21.密やかな行動
目的地は簡単に見つかった。
ターヴァンに銀の髪を押し込み、たっぷりとした布地の足先まで覆う上掛けで、体の線を隠す。
顔も埃で汚して隠してしまえば、すっかり目立たなくなる。
道行く人は様々な格好だ。
強い太陽の光と砂をよけるため大抵の男はターヴァンを、女性はヴェールを被っている。
身分が高いほど、肌を隠す、むしろ肌を晒している方が目立つのだ。
足早に歩き、目指すのは街中にひっそりと佇む歴史ある浴場。
番台に座る恰幅が良すぎる親方が、じろりとこちらを見る。
腹が出すぎて、まるで樽のようだ。確かに恰幅がいい方がこの地方では裕福だとされるが、ここに一日座っていることによる運動不足のただの肥満だ。
「六リャドだ」
「客じゃない。私は、垢すり師だ。ハッサンの代わりだ。アイツは具合が悪い」
「どうせまた酔いつぶれているか、賭博に夢中になっているんだろ」
改めて、男は目の前の顔を覗き込んでくる。
予想通り怪しまれている。ここは堂々としていたほうがいい。
目を合わせて牽制してやると、男はいきなり顔を赤らめて目を逸した。埃で汚してもこうなのだ、この顔はよほど美形なのだろう。自分じゃわからないが。
男は咳払いをして、態とらしく怒鳴る。
「だったら、早く始めてくれ、遅刻だぞ」
顔を隠すようにターヴァンを引き下げ頷いて、するりと番台の横をすり抜けた。
脱衣所は、誰もいなかった。そこに一人分の衣装があるのを見て、シャーラ、ではなく、その体を操るファリドは鼻を鳴らす。
「簡単すぎて、拍子抜け」
ハッサンは宿屋の下で、いつも賭博に興じている男だ。
窓の下で聞き耳を立てていたら、そいつが浴場で垢すり師をしていることがすぐにわかった。何気なく賭博の卓に近づき、酌を続けたら、あっという間に酔い潰れてしまった。
勿論、そいつが小銭を稼ぐこの浴場には、青い目の男が出入りしていること、その男はこの時間に来て、垢すり師と喋り、賑わい出したら、いつの間にか姿を消していることまで聞き出していた。
ラズールの衣装がある棚の目の前に立つ。
無造作に重ねられている服。あの男は暗色の服が多い。
「男の服を触るなんて、ゾッとするね……」
そう独り言を漏らした瞬間だった、耳元でシュッという音が響いた。
風を感じた。
えっと顔をあげて、そして体も頭も動きを止めた。
指は服に触れていただろう。
だがその伸ばした指と指の間、そのままの形で固まる人差し指と中指の間に小刀が一本、刺さっていた。
目の前の壁に、垂直に立っている刀身。
「――動くな」
そして、これまで聞いたことがないくらい低く冷酷な命令が耳元に囁かれる。
いつの間にか上半身には奴の腕が回され、首には小刀。
「――どういうつもりだ」
突きつけられた刃は皮膚に添えてあるだけ。だが付かず離れずの絶妙な距離。
それを保ち続ける筋力、支える腕の筋肉の盛り上がり、余計な力は入っておらず慣れを感じる。
そして返事次第では、すっぱりと切られるだろう、頸動脈を。
「誰が答えるか、よ!」
ファリドは身を捩り、背後のラズールを蹴ろうとした。
だがあっけなく、本当に簡単に次の瞬間に床に倒されて、顔を地面に押し付けられていた。
両腕を捻られて激痛が走る、背中にはラズールの体がのしかかっている。
「っつ――」
「もう一度訊く、何が目的だ」
顔を持ち上げられる、首筋にあった刃が今は顔面に、返答如何では目玉を繰り出すのか。
頭上から雫が落ちる、浴場にいたラズールの体はまだ濡れたままだ。
脱衣所には、確かにいなかったのに、いつの間にか――。
――敵わない。
「目が二つある理由を知っているか? 答えないなら今、実地で教えてやろう」