表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
砂漠に降る銀の月~花の刻印があるスルタンの妃は盗賊と出会う~  作者: 高瀬さくら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/71

40.つながる思い

 ラズールは、思いを込めるかのようにシャーラの両椀に手に置き引き剥がす。


 怪我の場所に触れてしまったのか、小さく上がる悲鳴は少年じゃない、慌てて手を離す。

 目を瞬くシャーラは呆然としていて、もう襲ってくる様子はない。


 それどころか、首を傾げて、下敷きにしたラズールを見て小さくない裏返った声で叫ぶ。


「ら、ラズール!?」

「――戻ったのか」


ラズールは息を大きく吐く。脱力して、肩を落とす。


「悪かった、痛かっただろう」

「わた、し……?」


 ラズールは、その眦に滲んでいる雫に指を伸ばし、拭う。  


 泣きながら、襲ってくるなよ。

 シャーラじゃない奴も、どうやら複雑らしい。


 ラズールは、自分が悪いような気分に襲われて、けれどシャーラが戻ったことにホッとする。


 そして当たり前だが、シャーラは自分の格好を見下ろし、強張った顔で千切れた寝間着を引き寄せ胸元を隠す。

 

「ここ……は、ラズールの部屋?」

「あぁ」


 頷くが夜半、寝台の上に男女二人というこの状況。

 何もしていないが、女にとっちゃ目が覚めたらこの状況じゃ、怖がらない方がおかしい。

 

 ――なんとか傷つかないような説明をして、トラウマにならないように、部屋に帰してやらなきゃいけないだろう。


「……何もしていない。俺じゃ、ない」


 こんな状況下では言い訳じみている、と思ったが、シャーラは震える肩を腕で抱きしめながら、しっかりと頷いた。


「……そう、だと思う」


 その目は答えを知っていた。


 シャーラは怖がっていなかった。


 怯えて、叫んだり泣いたりしてもおかしくないのに、それよりもしっかりとした口ぶりで、何が起こっているのか納得しようとしている。


(この落ち着きは……知っているのか?)     


 シャーラに取り付く誰かが、引き起こしたことだと。



「私が……自分でここに来たのでしょう?」

「――あれは、誰だ。迷い込んだジンか?」


 目は戸惑いを浮かべていた。ラズールは目を合わせて覗き込み、言葉を重ねる。


「話してくれ。あれは、アンタじゃない」

「どうして……そう思うの」


 そう答えるのは、別の誰かがいるということをすでに白状しているようなものだが、まだ口を開くには躊躇いがある。


「アンタらしくない。アンタの行動じゃない、それに」


 丸みを帯びた目は、いつもまっすぐに見つめてくる。話を聞こうと真剣な顔で、人の話を受け入れる。

 憎しみや恨みを見せることがない素直な瞳。こんなに澄んだ瞳は、シャーラの時にしか見えない。


「アンタとアイツが同じとは思えない、それだけだ」

「――あの子、ファリド、というの」


 ぽつり、と口を開く。


「頭の中で声が聞こえて、……ただ実際に外に出てきたのは浴場(ハマム)が最初で」

「いつからだ? アイツも記憶がないのか?」

「街にいる時に初めて声が聞こえて。少し混乱もしていたみたいだけど。多分私よりファリドのほうが、色々知っているみたい」

「何も話さない、か?」


 シャーラは首を横に振った。


「訊けば教えてくれるかもしれないけれど」

「――訊くのが怖いか」


 シャーラの浮かない顔に思う。確かに、シャーラは質問してくることが少ない。


「どうしてアンタは、俺にも訊いてこないんだ? 知るのが怖いのか?」


 シャーラの瞳の色は、黒く沈んで見えた。


「訊いていいのかわからないの。でも……知ることが怖いのかもしれない」

「俺に訊きたいことは?」


 シャーラが見つめ返してくる。

 でも口は開かない。

 

 ラズールは気がついて、寝台から降りて椅子にかけてあった服を、シャーラの肩にかける。


「気が利かなくて悪い」

 

 それを引き寄せ、胸の前で合わせるシャーラ。その仕草に胸が騒ぐ。まるで、その服に包まれようとしているみたいだ。

 

 嫌じゃないのだろう、頼られていると思っていいのか。なら――踏み込んでも、いいのか。


「ファリドは、何をしたの?」

「俺に襲いかかって……」


 最初は武器で傷つけようとした。

 そのあと、別の意味で襲いかかって来た、とは言えない。

 

 口を濁したが、不自然すぎた。じゃあなぜシャーラの服が破けているのか、その説明ができていない。

 だが、シャーラはそれを聞くなり顔をあげて、必死な顔を向けてきた。


「――ごめんなさい! 怪我は?」

「謝る必要は無い。防いだから怪我はしていない、むしろアンタの足を悪化させたと思う」


 足を挟み込んだ。怪我を悪化させたのは確実だ。

 あとで、足を再度見なきゃな、と頭の隅に書き留める。


「本気で狙ってなかった。多分、警告だろう」

「警告?」

「帝国に近づくなって」


 長くなりそうな話に、ラズールは立ち上がりランプに火を入れる。わずかな動作だけでシャーラが緊張を高めるのを感じて悪く思う。


 シャーラはもぞもぞと寝台に座り直す。

 ラズールは少し距離を取り、その前に椅子を引き寄せ座る。


「俺は、帝国の元軍人だ。帝国に貸しはあるが、借りはない。だからアンタを売ることもない。……それじゃ信用できないか?」

「ファリドは、帝国に恨みがあるみたい」

「帝国は、三百年程度しか歴史がない、イラムはもっと昔だ」

 

 ファリドとやらは、イラムから来たのではないのか。それともシャーラとファリドは、出自が違うのか。


「――これ、私が、ファリドがやったの?」

「え、っ、あぁ。そう、だ」


帝国の話をしていたら、いきなりまずい話になった。


 気まずい思いで頷く。シャーラは千切れた寝間着を見下ろし、再度ラズールの服で前を隠しながら、俯いている。


「ファリドは、何がしたかったのかしら」


(……それは、俺が聞きたい)


 でもシャーラは俺に聞いている、なんだか説明義務を感じる。


「えっと、その」


……襲って欲しかった、まさかな。


(が、妊婦が死んでいた、まさかとは思うが……妊娠させることを、誰かが企てているのか)


「ファリドは何か言っていた?」


 じっと見つめてくる目に、息が上がる。言える……わけがない。


(シャーラが望んでいる、とかな)


 シャーラの自分への好意は、あるだろう。

 それぐらいはわかる。だが、肉体関係を持ちたいと望んでいるかというと、多分違う。

 

 そこにはファリドの何らかの意図を感じる。


 シャーラが目を伏せる、肩が落ちる。


「私が、ファリドにさせたのかもしれない」

「シャーラ、あのな」

「私が。ラズールに……!」


 シャーラの潤んだ目がランプに照らされる。

 ちきしょう、なんであんな位置に俺は灯りをおいたのか、扇情的すぎるだろ。


 息を飲む。

 しっかりしろと、自分に言い聞かせる。

 手を伸ばしたらお終いだ。歯止めがきかない。


 欲望を止められなくなる一線が男にはある。


「シャーラ、もういい」


肩を掴む。ああ触れたらやばいだろ、そう思うのに。


「でも、ラズールに!!」


(それ以上、言うなよ!)


「シャーラっ」

「――押し付けようと、したのかも。ラズール、面倒見がいいから!」

「……は?」

「責任、押し付けようとしたのでしょ、罪悪感とか持たせるために……ちがう?」


 シャーラが首を傾げる。その肩の艶かしさとか白さとか、動くたびに胸の谷間が見えて煽られる。


(は? 何だ?)


「違った?」

「いや……」


(えっと、何の?)


珍しく思考が停止している。シャーラの発言を訂正したいが、えっと?


「……私が、望んだから」


シャーラが唇を震わせる。


「身勝手なのも、ラズールに迷惑をかけているのもわかってる」


(ちょっと待て、どういう話だ?)


「でもたぶん、ラズールに。私が……」


「シャーラ!」


 思わず名を呼んだ、制止しようとしたはずなのに。

 シャーラが顔を上げて、それが逆効果だった。


 眉を寄せて、泣きそうな顔で、シャーラが喉を震わせて言うから。


「私が、惹かれているから。ラズールを……好」


 全部言わせなかった。


 先に言わせたら駄目だと思った理由はわからない、たぶん男としてのプライドとか、ちっぽけなもの。


「ラ……」


 突然に奪った唇、少ししょっぱいのはシャーラの涙。

 目が驚愕でより大きく開かれる。


 最初はただ重ねて、それから少しだけ唇を離して、目を合わせて苦笑する。


 シャーラの顔が赤くなる、それを見て眼差しを閉じて角度を変えて喰むようにより深く。


 シャーラが喉を鳴らす。

 肩に置いた手を背中に回して引き寄せると、素直に体が寄せられる。


「もう、黙っていい」


合間に早口で囁き、薄く開いた唇を再度重ね合わせる。


(――ああ、もういいさ)


 踊らされてやる。誰かの手の平にのってやる。

 唇を何度も貪れば、シャーラの喉が上下して、身が仰け反る。


「アンタが、好きだ」


 見開いたシャーラの目から、大粒の涙が溢れる。

 指で頬の涙を拭い撫でる。耳に唇を近づけて、囁く。


「もういい、全部、俺が負うから。――アンタの安全も、命も、この先何があっても」


(起こりうる危険も、待ち受ける運命も、全て――引き受ける)


 だから、その企みに乗ってやる。貰えと差し出されたのなら、貰う。


(だが、返しはしない。もう――俺のものだ)




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ