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砂漠に降る銀の月~花の刻印があるスルタンの妃は盗賊と出会う~  作者: 高瀬さくら


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57.あの青をもう一度

 どのくらいたったのか。ただ闇しか見えない。黒い霧、瘴気のようなものが漂う。


 ラズールはふっと歪んだ笑みを浮かべた。


「お前じゃない」

 

 ジンの気配。昔――アミナを救いたくてジンを呼び出した時と同じだ。ただし、待っていたヤツじゃない。そのラズールの思いを知りつつも、それは笑う。


“名を呼んだくらいでは、アレは応えぬ。お前は我のモノ”


「去れよ」


“我ならば願いを叶えてやるぞ?”


 あちこちで反響して、四方八方から聞こえる声。

 ラズールは、顔を上げる。空ろな目で中空を見上げる。


“願いを叶えたいか?”


「ああ……」


 呟くラズールの声は、喉の奥で掠れてまるで老人のようだった。声が出ない、叫びすぎて枯れてしまったようだ。


“そうだ、我は叶えることができる。お前の願いを――”


 声は空間に響いているようで、ラズールの頭の中で囁いているかのようだった。

 低い声に奇妙な高音が混じる、笑っているような怒っているような、悲しんでいるような癒すような声。


「俺の、願いだ」


 ラズールの声だけが低くなる。腹のそこから響かせて、声を出すのはひどく苦しい。


 この苦しみは、――失ったからだ。

 失ったもの――信じたくない。


“お前のその目が条件だ。お前は瞳を惜しむか?”


「こんな目、いらねえよ」


“――いらぬか? お前の願いを叶えるために、捧げるか?”


(こいつは、アミナの契約したジン、か?)


 なぜ出てきたのかなんてわかりすぎる。ラズールが自分の目を使って叶えたい願いが出てくるまで待っていたのだ。


 ラズールはシャーラを強く抱きしめる。力が抜けて重い身体。だらりとしていて、まるで人形のようだ。けれどまるで寝ているかのように、肌は白い。


「うそだよ、ちっとも、重くねぇよ」

 

 シャーラの閉じた瞼に唇を落とす。

「お前が生き返るなら、何にもいらねえ」


 抱きしめ直すシャーラの手から転がったのは丸い銀色の輪だった。文様が刻まれた指輪らしきもの。

どうしてか、今までわからなかった、それは半ば開いたシャーラの手から抜けて転がり落ち、そのまま床を滑りどこかへ行ってしまった。


 けれどどうでもいい。


“では、願いを言え”


(――たとえもう、お前を見ることができなくても」


 シャーラ。アンタさえ生きていてくれたら。

 ――もう何も、いらないんだ。


「魔神でもジンでもなんでもいい、シャーラを生き返らせろ。欲しいものは、くれてやる!」

 





***



 ――苦しい、息ができない。


 蔦がシャーラを拘束して、下へ下へと引きずり込む。一緒に穴に落ちたはずのジャファルはいない。ただ首が苦しい、息ができない。

 

 あの声が流れ込む。


"お前が四十番目の花。お前ならば、お前ならば、お前ならば――"


(ラズールに……会いたい)


 ――あの青を、最後に見せて。空の青、夜明けの藍色、美しい瞳。


(返事を伝えていない。一緒に戻ってこようと、言われたのに)


 蔦をちぎろうとした手が血を滲ませる。


『シャーラ、諦めるな』

(ファリド……もう)


『頼むよ、諦めないでくれよ』


 わからない。上を見上げたシャーラは、顔を歪ませた。夜空が覗いている、なのに何も見えない。視界がどんどん暗くなる。


『シャーラ。きっと助けるから、だから待っててくれよ。お願いだ、死なないで――』


 ファリド、ごめんね。


『――さん!!  行くな! 生きてくれよ!!』


(え……)


 ファリドの声に頭を殴られたような衝撃が走る。その言葉を、その声を最後に聞いたのはいつ?





 ――月が空に見えた。


 白い影の女性が記憶を掠める、遠ざかる影。


(待って、あなたは……私の――)


 その人のことを忘れたシャーラを見て悲しげな顔をした人。


 遠ざかる。悲し気な顔。けれど優しく微笑み送り出してくれた。


 黒くなる視界、もう何も見えない。ただ、懐かしいのはラズールの青い瞳だけ。


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