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砂漠に降る銀の月~花の刻印があるスルタンの妃は盗賊と出会う~  作者: 高瀬さくら


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53.月の神

 ラズールとシャーラは、空の石槽がある部屋にいた。

 前回はジャファルとシャーラが出会ってしまった部屋だが、ジャファルの気配はない。


 ファリドは遺跡の文字を『月の神のご加護を』と読み取れたと、シャーラに伝える。 


「月の神か、やっぱりな。……この言葉を読み上げたら、どうにかなるのか?」

『――勉強しただけで、この言葉を使ったことはないから、発音は知らない』


 シャーラがファリドの言葉を伝えると、ラズールは何かを考えながら、「そうか」と納得したように頷いた。

 

 シャーラは口を開きかける。“月の神”に関連する遺跡、そしてラズールの態度、シャーラも思い当たることがある。


「ラズール、“月の神”って」

「ああ」

「遺跡の入り口に壊された像があっただろう。あれは三日月の角を持つ牛の像『月の神』だ」


 シャーラは、月の神という名称に、どこか胸が痛くなる。


「月の神は、昔は『悪しきものを祓う』とされ、ジン避けのために信仰されていた。ジン憑きの人間は、月の神を恐れるっていうが……ファリドはジンじゃないんだな」

『だから、私はジンとは違うって言ってるだろう!!』


 ファリドが心外だとラズールに反論しているが、シャーラはそれを特に伝えなかった。ファリドもラズールも、お互いにある程度信頼しあっているし、神殿前の壊された像が気になったからだ。


「どうして、あの像は壊されていたのかしら?」

「そうだな。以前は残されていたから、ジャファルがやったと考えるのが妥当だが……。壊しても、ジャファルに何の意味があるんだ?」


「――あのね。私がここに着いたのは、月が見える部屋を辿ってみたからなの」

「月の見える部屋?」


「月が守ってくれる気がして。この世界に来る前も、どこか水の湛えられた神殿のようなところで、月が見えたの」


 ラズールは、石槽の中に入りながら天井を見上げる。


「……俺は調査の時、いつも崩れた天井から入っていたから知らなかった。――月を辿る、それが遺跡の、正しい道か……?」


 ラズールは改めてシャーラに視線を向けて、問いかける。


「シャーラ。ここに見覚えは? ――アンタが来たのはこの神殿からか?」


 シャーラは記憶を辿る。水の湛えられた石槽は、もっと広く、まるで水路のようだった。どこまでもどこまでも、進んでいけるようだった。


 シャーラは首を振る。確かではないが、ここじゃない気がする。


「“月の神殿”か。いくつもあるのかもしれねぇな」


 大河に面する宮殿、そこにいる恐ろしい男、その目と顔を思い出しシャーラは無意識に腕で己を抱きしめる。


 怖い。あれは、ラズールとは違う。


 ラズールは、シャーラを引き寄せて肩に上着を被せてくる。シャーラは寒いわけではなかったが、それにラズールも気づいているだろう。


 シャーラは、胸に上着を引き寄せる。


 ラズールは太陽の匂いがする、前にそう言ったら不思議な顔をされた。

 シャーラも、その匂いがどんなものか説明ができない、けれど嫌いな包いじゃない。


 この服を引き寄せるとラズールに包まれているようで、気が緩む。

 ……ラズールと一緒にいると、安心する。


 ――離れたくない、そばにいたい。そう思うと、胸が痛い。顔をしかめて思わず俯いてしまう。


「シャーラ?」 


 ラズールの瞳が覗き込んでくる、どこまでも鮮やかな青の色がわずかに濃くなる。


「具合が悪いのか?」


 額に触れる手の平の硬さ、感触。わざわざ手袋を外して、触れてくれる優しさが嬉しい。


「ううん、何でもない」


 ラズールの手に自分の手を重ねる、その特権が嬉しい。離れがたくなる、そんなことを嬉しいと思っていることを内緒にして、手をそっと離す。


(あなたを、――殺させない)


 ――何があっても、絶対に。


 ラズールは何かを言いかけて、でも口を閉ざす。代わりに、シャーラから離した手を再度握りしめてくる。


(ラズールは、きっと……)


 シャーラの揺れる思いに気づいていて、それでも何も言わないでくれている。


「ラズール。あのね、夢の中で追いかけてくる誰かが言うの……私の数だけ待つと」

「数?」とラズールは眉をしかめる。

四十アルヴァーン……、四十日間、か?」


 シャーラは、わからないと首を振る。本当にわからないことだらけで、それをラズールに考えさせているのが、申し訳なくなる。


「落とし穴に落ちた時に、夢の中で……そう言われたの」


 夢の中、その不確かな情報源にシャーラは、声を段々と小さくする。あれは夢じゃない、誰かに本当に言われたことだと思うのだけど、どう伝えたらいいのだろう。


 ラズールはわずかに顔をしかめて、「残りわずかだな」と呟いた。シャーラの言葉を疑う様子はない。


「信じてくれるの?」

「当たり前だ。――怖かっただろ?」


 シャーラは首を横にふる。そう言ってもらえるだけで、怖くなくなる。今のこの瞬間だけしか、考えられなくなる。


「大事なことだからな。あの日から数えると、ちょうど次の新月ヒラールの頃か」


 シャーラの頭に手を伸ばすラズールは、なだめるように軽く撫でる。

 その優しい手つきが胸に、甘い痛みを呼び起こす。嬉しいのに……それが悲しい。


「――残り六日か」


(たったそれだけ?)


 どうやって、あの男がシャーラを連れに来るのだろう。夢の中に表れたのならば、夢の中で連れに来るのか。

 シャーラがこの世界に来たのが満月バドルの時で、落とし穴に落ちたのは、新月ヒラールから数えて八日目。あれからもう一度満月バドルが来て、昨日はもう半月だ。


 僅かな期間なのに、こんなにも長く感じる。でも短い、もっとラズールといたい。彼のことを知りたい。


「――この石槽は、水を貯めていたんだろうな」


 ラズールは、槽の中でしきりに壁を叩いたり、頭を地面につけたりしている。


「苔があるだろ。水気があるんだ。――昔、俺は、ここでわずかに水が溜まっているのをみたことがある。けれど、今――その水はどこへ行った?」


 そして、手袋越しに床を触れて首を傾げる。


「――シャーラ。たしかアンタのいた宮殿は、大河のそばにあったと言っていたな」

「ええ。神殿から宮殿まで河を分断するように、大きな道があったの」

「道、橋のようなものか?」


 ラズールはそう言って、手袋を見せる。その黒い皮の手袋には薄っすらと白いものがついてた。人差し指を舐めて、ラズールは顔をしかめる。


満月バドル……」


 そして、彼は石槽の淵に手を置いて、ひらりと超えてシャーラの脇に立つ。


「シャーラ。アンタ、来るときに月が見えたって言っていたな。その時も満月バドルじゃないのか?」

「そうね……満月だったと思う」

「月の神の神殿。普通で考えれば満月は月の加護が一番大きい時だな」

「私を逃がしてくれたのは、そこの神官だと思うわ」


 ラズールは、「そう言うことか」と呟いた。


「ラズール?」

「ちょっといいか」


 ラズールは、シャーラの腕を引いて歩きだした。


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