27.追跡と逃走
彼等は、松明を持っていた。シャーラよりも足場が確かだろうし、足腰も丈夫だ。
シャーラの利点は、身軽で彼等よりも細いこと。
来た道ではない、なるべく細い通路や穴に飛び込む。
『シャーラ。自殺行為だ! 先も見ずに飛び込むなんて!!』
ファリドの悲鳴。
けれど捕まるのとどちらがマシかというと、まだ不明な道を選ぶほうがいいように思える。
「女だ!?」
「逃すんじゃねぇ!!」
『シャーラ!!』
ファリドの悲鳴を聞き流し、すごく細い縦穴を体を横にして滑り込む。
けれど、どこかでヴェールが引っかかったのか、あと少しのところで髪ごと引っ張らっれる。
捕まったら、ただでは済まされない。喉がカラカラに干からびて、手足が恐怖でガクガク震える。混乱したまま犠牲になったヴェールを引っ張るが、引っかかったまま取れない。
『シャーラ、早く! それは捨てろ』
(でもラズールがくれたのに!)
「女あ? 出てこいよ? 今なら優しくしてやるぜ? なあ楽しもうぜ?」
彼等はここを通れなかったらしい。壁の向こうから声が聞こえて、ヴェールを諦めてシャーラは後ずさりする。
「おら、出てこいよ!! 逃げられんと思うなよ!!」
壁を蹴る音が響く。
シャーラは背を向けて、走り出そうとしてつまずいて転ぶ。
手をついて慌てて起き上がり、走り出す。
「クソが! 捕まえて、死んだほうがマシっーつ目に合わせてやる!!」
次の部屋に入っても、大声が響いてきた。
『気をつけろ! 早くもとの道に戻るんだ。そしてここから出よう』
(でも……)
シャーラの意識は、この建物の奥へと進めと訴えている。
『捕まったらどんな目にあわせられるか、わからないわけじゃないだろう!?』
ファリドの悲鳴のような叱責に頷いて、シャーラは天井を見上げる。
月が見えない。この道じゃない。
なるべく彼らから離れるように願い進む。
それでも相手が、どう進んでいるかわからなくて。
シャーラは無意識に両腕で体を抱いて、身震いをした。
オアシスに到着したラズールは、声をかけて来たマーハーンが見せる焦りの表情に、眉を顰めた。
「まだ来ていない?」
「あんなに可愛い子がきたら、すぐに男に目をつけられちゃうだろ。だから目を皿のようにして見張っていた、一瞬だって俺が見逃すはずないんだよ!」
ラズールは、一両日待っていたというマーハーンの嘆く顔に目をやり、周囲の賑わいを何気ない素振りで眺めた。
突貫仕立ての天幕の張られた商店は夜の賑わいに満ちている。
色とりどりのランプは、布地や宝飾品を照らし、香水や宝飾品は煌めいて客を誘う。
焼いた肉の香ばしい匂いは空腹を思い出させる。
オアシスの市は、規模は小さいながらも、見ていて飽きない。
すぐにシャーラを捕まえられると思っていた。
その後買い物を楽しませてやれるのじゃないかとさえ……期待していた。
「やっぱり砂漠は慣れてないから、迷ったのかもしれない」
トゥリーのことだ。迷わないように、かなり近くまで案内したはず。
それこそオアシスまで連れて来ていてもおかしくない、女には手間を惜しまないやつだ。
「それだけど、ラズール。トゥリーを探しているやつがいる、男と女だ」
「また、亭主持ちの女に手を出したのか」
マーハーンが肩を竦める。
「トゥリーは、このオアシスに近寄るのは遠慮したはずだよ」
ラズールは意識を切り替えた。
トゥリーが、いつもの様にシャーラに対し、甲斐甲斐しく面倒を見なかったということは確認できた。
そうなると、シャーラはどこにいるのか?
シャーラを置いて来た場所から、オアシスは南にある。
十字星を正面に目指して、夜中歩けば今日の日が昇る前に着いていたはず。
昨晩は月も星もよく出ていた。違う方向に行ったとすれば、未だに砂漠を彷徨っているのか。
(他に、目印となるもの……)
「……ティナム遺跡だ」
ラズールは、口にしたと同時に閃いて踵を返していた。焦燥がこみ上げてくる。
「ラズール? まさか、全然方向が違うじゃないか」
「遺物同士は惹かれ合う」
ラズールが答えると、マーハーンも口を引きつらせ、まずい、と呟いた。
当たり前すぎる原則を忘れていた。
ラズール達が遺物を狩ることができるのは、遺物を持っているからだ。
――遺物同士は惹かれ合う。
そしてシャーラが遺物ならば、知らず遺跡に引き寄せられていても、おかしくはない。
「ラズール、皆を集めるか?」
「いや、あそこは俺一人の方がいい。道が面倒だから大勢だと移動がしにくい。二日待って連絡がないようなら、探しに来てくれ」
ここに向かった時以上の焦燥に駆られて、ラズールはバアルを駆ける。
なぜ彼女を離したのか。自分を張り倒したい衝動に襲われた。
――ティナム遺跡は、遺物の中では最も建物としての原型を留めている。
だが迷路のような造りのくせに、金銀財宝は一切なく、帝国の調査団は価値なしと評価し、以降放置されていた。
――死体安置所で見た女の死体と、シャーラの姿が重なる。
(……落ち着け。遺跡には徒歩で一晩はかかる)
バアルで駆ければ、シャーラが遺跡に着く頃には追いつく。
いや、追いついてみせる。