68.再会
ラズールはその誰何の声が最後まで告げられる前に、シャーラの頭を己の胸に強く押しつけ庇う。
懐に手を入れかけて、だが、武器を出さずにそのままの姿勢で構えて、睨みつける。
――目の前にいたのは、少年だった。
腰が引けているが剣を向けていた。ラズールは油断なくその子どもを睨みつける。
「お前こそ。いや――坊主、ここはどこだ?」
坊主、と呼ばれた少年は、ラズールを睨みつけたまま。黒髪に茶色い瞳、どこかで見たような顔。
「ラズール、ねえ、まさか……」
シャーラが訝しげな声から一転、慌ててラズールの胸を押して身を乗り出す。ラズールは渋々といった感じで腕の拘束を緩めたが、抱き締めたままなのは変わりない。
少年の年齢は、十歳ぐらいだろうか。
「驚かせてごめんなさい、でも、あなた――もしかして」
ラズールは訝しく思う、シャーラの問いかけの意味がわからなかったから。
一体、シャーラはどうしたのだろうか。
だが少年も、目をいきなり見開いてシャーラを見つめて、それからブルブルと震えだす、その目が潤んでくる。
「帰って……きた?」
「なんだ? 坊主どうした」
ラズールがまだ状況がわからず問いかけると、少年は肩を落とす。
「違う……だって母様は違う……」
「さっぱりわかんねぇ」
「ねえ。ラズール? 離して」
シャーラが硬い声で告げる。ラズールが反射的に強く拘束すると、シャーラはラズールを見上げて、「少しだけだから」と落ち着いた声で話す。
拘束を緩めると、シャーラは足をもつれさせながら少年の前に行き、慌ててラズールがシャーラの背後についていくと、そのままシャーラはその少年を抱きしめる。
「シャーラ!?」
「あなたね……ファリド」
シャーラの最後の台詞にラズールは目を見開いて、シャーラの肩に手を触れたまま、少年を凝視する。
「なんで俺の、名前を――」
「まさ、か。ファリドって」
ラズールもファリド同様驚いていた。だが、ファリドのほうが困惑は深いみたいだ。わかっているのはシャーラだけなのか。
「また、会えた」
ファリドは、困惑して考える素振りでラズールの顔を見上げて口を開きかけて、それからいきなり目を見開いて、叫ぶ。
「――来るな! あっちに行ってろ!」
ラズールは迷わず小刀を取り出し、振り返る。
同時に、小さな影が駆け抜ける。
小さすぎて視界に収まるのを、いや理解するのが遅れた。銀色の塊が、ラズールの足元を駆け抜けて、シャーラの背にしがみつく。
「なんだ? 子ども?」
長い髪、華奢な体躯。恐らく少女だ。
シャーラがしがみついてきた少女に驚いて顔をあげる、同時に少女も顔を上げる。
驚いたことに、二人は――よく似ていた。
銀の髪、青い瞳の少女。
「まさか」
まさか、としかラズールは言いようがない。
少年が慌てて少女の腕を引き、自分の背に隠そうとしたのを、少女は甲高い声で「や!」と叫んでまたシャーラの胸に飛び込む。
「かあさま……」
ラズールは口をぽかんとあけて、それから顔をシャーラの胸に埋める少女と、呆然としている少年と、交互に見つめて、それからようやくシャーラに目を戻す。
シャーラは少女を抱きしめて、愛しげに見下ろした後、目を細める。
「まさか、な」
「ラズール、たぶん、まさかじゃない」
「まさかじゃないって」
「……かあさま。帰ってきた」
ラズールは今度こそ仰け反り、それから少年をマジマジと見下ろす。
「冗談じゃ、ないよな」
少年はラズールを見上げ、それからふて腐れたように顔を横に逸らす。その顔は、どこかで見たことがある、そう――自分だ。
「まさか――」
笑い飛ばそうとして、そうできないことに気がついたのは、少年の下ろした手に握られていたものを見たからだ。
その短剣の柄の意匠――柄の鷹の一枚羽。短剣に刻まれた帝国の紋章。
「ファリド。あなた、……私達の子ども、だったのね」
シャーラが微笑んでそう言って、それから少女を片手で抱いたまま、今度はファリドに腕を伸ばす。
「ごめんなさい、気がつかなくて。ほら来て」
シャーラは少年の手から迷わず剣を抜き取り、そして少女ごと、少年も抱きしめる。
――ラズールはただ呆然と見つめるしかない。
これはいつかの、――未来の光景なのか。
ラズールは三人を見下ろす。
夕日が差し、眩しくて目を細める。嗚咽は誰のものか、ラズールの視界もにじむ。
胸が熱くて、けれど痛い。
幸せな未来なのか、それとも不幸の後なのか。
そもそも、本当に未来なのか。
ラズールは手をのばすこともできず、ただ橙色に全てが染め上げるのを眺めていた。




