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砂漠に降る銀の月~花の刻印があるスルタンの妃は盗賊と出会う~  作者: 高瀬さくら


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10.シスールの都

(お姉さま――)


 吊るされた体。どうして。どうして。


(どうして、殺されたの? どうして、殺すの?)


「逃げなさい! 振り返ってはだめ。――すべて、忘れなさい――無事で」


 誰? あなたは誰?

 私は――誰?

 沢山の蔦が伸びてくる。

 中央に佇むのは、美しい男。赤みを帯びた眼差しが見つめてくる。


 ――怖い。


“もうすぐ、花が咲く”



 ――花が咲いたら――お終いだ。


***


「シャーラ」

「――ん……」

「シャーラ。目を覚ませ」


 ビクッと、体を揺らして、落ちそうな感覚にシャーラは目を覚ました。

 後から支えるように肩を押さえる手があって、安堵する。

 心臓が激しく鳴っている、恐怖でまだ身体が強張っている。冷たい汗が額から頬を伝い落ちた。


「平気か?」


 低い声に後から尋ねられて、シャーラは大きく息を吐いた。

 ここは、違う。


 ここには、“アレ”はいない。恐ろしい、あの存在は。あの恐ろしく美しい男は。

 後にいる人は――、怖いことはしない。


 背後から支えてくる腕は逞しいが、暴力を振るう兆しはない。声は穏やかで、心が落ち着く。

 どうしてだろう、この声は心に染み入って気持ちを宥めてくれる。


「水、飲むか?」


 首を横に振って断るが「飲んだほうがいい」とやや強引にぐいっと水袋を渡される。

 どうしてそんなに強要するのかと疑問に思いながら促されて、躊躇いながら口をつける。

 

 水は生ぬるいが濁っていない味がして、ごくごくと飲んでしまう。

 喉がずいぶんと乾いていたことに気がつく。


「――寝ていた、みたい」

「うなされていた」


 俯くと頬の横で揺れる布ひだに気づく。いつのまにか頭にターヴァンを掛けられていた。

 日除けだろうか。手を触れると、被っていろと掌で押さえつけられる。



 一際大きな砂丘を遠回りしながら登りきったところで、眼下に街が見えた。

 外壁を境に、たくさんの建造物で溢れる街中と、何もない砂漠は境界が明瞭で、街は一つの箱庭のよう。 

 建造物は全体的に四角い建物が多いが、中央には半円をひっくり返したドーム型の高い建物が見え隠れしている。それから細長い塔のような建物が突出している。


「シスールの都だ」


 駱駝をそちらに向けて走らせること一時間、大きな外門前で隊商や旅人と共に開門を待つ。 


「あの、ターヴァン。ありがとう」


 ターヴァンを外した時に、周囲の目がこちらを向いて慌てて俯いた。好奇の目だった。

 固まるシャーラに、ラズールは低く呟く。


「出歩く女は珍しい。上着を被って寝ている振りをしろ。寄りかかっていい」


 背筋を伸ばして緊張を強くするシャーラを、ラズールは引き寄せる。

 

 そっと周囲を見渡すと、シャーラの髪が珍しいのだとわかる。ラズールによると、色素の薄い髪や白い肌は、砂漠の外の人間に多いそう。

 だとすると自分は砂漠の外から来たのだろうか。


 ――普通とは違う。それは、ここにいてはいけないようで怖い。

 なるべく上着に髪を押し込んで、俯いて顔を隠す。


 目を閉じていたら、また少し眠ってしまったみたいだ。



「――なあ。いい宿知ってるぜ?」


 いつの間にか門の中に入っていたみたいで、少年の大声とラズールが身体から離れる気配で目を覚ました。

 駱駝を降りるラズールの元へ駆け寄ってくる少年は、濃い茶色の髪と目、浅黒い肌、薄汚れた顔。

 擦り切れた服を纏い駄賃を強請る子どものようだが、賢そうな眼差しと勝ち気な口元は、物乞いとは何か違う。 

 ラズールの仲間で、シャーラを逃がそうとしてくれた少年だ。


「……厩舎つきか? 四十ディルでどうだ」

「手数料込みで五十ディル。井戸つきだよ」

「駱駝の面倒をお前がみるなら、それでいい」 

 

 話がまとまったようだが、この会話はなんだろう。

 まだぼんやりとした頭で見ていたシャーラは、少年が街の子どもに変装しているのだと気がついた。

 

 ラズールが降りて少年に駱駝の手綱を預け並んで歩くと、彼が小さく報告する。


「みんな無事。女がいるやつは街に、いないやつはあちこちに散ってる。トゥリーはジャスミン姐さんのとこ。あとで合流するってさ」


 ラズールは頷いて、シャーラに降りるように促す。慌てて下を覗き込むが、かなり高い。


「両足を揃えて、端に腰をかけるんだ」


 必死で頷いて、言われたとおりにすると腰を掴まれて、そのまま抱き寄せられるように降ろされた。腰に手を触れられた時、大きく心臓が跳ねたが、ラズールの青い目が冷静で何の感情も宿していないから、すぐに鼓動も戻る。


 即座にストンと地面に足がついた時、少しよろけたけれど、必死で足を踏ん張った。


 ラズールは、少年から受け取った黒いヴェ―ルを、シャーラの頭に手早く巻いていく。手慣れた動作にシャーラは内心驚く。まるで誰かの面倒をみていたことがあるみたいだ。


(やっぱり、面倒見がいい……)


「暗いよ、もっと華やかなほうがさ」

「目立たない方がいい」


 驚いて何も言えないシャーラをそのままに、少年はまじまじと見つめて感想を言うが、ラズールはその意見を切り捨て、シャーラの背を軽く叩く。


「ハシムに案内させる。シャーラは宿で先に休んでろ、あとで行く」


 そう言って雑踏に消えていく。彼は印象深い目なのに、気配を雑踏に溶け込ませるのが上手い。存在を感じさせない様子で、するりと消えてしまった。

 

 その迷いのない動作はシャーラには未練がなく、冷たくも思える。過剰に面倒を見たと思えば、冷たくなる。

 けれど本当は優しいと思うのは、シャーラがそう期待をしてしまうからだろうか。


「あの……ハシム」


 ラズールが呼んでいた名を呼ぶ。前夜に勝手な行動をしたことを謝ろうとしたが、先に釘を刺される。


「こっちだよ。今度は勝手にいなくなっても、面倒みないよ」

「ごめんなさい」

「謝るならやんないこと。自分で信じた行動なら、後悔しないこと」


 見上げてくる瞳は大人びていて、シャーラよりよほどしっかりしている。

 頷いてシャーラは自分に言い聞かせる、記憶がないけど迷惑をかけないようにすること、行動に自覚をもつことを。

 


 手綱を引くハシムに促されて、シャーラはラズールとは反対方向へと足を向けた。


 


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