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24.助言

 ラズールがバスラーで荷物を売り払い騎獣のバアルの鞍を調整していると、トゥリーが戻ってきた。


「シャーラを捨ててきた。位置は――」

「いい」


背を向けて、バアルを繋ぎ直すと腕を掴む幼馴染。


「聞けよ。場所は、白砂オアシスから北に四キロの岩石地帯。持ち物は水袋二つ」

「……」


 ラズールが黙ると、トゥリーは肩を竦める。


「どんなに砂漠歩きに慣れないヤツでも夜中歩けば、オアシスに着く。昨夜は月も出てたし、あそこなら俺らの縄張りで、盗賊も魔物も出ない」


「俺は、放逐しろと言ったはずだ」

「そうさ。けど世界からいい女を一人、消す必要もないだろ。迎えに行かないなら、貰っちまうぞ!」


 ラズールは腕を振り払い、騎獣をそのままに背を向けた。






 仲間たちは先に新しい住処へと旅立っていた。


元々巣はいくつか用意してあり、遺物収集のために変えているのだ。そこに向かおうかと思ったが、どうも足が向かない。

 

 苛々する、気持ちが落ち着かない。頭にこびりついているのは、銀色の不安げ瞳のことだけ。

 脅していたのに、まっすぐに見返してきて。

 怯えているのに、それを見せないようにして、何も話さなかった。

 

――泣きもしなかった。


 大抵の女は、こういう場面では涙をこぼす。


 特に砂漠の女は感情の起伏が激しいから、泣きやまない。

 そして涙で言い募り、こちらがうんざりするまで止めない。


 すがりついても来なかった。ただ首をふってわからないと繰り返すだけ。

 

 頼ってもこない、助けも求めない。


(ならば、もう――俺がすることはない)

 

――なのに、苛立つのは何でだ。

 




ラズールは思い立ち、ある一角へと向かう。


相変わらず日が差さない天幕の中、紫煙に包まれて女がいた。


「待っていたよ」


 予言者バシャマが手を閃かせ占石を卓に並べる。

 その前には二つの薄荷茶。一つは自分用、もう一つは客用。


「茶でもお飲み」


礼をいい、ガラスの蓋を取り受け皿がわりにして器を置いて、それを見下ろす。湯気を立てているそれを見ると、ラズールの来訪を予知していたと見える。


「それぐらい予知するまでもないよ。そろそろ来る頃だと思ってたのさ」


 背中にクッションを置いて、寄りかかる。迷うが再度問いかける。


「宝とはどういう意味だ、あの女には何の価値がある」

「あれは、アンタにとっての宝と言ったろ」

「アイツは、何故イラムを目指す?」

「――イラムに行くと言ったのかい?」 


 バシャマの声に僅かに驚きが混じる。ヴェールの下で、瞳を伏せ考え込む。


「イラムへ行く鍵じゃないのか?」

「……鍵じゃないさ。宝、そのものだよ」


 バシャマがしんみりと言う。その切ない声の響きに、口を挟むことを躊躇する。


「――アイツは、ジンを使役する力があるのか」

「そんなもの宝じゃないさ。アンタはそんな力を望まないだろう? だから宝がアンタを選んだのさ」

「ジャファルは力を望んでる。俺らをなぜ争わせた?」

「――どちらもあの子を手に入れる運命だと、石が示したからだよ」

「アンタ、何者だ? あの女のなんなんだ」

「私は導き手だよ。もうずっとね」


 ラズールは、射殺しそうな目でバシャマを見つめた。だが女は、ゆったりとした動作で茶をスプーンでかき回すだけ。


「俺はアイツを――捨ててきた」

「そうじゃないかと思ったよ」


随分とあっさり言う。


「大体、アンタたち男なんて勝手なものさ。女を自分のものだと思っているんだから」


バシャマが俯くと、ヴェールから鮮やかな黒髪が一筋こぼれ落ちる。


「けど、アンタは女を助けたいと思っているし、その力がある。それはもう片方の男よりだいぶマシだよ」


ラズールは女を見つめ返す。布地の合間から覗く目。黒く縁取られた瞳は大きく、瞬きをしない。

 

 瞳が誰かと重なる、記憶の中の女。

 睫毛は長く、潤んだような目は男を誘い、けれど肌の色艶は悪く、目は血走っていた。それだけが変調だった。


「助け……られなかったら」

 

 声が掠れた。いつの間にか手が冷たく、動悸が激しくなっていた。

 

 ――見開かれた目。黒ずんだ肌。

 

 膨らんだ死に顔はもとがわからなくなっていた。


 記憶の中の顔が、ラズールを責め立てる。


 助けて、と。その声が聞こえなかった。――聞こえたはずなのに。


(俺は、また……)


「怖気付いて助けなかったら、その方が間抜けだよ――これは予言でもなんでもない」


 ラズールは茶を飲み干す、これまでにない程強烈な甘さが、身を仰け反らせた。


「あまっっ!!」


 思わず手で口を押さえて、吐き出しそうになるのを堪える。


「アンタが甘ちゃんだからだよ。こんぐらい顔色ひとつ変えないで飲んで見せな」

「茶が甘いっつーのがおかしいんだよ」


思わず本音で怒鳴る、だがバシャマが長い爪でラズールの唇を押さえる。思わず黙る。


「教えてやるよ、アンタは女に好かれているのに気がついて、怖気づいたんだ。助ける助けないじゃない、自分が惚れちまうのを怖がる臆病者さ」

「俺はっ、惚れてなんか」


バシャマが、長い爪でラズールの頬を引っ掻く。鋭い痛みを覚えたが、動かずその目を見つめる。


「それで女を死地に置いてきたんだ。もう一つの男は、宝を大事にはしない。利用して傷つけるよ。石はソイツが宝を手に入れたと告げている」


 ラズールは思わず立ち上がっていた。バシャマを睨みつけると、大きく鼻を鳴らされた。


「アンタは最低の甘ちゃん野郎だが、最悪の事態になる前に早く行きな」

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