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砂漠に降る銀の月~花の刻印があるスルタンの妃は盗賊と出会う~  作者: 高瀬さくら


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33/71

32.月の問いかけ


 モザイク柄の床に敷かれた絨毯の上で、頭を上げる。男が顎をつかみ問いかける。


“――は、何だ?”


(何を、聞かれているの?)


 わからない。何を言われているのか、何を聞かれているのか。

 わかりません。

 口がそう動いた。


“わからぬか、ならばお前は私に――は言えぬか”


 冷えた口調。けれど悲しい響きだ。

 わかりませんが、お姉さまならば、お伝えできたはずでしょうに。


“ならば。お前にも猶予をやろう。お前の数だけ”


 美しい男が腰の花を撫でて、ふいに突き飛ばすように手を離す。


 慌てて足を翻して走り出す、月夜に照らされた宮殿を、回廊を走り抜ける。男が追ってくる、ただし余裕のある足取りだ。


 追いつけることがわかっているからだ。籠の鳥は逃げられない、逃げても籠の中だ。


 羽はもがれている。印がつけられているから。どこに逃げても、捕まえられてしまう。



“私に――を教えてみせろ、アルヴァーン”









「シャーラ!! 口を塞げ、絶対開けるな」


 上から呼ぶ声は、本当に近かった。

 かろうじて目だけを上に向けると、青い瞳だけが、暗闇に浮かびあがる。


(ラズール!!)


 幻ではなかった。ラズールの青い目がシャーラを捉えて、手を伸ばす。


『ちきしょ、舐めんな』


 ファリドが壁に掴まりなんとか身体を伸ばしていた。ラズールの腕がシャーラの手首を掴む。


「シャーラ」

「……ラズール」


 ラズールがロープを片手で操り上る。

 少しずつ出口が近くなる、穴も閉まりかけて、その隙間が迫る。

 

 細い間隙を二人で抜けて、ラズールに続いてシャーラの半身が出口を抜けたところで、不意に、シャーラの足を何かが掴む。


「きゃああ」

 

 シャーラの手がラズールの腕から抜ける。


「シャーラ!?」


 穴の上からラズールの叫ぶ声。


「ラズール!? だめ、こないで」


 もう間に合わない。穴は――人が通れる隙間じゃない。


 ぐいっと左足がつかまれて、腰にまで誰かがシャーラの上に上ってくる。

 男だ、それも頑丈そうな。


 容赦なくシャーラをまるで縄のようにグイグイと掴んで、踏んで足がかりにする。



「逃げ…ん……な、おんな」

「あ……」


 穴に落ちた先程のジャファルの仲間だ。


「俺は死なねえ」


 ロープを掴んで激しくもみ合うが、男がシャーラの手を掴んで容赦なくロープからひきはがす。

 一旦はロープからはがされた手を再度掴みなおしたシャーラだが、滑り落とされて掌に灼熱のような痛みを覚える。


 そのすきに男は、シャーラを踏み台にして穴に上る。





 ――男の頭が、消える。



 閉まる出口に男は必死で潜り込む、けれど胴体が抜けない。


 男の足先がシャーラの肩を頭を蹴飛ばす。

 シャーラは片手で頭をかばい、なんとかロープに掴まっていた。


「――ぬけない、ぬけない! おい、なんとかしてくれっ」


 男の叫びが上で響く、焦った声は本気だろう。 

 けれど、シャーラにはどうすることもできない。


 押して上げることも間に合わず、容赦なく扉の石壁が閉じた。


 ――男を挟んだまま、生肉を潰したような鈍い音を伴って。



『シャーラ、見るな!』


 ファリドの静止が頭の中で響くが、シャーラは目を外すことができなかった。

 だらり、と男の胴体がシャーラの上で宙吊りになっている。彼はロープを持っていないのに。


 ほんのわずかな時間だった。シャーラは息を詰めて、ただ動かない男を見上げていた。

 

「あ……」


 シャーラは呻く、その声だけが響く。

 暗闇に一人取り残されて、ロープだけ離さないように掴まっている。


「……ラズール」


 この先にラズールがいるのに。お願い、会わせて。



「……ラズール、ラズール!!」



 助けて欲しい。やっぱり行かないで。お願い、置いて行かないで。

 今度こそちゃんと掴まるから。


「……シャーラ。今、助ける」


 その声は幻聴ではなかった。


 ラズールが、仕掛けを作動させたのだろうか。

 音がゆっくりして、先ほどと同じように僅かずつ穴の出口が開く。


 先程の挟まれた男の身体はシャーラの横をすり抜けて落ちていった。音はしなかった。




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