17.盗賊たち
――ラズール、お前が連れていけ。
口髭の男が最年長なのだろうか。
彼がそう言うと、皆の代表のようで他の人達はそれでいいというように黙る。
だがラズールだけが即答しない。
僅かな間、沈黙が落ちる。そんな不自然な間の後ラズールは頷いた。
(今の何……?)
それで決定なのか、男たちが背を岩に預け、各自が手にした瓶を口にして雑談を始める。話し合いは終わりなのだろうか。
「あの、ラズール?」
何故か話しかけにくい背中に声を掛ける。案の定振り返る眼差しは、余所余所しい。
「なぜ私の意思を訊いたの? イラムに行きたいだけじゃなくて、帝国に行きたくないと、言わなきゃいけない会話だった気がする」
何か意図的に言わされた気がする。
「――帝国は遺物を管理するってんで、個人の独占を法で禁止してんだよな。これは帝国の管理下にある砂漠地帯にも適用される。だから遺物のアンタを独占するのは禁止。なあラズール、そこんとこどうよ」
トゥリーが、ラズールを指す。何の話で、どうしてそこでラズールに話を振るのだろうか。
「何が言いたい?」
「俺もシャーラと仲良くしてもいいよな、てこと」
「好きにすればいい」
(なんだか……突き放されたみたい)
「シャーラ、トゥリーは気にしない方がいい。趣味は女を口説くことだから、ラズールも相手にしてないよ」
金髪の男性に親しげに言われて驚くが、それに反論するトゥリーにシャーラは慌てて振り向く。
「何だよ、お前こそ女好きだろ」
「俺は好みの女性だけだよ、口説くのはね」
金髪の彼とトゥリーの会話は、真面目に聞かなくてもいい気がしてきた。
「――話を戻すけど。とにかくシャーラが離れたくないと言うのが大事なんだ。遺物は意思を持っている場合があり、決めた主人から離れないことがある」
「えっと。私が離れたくないと意思を表明することが必要だったの?」
「そういうこと。ま、時間稼ぎだけど」
金髪の青年はラズールに代わって優しく答えてくれる。
緊張も強いられるが、彼とトゥリーが一番話しやすい。
「これまで人の遺物はなかったの?」
「そう、人としてはね。でも意思を持っている遺物はあるんだ」
どういうことだろうと首を傾げていると、急に彼は低く声を放つ。
「ところで君」
金髪の青年は、覗き込めるほど近い距離にいた。
警戒を解いていたシャーラにいきなり鋭い質問をして、本音で答えさせるのを狙っていたかのように。
「俺達は盗賊だけどね、それで君はいいのかな?」
なぜか面白がるような表情なのに、目は笑っていない。
――試されている、まだ話は終わりじゃなかった。
シャーラは一瞬間を置いて、それからラズールを窺う。
彼は何も言わない。彼らは隠れるように住んでいたのだから、盗賊だと言われても驚きはなかった。
「遺物を狩るとは聞いたけど」
「そうだ。遺物を狩る、つまり拾ったり奪ったりだ。必要なら殺し合う」
口髭の男がしかつめらしく頷く。
シャーラは立ち上がり、喉に力を込める。
「私、今は何も払えません。でも、必ず何らかの方法でお礼をします」
男たちの沈黙が怖い、放つ言葉が吟味されている。
「答えになってないよ。君は盗賊と一緒に行動できるの?」
「――これまでのラズールと、今のあなた達からしか、判断できません。けど、私はあなた達と、ラズールと一緒にいたい。気持ちは変わりません」
ラズールは目を伏せて、腕を組む、何も言わない。
代わりに男たちの眼差しが変わった気がする。フッと誰かが笑った気配がある。
「ならいい。私はマーハーン」
金髪の見目がいい青年が片目を瞑る。女の人にモテるだろうと素直な感想を抱く。
気さくに話しかけてくれるけれど、それに甘えてはいけない気がする。
甘えた途端に、見限られる、そんな気がした。
トゥリーが補足する。
「その髭面のおっさんがバシュル、体格のいい怖い赤毛がアミル、あそこの毛も赤いぜ。この『砂漠の爪』はラズールが頭だけど、この全員で決を採っている。まあ最終決定はラズールだけど」
「『砂漠の爪?』」
「ああ。大層な名前だろ」
「私は三十代だ。おっさんじゃない」
「人の下の毛のことはほっとけ、嬢ちゃんが見たいなら別だが……」
シャーラは慌てて、アミルの言葉に何度も首を横に振り拒否を表明する。
「これから、よろしくお願いします」
「――決まりだ。シャーラはイラムまでは俺たちで預かる。シャーラ、アンタは勝手な行動は取るなよ」
ラズールが断言すると、男達はそれで決定だとばかりにめいめい立ち上がったり、酒を煽ったり、または誰かと話し始める。
シャーラは誰も見ていなくても、もう一度大きく頭を下げた。
足が微かに震えている、何度深呼吸をしても、それは変わらなかった。座ってみると、手も微かに震える。両手を握りしめて、顔をあげて前を見据える。
(助けてもらえるけれど――甘えてはいけない)
だから、ちゃんと前を見据えないと。
その様子を男達が、目線を向けずに観察していたことをシャーラは気がつかなかった。




