44.先約
シャーラのあてがわれた部屋は西棟の最奥。
ラズールの使う部屋は西棟に入ってすぐの所にあり、そこに連れて行かれる。
だが、部屋に入ってもラズールは、シャーラを下ろそうとしない。
「……ラズール?」
シャーラを正面に抱きかかえたままで静止しているラズール。見下す彼の頭、いつもシャーラは彼を見上げることしかできないから新鮮な光景だ。
その頭を、シャーラはそっと抱きしめた。
「俺の目は――」
ラズールの声がくぐもって聞こえる。声が振動となり、伝わってくる。頭を撫でる、怒られるかと思ったけれど、何も言わないから許してくれているのだろう。
「俺の目は死んだ母親譲りで、あの人はそれが目当てで」
母親、ラリマーと呼ばれていた女性だろうか。あの人というのは、父親のマスルールのことだろうか。
「どうせ、同じような目の子を産めとか言われたんだろ……」
ラズールは顔を見せてくれない、こんな彼は初めてだ。くぐもった声は感情を伝えてこない。
でも、自分の目を……厭っている?
ラズールの黒髪は硬め。けれど、サラサラしていて、ほつれひとつない。顔も整っているし、精悍で、たぶん、女性にモテる外見だ。
そして、その中でも黒髪の間から覗く瞳は印象的だ。鋭さもあり、鮮やかな青は引き込まれる。
なのに、こんなに綺麗な自分の瞳を嫌うのはどうしてだろう。
「ラズール、顔を見せて」
「――嫌だ」
本当に珍しい。こんなに感情を見せるのは初めて。
ラズールがよくしてくれるように、頭を抱きしめて耳元に囁く。
「私、ラズールの瞳が好き」
こんな特権、いいのだろうか。胸の中でどこか不安が生まれる。
こんなに近い距離、こんなふうに彼に触れるのを許してもらえて、いいのだろうか。
(自分が、誰だか、わからないのに)
「ラズールの瞳は、中心が濃くて、だんだんと外側が薄い青になっていくのね。内側から光に照らされているみたいで、見ていると吸い込まれるの……」
(それでも、この時が、この瞬間が許されるのならば――)
「ラズールが、自分の瞳を嫌っても私は好き。いらないと言っても私にはいるの。もしいらないなら、私に頂戴」
ようやくラズールが、彼の顔の高さまでシャーラを下ろす。彼の瞳はまだ揺れ動いていて、見たことがないくらい弱っているように見えた。
「悪いが――先約済みだ」
ようやくラズールが言葉を発する。シャーラは、はっきりとした胸の痛みを覚えたが、無理に笑みを作った。
そうだろう、こんな風に図々しい願いが叶えられるはずがない。
だが、ラズールは目を伏せて言葉を続けた。
「おまえに、やれたらいいのに」
その声があまりにも沈んでいたから、否定する。
「ううん、ラズールいいの。その、前に……聞いた女の人の名前、その人のもの?」
ラズールは黙って、シャーラを見つめ返す。そして口角を上げて、切なげに瞳を細めた。
「――俺には妹がいた。――アミナという、双子の妹だ」
その名前、それは確かに聞いたことがあった。この館に来て、着替えたシャーラを見た時に呟いた名前だろう。
(妹さん、だった)
嫉妬じみた感情を宿していたのを恥ずかしく思って俯いた瞬間、思いがけないことを言われた。
「俺はアミナに憎まれていた」
「え……」
「少し長くなる。聞いてくれるか?」
シャーラは頷く代わりに、ラズールにしがみついた。




