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34.滅びし懐かしの都

 遥かな昔――星、月、太陽の神とジンと人が共に行きていた頃。

 

 緑と水の豊穣な土地を治める人の王様がいました。

 王様はジン――ジンの中でも強力な魔法を使う邪悪な魔物――魔神を使役する力を持っていました。それは王家に代々伝わるジンに命令できる宝があったからです。ですが、王様は人の世に魔法の力はいらないと、正義と平等を掲げ、己の力だけで国を治めていました。

 

 けれど、どんなに素晴らしい王様でも、全ての物を手に入れることはできませんでした。愛する美しい后が、病気で亡くなってしまったのです。

 王様は嘆き悲しみました。あまりにも悲しすぎて、王様は泣いて泣いて、一日中、一週間、一ヶ月間、そして四十日間泣き続けました。

 あまりにも王様の嘆きが激しいので、ある時臣下が次の后にと美しい姫を用意しました。美しいものが好きな王様は彼女に身の回りの世話をさせ、歌と踊り、語りを所望し、寝所に入れ、常に側に置きました。臣下達は安堵しました、ようやく王様が心を落ち着かせ、政務に励んでくれるようになったからです。

 

 王様は新しい后が気に入りました。ところが、不安になったのです。あの悲しみがもう一度来るかもしれない。そしてこうも思いました。この后が亡くなった時、あれほどの悲しみが訪れるほど、自分はこの者を愛しているのだろうか。そもそも、あの悲しみはどこから来るのだろう、と。

 

 最初の后が亡くなり嘆き悲しんだのが四十日でした。

 王様は新しい后を迎えて四十日目、その后を殺すように臣下に命じました。この者が亡くなった時、あれほどの悲しみがもう一度訪れるのか、確かめたくなったのです。

 そして、二番目の后は絞首台で死にました。

 

 王様は、その死に様を見て、死体を見て思いました。――悲しくない。

 

 王様は臣下に命じました。殺すのが惜しくなるような、死んだ後、悲しくなる女を集めるようにと。

 

 国中から美しい女が集められました。王侯貴族の姫君、豊かな商人の娘――そして王様は一人を選び、大事にします。それから、殺すように臣下に命じます。悲しくなるかを確かめるために。

 

 やがて臣下は女を集めるのを拒否します。

 殺されるために、娘を差し出す親はいません。民が拒否をし、臣下も自分の娘を差し出すのを恐れました。

 そして王様はあれほど厭っていた魔神に命じます。世界中から美しい女、これから美しくなる若い娘を集めてくるようにと。

 魔神は美しい女が大好きです、魔神好みの美しい女が世界中から集められました。

 

 女達は魔神によって家族、友人、故郷、そして恋人の記憶を消されていました。それは故郷や、家族、恋人を覚えていると、恋しがり、王様に心から仕えることがないからです。

 記憶のない女達は、王様によく仕えました。王様だけが彼女達の拠り所でした。王様に気に入られなければ、殺されてしまう。女達は必死で王様に仕えます。彼女たちの肌には美しい蕾の模様と番号が刻まれていました。蕾はやがて美しく花開きます、それは女が王様に選ばれる番になったということです。

 

 ある時、黒目黒髪の、オリーブ色の肌を持つ美しい女が王様に選ばれました。彼女は聡明で性格もよく、年下の少女たちからも慕われていました。そして王様からはビルキースと名付けられ、とても気に入られました。

 

 ビルキースは言います「どうか私以外の女を開放してください」

 王様は拒否します「お前が死んだ後の女がいなくなるではないか」

 ビルキースは言います「そんなことはありません、王様。王様は私を殺しません、私がいれば他の女はいらないでしょう?」

「なぜお前を私が殺さないと思うのだ」と王様。

「王様は私を殺したら、必ず後悔します。王様は私を愛していますから」とビルキースは答えます。

 

 王様はビルキースがとても気に入っていました。美しく、気立てもよく、会話も楽しい。そばに置いておきたいと思う。けれど、彼女が死んだら悲しいのか、あの苦しい悲しみが訪れるのか、気になります。

 

 王様は命じました「予の愛する、ビルキースを殺せ」

 

 ――ビルキースは死にました。

 

 王様はその死に顔を見て、立ち尽くします、涙が一筋こぼれました。けれど――悲しくない。

 

 王様は愕然とします。悲しくないのです。悲しみとはどんな感情でしょうか。愛していたはずなのに、愛とはなんでしょうか。

 

 たくさんの后を殺すうちに、王様の中で何かが壊れていました。

 

 けれど、ビルキースは自分が殺されたときのために、一計を巡らせていました。

 王様の手には、いつの間にか魔神に命じる宝がなくなっていました。ビルキースが、生前それを盗んでいたのです。

 

 主人となったビルキースは、魔神に命じました。女達を開放するようにと。

 魔神は言います。願いは一つだけ、助けられるのは一人だけ。集められた女達は魔神の好み、離したくない魔神は言葉巧みに拒否します。

 

 ビルキースは、一つの願いを定めました。違う世界に通じる門を作るようにと。門があれば、女達は逃げることができるからです。ビルキースは、娘を王様に差し出した月の神殿の神官長を頼り、門を託して死にました。

 

 宝を失った王様は魔神に命じることができません。それどころか、王様は、大きな代償を支払うことになりました。魔神に心を奪われ人でなくなった王様は、砂漠を永遠に彷徨うジンになっていたのです。そして王座を奪った魔神は、恐ろしき魔王となりました。


  魔王は、逃げ出した女達を今も探し求めています。女には魔王の花押の蕾と番号が刻まれています。蕾の印は女が死ぬまで消えることはありません。その蕾が花開いた時、女は魔王に呼ばれるのです。




                         『滅びし懐かしの都――帝国遺物保管庫所蔵』




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