8 VS第一階層守護者『百足の妖精(タオゼント)』2
僕の中で精霊の力が目覚めて、これから異形の怪物『百足の妖精』を倒そうと意気込んでいたところ。
なんと蓮華さんは僕に与えた『太陽の精霊』の性能を詳しく聞いてこなかったようだ。
「あの、蓮華さん」
「わかりませんと言いました。しつこい男は好かれませんよ」
「……ヘッポコ精霊……」
「ボソッと私を侮辱しましたか? 怒りますよ? しかも今回の件は私が悪いわけではありません。セクメトを譲渡した知り合いがちゃんと教えてくれないからいけないんです」
きまりが悪そうな面持ちをしながらも弁解を続ける蓮華さん。あまり気が進まないけど状況も状況だし、僕は彼女へ強く言うことにした。
「ちゃんとわからない箇所を質問しました? 何も聞かれなければ蓮華さんがわかっているものだと思って相手は説明をやめますよ。人間はそういう風潮がありますけど精霊は違うんですか?」
「な……、なにを、私を叱っているつもりですか……」
「怒ってなんかないです。あなたに自身の言動を振り返り見直してほしいだけです」
「と、歳下のくせに生意気で……す」
蓮華さんは必死になって体裁を取り繕おうとしていたが、自分に責任があることはちゃんと理解しているのか、ソワソワと落ち着かない様子で返答した。
そして、下を向き「ハア……」と微音の息を吐くと、顔を上げ視線を逸らしながら謝意を示した。
「ご、ごめんなさい。私がちゃんと確認すべきでした」
蓮華さんの反省した態度に僕は笑みを返して小さく頷く。
それにしても彼女は悪いと思ったらすぐ謝る時もあったり、今みたいな強情さを見せたり、この辺の違いはなんだろうと考えていたら——。
「さあ、まだ戦いが終わったわけではありませんよ。ぼけっとしてないで敵に集中して下さい」
最短で開き直った精霊に注意をされてしまった。
このメンタル、是非見習いたい。
「さっきも言いましたけどタオゼントは動くものにだけ反応していると思われます。今現在僕たちに向かって何かをしてくる仕草は見せていませんし」
「確かにそうですね。私たち、結構な隙を見せていましたけど攻撃してくる気配はまるでありませんでした」
——もしタオゼントが動くものにしかリアクションをとらないのであれば、囮作戦が有効かもしれない。
一人が大きな動作を見せてタオゼントの気を引く。
牙を向けられていないもう一人が静かに近づき攻撃する。
こうすることによって高確率でダメージを与えられるが……。
「囮作戦ですか……」
問題はどっちが危険なデコイ役になるかだ。
このやり方だとその役目には大きな負担がかかる。
……いや、迷う理由はない。
戦闘経験未熟な僕が攻撃役になるよりも、戦いにある程度慣れていそうな蓮華さんが攻め役をやった方がいいだろう。
囮役を担い、仮に僕が大怪我しても失命してもそれはそれで仕方ない。蓮華さんに何かあるよりは全然マシだ。
僕はもう、目の前で生物の命が絶える瞬間は二度と見たくない。
「僕が騒いでタオゼントを引き付けます。その隙を突いて蓮華さんは攻撃してください」
「は?」
「なるべく上手く逃げ回って時間を稼ぎますよ。加護のおかげだと思いますけど身体能力も上がってるような気がしますし」
「駄目です。却下です。拒否します。お断りします」
「えーと……」
「だから不承諾と言ったのです。その作戦は認められません」
「なぜですか?」
「囮に関しては良策。しかしあなたがその役を担うのは愚策です。私の目の前で私より先に死ぬことは許しません」
「結果的にそうなるかもしれませんけど、できる限り死なないように頑張りますよ」
「いいえ。精霊の加護があるとはいえ、煌生が命を落とす可能性はとても高いと思います」
「だからそれは上手くやりますって……」
「無理です」
蓮華さんは頑なになって僕の思案を拒否している。真剣な様相を見るに、彼女も何か事情がありそうだけど、僕だって譲りたくはない。
「嫌、なんですよ。誰かを犠牲にして自分だけ、生き残るの……」
「それはどういう意味……。あなたは、一体、何を……」
僕の胸内の言葉に蓮華さんは時が止まったように動きを止めて、何故か驚いている様子だった。
「私の精査に誤りがあったのか……。おかしい。理解が及ばない。じゃあ鴉の証言は? いや、これも企みの一つか——」
「あの、蓮華さん?」
「……じゃあ彼の、この不可解な言動には」
「蓮華さん!」
「っ!」
大きめな声で呼びかけると蓮華さんは一瞬、全身をビクっとさせて口を止めた。
同時にタオゼントも僕への警戒心を強めたが、何かを仕掛けてくる気配はなかった。
僕は自分の行動に対して「しまった」と反省つつ、何事もなかったことに胸を撫で下ろす。
「つい大声を出してしまって、すいません」
「いえ、ギリギリ大丈夫だったようですから。それよりも……やはり私が囮役をやります。これに関しては絶対譲りません」
「でも……」
「煌生、何も私は自ら死にに行くわけではないんですよ? あなたは私の方が戦闘慣れしていると思っているから攻め役をお願いしようとしていますが、むしろ逆です。そういう経験者が囮役を務めた方が二人とも生き延びる可能性が高くなる。あなたは自分を犠牲にしてでも、と考えているようですがそういう自分を雑に扱う生き方はやめなさい。私は命を粗末にする気は全くないですし、今回生き残ると確言します。ですから、ね?」
僕は大きな勘違いをしていたようだ。蓮華さんはより勝つ確率が高い方を選んでいたに過ぎない。自分が献身的になっていたからって、彼女もそうだと誤った認識をしていた。
「蓮華さんの言う通りにします」
「ご理解頂けて感謝します。では簡単に各動きの確認を」
僕は蓮華さんから説明を受けて頭の中で軽くシミュレーションしてみる。攻撃の役目、従来の僕なら絶対不可能だと思ってしまうだろう。しかし、精霊の加護があるおかげでそういう感覚は全くない。
「では、手筈通りに」
蓮華さんはその一声と共に駆け出していった。タオゼントの気を引こうと、ワザと地を強く蹴っている。
そのあからさまな騒音に即効反応を示すタオゼント。左右、首上に生える百足の頭部を全て蓮華さんに向ける。
その隙に僕は、できるだけ小音を意識して、忍び足で距離を詰めていく。
タオゼントは僕に関心を示している雰囲気はなく、孤独特有の『影が薄い』という後天的な特技が初めて活かされた瞬間でもあった。
右手に蓮華さんから借りた短剣を握りしめ、敵との距離を着々と詰めていく。悪意ある妖精の息の根を止めるには、人間と同じ心臓の位置を刺せばいいと蓮華さんからは予めアドバイスをもらっている。
タオゼントは現在、三つの体躯を使って蓮華さんと戦闘中。
蓮華さんは綺麗な刀捌きでその猛攻を防いでいた。
ただ素人の僕から見てもわかる。それは明らかに彼女の方が劣勢だった。
精霊ランクの細かいことはわからないけど、ランクEというものが決して高いものとは思えない。
仮にタオゼントがそれ以上の実力を持っている妖精なら蓮華さんの方がそう長くは保たないだろう。実際、余裕があまり感じられない。
僕は急いでタオゼントに刃を向ける。
……わかってたけどやはり緊張する。
『緊張』というのは慣れていないことをやる時は弱い方が良い。だけど今は、それを和らげる方法なんて実践している暇はない。
唾を一飲みし僕はその胸元目掛けて飛び込んだ。
蓮華さんに、夢中で応戦しているタオゼントは牙を向けた者に気付いている様子はない。千載一遇のチャンス。僕は無我夢中でただ一点を目指す。
——刃先がタオゼントの急所に触れる。
そこからは拍子抜けするぐらい簡単に体内へ刃を刺し通すことができた。
そして、心臓と同等のものを突かれたタオゼントは魂を抜かれたかのように力無く膝から崩れ落ちた。
「これが……」
これが、命を奪う感触。
生命が自分の手中で絶える感触というものを二度と経験したくないと思っていたけど、今回は誰かを守る為にこうするしかなかった。
「大丈夫ですか、煌生」
蓮華さんが不安そうに近づいてくる。自分が思っている以上に苦悶の表情を僕は浮かべていたようだ。
「平気です——」
言葉の終わり際、絶命したと思い込んでいた百足が動き出し、その毒牙を蓮華さんの肩に突き刺した。