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7.ジャファル

 地上にラズールが顔を出すと、まだ日の出前の深い闇の中、幾つもの炎が砂漠を照らしていた。


 ――囲まれている。


 『黒蛇』は、寄せ集めだが総数は百名近い、今回はその半数以上集めてきたようだ。既に住処の中にも入り込まれていたが、地上全ての出口も押さえているのに違いない。


「よお、アンタの巣にようやく遊びに来れたぜ」



 『黒蛇』の頭、ジャファルが唇を歪めて、喉の奥で掠れた笑い声を立てる。


 肩まである灰色の毛はあちこちに跳ねて、額に巻いた布が左右で揺れる。洒落者で背も高く体格もよい、唇が分厚く口はデカイが、顔の造りは悪くない。


  酒場ではいつも女を口説いていると聞くが、女はラズールを見ると、ジャファルの文句を囁く。笑い方が生理的に受けつけないのだと。


なるほど、言われてみれば確かに頷けるものがある。


「巨大蟻の古巣を住処か。鷹が穴倉に住むなんざ笑えるぜ」


 曲刀でラズールを指し、ジャファルは引きつったように笑い続ける。対してラズールはいつも通り、冷たい眼差しを向ける。


「そのすましたおキレイな顔、いつまで続くか。お前の仲間を引きずり出して首を跳ねたら、お前の目をえぐり出して俺の首飾りにしてやるよ」


 ジャファルの『黒蛇』は寄せ集めだが大盗賊団で、対してラズールの率いる『砂漠の爪』は、わずか二十名にも満たない少人数の家族だ。同じ盗賊だが、圧倒的な数の差がある。


 だがラズール達が彼らを恐れず、いつも出し抜いてお宝を頂戴し「営業」していることが面白くないらしい。事あるごとに突っかかってきていたが、住処を襲撃してきたのは今回が初めてだ。



 ラズールは両手を軽く腰に当てたまま、さり気なく左右に視線を向ける。


 あちこちで火が焚かれているため、視界は良好。だがジャファルの仲間しか見えない。既に地下を制圧し、ラズールの仲間が地上に逃げ出してくるのを、奴らは待ち構えているのだろう。


 踏み込まれてから二十分。各自が出口に到達する頃だ。それがリミットだと伝えてある。


 低い口笛の音が伝令のように響く、ジャファル側の合図だろう。


「さあて、逃げ出したアンタの仲間を見つけたらしい。俺が合図をすりゃあ、火を投げ入れて出口を出ようと蟻のように群がるアンタの仲間を焼いてやる。その焚き火の前で最後にアンタの首を切り落とす算段だ」


 随分とご丁寧に計画を説明しているが、ラズールは無表情で周囲を見渡す。ジャファルが苛立ち、声を張り上げる。


「おいっ、てめえの武器を捨てろ。服ン中だよ。そんで腕を頭の上で組んで跪け」


 無防備なラズールの胸元に曲刀を突きつける。ラズールは、大人しく懐から愛用の小刀と腰の短剣を捨てる。

 無造作に頭上で腕を組んで、膝をつくが、いきなりガッと髪を後ろから掴まれる。

 頭皮ごとむしられそうな痛み、だが仰け反らされた首に当たる曲刀のせいで、動くことは叶わない。


「一応聞いてやるが、お宝はトゥリーが連れてんのか」 


 ジャファルとは、双方不幸なことに付き合いが長い。こちらの人員構成もある程度知られているからこその言葉。それにしても女のことが既に筒抜けなのは、バシャマのせいか。


「お前の目。その極上の宝石を抉り出して、俺の耳飾りにするのが俺の夢なんだよ」


 顎を掴まれて、顔を覗き込まれて憎悪の目を向けられる。ここまで憎まれる覚えはない、多少遺物をこちらの方が多く収穫しているとはいえ。


 ただ、自分の無表情さと冷たい瞳が、相手を煽るのだとトゥリーからは言われている。 


「聞いてんのか、このくそ帝国の奴隷が!」

「……うるせえ」

「あん?」

「べらべら喋って、うざいんだよ」



 言い終わる前に、髪を掴まれた頭が岩に叩きつけられる。咄嗟に身体を捻り直撃は避けたが、頬を岩肌が滑り、痛みが走る。続く腹部への蹴り、腹筋に力を入れて堪えると視界の先、遠くの岩山の頂点で、爪先ほどの灯りが二度点滅する。

 それは『完了』ではなく、――『非常事態』



(まだ逃げ出していないのか……?)


 顔には出さない、目線も向けていないから、ジャファルにも気づかれていない。


(……『切り抜けろ』、だと?)


 トゥリーらしいこちらに丸投げな言葉。だがそれでは、まるでこっちに問題が発生したような……。考えが纏まる前に、再度胸ぐらが掴まれて、曲刀が振り上げられる。


「まずは、耳を切り落としてやる」


 刃こぼれだらけの刀身に、顔が僅かに歪んだ。この手入れの悪さじゃ、一振りじゃ無理だろ、と悪態だけが頭をつく。


 攻撃を喰らわないように、少し時間稼ぎをするかと考えたその時、目が微かな異変を捉えた。


 ――それは僅かな違和感。足の間の地面を小さな石ころが転がってきただけ。合図が頭をよぎる、かちりと全てが符合する。 


 ラズールは、慌てて跳ね起きざまにジャファルに体当りして突き飛ばし、備えた。


「――やめて! 私ならここにいますっ」


 後ろから現れた人影が、駆け寄って乱入する前に間一髪、腕で捕まえる。

 なのにラズールを背に庇うように刃の前に出ようとしたから、ぐいと後ろに追いやる。



「アンタ! 何を考えてんだ」

「ごめんなさい、でも……」


 女はなおも前に出ようとするから、とりあえず腰に手を回してがっちり固める、細い腰は片腕に十分収まる。柔らかい体は華奢で、力を入れれば簡単に潰せそうだ。



「なんで来た!」


 激高するこちらに反して、女は落ち着いた眼差しで見返してきた。


「だって……私を匿っても、いいことなんてない」


 女は思い詰めた表情で言い張って、両手でラズールを押して、逃れようとする。


「あのな」

「私だけ、逃げられない」

「普通は怖がって逃げんだよ」


 無謀で馬鹿な女だと思った。

 

 けれど、ラズールを見すえる目は、覚悟を決めている。闇に光る銀の瞳は、冷静だ。なのに握りしめた拳は力が入りすぎて、微かに震えている。


 月を背にし、長い銀髪が夜風に流される。


 布一枚を巻いただけの身体、むき出しの手足が闇夜に白く浮き上がる。無力で弱いのに、精一杯虚勢を張っている。


 ――ふと、思う。こいつの意思に任せてみても、いいのかもしれないと。



「なら見てみろ。そして決めろ。――アンタは、あっちに行きたいのか?」


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