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砂漠に降る銀の月~花の刻印があるスルタンの妃は盗賊と出会う~  作者: 高瀬さくら


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12.声が聞こえる?

 ハシムが階下に駆けていく音を聞きながら、頬を押さえる。


 まだ幼い少年だ、そう思っていたけれど。


(……そうよね、私、みんなに裸を見られているのよね)


 あの時は、緊張でそれどころじゃなかったが、あちらは覚えているみたい。

 顔がどんどん熱くなってくる。


 みんな気にもしていない振りをしていてくれたのだろうか。

 でも、しっかり見られていたし、忘れられてもいない。


 (ラズールも同じ……?)


 裸をさらしていた、その事実をつきつけられる。彼は……どう思ったのだろう? 

 恥ずかしさがこみ上げてくる。


(ううん。ラズールは、なんとも思っていないはず!)


 だって、シャーラと対面した彼は冷静だった。

 

 きっと何も思わなかった、そうに違いない。

 ――そう自分に言い聞かせてみても、全然気は休まらない。



「ラズールは、私をどう……思っているの?」


 厄介者、それとも役に立つモノ?


 自分を問い詰めていた最初のラズールを思い出す。

 あの時は自分もまだ混乱をしていたし、ラズールに疑われていても当然だった。シャーラも自分を信じられなかったのだから。


「裸……見られたのよね」


 やっぱり考えてしまう。恥ずかしいけど、どう思われたのかが気になる。


 ――貧相?


 思わず首をブンブンと横に振る。しゃがみ込んで叫びたくなる。

 裸を晒したことが……平気なわけじゃない。拘束されていたときも、なぜ裸なのか、自分はどうなるのか怖かった。

 けれど、自分自身のことが何もわからないことに気がついて、裸どころじゃなくなった。


(……ラズールは疑いの眼差しだった)


 視線が鋭くて、生かすのか、殺すのかを探っているようで、だから必死だったし、裸を意識されているとは思わなかった。


(そう、だって……女として、見られていなかった)


 どちらかというと、不審者……、または敵。


(でも、落ち着けと宥めて、水とデーツをくれた)


 青い目が綺麗で、優しい人だと思いたくて。


 私は、――優しいところを、探している。


「……私って馬鹿ね」


 まるで雛鳥が初めて見た存在を親と思ってしまうように、頼ろうとしている、縋ろうとしている。そんな自分を自覚して、手を握りしめる。


(どうして、私、そんな風に縋ってしまうの?)


 迷惑をかけてはいけないと戒めるのに、甘えるなと自分に言い聞かせるのに。

 なのに、もしかしたら、と期待してしまいそうになる。


(何に、期待を……)


 助けてくれるのじゃないか、と。このまま一緒にいさせてくれるのじゃないか、とか。


(それでは駄目なのに)


 今後、どうすればいいのか、考えなくてはいけない。


 記憶は朧げで、怖い誰かから逃げていること、『イラム』に行きたいという思いだけがある。けれど、そのイラムに行ってどうするのか、誰に頼まれたのかも覚えていない。


(逃げてきたところが、イラムなのかしら……?)


 それさえも、わからない。

 あの城がどこで、あの恐ろしい男や、逃してくれた女性さえも、誰だかわからない。



 シャーラは、ハシムの用意してくれた布を手にして、水差しから水を注いで濡らした。 

 ラズールの上着を脱いで椅子の背にかけて、顔と上半身を拭いた。


 白い肌、銀色の髪。自分の容姿に違和感はない。


(どんな顔をしているのかしら)


 夢の中で自分の顔を見た気がするが、思い出そうとすると、記憶はこぼれていく。


 首をひねると腰のあたりに赤い模様の一部が見えるけれど、なぜそんなものがあるのかはわからない。



「私、どうすればいいの?」


 思い出すのは、ハシムとの先程の会話。あんな子どもでも、しっかりしている。

 ラズールは自分をどうするつもりなのだろう、いつまで面倒を見てくれるのだろう。


(ううん。いつまでも迷惑をかけてはいけない)


それとも……。


「お願い、してみたらどうかしら? お金を払って」


 ――お金はない。そう思い知らされて、先程のハシムとの会話がよぎる。


(『裸を見たんだから』ぐらい言ってもよかったのに、なんて)


 ……無理、無理!


 そんな思い出させるようなこと言えるわけがない、だって忘れてほしいのに。

 顔がまた一気に熱くなる、顔を振って全てのことを忘れようとする。


 けれど。


「私、本当に馬鹿」


 ……そんな風に意識されていないのに。

 女として見られるどころか、仲間でもないし信用されてもいないのに。


「――怪しすぎる」 


 思い出せない、何もでてこない。



『本当に、愚かだよな』

「……誰!?」


 はっきりと声が響いた。


 戸口を振り返り叫んだけれど、背後には誰もいなかった。

 戸締まりを確認しなかったことを思い出して、慌ててラズールの上着を着て扉を開いて外を見る。


 けれど誰もいない。


(聞いたことのない声。――ハシムでも、ラズールでもない)


『その軽率な行動が、愚かだって言ってるんだよ!』

「誰? どこに居るの?」


 今度は壁に駆け寄り、四角く切り取られた窓を覗く。

 けれど、通りの向こうで煙草を吸う男や、下の店先で硬貨を投げあって賭博らしきことをしている男達がいるだけで、こちらを見ている者は誰もいない。



(それにもっと近い声、まるで耳元で囁かれたみたいに……?)


『ずっと黙って見てりゃ、ふわふわ頼りねーし。ウダウダ悩んでるのも、うっとおしい』

「……」


 シャーラは黙り、部屋の中央に戻る。それから無言でハシムの、いやラズールが準備してくれたという服を手に取る。

 前合わせの上衣は広げてみるとだいぶ大きい。幅広の帯があるから、それを腰に巻きつけて大きさを調節するのだろう。ズボンはゆったりとした作りで、足首で裾が窄まっていて、こちらも腰紐で巻きつける形だ。ラズールの上着を脱いで、新しい服を着る。袖丈は、あとで繕うことにして袖を折る。


『無視するな。聞いているんだろ?』


 それから、水を器に入れて飲んで、心を落ち着かせる。

 

 座って、デーツをかじる。黒糖みたいな強い甘みと、ホロホロと口の中で崩れる感触に目を見張る。ラズールに貰ったのと同じデーツの味がする。


『なあ、おい? なあ? 聞いてるんだろ?』


(私が、美味しいって言ったから……?)


『無視するなよ、おい!』

「聞こえません! 」


『……聞こえてるだろ!』 


 きっと幻聴だ。疲れているからだ。

 それに、すごく失礼な声。


(同じ味のデーツを用意してくれたのは……優しいから、よね)


 またラズールに期待してしまいそうになり、シャーラは頭を振って考えを打ち払った。



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