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砂漠に降る銀の月~花の刻印があるスルタンの妃は盗賊と出会う~  作者: 高瀬さくら


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59.アミナの願い

ひどい揺れと、頭痛で目が覚めた。


「目が覚めた? ひどい目にあったわ」


 目隠しをされていて、何も見えない。

 アミナが声を顰めて、話しかけてくる。荷馬車か何かで運ばれているのだろうか。


「さらわれたみたい。最悪」


(アミナさん、逃げないと!)


「大丈夫よ、すぐにラズールが見つけてくれるわ。アイツ、そういうの得意なんだから」


 視界が暗くなる、また意識が落ちる。







「ちょっと、わたしの衣装どこ?」

「アンタ、化粧したって変わんないわよ」

 

  雑多な声、狭い部屋でみんなが好き勝手に話している。意識を向けると、目の前には鏡の前に立つ少女の姿。胸と腰だけを薄地の生地で覆う露出の多い格好、唇には赤い色、目元は黒い縁取り、派手めな化粧だ。


(アミナさん?)


 まだ幼さの残る顔立ちだが、強調した胸元と婀娜っぽさは、女性の片鱗をみせる。


「アミナ、早くしな。客がご指名だよ」

「ほっといてよ」

「ちょっと可愛くたって、アンタみたいのはごまんといるんだ。自惚れないことだね」

「煩い! いたくて、ここにいるんじゃない」


「すぐにここを出ていく、だろ。早く助け出して貰いなさいよ、お兄ちゃんに」

「うるさいっ、くたばれっ」


 アミナが香水瓶を戸口に投げつけると、派手な音を立ててそれは砕ける。部屋にいた少女達は呆れたように嘲笑しながら、出ていく。

 

 残されたアミナは床に蹲って呟く。荒れた中指には、鉛の輪がはめられていた。


「そうよ、別に、ここにいたいわけじゃない」


 少女が顔をあげる。薄汚れた鏡に映る彼女の顔は、疲れて曇って見える。


「そうよ、早く、早く来てよ。助けに来てよ。ラズール……おにいちゃん」


 景色が流れる。また視界が暗くなっていく。






 部屋の中はたくさんの少女がいた。壁は白い漆喰で塗られているが、あちこちがはげ落ちている。

 中央には大きな泉があるが、湯気を立てているから、浴場(ハマム)なのだろうか。


「――今日王弟殿下が来られるそうよ」

「まだ独身よね。皇帝陛下が結婚するまでは、相手を娶らないとか」

「でも、陛下が婚約したでしょう。すぐよ」

「こちらに来てくれないかしら、わたし絶対に落とす自信があるわ」


 どこかの貴人の館なのか。シャーラは物珍しげに見ていた。裸同然の格好の少女達が、あちこちで寝そべり、飲み食いし、水タバコを吸い、少女に香油を塗らせている。


 アミナは、細身の体だった。ラズールによく似た綺麗な顔立ち。けれど尖った顎とキツイ眼差しが、近寄りがたい印象を与える。


「アミナ。今日もおよびが、かからないのね」

「今日も、じゃなくて、一回もでしょう」


 腰までの豊かな髪を香油で輝かせながら、一人の女がおっとりと言う。


「私は昨晩も旦那様に呼ばれたから、あなたに譲ってあげたいけど。でもねえ。今日も私が呼ばれているのよ」

「私は、呼ばれなくても結構よ」


 ツンとアミナは顎を持ち上げて尊大に言い放つ。この中では、アミナが一番美人だ。けれど、濃い化粧が台無しにしているように、シャーラには見える。


「あら。そうやって歳を取っていくのね。そのうち私が子を産んで夫人になれば、あなたを召使として使ってあげるわ」


 くすくすと笑う少女を睨みつけて、アミナは薄布を纏っただけで浴場(ハマム)の出口へと向かう。


 その背に浴びせかけられる嘲笑。


「もう言わないのね、私にはお迎えが来る。『ラズール』が助けに来てくれるって」

「っ、その名を、アンタが言うなっ」


 アミナが激昂して女を引っ叩く。場が騒然となり、人が大勢やって来る。

 アミナが取り押さえられたのは、それからすぐだった。







 オイルランプの小さな炎は、土壁を微かに照らすだけ。仕置で霊廟に閉じ込められたアミナは、膝を抱えて、地面を見つめていた。


「別に死霊もジンも怖くないわよ」


(アミナさん、気を確かに)


 震える声で呟くアミナに、シャーラは励まそうと声をかけるのだが、返事はない。


「別にあんな男に目をかけてもらわなくたって、わたしは平気よ」


(元気を出して。ラズールは、あなたを思っているから)


「ラズールなんて、知らない!!」


アミナは、大声で叫んで立ち上がる。


「そうよ、期待なんてしていないわ。アイツがいなくても、私は上手くやれるの」


 今度はしゃがんで、暗闇の中で地面を何度も叩く。見ていて痛くなる動作、けれどそれ以上にアミナの言葉が、声が痛い。


「そうよ、私は上手くやれる、見ていなさいよ、アイツら。今に見ていなさい」


 ブツブツ言いながら、何度も、何度も拳で地面を叩く。

 嫌な予感がする、何か変な匂いが、気配が、闇が立ち込める。ランプの炎が怪しく揺れる。


「思い知れ、思い知れ、思い知れっ。誰も、誰も、信用しない、自分だけしか信じない、そうよ、もういいの、いいのよ。私は、私は」


(アミナさん、しっかりして。投げやりにならないで、そんな気持ちでいたら――)


「どうなるって? ジンに取り憑かれる? 来てみなさい、私ならうまく使ってやるわ」


 風もないのに、ランプの火がふっと消える。


"その言葉、本当か"


 アミナの喉が鳴る。叫ばなかったのは流石だけど、ジンには声が聞こえるとバレた。


"娘。我を呼んだだろう。契約したいか。願いはなんだ"


(アミナさん、答えたらいけないわ!)


 ジンは恐ろしい存在だ、相手をしたら魂を奪われる。


"娘、皆に思い知らせたいのだろう?"


 アミナはすうっと息を吸い、そして顔をあげる。闇が更に深くなる。そこに何かがいるという圧倒的な存在感。


「契約の条件を詳しく話しなさい」


"簡単なこと。私は三つの願いを叶える、三つ叶えた時点で、お前の魂を貰う"


「つまり、二つまでならば、何の見返りもなし? 少しずつ何かを奪うとかはないの?」


"娘、我らの契約は神聖なもの。ジンは嘘をつかぬ"


(アミナさん、ジンは嘘を言わなくても、本当のことは黙っている。口車に乗ってはいけない!)


「なら二つまでしか言わなければいいだけ。いいわ、あなたと契約する、一つ目の願いよ」


 ジンの顔が闇で形作られる。確かにその顔は、ニタリと笑った。アミナの指の輪が、銀色に輝き、刻まれたように文様を宿す。



(アミナさん!)


「私を、王弟殿下の妃にして」


"承知した、一つ目の願いだ!"



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