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砂漠に降る銀の月~花の刻印があるスルタンの妃は盗賊と出会う~  作者: 高瀬さくら


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55.最後の決着

 遺跡には、帝国軍が遺跡発掘のために以前に仕掛けた爆薬が残っていた。

 ラズールは、ジャファルの姿を見ると同時に準備していた爆発を起こし、煙幕に紛れて駆け出していた。 


 これが奴との最後の戦いだ。

 ――シャーラと生きるために、決着をつける。その意思だけが体を動かす。

 

 ジャファルとは何回もやりあっていたが、どちらも本気になったことはない。互いに止めさすことをしなかったのは、どこか複雑な感情を伴う昔なじみという縁があったからだろうか。

 けれど奴がシャーラを傷つけるというのであれば、それを防ぐ。シャーラを殺される前に、殺す。

迷いはない。

 

 ラズールが接近しつつ投げた小刀を、ジャファルは軽々と跳ね返す。その頃にはラズールはすでに体勢を低くして、空いた右手で短剣を握り距離を詰めていた。


 ジャファルの目に蔑みが宿る。

 投擲しかできないラズールが、至近距離で何ができるのかという顔。やってみろよ、とわざと懐をがら空きにして剣を大きく振りかぶる動作。

 その隙に乗じて、ラズールは懐に入り込む。

 

 と、ラズールを袈裟切りに曲刀を下ろすジャファル。

 興奮して喉が引きつるようなジャファルの笑い声がラズールの頭上に降り注ぐ。短剣じゃ防ぎきれない、けれど距離をゼロにすればヤツの大きな曲刀は使えない。ジャファルは後退するしかない。

 

 ラズールは更に深く踏み込む。ジャファルの刃に体を晒しながら、強く柄を握る。

 がら空きの胸に短剣が吸い込まれていく。ずっ、と飲み込まれていく刃が見えた気がした。

 

 ――その時、ラズールはハッとなにかの予感に囚われて足をわずかに止める。

 瞬間、ジャファルの口元が大きく歪み、獰猛な笑みが更に深くなる、ラズールが警戒を深くし反射的に飛び退ろうとした時、「あばよ!」の言葉が降る。


 時間にしてわずか一瞬だった。

 ジャファルが曲刀を握る手首を翻した瞬間、ラズールの胸が氷を呑み込んだかのように冷え上がる。 

 ジャファルは頭上に振り上げた刀の柄を器用に曲芸のようにくるりと回し持ち直すと、深く踏み込んだラズールの脳天めがけて垂直に突き立てた。


(っ、しまった――!)


 真下のラズールに白刃が突き刺さる。飛び退るよりもジャファルの手の動きのほうが早い。目だけがその動きを捉える、跳ね返すことはできない。

 ジャファルの豪腕は、頭蓋骨ごとラズールの頭を叩き潰すだろう。


(く、間に合え!!)


手の中にあるものを握りしめる。


刃が脳天に吸い込まれ、ラズールの脳漿が飛び散る――。その光景を二人とも、想像した。


「死ね! ラズ……」


 ジャファルの喉は台詞の代わりに、ごぼっと不吉な音を漏らす。ついで、血の泡が喉、そして口から吹き出る。

 血走る見開かれたジャファルの目は、ラズールの左手を凝視した。まさかという顔だ。


「……ジン憑きの……手か」

「……そうだ」 


 ラズールが息と共に返事を吐き出す。 

 ラズールの左手には、ジャファルの喉を掻き切った投擲用の細い小刀があった。ラズールはそのまま左でジャファルの反撃に備えるように構え、右手の短剣も下にクロスさせる。

 その二つを構えてラズールは肩で大きく息をしていた。


「まさ、か、今まで、ずっと……ごほっ、隠して」


 ジャファルが顔を歪める。その顔に宿る感情は、ラズールにはわからなかった。


 ――左利きは“ジン憑きの手”と、世間では厭われる。

 だからずっとラズールは右利きで通していた。しかし今、右手の短剣にジャファルの意識を向けさせ、空と思わせた左手に小刀を呼び戻し、喉を切りつけた。


(これで、シャーラが……助かる)


 ジャファルが後ろ向きに仰け反る、赤い飛沫が天井まで跳ねる。


(――殺した、ジャファルを。――俺が)


 だがジャファルは体勢を一度崩しながらも、バネのように不意に、跳ねるように起き上がる。より力を得たかのように血走った目を剥き出し、ラズールの肩を掴みながら顔を覗き込むように接近させる。


「――ラズール。俺を……殺す、のか?」


 嗄れた声。口からも首からも、血の泡を吹き出しながら喋るジャファルが、ラズールに目と目を寄せるようにして囁く。


「お前と俺で、二人でイラムに行こうって言ったのに……」


 ジャファルの目からは、血の涙が流れている。


 ラズールは目を見開き、動きを止める。


「お前の……妹が、死んで、お前がおかしくなった時、……約束、しただろ」


 ラズールは顔を強張らせる。

 ジャファルは短気で短慮、暴力的ではあったが、残虐ではなかった。なのにいつからか、殺しを楽しむようになり、ラズールは彼から離れたのだ。


「なあ、アンタが……イラムに行きたいって……いうから、俺は協力してやって……」

「ジャ……ファル?」


 自分のものじゃないような、しわがれた声が喉から漏れる。悪夢なのか、現実なのか。


 だが、ヤツとのその時の顔、その時の声、すべてが呼び起こされる。

 遠い過去に、確かに自分はジャファルと――。 


 過去の記憶に、現在の思いが重なる、これはジャファルを見捨てた故の罪悪感か。


 躊躇い固まるラズールの目前で、不意にジャファルの目が愉悦の色を浮かべる。右腕の刺青が蠢き、黒い大蛇がラズールに伸びるように襲いかかってくる。


 ラズールは、慌てて後ろ足で下がりつつも蛇を小刀で牽制し、短剣でジャファルを更に斬りつけた。

 攻撃はラズールの動揺を表すかのように浅く、ジャファルの服だけが切れ、下の肌が露わになる。


(なんだ? これは……)


 ラズールの肌が粟立つ、生物としての本能、それが拒絶した。


 服の下から覗いたものは、ジャファルの――肌ではない。

 ――黒くうごめく文様が、ジャファルの肌一面を覆い尽くしていた。まるで蛇がジャファルの肌に一面に埋め込まれ、共食いするようにうごめいているかのようだった。


「ジャファル、アンタっ! 遺物に――喰われたのかよ!!」 


 ラズールの声は、悲鳴のようだった。

 ジャファルの体中に『黒蛇』が巻きつき、たくさんの鎌首をもたげたそれが、ラズールに触手のように伸びて絡みつく。


(……ジャファルがおかしくなったのは、奴が『黒蛇』を手に入れてから……だ)


 ――遺物は、生きている、持ち主を乗っ取る魔物だ。


 だから帝国は管理し危険を警告しているのだ。使い手は常に意識を強く持たなければいけない、ジャファルもそれは知っていたはずなのに。


「ジャファル……」


 ラズールの右手首が黒蛇に締め付けられて、短剣を取り落とす。左手を何とか持ち上げて、ラズールの身体に絡みつく黒蛇を切ろうとするが、切りつけることができない。


 黒蛇がラズールを締め付ける。

 首が絞まる、最初は頭の中が爆発しそうに熱くなり、視界が赤く染まり、そして白い光が飛び始める。


「ラズール!!」


 シャーラの叫び声が後ろから聞こえる。まさか飛び出してくるんじゃないだろうな。


「バ、カ、隠れて……」


 ジャファルが血に染まったような真っ赤な目でラズールを睨み、腕を持ち上げる。その手の先は、ラズールの首だ。握りしめるジャファルの手、ラズールの頸骨がみしりと音を立てる。


 息ができなくなる前に、首が折られる。

 ラズールは顎を引いて、締め付けられる首の隙間に空間を作る。


「ラズール!」


 耳馴染みの声。愛しい存在が、悲壮な声でジャファルに飛びかかろうとする。

 制止できない。

 その寸前にジャファルがちらりと視線を向けただけで、シャーラは喉を押さえて、しゃがみこんでしまう。


 けたたましい笑い声をあげるジャファル。

 ラズールは飛びそうになる意識にかまわず拘束されたまま、ジャファルに切りつける。切れ味の鈍い弱よわしい攻撃は届かない。

 笑いながらラズールの剣先から後退するジャファル。その歪んだ顔が、一瞬止まる。

 そしてぎょろりとむき出しの目玉が下を向く。


「シャ……」


 シャーラが、ジャファルの腰に、ラズールの落とした短剣を突き立てていた。

 ジャファルの口が歪んで、腕でシャーラを薙ぎ払う。


 わずかに黒蛇の締め付けが弱まり、ラズールは左手の小刀をジャファルの膝の健に向かい投げつける。

 がくりと膝を崩すジャファルが、真横に倒れるシャーラを憎しみの眼差しで振り返る。


「シャーラ、逃げろ!!」


 叫ぶラズールの前でジャファルは憎しみで歪んだ目で、シャーラの髪を掴んで顔を持ち上げる。


「くそ、ジャファル! 俺の相手をしろ!」


 シャーラの目がラズールに向けられる。

 その口が、何か言葉を発するかのように動き、ありえないことに微笑みを浮かべる顔。


 そしてシャーラは、勢いよくジャファルにしがみつくように抱きついた。


(何を……)


 ラズールの思考が止まる。


(何を、どういうつもりだ、シャーラ?)


 わずかな間だった。状況を飲み込もうとするラズールの前で、突然大量の蔦が地面から現れてシャーラとジャファルに巻き付く。


 そしていつの間にか開いていた落とし穴へと、二人を引きずり込んだ。



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