽やかな絹のドレスを纏ったエレオノーラは、何年も忘れていた自分自身の姿を鏡の中に見て、呆然としていた。そこにいたのは、痩せてはいるが、確かに気品を宿した一人の令嬢だった。
ギルベルトは、その姿に満足げに頷くと、寝室に二人きりになった時、彼女に静かに問いかけた。
「お前の瞳の奥には、深い森がある。何がお前を、そこまで追いつめた?」
彼の赤い瞳は、すべてを見透かしているようだった。エレオノーラは、ここで嘘をつけば、この束の間の夢も終わるのだと直感した。彼女は震える声で、これまで誰にも言えなかった過去を、ぽつり、ぽつりと告白した。虐待のことも、使用人たちの慰み者にされていたことも、そして、子供を産めるかどうかも分からぬ身体であることも。
すべてを話し終えた時、彼女は裁きを待つ罪人のようにうつむいていた。軽蔑されるだろう。汚らわしいと、捨てられるだろう。
だが、ギルベルトは喉の奥で静かに笑うと、彼女の顎に手を添え、顔を上げさせた。
「よく話してくれた。だが、エレオノーラ。それはすべて過去だ」
彼は彼女の瞳をまっすぐに見つめて言った。
「お前を傷つけた愚か者どものことなど、忘れろ。俺がお前の世界を、俺の色で全て染め上げてやる。お前はもう、誰にも傷つけさせん。お前を傷つけて良いのは、この俺だけだ」
最後の言葉に、ぞくりと背筋が震えた。それは、これまで受けてきたどんな暴力とも違う、甘美な恐怖だった。
彼は、彼女の過去を「瑕疵」ではなく「物語」として受け入れた。そして、初めて与えられた口づけは、彼女の魂に、熱い烙印を押すように深く、絶対的だった。
この城は天国なのだろうか。それとも、金色の鳥籠なのだろうか。
エレオノーラは蕩けるような思考の中で、どちらでも構わない、と思った。この男がいるのなら、檻の中すらも楽園になるのだろう。
人は、甘やかされれば堕ちる──。
それがどれほど冷たい掌であろうとも。
第二章:楽園の統治者、聖なる火刑
ギルベルトとの日々は、夢のようだった。彼女が望むものはすべて与えられた。美しいドレス、輝く宝石、美食の数々。何より、ギルベルトは彼女を片時も離さず、その赤い瞳は常に愛情に満ちていた。
彼はエレオノーラの失われた年月を埋めるかのように、読み書きからダンス、淑女としての立ち居振る舞いまで、自ら根気強く教えた。
彼女は乾いた砂が水を吸うように、すべてを吸収した。彼に褒められるたび、彼女の世界は色を取り戻していった。彼こそが、私の救済主。私の神。
だが、その楽園の統治者の顔は、一つではなかった。
ある晴れた午後、城のバルコニーでギルベルトと茶を飲んでいると、遠くの丘から黒い煙が立ち上るのが見えた。
「あれは……火事ですの?」
エレオノーラが不安げに尋ねると、ギルベルトは優雅にカップを置き、こともなげに答えた。
「火事ではない。火刑だ」
「……火刑?」
「今年の税を納められなかった村から連れてきた。見せしめに、何人か『異端者』として焼いている」
彼の言葉は、あまりに平然としていた。エレオノーラは血の気が引くのを感じた。異端者? 税が払えないだけで?
「そ、そんな……そこまでしなくとも……」
「俺の定めた法に従えぬ者は、それだけで罪人だ。それに、これは慈悲でもある」
ギルベルトは立ち上がり、エレオノーラの肩に手を置いた。
「村ごと焼き払えば、女子供まで死ぬだろう? だがこうして、数人の生贄で他の者たちの恐怖心を煽り、納税意識を高めてやれば、結果として多くの者が救われる。違うか?」
それは、悪魔の理屈だった。だが、彼の声には奇妙な説得力があり、エレオノーラの恐怖した心をゆっくりと麻痺させていく。
「お前を虐げていた者たちも、理不尽な理由でお前に罰を与えていただろう。それに比べれば、俺の統治は合理的で、公平ですらある」
その言葉は、エレオノーラの心の最も柔い部分を抉った。そうだ、義母も義妹も、理由なく私を傷つけた。それに比べれば、ギルベルト様は……。
彼女は、彼の非道な行いを、自分自身を納得させるために「必要悪」として受け入れ始めた。彼の愛を失うことの方が、見も知らぬ領民の命よりも、遥かに恐ろしかったのだ。
その夜、ギルベルトは銀の小箱を手に、寝室に現れた。
「エレオノーラ。お前はまだ、心のどこかで迷っているな。外界のくだらぬ倫理観に縛られている」
彼は小箱から、小さな紙の包みを取り出した。それを広げると、中身は月光に煌めく白い粉。
「これは、魂を解放する魔法の粉だ。これを使えば、お前は真に俺の世界の住人となれる」
それは、紛れもなく禁制の薬なのだろう。エレオノーラは躊躇した。だが、ギルベルトの赤い瞳に見つめられると、否とは言えなかった。
彼に誘われるままそれを吸い込むと、脳が焼き切れるような多幸感が全身を貫いた。現実の輪郭が溶け、罪悪感も恐怖も消え失せていく。その酩酊の中でギルベルトに抱かれながら、エレオノーラは、自分と彼を隔てていた最後の薄い壁が、完全に消え去るのを感じていた。
二人は共犯者になった。この城という楽園だけの倫理を共有する、唯一無二の存在に。
第三章:女王の誕生
エレオノーラの変質は、内側から静かに、しかし確実にはじまった。
きっかけは、些細なことだった。ある日、ギルベルトから贈られたばかりの、夜空を溶かし込んだような美しい髪飾りを、一人の若い侍女が手元を滑らせて床に落としてしまったのだ。宝石が一つ、欠けて飛んだ。
侍女は顔面蒼白になり、床に額をこすりつけて許しを乞うた。
「申し訳ございません、奥様! どうか、どうかお許しを……!」
その光景に、エレオノーラの脳裏にかつての自分がフラッシュバックする。理不尽な理由で罰せられ、許しを乞うていた自分。それを見下す存在が。
だが、次に湧き上がった感情は、同情ではなかった。それは、氷のような怒りだった。
――この女は、ギルベルト様が、私のために選んでくださった大切なものを、傷つけた。
彼女の思考は、完全にギルベルトを基軸としていた。彼からの贈り物を傷つけることは、彼自身を、そして彼に愛されている自分自身を侮辱することに等しかった。
「鞭を持ってきなさい」
その場の空気が凍り付いた。エレオノーラ自身、自分の口から発せられた声の冷たさに驚いていた。侍女たちが戸惑っていると、玉座でその様子を面白そうに眺めていたギルベルトが、静かに命じた。
「聞こえなかったのか。奥様がお命じだ」
兵士が持ってきた革鞭を、エレオノーラは震える手で受け取った。最初は、ただ罰を与えるだけのつもりだった。かつての自分がされたように、この痛みを知らしめるだけの、儀式のような行為のはずだった。
彼女は、鞭を振り下ろした。
肉を打つ鈍い音。侍女の甲高い悲鳴。
その瞬間、エレオノーラの背筋を、予期せぬ熱い衝撃が駆け上った。
それは、麻薬の多幸感とも違う、もっと原始的で、支配的な快感だった。
恐怖に歪む侍女の顔。許しを乞う涙。それが、不思議なほどに心を高揚させた。
――ああ、そうか。これが……これが、与える側の景色。
義母も、義妹も、この愉悦を知っていたのだ。他者の痛みの上に立ち、その生殺与奪を握るという、神にでもなったかのような全能感を。
彼女は、もう一度、夢中で鞭を振るった。
暴力をふるい、痛みを与えるというのは、こんなにも甘美な快感を伴うものなのか。
「それでいい、エレオノーラ」
ギルベルトの満足げな声が、天啓のように響いた。
「お前は、この城の女王なのだ。お前の意に染まぬ者は、好きにすればいい」
彼の言葉は、彼女の最後の倫理観のタガを、粉々に砕いた。
この日を境に、エレオノーラは生まれ変わったのだ。
エレオノーラは些細なことで使用人たちに罰を与え、その恐怖を糧にした。自分を虐げていた者たちと同じ方法で他人を虐げることで、彼女は過去のトラウマを克服し、新たな自分を肯定していった。
その変貌を、ギルベルトはただ愛おしそうに、誇らしそうに見守るだけだった。
第四章:真心の代償
ギルベルトの領地経営は、恐怖による支配そのものだった。彼はギリギリを見極め、最低限度の殺戮で、効率よく搾取していたつもりだった。しかし、不作により餓死者が想定を上回り、労働力は減り、税収は目に見えて落ち込み始めていた。
ある夜、ギルベルトが財政報告書を前にして、珍しくため息をついた。
「……少し、厳しいな」
その疲れた横顔に、エレオノーラの心はナイフで抉られるように痛んだ。
――ギルベルト様が、お困りだわ。
私を泥の中から救い出し、愛と、世界のすべてを与えてくださった、唯一無二の光。彼が悩んでいる。彼の役に立ちたい。私が持つすべてを捧げてでも、彼を助けなければ。
彼女にとって、自分の過去、自分の故郷は、ギルベルトに捧げるために存在する「財産」だった。
彼女はギルベルトの腕にそっと身を寄せ、熱のこもった声で囁いた。
「ギルベルト様。私の故郷は、とても豊かですわ。実り豊かな土地、勤勉な領民……そして、父が長年溜め込んだ財宝も」
その瞳には、狂信的とすらいえる純粋な愛情が宿っていた。
「私が『里帰り』を名目に父と交渉し、あなた様への援助を引き出してまいります。私のすべては、あなた様のものなのですから。もしも、それが叶わなければ――」
――力付くで、奪ってしまいましょう。
その囁きは、彼女の心からの「真心」だった。
ギルベルトは、その恐ろしくも純粋な愛情に満ちた瞳を見つめ、深く、満足げに微笑んだ。
「良いだろう。お前の真心、受け取った。試してみるがいい」
他領への侵攻は、本来であれば王家に対する明確な反逆行為である。しかし現在の王国は、複数の有力貴族が次期王位継承に端を発する派閥争いに明け暮れている。各陣営の睨み合いから派生し、様々な問題が噴出し、内乱寸前の状況にあった。中央政府は半ば機能不全に陥っており、辺境の一侯爵の暴走にまで軍を派遣する余力はない。ギルベルトはその足元を完全に見透かしていた。彼の増長は、王国の腐敗と混乱を養分としていたのだ。
最終章:祝福と奈落
交渉の使者は、門前払いされた。
エレオノーラの父からの返答は、侮辱と拒絶に満ちていた。
曰く。
「嫁に出した娘に用はない! 悪逆侯爵の手先めが、二度と我が領地の土を踏むな!」
報告を受けたエレオノーラは、静かに目を伏せた。
「……お父様は、もう私を娘とは見てくださらないのですね」
一筋の涙が頬を伝ったが、それはもう悲しみではなかった。心の奥で、自分を過去に縛り付けていた最後の細い糸が、ぷつりと切れる音だった。彼女は顔を上げると、憑き物が落ちたように穏やかな表情でギルベルトを見つめた。
「ならば、仕方がありませんわ」
ギルベルトは優しく彼女の涙を指で拭った。
「拒んだのは向こうだ、エレオノーラ。俺は、俺の妻の望みを叶えるだけだ」
子爵領への侵攻は、燎原の火のように進んだ。その抵抗は、ギルベルトの想定を下回っていた。ギルベルト旗下の軍勢と違い、殺戮の経験に乏しい兵たちは、暴虐さに欠けていたのだ。
やがて城は陥落し、捕らえられたエレオノーラの父が、二人の前に引きずり出された。鎖に繋がれた父は、ギルベルトの傍らに控える娘の姿を認めると、憎悪に満ちた目で唾を吐きかけた。
「この不忠者が! 領地の安全のため、貴様を悪魔にくれてやったというのに、恩を仇で返すのか!」
情を感じさせない暴言。エレオノーラの心は、もはや波立つこともない。彼女はもはや何の感情も浮かばない顔で、傍らのギルベルトを見上げ、ただ小さく首を横に振った。すべてを、あなたに委ねます、と。
ギルベルトはつまらなそうに顎でしゃくり、兵士たちが父親を引きずっていく。その後の彼の運命を、エレオノーラは二度と知ろうとは思わなかった。
その数日後、ある報せが届く。
逃亡中だった継母と、美しかった義妹クラリッサが、運悪く盗賊に襲われたらしい。そして、報告者は言葉を濁しながら、クラリッサの末路を伝えた。
「……その、クラリッサ様の遺体は、あまりに無残で……何人もの男に、その……」
その言葉を聞いた瞬間、エレオノーラの唇から、くつくつと笑いが漏れ始めた。それはやがて、堪えきれない大声での爆笑に変わった。しゃくりあげ、涙を流しながら、彼女は腹を抱えて笑い続けた。自分を見下し、その美しさですべてを手に入れていた妹の、惨めで汚らわしい最期。これほどまでに痛快だとは思わなかった。
――同じ父の娘なのに、自分だけ家族ではなかった。
自分にまだそんな情念が眠っていたのか。エレオノーラは、そんな気づきにまた笑い転げるほどおかしくなった。
「もっと早く攻め込めば良かったな、すまない」
ギルベルトが、エレオノーラの肩を抱き寄せる。
暖かいと、エレオノーラは感じた。心の奥底から優しく包みこまれるようだった。
――私の、ただ一つの居場所。
エレオノーラは、先ほどと打って変わって、安らぎに満ちた微笑みを浮かべるのだった。
果たして、王家からの非難声明も、予想通り届いた。だがそれは、幾つもの内憂で身動きの取れない、無力な玉座からの遠吠えに過ぎない。今回の戦も、王家が数多抱える諸問題の一つとして埋もれていった。
事態が一段落したある朝、エレオノーラは体の変調に気づく。医者を呼ぶと、答えはすぐに分かった。
彼女は、すぐさまギルベルトの下へ向かい、そっと告げた。
「あなたの子を、身ごもりました」
一瞬の沈黙の後、ギルベルトの顔が、これまで見せたことのないほどの、純粋な狂喜に満ちた。彼はエレオノーラを力強く、しかし世界の至宝を扱うように抱きしめ、その唇に深く口付けた。
「本当か! エレオノーラ! ……そうだ、俺たちの血を継ぐ、後継者だ。 この子が育つまで、何としてもこの領地を守り抜かねば……!」
遠くの空では、また一つ、税を滞納した村で『異端者』を焼く聖なる煙が、空を黒く汚していた。その煙は以前より勢いがなく、痩せた土地から無理やり搾り取った、最後の薪が燃えているかのようだった。
そして遠く、見えずとも、王都の方角からも幾筋もの狼煙が上がろうとしていた。それはギルベルトにとっての一時的な自由を意味すると同時に、王国全体の崩壊が目前に迫っていることの証でもあった。この城の誰も、その本当の意味をまだ知らない。
――悪逆侯爵と、彼に染め上げられた令嬢の幸福な物語はきっと、もうしばらくは続くのだろう。
そして、その先に待ち受ける末路は、まだ誰も知らない。
完
すみません。
あらすじ詐欺ってやつです。
やってみたかったんです。