66.一緒に
水の音が聞こえる。
ラズールの視界がだんだんとぼやけてくる。
抱きしめるシャーラは動かない。魔神の声はもう聞こえない。
なのに、シャーラは動かないのだ。
「は。はは、ははは……」
ラズールの喉から乾いた笑いが漏れる。
「ははっ。ははははっ、はははははは。あは、あはっ、あっはは!!」
喉をのけ反らせて、ラズールは引きつった笑いをあげる。それは次第に甲高くヒステリックになり、空間に響き渡る。ただ自分の笑い声しか聞こえない。
(滑稽だ。そうだ――そうに、決まっている)
「魔神など、あいつらが願いを叶えるわけなんて――ないんだよっっつ!!」
ラズールは思い切り叫ぶ。残響が石の空間を満たして消える。
「くそ、くそ、くそ!!」
叫んで、ラズールは腕の中の存在を見下ろす。
頬を撫でる。まだ死後硬直は始まっていない。まだ柔らかい手足。まるで眠っているみたいだ。
「ごめん。ごめんな、シャーラ。ごめん」
嗚咽が漏れる。
視界がどんどん白く染まっていく。あと少しでシャーラの姿も見えなくなるのだろう。
ただ聞こえるのは激しい水音。
いつの間にか、天井から雫が垂れてくる。雨だ。まるで滝のように降ってくる大雨を避けるように、ラズールはシャーラを抱えて立ちあがる。
「ちっとも、重くねぇよ。シャーラ」
愛し気に呼びかけたラズールは、シャーラを抱きかかえたままゆっくり歩く。
激しい水音が聞こえてくる場所を目指す。
やがて、足を止めたのは石槽がある部屋だった。ピチャッとブーツが水音を立てて苔に沈む。壁際に歩んでいくと、雨水で滔々と水を湛えた石槽があった。
「そうだな。アンタを取り返しにいかねぇとな」
ラズールはシャーラの唇に、自分のそれを重ねる。
ほとんど視界の利かなくなった空間でラズールはシャーラを抱いたまま、水槽の中に入る。
視界はただ白い、けれどラズールの目の前には、丸く白い満月が見えた。
「行こう、シャーラ。一緒に」




