46.ファリドとラズール
夜になって、ラズールは自分の上にのしかかる存在に目を覚ました。
「またお前か」
「キサマが、呼んだんだろうが!!」
シャーラの姿をしたファリドが、腹の上で騒ぐ。もうあんまり気にならなくなった。
殺気もないし、まあいいかとシャーラの腰に手を回してぐるりと胸に抱え込むと、脇に下ろしながら左側に置いて、自分も横になる。
ついでに足を絡める。
「なんで、寝るんだ。一緒に寝るために出てきたわけじゃないぞ!」
「……そうだ」
思い出した。
目を開けて、睨みつけるシャーラと目を合わせる。目つきもきつい。丸みをおびた瞳はいつもより細く見える、顔の輪郭もなぜか尖って見える。
けどまあシャーラだと思えば、可愛くも見える。
「な、何もするなよ」
「んー」
一瞬、口付けしようとしたけど、ばれたか。
「――帝国で何を聞いてきた」
ファリドが不意に尋ねる。その瞳は本気だった。
「ただで教えると思うな。お前も話せば、話してやる」
「嫌だと言えば?」
ラズールは考えた。いや、考えるふりをしただけ。半眼になりシャーラを引き寄せる。
「キスする」
「ば、馬鹿! わ、私はシャーラじゃないっ」
何度かやりあってわかったが、こいつの腕力はシャーラのもの。それ以上の力は出せないようだ。
「嫌なら早く吐け」
積極的に絡んでいるわけじゃない、シャーラの身体だから多分、いやかなり平気みたいだ。だけど、暴れられて、手で押しのけられると、それはそれでシャーラに拒絶されているようで複雑な気分だ。
「シャーラの正体は? 記憶がないのはお前の仕業か?」
「まずお前から話せ。それよりも離せ!! お前の正体を明かせよ」
「俺は元帝国軍人だ」
「それは知ってる!」
暴れるし、仕方がないから離して起き上がる。
裸のシャーラの上に上着を放ると、もぞもぞとファリドは起き上がり、露骨に嫌な顔をする。
「これ、お前の服じゃないか……」
「ここ三年で、腰に花模様がある女の目撃情報は三人。全員男連れだった。そのうち、二人の男は死体で発見されている、女は行方不明。三人目の女だけが死体で見つかった、連れの男は行方不明だ」
ファリドは顔色を変えない。知らないのか、知らないフリをするのか。
(このままじゃ、俺が死体になる可能性が大だな)
ラズールは自嘲気味に思う。
「お前は女をイラムに連れて行く案内人か? ついでに男を落とすのか」
「違う、イラムへ行きたいなんて思わない」
「じゃあ、何者だ」
「……気づいたら、シャーラの中にいたんだ。本当だ」
「他の女は知り合いか?」
ファリドは、何度も口を開け閉めしている。話そうか迷い、途方にくれた迷子の子どもの顔。
「知らない。私は、シャーラが何故イラムに拘るのか、わからない」
「じゃあ、帝国を厭う理由は?」
拳が握りしめられ、躊躇い、そして開く口。
「――母さ……母は、帝国に攫われたんだ」
ラズールは改めて、ファリドと向き直る。
「帝国に? 軍か? いや貴族の私兵か?」
「生きて、いる……のだろうか」
「目的がなきゃ連れてはいかない。悪戯に殺すことはないだろうが、訳ありか?」
シャーラの姿をしたファリドは俯く。
「父が、必ず、連れ帰るって。けど……教えてくれ、本当に戻ってくるのか? アイツは助けてくれるのか? ……アンタは、シャーラを、助けるのか」
「ファリド。いくら帝国でも個人を連れ去って殺すなんてない。アンタの親父が助けるったのなら、信じてやれよ」
シャーラの顔をしたファリドは泣き出しそうに、顔を歪めている。
「一応聞くが名前は? いつ連れさられた?」
「……お前、シャーラを見捨てるなよ。助けて、くれよ」
ファリドは何故か答えようとしない。ただ、シャーラを助けろと繰り返すだけ。
シャーラの体を操って色仕掛けをした理由は、ラズールに責任を感じさせるため、それだけの理由なのか。稚拙だが、何だか必死にも見える。
「答えろ、アンタはシャーラの何だ?」
「……わからなかったんだ、本当だ。まさか――」
「まさか、なんだ? 知り合いか?」
それきりファリドは黙り込んで、唇を噛みしめるだけだった。
――仕方のないやつ。ラズールはため息をつき、ごろりと横になった。
「な、なにするんだ」
「何って、寝るんだ。アンタも寝ろ、シャーラが明日辛くなる」
「もう、何も訊かないのか?」
ラズールは、青い目を眇めてファリドを睨む。ファリドは、怯んだように上ずった声を出しているから丁度いい。
「お前。シャーラの裸、見るなよ」
「な! わ、わざとじゃない! 不可抗力だ」
「目、瞑ってろよな」
「何を勝手なこと!! おい、寝るなって、貴様っ」




