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4 精霊女子は変質者




 僕が在籍している高校から、徒歩10分程度の所にそのファミレスはある。

 蓮華さんは入り口付近でずっと待っててくれたみたい。時間も遅れてしまったし、そのまま昨日の場所へ向かうかと思ったが、中でちょっと休憩していきたい、と蓮華さんが言ったので、今現在僕たちは店内の隅っこにあるテーブル席に座って話をしている。


「そんな子犬みたいに怯えなくても大丈夫ですよ? 私、待たされるのは慣れてますから」

「そうですか。蓮華さんが全く怒っていないようで安心しました」


 彼女の言葉から他意をしっかり感じとっていたが、あえて気付かないフリをしておく。


「あの……『言葉の裏』というものを読む力が煌生には皆無なのでしょうか?」

「本当にすいませんでした。以後、このようなことはないように致します」

「だから怒ってませんって」


 ……ちょっとめんどくさい(かた)


「蓮華さん。遅刻しておいて言うのもなんですが、こんなゆっくりしていていいんですか?」


 テーブルの上には先程届いたチョコレートパフェ(蓮華さんの分)とアイスコーヒー(僕の分)がある。

 時刻は16時40分を過ぎたところ。昨日よりはだいぶ早い時間帯だけど、大丈夫なのかな。

 蓮華さんはアイスに刺さった板チョコをパクッと食べる。今頃気付いたけど、彼女はマスク美人じゃなくて隠すのが勿体無いぐらいの美貌を備えていた。


「急いでも仕方ありません。昨日は取り乱してしまい半強制的にあなたを連れて乗り込もうとしました。が、一晩明けて冷静に考えてみたら少々無謀でした。あなたにも説明不足なままですし。とりあえず何から解説していきましょうか……」

「蓮華さんについて、聞いていいですか? その、自分のことを精霊と言ってましたが……うーん、なんて言ったらいいんだろ。見た目は人間ですし、どういう仕組みの生き物なんですか?」

「言葉選びが少し変ですが質問の意図は理解できました。私のような人型の精霊は『人型精霊(ガイスト)』と呼ばれています」

「ガイスト?」

「はい。私が鉄の精霊ということは前に話しましたよね?」

「昨日聞いたので覚えています」

「私の場合鉄として生きてきて、死んで、今この状態なんです」

「その前に鉄って生きてるんですか? 犬や猫と違って命があるとは思えないんですけど——」


 ごく当たり前のように出てきた疑問。その問いはテーブルを強く叩く音によって遮られる。

 衝撃音は蓮華さんが立てたものだった。僕の身体は一瞬だけ硬直する。パフェやアイスコーヒーのグラスがまだ振動している中、僕は握り拳にしたままの蓮華さんへ視線を送った。


「その考え方……改めてもらえます?」


 氷柱のように尖った視線と冷たい声。今までにない彼女の風貌だった。僕は萎縮し、何も言えなくなってしまう。


「聞こえてますよね? 発言を撤回して、認識を見直しなさいと言っています。何故、黙っているんですか?」

「あの……どうしたんですか急に。怖いですよ」

「私の言ってること理解してます? どんな万物にも命はある。鉄も木も空も風も土もこの机やガラスのコップだって……魂が宿っているんです。あなたがさっき言ったことはそんな私たちの存在を否定するものです。今後、このような言葉を吐いたら容赦なく殺しますよ?」


 蓮華さんは眼球を一切動かすことなくこちらへ強い視線を送っている。僕は蛇に睨まれた蛙のような状態になってしまう。先程の質問、なんとなく聞いただけだが彼女に対しては禁句、失言だったようだ。


「ごめんなさい。別に存在を否定とかそういう意味で言ったわけじゃなくて——はい。わかりました。これからは着意して、見方も改めます」

「……わかって、くれれば幸いです。私こそごめんなさい。怖かったですよね? たまに変なスイッチが入ってしまって……。ほんと、なんて愚かな行動を。あなたには無理を言って手を貸してもらっているのに」

「僕が悪いんですから気にしないで下さい」

「いや、私が悪いです」

「いや、僕が——」


「ふ……あなたは面白い人ですね。では二人とも悪いと言うことにしておきましょう。それよりも話を先に進めたいのですが宜しいですか?」

「はい」


 僕の不適切な発言のせいで話の流れが大きく脱線してしまった。時間に余裕があるわけではない。これからは考えて喋ろう。


「では先程の続きですが、私たちのような『人型精霊(ガイスト)』はこの姿形で突然生まれたんです。皆、気付いたらこの人姿で、多くの人型精霊(ガイスト)が事態を理解していません。かくいう私も何が何やらといった感じで」

「突然生まれた?」

「はい。どこからとか、親とか、何から生まれたとか一切わからない、そんな状態です。ただ年齢だけは合致しているようで、私は鉄の精として17年間生きてきました。その歳月はこの人型(すがた)にそのまま反映されてるみたいです」


 蓮華さんの容姿は僕より一つか二つ歳上に見える。だから彼女の言っていることに間違いはないだろう。

 更に僕はもう一つ興味があることを聞いてみた。


「昨日から気になっていたんですけど、蓮華さんが装着している防具って、魔法とか特殊な力で作られたものなんですか?」

「ん、何故そんな確認を?」

「昨日、注意してきた初老の方やこの店のスタッフさん、周囲のお客さん、皆蓮華さんの容貌を気にも止めていないので。仮に魔法かなんかで作られたものなら偽装空間同様、選ばれた人しか見ることができないのかなって」

「——なるほど。おっしゃる通りです。煌生は割と周りが見えているんですね。素直に褒めます」


 蓮華さんはパフェを一口食べると片手で頬杖をつきながらふわりと優しい笑みをこちらに向けた。僕は照れ臭いのを誤魔化すために適当な言葉を続ける。


「もしそうじゃなかったら蓮華さんを訝しんで見る人がいる筈ですからね。仮に僕が街中でガントレットと足鎧を装備した女子高生を見たら変質者だと思って逃げちゃいますし。はは」

「……」


 喉が渇いてきたので僕はアイスコーヒーを口に運ぶ。うーむ、やっぱ砂糖入れないと苦いな。


「蓮華さんの扱う力は武器を作る、という魔法なんですか? だとしたら凄いですね」

「……何もない状態からこういった防具は作れませんけどね。ふっ、()()()である私なんて所詮はその程度ですよ」

「何かしら材料が必要ということでしょうか?」

「はい。どんな形でもいいので鉄が必要不可欠になります。ゼロから鋼鉄の武具を具現化させるような高度魔法、私如きが使えるわけがありません。変質者ですから」


 それでも充分素晴らしいものだと思う。材料さえあれば剣や盾が生成できてしまうなんて武器屋泣かせの力だ。だから自信を持って言えばいいのに、何故か蓮華さんは明後日の方を見ながら話をしている。少し拗ねているように見えるのは気のせいか。


「でも、なんかカッコいいですよね。初めて蓮華さんを見た時、純粋にそう思いました」

「変質者じゃなくて?」

「? さっきから何を変なこと言って——。痛っ!」


 突然、脛に鈍い痛みが走った。僕はこの鈍痛の起因であろう蓮華さんを睨む。


「……っ。なんでいきなりトーキックしたんですか?」

「生意気言うからです」

「僕、何も言ってないと思うんですけど……」

「自分の胸に手を当てて聞いてみなさい。変質者である私が何故怒っているかわかる筈ですから」

「もしかして、変質者って言ったの気にしてますか?」

「全く気にしてませんよ。変質者」

「なんで語順を逆にしてるんですか? しかも使い方がおかしいから僕が変質者みたいな感じになっちゃってないですか?」

「ふふ。おかしくないですよ。この変質者」

「もう連体詞まで使っちゃってますし……」


 この僅かな会話の中で、一体何回『変質者』というワードが出てきたのだろう。ただ蓮華さんが不機嫌になっている理由は解明できた。

 それにしても結構根に持つタイプだなこの精霊。


「さて、そろそろ本格的な準備をしましょう」


 そう言うと蓮華さんはスカートのポケットから橙色の小さな石を取り出してコトン、とテーブルの上に置いた。

 天然石のようなそれは滑らかな光体をしておりとても綺麗だった。


「この石は『太陽の精霊(セクメト)』のコアです。とはいっても本体から少し砕いて持ってきた一欠片ですが」

「セクメト?」

「はい。太陽の精霊です。これから偽装空間の中へ入るにあたって煌生には精霊の加護を受けてもらいます。そのためにはこの石をパクッと食べて下さい」


 パクッとって……そんな軽いノリで口の中に入れたくないんですけど。

 しかし蓮華さんは「早くしなさい」と言わんばかりの表情をしている。

 さて、どうしたものか。









 

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