13.浴場(ハマム)
ラズールが街に到着して初めにするのは、情報を集めること。
今回は街の噂を集めるのにうってつけの場所、浴場を目指した。
大理石造りの場内は、蒸し風呂になっている。
蒸気が立ち込める中、しばらく台座に座り汗を流して髭を剃り、冷水で身体と頭を洗う。
垢擦師が寄ってくるのを断り、浴場を出ると、ラズールは休憩室で手拭いを顔にかけて、背もたれによりかかる。寝たふりをしていれば、誰も構ってこない。
砂漠の男は喋ることが好きだ。浴場を出た後も、ここで茶を飲み氷菓や菓子を摘む。
街中でも、飲食店でも、賭博場でもよく話すが、浴場でも見ず知らずの者とすぐに話す。家族の問題、親戚の結婚、時には昨晩の盗賊同士の縄張り争い。
そんな中、必要な情報は自ずと耳が捉えるもの。
「――聞いたか? どうやら死因はわからないらしい」
さり気なく手拭いをずらし、そちらを見ると、髭面のいかにも噂好きそうな顔が楽しげに口を開き、話が盛り上がっている。
「なんでもその女、腰に花模様が彫ってあったとか」
若い女、艶めかしい刺青、容姿は悪くない、思わせぶりな情報に歓声があがる。
「その女はうちに宿泊したとかで、警備隊が台帳を改めに来たんだ。女房が覚えていてな。半年前は男と一緒に泊まったと言うんだよ、けれどこうして死体で戻ってきた。可哀想に」
「ならその男が怪しい」
「ああ確かに」
話を聞いていると痴情のもつれにしか聞こえない、聴衆も皆そう思っている。
だが若い女が殺されたということに、口先だけでも同情を見せる。
「しかもだ。その女、――臨月だったそうだ」
だが髭面の亭主は、最後にとんでもない情報を暴露した。
どよめく声に合わせて、ラズールも顔を上げ、目覚めた振りをしたが、すぐにまた寝入るよう顔を俯ける。
ラズールは動かなかった。その男達がいなくなるまで、小一時間。じっとしていて、それから顔を起こして茶を頼んで一杯飲む。
ようやく重い腰をあげて、ラズールはターヴァンを目深に巻き、浴場を出た。
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