16.ラズールの仲間
ラズールは足を止めて、シャーラが答える前に空き家の前に立つ。
空き家と思ったのは入口の戸が、木板が打ち付けられて入れないように塞がれていたからだ。
だが、ラズールが軽く戸の左下を蹴ると、塞ぐ板ごと戸がギイと音を立てて内開きで隙間が覗く。
入れないように塞がれていると見えたのは、ただの見せかけだった。
ラズールに促されて入ろうとして、シャーラは息を飲んだ。
中の薄暗い暗闇に人が――ハシムが居て、戸を開けたのだとわかった。
「驚きすぎだって」とハシムが愉快そうに笑う。
「だって、暗いから」
「灯りをつけたらバレるだろ。そこ階段」
ラズールが戸を閉めると暗闇に包まれる。
不意に腕を取られて、シャーラは息を止めた。大きくて硬い手。ハシムではない。
「俺の後ろからついてこい。十三段降りる」
短く言うラズールに先導される。
目が慣れてくる、年月で中央が摩耗し凹んだ石段が目に入った。
彼に続いて、冷たい石の壁に触れながら、滑らないようにとゆっくり降りる。
階段を降りると目の前に戸があり、ラズールが押すと中から光が溢れる。
「――来たか、ラズール」
目に入ったのはいくつもの蝋燭に照らされた空間と男達。
光で満たされた内部は丸みを帯びていて、洞窟のよう。
シャーラが知っているのは一番奥で気だるげに腰を掛けている細身のトゥリーだけ。入り口で金髪の整った顔の男が、シャーラに口端を上げて笑いかけてきたが、他の男達は、ラズールの後ろのシャーラをちらりとも見ない。
皆が酒のような瓶を片手に持っていたが、ラズールは何も飲もうとしなかった。
口髭を蓄えた壮年の男が口を開く。
「まず“宝”をどうするか、だな」
(宝って、私のこと?)
誰もシャーラを見ないが、自分のことだろう。
ラズールは答えずにシャーラを後ろの岩に座らせ、自分は重なった木箱に腰を掛ける。
するりと腕を掴んでいた手が離れて、今までずっと触れていてくれたのだと認識して顔が赤くなった。けれどこちらを見ない目に、すぐに頭が冷える。
自分を戒めるようにシャーラは小さく横に首を振る。
「――人間の女にしか見えねぇな」
「王のお手つきだ。リスクは大きい」
「本当に遺物なのかい?」
沈黙が落ちる。ラズールは黙ってじっと場を見ていたが、ひとしきり彼らに話をさせた後、口を開く。
「こいつは人間の女だ。名はシャーラ。まずモノ扱いはやめろ」
静まり返る空気。男達の目が鋭く尖リ、シャーラはハラハラして動悸が激しくなる。
「だが、門から現れたのは間違いない」
「つまり、帝国にやんなきゃいけねえんだろ」
トゥリーが口を尖らして不満を漏らす。
「勿体ねー」
「連れてきたということは、決を採るということだろう。帝国にやるか、うちで庇うか」
「――放り出すか」
奥の影にいた男がもう一つの選択肢を言う。
シャーラは口を結んで、彼らを見つめる。
“帝国”のことはわからないけど、自分の身の振り方を話し合われていることはわかる。
ラズールはあの地下住居の長だと思っていたが、この貫禄のある男達よりは若い。どういう関係なのだろうか。
「本当にイラムから来たのか?」
偉丈夫の赤い髪を短く刈り上げた男が、影から出てきてシャーラを指差す。
「アンタ、イラムの名をどこで知った?」
当てられてシャーラは肩を揺らす。
存在感もあり屈強な体格の男達の視線が一斉に向けられる。緊張から動悸が激しくなる。
「頭がおかしいのか? なぜ俺達を巻き込む?」
「その、御伽話の国から来たという証拠は?」
赤毛の男、口髭の男から次々に問われ、シャーラは圧倒される。
だが、ラズールがシャーラを振り返ってくれたから、息がつけた。
「こいつは記憶がないだけで、頭はおかしくない。そしてイラムに行きたいというが、そこから来たかはわからない」
「じゃあ門の向こうは、イラムかどうかは相変わらず不明ってことか」
「実在するなら、イラムは当時の規模で言えば国に等しい。行きたいってことは、金銀財宝の溢れるイラムの王の女なのか」
「――本人は、何かから逃げてきたようだ」
ラズールの補足で、特に鋭い眼差しの二人の男達に見つめられる。
赤毛の男と口髭の男、彼らの視線から逃れられなくて息が苦しい。
「王から逃げてきたなら面倒だな」
「なのに戻りたいのか?」
「あの、……逃げる断片的な記憶はあるのだけど。イラムに行くのは、誰かに頼まれたような気がして」
発した声は、シャーラの喉に絡みつく。
「イラムの場所は、わかるのか?」
シャーラはわからないと首を横に振る。
「じゃあ、行きようがない。やはり帝国に渡すのか、ラズール?」
「いや。――帝国には連れていかない。本人の望む通り、イラムを探す」
ラズールの断言に、金髪の青年は口笛を鳴らして、話に加わる。
「随分親切だね。じゃあ印を刻む悪趣味な王様に返しちゃうってことでいいのかな?」
「それよりこの女の存在を、帝国に隠し通せるのか?」
金髪の青年は薄い水色の瞳に魅惑的な笑みを浮かべ、口髭の男は不満を表す。
「帝国に隠しはしない。こいつと同じだ、本人が拒否したことにすればいい」
ラズールが胸元を叩く、まるで何かがそこにあるかのよう。
話についていけないシャーラだが、他の男達はわかったようだ。
苦笑する者と気難しい顔をしている者と様々だ。
トゥリーはいつも通り、緊張感の欠片もなく気軽に口を開く。その様子に少しホッとする。
「じゃ、最後はシャーラの意見だな。アンタ、帝国に行きたいか? アンタの秘密をひん剥いて裸にしてくれるぜ?」
トゥリーがニヤッと笑いかける。シャーラは身体を竦めた。
(気さくだけど――ちょっとイヤラシイかも……)
「あ、なんでそんな目で見る?」
「トゥリー、今はシャーラに話させろ」
ラズールの取りなしで、シャーラは勇気を出して口を開く。
みんな帝国に行くのを反対している。ラズールは顔に出さないけれど、シャーラが頼めばイラムに連れて行ってくれるのだろうか。
「帝国には――行きたくない。私は、イラムに行きたい。――もしよかったら、連れて行って欲しい」
そして、続ける。
「迷惑をかけてごめんなさい。けれど、お願いします。私をイラムに連れて行ってくれませんか?」
ラズールが立ち上がる。ふいに存在感を増して、いきなりこの場の主導権を握る。
「お前らは、どうする?」
「護衛代を弾んでくれるならな」
サラリと挟まれた赤毛の男の言葉に焦る、そうだ、大事なこと。
「待って! 私はお金がなくて。払えない」
裁縫や炊事、ほかに何ができるだろうか。
それで返してもいいのだろうか、頭に過ったことを読んだのか、釘をさされる。
「身体で返すって言うのはやめてくれ。俺達はそういうことは女に求めない」
「えっと、あ、はい」
口髭の男に言われて頷く。労働でと考えたのだけど、そうじゃないことを指摘されたのだろう。頷きながらも困るシャーラに、別のところから声がかかる。
「イラムに宝があるんだろ、それを貰ってもいいけどね」
今度は金髪の青年がシャーラに提案をしながら、親しげに笑みを見せる。だがラズールが男たちを一瞥しながらシャーラの前に出る。
「本人は何も持っていない、今は無報酬になる。それでもいいか」
「わかった。ならイラムにはラズール、お前が連れて行け。助力はする、二人で行って来い」




