43.天藍石の瞳
通されたのは東側の棟。
吹き抜けの通路を通り、極彩色の布で飾られた宴会場のように広い部屋に入ると、真紅の絨毯の上にくつろいだ格好の男性がたくさんのクッションの間に座っていた。随分と恰幅がいい。いや、かなり肥満気味というか。
けれど、着ているものは上等な品だ。紫の絹の上着に重ねるのは鮮やかな赤の羽織、金の釦で前を止め、部屋履きには、大きな宝石が散りばめられている。
「そなたが、ラズールの連れてきた女か」
「シャーラ、という名です、旦那様」
サルマに紹介されて頭を下げる。逆光でどんな表情なのかよく見えない、疎まれているのだろうか、見定められているのだろうか。
サルマに前に行くように促され、膝で前までにじり寄り、小さな卓をひとつ挟んで、再度額を床につける。
商人とは聞いていたが、ここの主人であり、ラズールの父親だ。緊張してしまう。
「ふむ。ヴェールを取れ」
「旦那様、お待ちくださいませ」
「ここは私の館で、太陽の強い光も入らぬ、布で遮る必要はない」
一度はサルマが止めてくれたが、主人の命令に彼女はちらりとシャーラを見つめて、目で従うよう促す。シャーラが恐る恐るヴェールを外して頭を下げると、気配が近づく。
「顔を上げて、よく見せよ」
伸びてくる指、顎を持ち上げられて顔が近づくからじっとする。人に顔を見られるのも、珍しいらしい目や髪を見られるのも苦手だ。
視線を上に向ける。天井は高く、夜色に星空を写した装飾が施されている。緊張で頬が引きつりそうになるのを耐える。
「うーむ、銀の目、銀の髪か。世にも珍しい」
「美しいですわ」
「だが、天藍石色の瞳の娘が生まれる可能性は低い」
(天藍石?)
「青い瞳の娘と結ばれても、ラズール様のあの色を引き継ぐ子が生まれるとは限りません」
(やっぱり……天藍石というのは)
サルマの取りなしに理解する。ラズールの瞳の色の話をしているのだろう。というよりも、子ども、ということは?
(もしかして、もしかして……ラズールの、子どもを、という話?)
「確かに、あれの妹は青の目ではなかったしなあ」
「でも、シャーラ様となら美しいお子様がお生まれになるでしょう」
「ラリマーの瞳を引き継いだのはラズールだけ、その瞳をこの娘が産んでくれるか……」
「あの、待ってください!!」
「――マスルールっ! 親父殿!」
入口に影が差す。肩を怒らせて入ってきたのはラズールだった。
「おお、ラズールよ! さあ、その顔を見せておくれ」
「一体何のつもりだ」
「お前が宝を隠しておくから。つい見たくなったのだ」
言い争う二人。だがここの主人であるマスルールがラズールに手を伸ばして親愛をみせているのに、ラズールはそれ以上近づくことなく距離をあけ態度も冷たい。
「もう十分に見ただろう? シャーラ、行くぞ!!」
腕を掴むラズールは、珍しく感情を前面に出している。
その苛立ちの顔に、シャーラは待って、と声を出す。それに、少しだけ冷静になったようで、ラズールの手の力が緩む。
ラズールの手から自分の腕を抜くと、一瞬彼の瞳が陰る。
それを訝しく思ったけれど、彼に背を向けて、シャーラは主人に膝をつき頭を下げる。
「――マスルール様。ご待遇には大変感謝しております。退室する無礼をお許しください」
「おお、銀の娘よ。風のない月夜の銀砂漠の色だわい。其方には、紫水晶の金細工の髪飾りを与えよう、銀には紫がよく合う。後ほど部屋に届けよう」
受け取って良いのか迷ったが、素直にシャーラは頭を下げた。
「ありがとうございます、旦那様のご慈悲に感謝を」
「もういいか、行くぞ。親父殿、失礼する」
シャーラが頭を下げて礼を言えば、ラズールが腕を掴んで立たせる。
強引だけど、痛めていない方の腕で、あくまでも軽く持ち上げただけ。先ほどよりも気持ちに余裕があるみたいだ。けれど見上げた顔は冷ややかで、表情がない。
「銀の娘よ。ゆっくりしていくがよい」
「ありがとうございます」
「ラズール待って」
部屋を出て、回廊でラズールに声をかける。
前を行き手を引くラズールが、足を止める。
彼の後ろ髪が襟足まで届くくらいに伸びている。振り向いた彼の青い瞳は伸びた前髪で隠れている。
(隠しているみたい……)
綺麗な青が、うまく見えない。
「足か」
「え」
そんなことを考えていたら、ふいに前髪から覗く青い目が細められる。
距離が縮まったと思えば、腰を持ち肩へと抱きかかえられる。
「ら、ラズール!!」
足はもう治った、そう言いかけたが、揺れて思わず首にしがみつく。
しかも遅れて部屋から出てきたサルマが唇に指を当てる動作、まるで黙って従いなさいとでもいうよう。
遠くなるサルマの姿、進みながらラズールは、何を考えているのだろうと思った。




