25.アイツとは違う
天幕を出たところで、ハシムが足踏みをして待っていた。
彼はすでにバアルに荷物を積んで、ラズールがいつでも発てる準備をしていた。
「急いで! オアシスでマーハーンが待ってる」
「わかった。お前達はシスールで待て」
少年の頭を軽く叩こうとしたが、考え直し肩を掴む。
ラズールの行動を予測して動いたのだから、大したものだ。
「おまえ、家族がもう一人増えたらどうする?」
ハシムはキョロリと目を瞬かせた。
「シャーラはすでに家族だよ。多分、ラズールだけが自分の気持ちに従わなかっただけ」
ラズールはまるで何か苦いもの、いやむしろ甘い薄荷茶を飲んだかのような顔をした。
「ちなみに、赤ん坊が増えてもいいけど。俺、面倒見るよ」
ラズールは冷えた眼差しで一瞥するが、ハシムは企んだように笑うだけ。
「だから早く迎えに行ってきて」
***
白砂のオアシスは、隊商が利用する小さな休息所だ。
テントが立ち並び、わずかな灌木があり井戸がある。
街ができるほどの水量はないが、隊商同盟が管理し、安価で水を手に入れることができるから、砂漠を旅する者の水汲み場として利用されている。
管理者が駐在し治安もそこそこ悪くないから、トゥリーが、そこに向かわせたのはわかる。
(俺が迎えに行くことが前提だったな)
結局仲間のほうが、ラズールが見捨てるはずがないと思っていたようだ。
僅かに眉をひそめる、そんなにわかりやすいはずがないのだが。
ラズールはバアルの手綱を振り、さらに急がせる。心が決まれば、今度は気持ちが逸る。
(なぜシャーラは、話さなかった)
浴場での怪しい行動をラズールが尋ねても、シャーラは困ったように首を振り、わからないと答えるだけ。
(あの時――別の気配を捉えたような気がした)
脱衣所で取り押さえたのは、シャーラではなかった。暴れ方もラズールへの反撃も、まるで男だった。
訓練された動きではなかったが、多少手荒なことに慣れている様子があった。
だからこれまでのシャーラが、偽りだったのではないかと怒りを覚えたのだ。
(だが、部屋に戻ってきた時も、その前もシャーラは偽ってなかった)
――ジンかもしれない。
人を操るジンもいないわけではない。ただそんなものに取り憑かれている様子はなかったが、それらしきものと話している様子はあった。
(ちゃんと、話を今度こそ聞き出してやる)
そう思い、顔をしかめる。
(俺が――聞こうとしなかった)
シャーラを信じようとしていなかった。
なのに今、シャーラが裏切ったわけではない、操られていたのではないか。
そう期待している事に気がついて胸が痛む。
(アイツは……アミナじゃない、落ち着け)
ラズールは頭を振る。バアルを止めて方向を確かめる。
夕日が鮮やかだ、今日は星が綺麗に見えるだろう。
朝日であんなに喜んでいたのだから、降るような満天の星空を見せたらどんな反応を示すだろうか。
見せてやりたい、その顔が見たい、そう考えて眉を寄せる。
まただ。
この感情は――。
ラズールは自覚して、ひとつ大きく息を吐く、それから手綱を強く振り下ろす。
一気にオアシスまで駆け抜けるつもりだった。




