18.他の花の女
震える手を隠そうとしているシャーラを感情を宿さない青い目で見ていたラズールは、後ろからの声に耳を傾ける。
「ところで、ラズール。ジャファルは生きているぞ」
バシュルが言えば、ラズールは当たり前のように受ける。
「――ああ。殺してないからな」
そして続ける。
「まだ泳がせといていい。やつが何を狙っているのかわからない」
「狙い? そりゃシャーラを狙ってるんだろ」
トゥリーが奥の方で硬い顔をしているシャーラを指す。酒に酔っていそうだが、眼差しは鋭利だ。
「シャーラは物じゃないのはひと目でわかるだろ、金にはならない」
ラズールに、マーハーンが呆れて返す。
「美人は財宝より価値があるだろ」
「ジャファルなんてゴメンだろ、シャーラ?」
「え? あの?」
シャーラはトゥリーにいきなり訊かれて、何の話かわからない。
返事をする前に、アミルが呟く。フンと鼻を鳴らして、不機嫌だ。
「――随分、仲がいいな」
マーハーンがシャーラのそばに戻り、満面の笑顔を向けてくる。
「女の子に好かれるためには、甘い言葉と甘い物。シャーラは何が好きかい?」
「しつこいのは嫌いだろ、シャーラ」
トゥリーは、いきなり手を振ってくる。
「よく言う。ジャファルの女を取ったばかりだろ、トゥリー」
「ジャファルのアレが下手くそだって泣きつかれたんだ、可哀想だろ。シャーラ、俺は上手いぜ? どうだ、試してみねぇか?」
男達の会話はどう反応していいかわからない。
呆然と見つめていたら、ラズールがシャーラのそばに来て腕を引き、立ち上がらせて彼の後ろに追いやる。
男達が肩をすくめ、静かになる。
「今日、女の死体が砂漠で見つかった。まだ若い、髪はダークブラウン、身元は不明」
ラズールが何を言うのかと男たちは注目し、シャーラも彼をじっと見つめ返す。
「その女の背中は、花が彫られてあった」
シャーラは絶句して立ちすくむ。ラズールの表情はこれまでも変わりない。
「私、――顔を見れば、……思い出すかも」
かろうじて声を放つ、声も、足も、震えている。
どうしてその人は死んだの? 自分と何の関係があるの? 他にもいるの?
その人は、どうしてこの世界に、いたの?
頭の中が疑問符で満たされる。
ラズールを縋るように見つめてしまう。
けれど彼はあっさりとシャーラの意見を却下する。
「――ダメだ。見に行けば、アンタを狙う奴に見つかる。それにもう砂漠に埋葬された」
「でも!! まだ見られるはず。そうすれば何かの役に立つかも」
「無駄だと言っている」
「大事なことよっ、どうして!!」
シャーラはラズールに向き直る、冷え冷えとした瞳が今は憎らしい。
「思い出すかもしれない。見るだけでいい! それで知り合いかどうか、私が何者か、はっきりするじゃない」
「――アンタが見るもんじゃない」
ラズールは終始一貫態度を変えない。じゃあどうしてそんなこと教えたの?
「見てみなきゃわからない!!」
「――死体を見たことがあるのか!」
ラズールが珍しく声を張り上げる。けれどその前にシャーラも怒鳴っていたから、それに対してだろう。
怒るラズールは怖くて、シャーラは顔を青ざめさせて、息を呑んで座り込む。
「――シャーラ」
ラズールがシャーラの両肩に手を置き、顔を覗き込んでくる。
「顔は判別できない、と言った。俺が見てきたが、生前の顔は、わかるものじゃない」
シャーラはまた問いかけたが、ラズールが首を振るから、それ以上訊けなくなる。
「悪かった。アンタを悩ませて。だが、知っておくだけでいい。アンタが見るはずの、全ての辛いものは俺が見てやる」
「――」
何も。言えなくなる。
「詳しいことは今調べさせている。今日はもう寝ろ」
「――ありがとう。お願い、します」
シャーラの肩を握る手が、ゆっくり宥めるように力が込められた。




