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5 精霊女子はプライドが高い




 僕の前に置かれた鏡面のように光る小石。蓮華さんは若干高圧的な目でこれを口に入れなさいと要請してきた。


「あなたは『選ばれた者』です。『太陽の精霊(セクメト)』の加護は誰にでも与えられる力ではありません」


 選ばれた者……遅刻して慌しかったから完全に忘れてたけど、今日蓮華さんにあったらこれについて聞きたかったんだっけ。


「あの、その前に『選ばれた者』って何ですか?」

「精霊の力——精霊魔法が目視できる者のことです。この世界にいる大半の人間は該当しません。更に精霊の加護を受けられるのはもっと特別な存在です。あなたはそれに適合します」

「僕自身、そんな自覚ないんですけど」

「当たり前です。『選ばれた者』かどうか見極められるのは私のような怜悧(れいり)な精霊でないと不可能です。あなた程度では認知できなくて当然」

「……自分で自分のこと賢いとか言っちゃいます?」

「何か問題でも?」

「いえ……」


 蓮華さんは変質者って言われたことまだを根に持っているようで、物静かな口調の中には僅かながら邪念が渦巻いていた。僕は肩身の狭いこの空気を流すように氷がほとんど溶けたアイスコーヒーを飲み込む。やはり、砂糖を入れないと苦い。

 だけど、自分にそんな並外れた力を得る資格があったなんて……。稀有(けう)な存在。そう言われて悪い気はしない。というより胸中は高揚感で包まれている。


「煌生、コーヒーではなくこのコアを食して欲しいんですが……」

「そもそもこれ体内に入れても大丈夫なんですか?」

「保証はしかねます」


 保証できないのか……。その台詞を聞いて大きな不安が湧く。そもそもこれは噛めるのだろうか。咀嚼しても歯は正常を保っていられるのだろうか。

 カチコチした硬質な見た目。ガブっといったら一瞬で口内は悲惨なことになるだろう。

 僕が手を伸ばさずにいると、痺れを切らしたのか蓮華さんは長めの溜め息を吐いた。


「臆病者……ですね」

「すいません」

「よろしい。まずは私がお手本を見せましょう」


 蓮華さんは小石を人差し指と親指で挟み込む。一体何が始まるのかとその動作を注視すること僅かの間、まるで豆腐でも掴んだかのようにその石は粉々になっていった。

 彼女の並外れたピンチ力を見て、僕は感嘆というより寒慄する。

 ただそれは蓮華さんが非人間であり精霊であるからで、常人の女子高生じゃこんな真似はできないだろう。もしかしたら涼しい顔して同様のことができる女子がいるかもしれないけど……。


「煌生? どうしたんです? フリーズしてますよ」

「凄い力だね」

「大したことないですよこの程度。——では私を凝視しなさい」


 蓮華さんは圧砕された橙石をひとつまみして口に運ぶ。そして一切噛むことなくそのまま喉へ通した。


「じゃあ次は煌生の番ですね。さ、どうぞ」

「いや、ちょっと待って下さいよ。……やっぱり怖いですよ」

「私が信用できませんか?」

「それも少しだけあります。だって蓮華さんとは昨日知り合ったばかりで——」

「私は2週間程前からあなたのことを知っていましたよ? その期間は登校時、下校時毎日観察してあなたの行動を精査した上で接触しています。ですので私視点では『初対面』という感じはないのですが」

「僕視点でも考えて下さいよ。しかもやってることただの偏執狂じゃないですか」

「偏執狂……」

「ふふ……それにしてもそこまでちゃんと準備してたのに昨日みたいな失態するなんて、蓮華さんは結構ヘッポコなん——ッ!」


 再びトーキックをかましてくる蓮華さん。足鎧が硬い為割と本気で痛い。


「黙りなさい。すぐ調子に乗るんですねあなたは」

「ほんと大人気(おとなげ)な……ごめんなさい」


 やっぱり。間違いなく。疑う余地なく。蓮華さんはプライドが高いタイプだろう。後、今のは僕が悪いと思うけど結構ワガママ……。


「何か言いたいことがあるのなら、どうぞ」

「ないで、す」

「よろしい。では、これを」


 手のひらを上に向けて「私がやったのですから早くして下さい」と目で促してくる蓮華さん。テーブルの上に散乱している粉砕された橙達。これ後で片付けとかないと店に怒られそうだな。今でさえスタッフさん、僕達のいるエリアを不審そうに見てるし。


「難しい……ですか? しかしこのまま偽装空間に侵入しても間違いなく死にますよ」

「そう、ですが」

「ふう……仕方ないです。従来の方法ではないですが飲み込むのではなくて舐めて下さい」

「舐めるだけでいいんですか?」

「はい。ただし得られる力の時間は限定されますし、加護の強さも弱くなります。まあ効能の方は切れたらその都度舐めてくれればいいのですが」

「効果の方が劣ってしまう、ということなんですね。……それだと厳しいんですか?」

「恐らく大丈夫だと思いますが、最悪の事態も想定しといて下さい。その時は強引にでも飲み込ませます。というよりそうしないと私たちが全滅というシナリオになりかねないので」

「わかりました。協力するって言いましたし……蓮華さん、舐めさせて下さい!」


 不安要素ばかりだけど蓮華さんのかけてくるプレッシャーも強いし、僕は覚悟を決めることにした。手を貸すと言った以上いつまでもここで足踏みしてるわけにはいかない。

 決意を固めて、太陽の精霊(セクメト)のコアに手を伸ばそうとした時、僕は蓮華さん以外からも視線を向けられていることに気付く。

 なんだろうと思い、一旦動作を中断しその方へ目を向ける。

 通路を挟んだ先にあるテーブル席。そこに座る女子高生二人がこちらを見ながら冷笑していた。


「うわぁ、あの人怖いんだけど……」

「こんなところで女の子相手に『舐めさせて下さい!』とか普通言う?」

「しかも凄い剣幕で言ってたよね。どんだけ舐めたいんだよって感じ」


 ……何故か僕の発言は卑猥な形になって彼女たちの耳に届いていた。僕が困惑気味にオロオロしていると、蓮華さんは口元を指で抑えながらクスクスと笑っていた。


「……ん。ふ。煌生。『これ』とか『あれ』、もしくは『何を』という(ことば)を言っておかないと状況を理解していない人は誤解してしまいますよ」

「ああ……」


 その言葉に何が起こっていたかを把握した僕は、居心地の悪さを咳払いして誤魔化し、コアを手に取った。

 女子高生二人は既にこちらへの関心をなくしたようで、対顔しながら楽しそうに会話をしている。

 蓮華さん以外誰も見ていないことを確認してから僕は、サイズ2、3ミリ程度の砕けた石を目下まで近づけて舌を出した。


 ——うん。なんとなく察していたけど無味無臭だ。

 舌触りは見た目通り小さすぎてよくわからず、痺れたりチクチクしたりもしない。これといって身体にも変化はなかった。


「美味しいですか? クス」

「分かってて聞いてますよね……」

「いえいえ。効果の方ですが一時間もしないうちに現れると思います。それと何かおかしいな、と感じたらすぐに言ってくださいね」

「わかりました」

「さて、そろそろ行きましょうか」


 蓮華さんはテーブルに散乱しているコアの破片を集めて小袋に入れる。口をキュッと閉めるとハイどうぞと僕に差し出した。

 これは偽装空間内で万が一の時に使用するかもしれない。仮に、命の危険にさらされるようなことがあれば四の五の言っていられないからだ。


 時刻は17時を少し過ぎたところ。僕と蓮華さんは急ぎ足で目的地へ向かおうとしたが——。


「キャッ!」

「痛たっ!」


 僕の下半身に何かがぶつかった。下を見てみると小学生の女子が地面に手をつき辛そうな表情を浮かべていた。


「ごめん。大丈夫?」


 恐らく僕の不注意だろう。怪我をしていたら大変だ。早く偽装空間の方へ行きたいが僕は足を止め少女に歩み寄る。

 人形のように可愛らしい全姿。年齢は10歳ぐらいか、背まで伸びた黒髪のおかげか少しませて見える。

 僕は手を差し出すも少女は震駭しているようで身を遠ざけた。

 もう一度、声を掛けようとしたところ、少女は何かを言いたげに口をパクパクさせていたので待つことにする。

 しかし次の瞬間、勢いよく立ち上がると一目散に走っていってしまった。


「そういう趣味があったとは……意想外、いやそうでもないですね。想像通り」

「あの、今の状況一部始終見てましたよね? 僕が襲ったみたいな解釈するのやめてもらえますか?」

「さて、時間を持て余すわけにはいきません。急ぎますよ煌生」


 この精霊は全く……と胸中で不満を垂れ流す。実際に文句を言うわけにはいかないのであくまでも秘密裏に。


「それにしても今の子……」


 最後、蓮華さんは何かを呟いた気がしたけどよく聞き取れなかった。



 

 

 

 





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